第14話 久々の団欒
夕食を帰宅した誠二郎さんも交じえた全員で食べ、L字型のソファで寛ぐ。
家事の類は大方手伝って終わらせている。最近していなかったとは言え、2年間続けた習慣はそうそう忘れる事はなく、スムーズに終わらせることができた。
その為、これからする事は特段何もなく、団欒しようというところだった。と言っても、今は佳奈と僕の二人しかこの場にはいないのだが。
詩織さんは自室で荷物の整理、誠二郎さんも自室のパソコンですることがあるのだとか。そして麗香さんは今入浴中らしい。
そのことに対して何も思わないでもないが、一対一で過ごしているわけでもなく、風呂場が近いというわけでもない為、思春期男子よろしく意識したり緊張したりする事はない。
強いて言えばテスト勉強をしようと思ったくらいだ。
だが、それも玄さんが佳奈とのために作ってもらった休みだと思い直し、やめておくことにした。折角の休暇、今まで居なかった分の会話くらいはしたい。
「──麗香さん優しいし賢いし、それでいて可愛いし、一緒にいてすっごく楽しい! だけど、もっと軽く呼べるようになれたらなあ……」
そう思っていたところ、僕に思いの丈をぶつけてきたのは他でもない佳奈である。
何というか勢いがすごくてこちらが気圧されるくらいだ。
「それなら聞いてみたらいいんじゃないか? 佳奈もいつまでも麗香さんじゃ堅苦しいだろ」
佳奈が麗香さんを呼ぶときは、初めのときの名残があるのかまださん付けだった。
これだけ仲が深まったのだから、親しみ深い呼び方で話せる方が佳奈も楽だろう。
確かに、このままの呼び方では少し距離を感じる。
「そうだね。じゃあ、上がってきたら聞いてみよ」
手にグッと力を込めて、今から気合いを入れる佳奈。表情豊かで元気なのは相変わらず健在である。
まあしかし、佳奈にとっては勇気がいるみたいだ。
今からこんな調子では、いつもどうやって会話を繋げているんだろうか。
「こんなに力入れて、いつもどうやって会話してるんだ? と言うか、どんな会話するんだ?」
「それとこれとは別なの! でも、どんな会話してるのかかぁ……。やっぱり、学校のことが多いのかな」
「まぁ、そうなるよな」
歳の差は三つ、中学校に通うか高校に通うかで違えど、入学して一年という共通点のお陰か、話題も豊富で共感できることも多いのだろう。
むしろ、その相違点があるからこそ、佳奈持ち前のコミュニケーション能力が十全に発揮されているのかもしれない。
「うーん、会話ってその場で浮かんできたことを話すことが多いから、大事なこと以外はあんまり覚えてないや」
まぁ、それはそうか。僕が「昨日一輝と何話した?」なんて聞かれても直ぐには出てこない。と言うより思い出せない。
会話の内容なんて印象に残ることでもない限り一々覚えてないか、と抽象的な質問をしてしまったことを少し反省する。
「あ、でもお兄ちゃんの良いところは沢山話した覚えがあるよ!」
「いやそれは話さなくてもいいだろ」
ピースサインをして満面の笑みを浮かべて僕を見てくる。
それを聞いて、今まで上手くやっているんだなぁ……と思っていたが、一気に心配になる。
どんなことを話しているんだか。変なことを言っていないといいんだけど、と。
「大丈夫大丈夫! 変な事は言ってないはずだから」
「まあ、いいけどね」
僕の表情を見て察したか、そう言ってくる。
佳奈がそう言うのならばそれを信じよう。
僕も兄妹の自慢したくなるにはわからなくもない。
それで、麗香さんに僕が何もしないというイメージが助長されるのであればそれでいい。そういうことにしておいた。
そしてその後もしばらくの間佳奈と会話を続けていると、フローリングを歩く音が耳に入る。
「あ、麗香さん上がってきた」
どうやら麗香さんが風呂から上がってきたようだ。僕も佳奈と同様にそちらを見るために振り向く。
風呂上がりで乾ききっていないのか、艶やかな黒髪は頭上に纏められていて、熱気で上気した顔も合わさりいつもより色っぽさが増したように見える。
