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第19話 書き記された弱音

 夕食も済ませ、束の間の勉強タイムである。


 麗香さんの様子はあれから何もなく、寧ろいつも通りすぎて幻だったかのようだ。しかし、あれが本心であったのは理解できてしまうわけで、どうにも困った心境だった。


 隣で同じように勉強している当の本人は、何事もなかったかのようにあの鳴りを潜めている。

 まあ、麗香さん本人が気にしないと言うのなら、僕も普段の態度を保つだけなのだが。


「ん、どうかした?」


 集中もせず、ぼんやりと麗香さんを眺めていたせいか、焦点があった時にはバッチリと目があった。

 そんな状況にどきりとしつつも、誤魔化すように目を動かす。


「……ん、いや、何もないよ」


 そして偶然目に入った麗香さんのノートを見て助かった思いで言葉を繋いだ。


「それ、今日は何かまとめてるんだね」

「あ、うん。解き方がわからないところがあってね。ちょっと整理がてらまとめてみたの」


 ポイントや数式、重要な場所がカラフルすぎない色合いで見やすくまとめられている。

 中には僕がまだ理解できていない問題もあって、少し、いやかなり気になった。


「……見せようか?」

「あ、お願いしようかな。ってかよくわかったね……」

「そんな顔で見られたらわかるよ」

「変な顔してたかな……?」


 クスクスと麗香さんは可笑しそうに笑う。終いには「今日お兄ちゃんおかしー」と佳奈に言われる始末だ。


 表情はあまり出ないはずだったんだけどな。そう思うも、バレてしまったものは仕方がない。潔くご好意に甘えることにした。


 受け取ったノートをペラペラと捲ると、他にも計算過程などが詳しく書かれた数式の羅列があって、僕にとってはこれだけでかなり勉強になりそうだという印象だった。

 少し丸みを帯びた文字で、且つ読みやすく、理解が捗りそうだ。


 だけど、同時にハッとした。


 そして、一つ気になることもあった。


「これ、麗香さんが描いたの?」


 ノートの隅などに描かれた可愛らしいキャラクター。自作かなにかのキャラかはわからないが、ノートを捲っていくと稀に現れる。


「あ、え……うん。そうだよ」


 どこか恥ずかし気に視線を彷徨わせる姿につい頬が緩んだ。


「な、なに……?」

「いや、こういうこともするんだなと思って」


 不真面目なこと、と言うわけではないが、つい勉強するときは勉強! と意思を固めてするタイプだと思っていたから新鮮だった。


「疲れた時の息抜きでつい、ね? だめかな……」

「ダメなことはないよ。僕もその気持ちわかるし」


 どうして勉強中とか授業中って何か他のことをしたくなるんだろうか。創作意欲が特別あるわけでもないのに絵が描きたくなったりする。

 僕の場合は描きたくなって上手く描けずに消すまでがワンセットである。授業中は一輝の誇張した似顔絵を描いたこともあっただろうか……


 いや、そうではなく。


「そういうイメージがなかったから、可愛らしいとこあるんだなと思ってね」

「……お兄ちゃん、今日は大胆だね」

「いや、そういう意味じゃなくてだな……」


 佳奈は少し驚いた風に見てくるが、他意はなく率直にそう思っただけだ。

 しかし、麗香さんは驚いたのも束の間、不敵な笑みを浮かべた。


「それは普段は可愛くないみたいな言い方だね?」


 どこか楽しそうに。

 これは、やり返されたのだろうな……

 案外茶目っ気もあるじゃないか、と小さく笑う。


「普段から魅力的だし、可愛い子だとは思ってるよ。これは本当」


 まあ、誰から見てもそうだろうなと言う感じ。

 それに対し、照れるでもなく呆れまじりに笑っているのは麗香さんだ。


「……なんて言うか、含みがないって言うか、下心を全く感じさせずに言うあたりすごいよね」

「まあ実際、変な感情はないはずだからね」


 可愛いとか、不意にドキッとさせられることはあるけれど、それだけ。

 今後どうなるかは分からないが、それが恋心や麗香さんとどうこうなりたいとかではないと、今のところは断言できる。


「それは安心だ」

