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第5話 少しばかりの進歩

 七瀬家で話をしたのも昨日のこととなり、今は積み込み作業をしていた。


「優、これだけで良かったか?」


 普通よりは幾分か低い声で玄さんが確認してくる。目線の先には、軽トラックの上に荷物が積まれていた。


「はい。それで全部ですね」

「……それにしては少なくないか?」


 確かに少ないのかもしれない。荷台に載っている荷物こそ多いものの、一回で運びきれてしまうほどの量で、家には運ぶ必要のあるものは残っていない。

 家族で使うような電化製品などは大方向こうの家にあるものの方が立派なので、全てそちらを利用させてもらうからかもしれない。


「多分、七瀬さんの家で私物以外は貸してもらえる事になったからだと思いますよ」

「いや、そういう事じゃなくてだな……お前の荷物、少なくないか?」

「……別に、普通じゃないですか?」


 と、言葉では言いつつも、そんなことは言われるまでもなく気が付いている。

 妹の佳奈は未だに必要なものを仕分けているらしいし、女の子と違って準備に時間がかからないで済ませるには無理があることも理解していた。


 高校生ならゲームや漫画などを娯楽としていることが多い。だけど、僕の部屋には古いものしかなく、使えるものが一切ないのだ。一輝の家でするくらいで、自分の部屋は質素でほとんど何もないのだから仕方ない。


「何か買い与えてやればよかったな……」

「いや、いいんです。欲を出さなかったのは僕なので」

「そうかあ?」


 後悔のような感情を抱えているが、玄さんの手を煩わせるわけにはいかない。迷惑はできるだけかけたくないのだ。

 もっとも、それは誰に対しても、である。


 実の所、強がってはいるけれど、娯楽を楽しみたいという思いは少しだけ、ほんの少しだけある。

 だけど、妹の親代わりを務めると決めた時には、僕は普通の高校生と離れた生活になることを覚悟していた。


 だから放課後は誰かと遊びに行くことをせずにバイトへ向かう。よく聞く青春らしいことを何もしない。それでいい。


 後悔をしているわけでもなく、おかげで妹の笑顔も見れたし、様々なことが身につけることができた。だから、それでいいのだと。


 だけど、今はなんとなくその事を意識したくなくて、この場を離れたかった。


「もうすぐ出発ですよね? 佳奈を呼んできます」






 佳奈を呼びに家へ入ると、佳奈は手伝いに来てくれていた誠二郎さんと話をしていた。

 誠二郎さんの口からは「娘は──」などと聞こえるし、多分麗香さんの事について話しているんだろう。

 昨日から興味を持っていた麗香さんの話に、佳奈も耳を傾けている。残念なのは、その集中力を昨日発揮してくれなかった事だが。


「佳奈、もうここを出るらしいよ」

「あ、うん、わかった! 今行くね」

「お、もう出るのかい? それなら僕も準備しよう」


 慌てて落ち着きのない佳奈と、冷静に落ち着いて身支度する誠二郎さん。その二人の対照的な様子が面白くて、僕の沈んだ心を少し紛らわしてくれた。


 やっと選別が終わったらしいダンボールを一つ抱えると、佳奈の「ありがとー」という声を背に受けながら玄さんの元へと向かった。




 時刻は既に夕暮れ時。運んできた荷物は夜から整理することになり、今は暇を持て余していた。

 僕は忙しく動く詩織さんをみて「手伝いましょうか」と言ってみたが、「主役は休んでて」と軽くあしらわれてしまったのだ。


 なんでも、僕と佳奈のために歓迎会のようなものをしてくれるそうで、夕食が豪華なのだとか。料理をしている詩織さんと麗香さん。寛ぎつつも談笑している誠二郎さんと玄さん。それに混じり、楽しそうに聞いている佳奈。皆が生き生きとしていた。


 これからはこの生活に慣れないといけないな……


 夕食は基本詩織さんが作ると言っていたし、これからは僕が作ることが少なくなるだろう。負担は減っていいのかもしれないが、夕食を作るために一度帰ってきたあの日々が無くなるのは少し寂しい。

 勿論、何もない日は手伝うつもりでいるが、これからは一度帰ってきた時間も手伝いに当てるかもしれない。

 そう物思いに耽っていると、麗香さんが料理を運んできた。近くに置かれたからか香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。


