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第16話 喫茶店までの道のり

「静かな所でテスト勉強してぇよなぁ……」


 いつものように学校に早く着いて会話をしていた中、何気なくそう呟いた一輝。椅子の背もたれを腹にして、僕の方を向いて話している。


 今日からテスト週間となり、部活動は基本的に禁止。中には熱心な生徒が自主練習をしていることもあるが、大概の人はテストが迫っていると強く意識する頃だ。


 一輝もそろそろ力を入れようと思い始めたのだろう。


「家でやればいいんじゃない?」

「まぁ、そりゃそうなんだろうけど、俺は家だと集中できないんだよな。出来れば数人でできるところがいい」


 家で集中出来ない人がいたり、反対に学校で集中出来ない人がいたりするのは知っていた。そんな話はテスト前だと偶に、生徒同士の会話から聞こえることがある。


 一輝は前者──と言うよりは、誰かと一緒でないと集中できないのだと思うが、そうだとしても何故か納得してしまうところがあった。


 一輝には悪いが、家で一人勉強しているのは想像がつかない。


「なら、図書室とかは? 静かだとは思うよ」

「図書室か……いや、駄目だな。俺と朱莉の2人なら、絶対に喋っちまう」

「いや、堂々とするなよ……」


 図書室は私語厳禁なところがある。


 言っちゃ悪いが陽キャラ感丸出しのこのカップルとなると、何時間もいれば喋り出してしまうのは目に見えている。

 流石に良し悪しの区別はするだろうが、休憩を挟みながらとなると現実的ではないか。


「やっぱこれだけ条件が多くなると、なかなか見つからないよな。後でもう少し考えてからでいいか……」


 静かで数人で勉強できてここの学生の目につかないところ。一輝は後でもいいと言っているが、そんな場所あったかな、と一応考えを巡らせる。


「ところで、優は来れそうか?」

「いや、これからもずっとバイトだね」

「だよな……悪い、こんな話して」

「いやいや、気にするなよ」


 僕としてはいつものことで、気にする必要もないのだが、一輝はどこか申し訳なさげだ。


 そんな様子が気になりながらも、最近行った場所を思い出す。だが、何せ僕の行動範囲は狭い。すぐに案が尽きてしまう。


 僕が最近通った場所なんて、七瀬家に学校、喫茶店くらいしかなかった。

 「七瀬さんの家でしたらどうだ?」とは勿論言えないし、学校で静かな所は図書室で既に出ている。残るは喫茶店だが──


 ──いや、あったな。


 その条件に当てはまる場所があった。それも、僕が思っているよりも身近な所に。

 そこなら、店の奥で勉強する事も許してもらえるだろう。


「一輝、見つかったよ。お前が探してるような所。そこなら一緒に勉強は出来ないけど、僕も同じ場所には居られるかな」

「お、マジか! ってもしかして」


 一輝が食い気味に聞いてくる。これだけ見つからなかったのだから当然か。そして一輝も予想がついたみたいだ。


「僕のバイト先──喫茶店とかはどうかな?」






 放課後、麗香さんと望月さんを含めた四人で喫茶店までの道のりを歩く。


 一輝の返答は勿論イエスだった。即決である。


 今朝話していた場所が決まった直後に、一輝が二人に向けて連絡を入れたために、今は4人だ。

 恋人関係にある望月さんは勿論、望月さんに勉強を教えることは日常茶飯事だという麗香さんもすぐに了承の旨を伝えてきたらしい。


 そこに僕が勉強には参加できないが、玄さんを手伝うがてら、喫茶店までの道筋を案内することになったのだ。


 四人揃うのは望月さんとの初邂逅以来ではあるが、あの一日で皆が打ち解けたお陰か、話は途切れることを知らない。


 その中でも話し上手な望月さんが、これからの行き先である喫茶店について聞いてきた。


「へぇー、喫茶店かぁ……どんなところなんだろ?」

「そうだね……落ち着いたところ、って言う表現が一番いいかな」


 この表現が僕にとっては一番しっくりくる。

 僕自身、あの店の落ち着いた雰囲気と玄さんの人柄の良さがあるからこそ、手伝いを続けられているのだと思うし、楽しく働けている。


 店内は穏やかな空気が流れているし、勉強をするには最適だろう。


「落ち着いた店か、なんとなく優が働いてる様子が浮かぶな」

「あはは、確かにね。喫茶店の制服とか似合ってそう」


 一輝と望月さんは愉快そうに笑い合っている。

 二人の中で僕がどう動かされているのかは想像がつかないが、純粋な笑顔をしているところを見ると、悪いイメージはされていなさそうだ。