寝巻きは十月の中旬となり、夜は冷え込むためなのか、警戒を怠っていないということなのか、肌の露出は極力控えられた女の子らしくも暖かそうなものだった。
それでも魅力が失われるどころか増しているのは麗香さんだからか。
綺麗さと可愛さを兼ね備えた様子を体現したかのようだった。
そんな麗香さんを自分の質問も含めて誘うべく、佳奈が口を開く。
「麗香さんも一緒にお話しよ?」
「わかった、ちょっと待ってね」
そう言ってL字型のソファーの内側を通り、佳奈の隣へ座る。ソファーの沈みが少し伝わってきた。
「──それでね、麗香さんのことをもっと親しみを込めて呼びたいんだけど、なんて呼んだらいい?」
「え? うーん、何でもいいよ。佳奈ちゃんの好きなように呼んでくれたら嬉しいかな」
「本当に!? それならお姉ちゃん……とかでも、いいかな?」
首を傾けて、様子を伺うようチラチラと見ながら聞く。
その言葉には麗香さんも目を丸くして困惑気味だ。勿論聞いていた僕もそうなった。
だが、その表情を見てみると嫌がっていると言うわけではなく、満更でもなさそうだ。
それに養父などに対してお父さんと呼ぶことに多々ある。そう思えば普通のことのように思えた。
「……いいよ。少し恥ずかしいけど、嬉しいかも」
「やたっ! これからはそう呼ぶね、お姉ちゃん!」
照れながらも笑みを浮かべる麗香さんに、喜びを隠しきれない佳奈が抱きつく。
なんとも微笑ましい光景である。
しかし、麗香さんを見るといつもこうではない事は伝わってきて、少し居たたまれない気持ちになった。
麗香さんが僕を見て気まずいような困った顔をしているのを見ると、僕は両手のひらを合わせて苦笑するしかない。
それに対して「大丈夫」と口パクで伝えてくれたのは、嫌ではなく少し驚いただけだったからだろう。
佳奈が仲良くなった人へのスキンシップは、普段からここまでとは言わないが、普通よりは取る方だ。それが今、溢れ出てしまっただけ。
それを受けている麗香さんには申し訳ない気持ちになったが、それだけこの家に、ここの住人に馴染んできたという事だから喜ぶべきところだった。
そして気が済んだのか、パッと離れる。
「あ、そういえば、お兄ちゃんはテスト勉強順調?」
突然思いついたかのように、次は勉強のことのようだ。
「順調といえば順調だけど、わからないところはあるな」
要領はいい自信があるが、レベルが上がると途端に理解できなくなるのが自分の悪いところだ。
「そっか。それなら、佳奈と一緒にお姉ちゃんに教えて貰えばいいんだよ。一回帰ってきたときに少しだけ時間あるでしょ?」
「……え、私?」
麗香さんにも急に話が飛んで、驚いた顔をしている。
佳奈には何か考えがあるのだろうが、今日は佳奈に振り回されっぱなしだな、とそう思った。
「お姉ちゃんは賢いから、お兄ちゃんの勉強も見てあげてくれないかなぁと思って」
「いやいや、それじゃあ麗香さんが大変だろ」
「大丈夫だよ。勉強を教えるのって、自分の勉強にもなるからね」
麗香さんの負担が大きすぎると思って言ったのだが、意外なことに承諾だった。
まあ、人に教えることが勉強になるというのは本当だろう。
学習において、人に説明して覚える事は最後の復習などに使われることが多く、そこまでできる麗香さんはここまで習ったことをしっかりと復習している証拠でもあるのだ。
「それなら、決まりだね!」
「そうだね。……ほんと申し訳ないけど、お願いします」
ソファーに座りながら頭を下げる。麗香さんは大丈夫だと言ってくれたが、何となく悪い気がして、居心地悪い感じだ。
「ふふっ、そんなに畏まらなくても。……でも、任されました」
勉強を教えるという面倒なことも、快く引き受けてくれた麗香さん。
これでまた、悩みの一つであったテストも安心して挑めるようになった。
今日の佳奈は何故か世話焼きだったが、僕のことを考えて麗香さんに言ってくれたのだと思うと、なんだか嬉しい。
勉強の不安も払拭でき、久しぶりに佳奈と長話をした日曜日の夜は、こうして過ぎていったのだ。