「でしょう?」


 二人して笑い合う。

 そんな様子を佳奈はぽかんと見ていたが、次期に勉強に戻り出した。


 そして麗香さんの何気なく言った安心だと言う言葉。

 僕はそれが聞けて少しホッとしていた。


「まあ、単純に意外だと思っただけだよ。……それと、こう言う計算ミスもあるんだなあとか」


 難しい問題を解いていて、流石に間違うよなあというミスもあれば、単なる凡ミスもある。

 意外と言うべきか、赤文字で修正してある箇所が多かった。


 しかし、今度は恥ずかしがるでもなく不安げな顔を覗かせた。


「榊原くんも私のこと、完璧だと思ってるの……?」


 ──完璧。


 確かに麗香さんは何でもこなしてしまうし、できないことなんてないかのように思える。

 それは正に完璧と言う言葉が最適で、僕も少し前までは完璧と評した。


 だけど、それは側から見た時の話だ。


 こうして一生懸命に努力して、間違いながらも正していく姿を目にして、それを完璧と言う言葉だけで済ませ、幻想や期待を押し付けるのは違う気がする。


「まさか。昔はそう思うことがあっても、今完璧だと思うことはないよ」


 こんな特殊な関係になって、たくさんの姿を目にしたからこそ。


「お兄ちゃん、それって褒めてるの……?」

「褒めてるって言うか……いや、褒めてるね」


 佳奈が心配そうな顔を浮かべている。

 さっきまでの掛け合いとはちょっと違ったからだろう。


「家で見る麗香さんって朝は弱いし、ダラっとしてるとこもあるし、間違ったりすることも結構あるし──」

「ちょっと?」


 咎められてしまったか……

 そんなツッコミに小さく笑う。

 ただ本当に貶しているのではなく、僕が言いたいのは、


「そういうところ全部含めて“いい”と思わない?」

「あ……」


 学校では見ない色んな姿を見てきた。

 それは多分、学校では見えない麗香さんの隙であり、ふとした瞬間に出てしまっただけだと思うけど。


 だけど、それら全てが親しみを持てて、麗香さんの魅力だと思った。


「だから、完璧って言うには違うんじゃないかな……って僕は思うんだけど」

「……そっか。それなら褒め言葉だ! 完璧だと、ちょっと接しづらいね」


 貶しているわけではないと、伝わったはず。


「もう、二人とも……。でも、よかったよ」


 どこかホッとしたような麗香さんを見て僕も伝えられてよかったと思えた。


「わかってもらえてよかったよ」

「でも、さっきのは貶してるようにしか聞こえなかったなぁ。止めなかったら絶対もっと言ってた」

「……まあ、もうちょっと言ってたかもね?」


 ははっ、と三人して笑い合った。

 ちょっと揶揄いたかっただけなんだけど、バレてしまったみたいだ。


「まあだから、僕は完璧とか思ってないし、頼りたいときは頼ればいいと思うよ」


 麗香さんは気づいているのかわからない。


 だけど僕がそう言うのには理由があった。

 最初から捲っていったノートの端。


 ──所々に書いてある負の感情や弱音を目にしてしまったから。


「うん、ありがとう」


 多分、前の範囲だったから麗香さんはそのノートに書いたことも覚えていないだろう。

 だからこうしてあっさりと見せてくれた。ぶつける先のない弱音を、書くことで発散していた。


 学校で見る完璧という皮を被って、弱音を隠し一人で背負い込んでいる。

 これまで憶測で考えてきた弱音ではなく、麗香さん本人の手で書き記された偽りない弱音。


 そんな姿を見て、どうにかしたいと思った。

 

 こうして僕の想いを伝えられたことは本当に良かったと思う。


 だけど、今までの新鮮で意外だから浮かんだ一つの疑問。


 ──どうして麗香さんはそんなにも、完璧に凝るのか。


 そんな姿もあるのなら、より人気も出て、絡みやすくなって、それで友達ももっとできそうなものなんだけどな、と。


 それと、悩みを打ち明けてもらうために、友達である僕はどこまで踏み込んでいいのだろう、と。


 そんな思いが僕の中に残った。

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