「そう言えば、麗香は行ったことあるんだよね?」

「うん。と言ってもかなり小さな頃だと思うけどね。お父さんに連れて行ってもらったんだと思う」


 僕の記憶には麗香さんが来ていた時のものはない。僕が喫茶店を手伝いを始めた中学二年生の始まり頃よりも前のことなのだろう。


 殆ど毎日訪れてくれる誠二郎さんのことだ。麗香さんが子供の頃に連れて来たことがあっても不思議ではない。


「誠二郎さん、ほぼ毎日来てくれてるからね」

「あ、やっぱりそうなんだ。今でも通ってたんだね」

「会社帰りとかによく寄ってくれるよ。疲れが吹き飛ぶ、って言って話してくれてる」

「ふふっ、お父さんなら言いそう。帰りが遅い時があるのは喫茶店に寄ってるからかな?」

「多分そうだと思うよ」


 誰の力も借りずに、麗香さんと自然な笑みを浮かべながらする会話。普通にありそうだけど、これまでは出来ていなかったこと。


 妹がきっかけとは言えど、最近始まった麗香さんとの勉強のお陰でここまでの会話はできるようになっていた。

 これだけの日数がかかってしまい、ようやく、と言う感じだが、円滑な関係を築けたことにそっと安堵する。


 そんな事を思っていると、一輝と望月さんが僕たちをじっと見ていることに気がついた。


「あれ、優くんって麗香のお父さんと交流あったんだ?」

「ってか近づいたなぁ」


 二人が訝しむように聞いてきた。その隣で一輝も同意を示すかように追撃である。

 だが、僕にとっては、その単純な質問が冷や汗を流す原因となった。麗香さんも若干顔を強張らせていることが見て取れる。


 あれだけ異性との距離を保っていた麗香さんと少しでも会話が出来るようになっているなんて、親友の望月さんからすれば疑問に思うのは当然だろう。


 麗香さんの家で暮らしていることを隠しているのに、こんな話をするなんて失敗したな、と今更ながら後悔する。


「……七瀬さんのお父さんが喫茶店の常連さんで、少し関わる機会があったからね。七瀬さんとの距離が近く見えるのもそれがあるからだと思うよ」

「……なるほどねー」


 急に聞かれた鋭い質問に反応できず少し詰まる。

 一緒に住んでいる言い訳としては苦しいが、現実とかけ離れた事は言っていないし、咄嗟に出た言い訳としては上手く答えることができたため大丈夫だろう。


 未だ疑うような視線は抜けていない気がするが、取り敢えずは納得してくれたようだ。


「まぁいっか。ってことは、麗香は最近行ってないんだ?」

「そうだね、最近は連れて行ってもらうことがなくなったから……久し振りになるかな。あまり覚えてはいないけど、気に入ってたんだと思うから少し楽しみ」


 そう言う麗香さんはどこか懐かしむような目をしている。幼いながらにあの店の雰囲気が気に入ったのだろうか。


 これを機に、また通うようになってくれないものかと密かに願う。知り合いが来てくれると、これまで以上に良い時間が過ごせるのではないかと。


「優と七瀬さんのお墨付きか……聞いた感じだとなかなか良さそうな所だな」

「お洒落な感じで入りづらい雰囲気があるかもしれないけど、一輝が望んでいた通り静かな所だし、お腹が空いたら軽食くらいは出せるから気軽に言ってくれていいよ」

「お、そうか。なら飲み物くらいは頼ませてもらうな」


 外観からは、学生にとって入り難い雰囲気が漂っているものの、ドアを開けた先で迎えてくれるのは気さくに話しかけてくれる玄さん。


 こじんまりしているし、一輝や望月さんにも気に入ってもらえるのではないかと思っていた。


「まぁでも、俺としては優が働く時にどんな感じなのかが一番気になるところだな」

「あ、私もー」

「……はぁ、僕のことは別にいいんだよ」


 二人とも着く前から心を躍らせている。

 けれど、僕はそこに注目されくらいなら喫茶店を紹介しなければ良かったなあ、と気が重くなるのだった。


 麗香さんならば何か言ってくれるのではないかと、僅かな希望を持って見てみるが、「私も楽しみにしてるよ」と笑みを浮かべて言われてしまい、そっと溜息を吐いて顔を背けるしかない。


 もういいか、と半ば投げやりな気持ちで残りの道へ歩みを進めることにした。


「もしかして、あの建物が喫茶店?」

「そう、あれが僕の働いている喫茶店だね」


 望月さんが声を上げて、その建物がある方向を指差している。

 そこには確かに、僕がいつも通っているお洒落な喫茶店が姿を見せていた。

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