 配膳くらいは手伝わせてもらおう……


 そう思い腰を浮かせる。麗香さんの華奢な腕には少し重そうだった。


「配膳、手伝うよ」

「あ、うん……」


 今の麗香さんは、昨日話した時のような雰囲気が消えている。少し優しい表情をしていたのも嘘だったかのようになくなっていた。

 その所為だろうか、昨日の話も気のせいだったかのように思えてくる。


 そんな事を考えながら、僕は盛り付けられた料理を運び続けた。






 運んでいる時から思っていたが、食卓に並んだ料理は実に豪勢だった。隣に居る佳奈も目を白黒させている。


 こんなにも豪勢な料理が並んだのはいつ振りだろうか。佳奈と二人で生活している時にはあり得ないことだから、これもまた両親がいた頃まで遡ってしまうだろう。

 佳奈との食事は二人分しか並ばず、テーブルが埋まるほどではなかった。祝い事はしていたが、それでもここまで並ぶことはなかったのだ。


 それに、各々が食べ物を口に運びながらではあるものの、会話が弾んでいる。


 ああ……そうだった。昔はこんな感じだったんだ……


 話を始める僕と佳奈に、それを聞いて答える両親。今では僕が聞く側になっているが、そんな昔の記憶が蘇る。その頃から佳奈は、母が作った料理を美味しそうに頬張っていた。


 そんな佳奈は、久し振りの豪勢な料理だからか、驚異的なスピードで小皿に取っては食べるのを繰り返している。それはもう、佳奈以外が微笑ましく見守ってしまうほどに。


「佳奈、遠慮って知ってるか?」

「……うん、知ってるよ?」

「なら少しは遠慮しろって」


 佳奈のあまりの食べっぷりに流石に小言を言いたくなった。


「……あ、えへへ……美味しくてつい、ね?」


 周りには聞こえないように、そっと溜息を吐く。そういう所も佳奈の魅力なのだろうから。


「いやいや、全然遠慮しなくてもいいよ。佳奈ちゃんの食べっぷりは作り手冥利に尽きるだろうからね」

「そうね。佳奈ちゃん見てたら作って良かったって思えたわ」


 そう言って笑い合う誠二郎さんと詩織さん。その眼差しは、本当の娘を見るような暖かいものだった。


 この調子なら、佳奈はすぐに馴染めそうだな。


 一番心配していた佳奈が馴染めるかの問題も、早々に解決しそうで良かった。元々佳奈は社交的でコミュニケーションも取れるから大丈夫だろうと踏んでいたが、心配なものは心配だった。


「優くんも、遠慮はしないでくれよ。君たちはもう、家族みたいなものだからさ」


 どうして少し前までよく知りもしなかった他人に、そんなことが言えるんだろうか。僕たちが信用されているからだろうか。玄さんの親戚だからだろうか。


 その理由が何にせよ、この家なら、昔のような楽しい日常にも戻れるのだろうか──






 食事も終わり、後片付けに入ろうとしていた。

 佳奈はこれから自室となる部屋に、誠二郎さんと荷物の運び込みをしている。本当は僕もすべきなのだろうけど、荷物も少なかったため、後片付けにまわることにした。


 今日は忙しく、家事も溜まっているだろう。そんな中、この量の皿を詩織さんに洗わせるのは気が引けた。それに僕としては、何かしていたかった。


「詩織さん、皿洗いはしておきます」

「あら、いいの? それなら荷物の整理は?」

「僕は少ないので大丈夫です。詩織さんは他にもすることがあるでしょうから、そちらを優先してください」

「……そうね、そうさせてもらうわ。ありがとう」


 やはり、今日はする事が多く残っているのだろう。即座に、次にする事を考え始めた。


「皿洗いもこの量となると大変よね……麗香、皿洗い手伝ってあげて」

「え? ……うん」


 突如呼ばれた麗香さんが驚きつつも返事をする。


「あの、一人でも大丈夫ですよ?」

「誠二郎さんが言っていた様に、遠慮しなくていいのよ?」


 そう言われてしまえば、断ることもできず。


「どうぞ」

「はい」

「どうぞ」

「はい」


 台所には二人、僕と麗香さんが立っていた。

 勿論、一定以上の距離をあけて。結局断ることもできず、僕が皿を洗い、麗香さんが拭くことになった。台所には、皿を置く高い音が響いている。

 声は出しているものの、話はしない。この微妙な空気が地味につらい。二人共が様子を伺っているようだった。


「……そういえば」


 しかし、その静寂を先に破ったのは麗香さんだった。


「佳奈ちゃん、仲良くなれそうだよ」

「あ、本当ですか。よかった……」


 ひとまず、安堵。

 何を言われるかと思ったが、佳奈との進捗であれば大歓迎である。そして、上手くやれているようで安心した。


「元気な子でこっちが元気づけられちゃったよ」

「でしょう? 自慢の妹だよ」


 手は動かしつつ、言葉を返す。

 もともと二人は友達がいるのだから、円滑な対応はできる。明確な壁はあるけれど、麗香さんは楽しそうだ。


「佳奈ちゃんは裏表がなくてすごく話しやすい」

「素直なやつだから隠せないんだろうね」


 思ったことを素直にいっただけなのだが、「ふふっ」と上品に笑われた。


「……みんなも、そんな感じだったらいいんだけどね」

「……」


 そう呟くように聞こえた言葉には、哀愁が伴っていた。

 きっと、それは彼女の抱えている悩みなのだろう。人気があるが故に感情に敏感になる。自分にどんな感情を向けられているか、それが建前かどうかなど全部わかってしまうのではないだろうか。


 人の裏にある感情、それに人一倍敏感ににってしまっているのでは──と。

 まあ、すべて想像であり憶測であるのだが。

 そもそも出会ったばかりの僕には返せるだけの言葉と関係性がない。


 偶然にも耳に入った言葉を聞こえなかったものとして、勝手に話を続けた。


「まあ、楽しく過ごしていけそうでよかったかな」

「うん、佳奈ちゃんとはこれからも仲良くできる自信があるよ」


 今はその言葉が聞けて満足だ。


「これからここにいる時間も減ると思うから、時間がある時に一緒にいてやって欲しい」

「え……? うん、わかったよ」


 ここにいる時間が減る。その言葉がよく分からなかったのだろう。いずれ分かる事だから、今は黙っていてもいいかもしれない。僕が家に居ない事は、麗香さんが安心して暮らせることにも関わるのだから。

 それに少し、言うのは後ろめたい。


 麗香さんの口から佳奈との進捗が聞けて安心した。

 まだ気まずさもあり、麗香さんとの距離は縮まる様子はないが、それでもこれが初めて普通の会話をした時だった。


 この時間での話は、僕にとっても麗香さんにとっても、ほんの少しだけ進歩になったと信じよう。

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