第11話 午後のショッピングモール
ファストフード店を出てからは、数多くある店舗を散策した。
大抵のものは揃っているため、何か欲しいものがあれば、すぐに場所を調べて向かうことができる。
基本的には雑貨屋や服屋に見て回り、気になる店があればそこに入るというような感じだ。
何の目的もなくただただ店の中を見て回るだけだが、それも4人で話しながらとなると盛り上がる。
最初に入った服屋では、望月さんが試着したり、麗香さんに無理矢理着せたりと楽しんでいた。
僕は自分に無頓着な所為か、ファッションについては詳しくわからないが、何かわかることがあったとすれば、望月さんはガーリー系、麗香さんはフェミニン系の服が似合うと言うことだろうか。
その際麗香さんは恥ずかしそうに顔を俯けていたが、着ていた服も相まってか可憐さが引き立つばかりだった。
試着の時は恥ずかしがっていたものの、気に入ったものは買っていたようで、今も手には買物袋が握られている。
僕も気遣いはできないわけではないので、大きめの物は持つよと声をかけ、手にはその店のロゴが書かれた袋を提げていた。
次に入った雑貨屋でも、女子2人は楽しそうに見て回っていた。僕もそんな店に訪れる事はなく、新鮮な気持ちになる。それは一輝も同じだったようで、どこか興味深そうに周りを見ていた。
この前に入った服屋でもそうだが、やはり率先して話題を作ってくれるのは一輝か望月さんだ。
その2人のお陰か、麗香さんと話す機会も必然的に出てくる。あれだけ話す事もなかった麗香さんとも、今日だけで少しは普通の会話が続くようになっていた。
そして、その後も行きたいところや気になる店があれば入店することを繰り返していた。
そんなわけで、時間も随分と経ち、次の店で最後にする事になった。どうやら一輝は行きたいところがあるらしい。
「俺と朱莉はスポーツ用品店行きたいんだけど、2人はどうする？ 多分来てもつまらないと思うけど」
部活に熱心な一輝のことだ、部活で使う道具を見に行くのだろう。
確かに中学二年から部活の経験がすべてない素人の僕が行っても何もわからない。専門的な話が多くなりそうだし僕は別行動がいいだろうか。
そこでふと、佳奈に言われていたことを思い出す。
そういえば、佳奈にノートが必要だから買ってきて欲しいと頼まれていたな、と。それが決め手となり僕は別で動くことを決めた。
「僕は佳奈に頼まれてたものがあるから文房具店に行ってくるよ」
「お、そっか。じゃあまたあとでな」
互いに連絡先は交換してある。すぐに合流はできるだろう。
「じゃあ七瀬さんはどうする？ 優についてくか？」
「えっと……うん、じゃあそうするね」
「おっけー」
暫しの逡巡の後、そう決めた。
しかし、麗香さんのこの発言には意外だった。
この中で一番心を許しているのは望月さんのはずだ。だからこそ、てっきり麗香さんも望月さんがいる一輝たちについて行き、僕一人で向かうものだと思っていた。
麗香さんもあの2人に気を使ったのだろうか。
「じゃあ、終わったら連絡するねー」
望月さんはそう言い残し、一輝と一緒にスポーツ用品店へと向かった。
多少の時間はかかるのだろう。集合場所は後で伝える、と言って手を振っていた。
斯くして、僕と麗香さんは二人になった。
「それじゃ、文房具店行くけどいい？」
「あ、うん、いいよ」
麗香さんの態度は思ったよりも普通だろうか。戸惑いこそあるものの、冷たい印象はない。これならば順調に進めそうかなと歩みを進めた。
場所は予め案内図を見て確認しておいたため大丈夫だろう。案内図に載っていた通りならば、そこまで遠くはないはずだ。
僕が麗香さんを先導するように黙々と進んでいく。目的地までは着々と近づいているが、僕には一つ確認しておかなければいけないことがあった。
「僕の方でよかった？ こっちも大して面白くはないと思うけど」
僕の右後ろを歩く麗香さんに尋ねる。
今日は話す機会が多かったためか、さらっと言葉が出てきた。
「正直な話、私も悩んだよ。でもやっぱりあの2人には水を差したくないなって。それに、多分サッカーのことだろうし、私はわからないんだよね」
少し困ったように言う。
僕と同じように、麗香さんもよく話すあの2人の雰囲気に引きずられたのか、いつもよりも口数が多くなっている気がした。
「運動は得意だってよく聞くけど……」
「ああ、あれね。確かに運動は自信あるけど、サッカーとかスポーツ系のことになると難しくってね」
運動ができると言っても、スポーツ全般が得意というわけではない。基本スペックが高くとも、専門的な知識が絡まってくると動きづらくなるのはよくあることだ。
学校でよく聞く話だと、麗香さんは何でもできるように聞こえてくる。その所為か、完璧な人だと思いこんでいた。そしてそれが、彼女への無意識な期待なんだろうな、と今になって気がづいた。
「まあ確かに、その競技ごとの話とかになると素人は口出しできないか」
「うん、だからこっちに来て間違えたとは思わないよ」
軽く笑みを浮かべ、そう言った。
その言葉が聞けたなら、僕としては安心だ。
しかし、無意識な期待、か……
麗香さんの噂はいい方面での話しか出ていないため、その分期待値が上がってしまうし、そういう目を向けてしまうのもわからなくはない。しかし、それを一身に受ける麗香さんには莫大な量の期待、すなわちプレッシャーがかかるわけで……
どうすりゃいいかなあと頭をかいた。今日もこうして一緒に遊んでいるし、家では一つ屋根の下で暮らしている。どうにも何も考えずにこのまま流したくないという思いがあった。
そんな風に考えに耽っていると、目的の店にも到着した。佳奈がご所望のノートをどれがいいのかと、なんとなく気になるものを手にとって見ていく。
今はまだ麗香さんについてわからないことが多すぎる。少しづつ、麗香さんを知っていくうちに考えていこうと一旦思考を止めた。ついつい考えてしまうのは悪い癖だ。
「……どうしてノート？」
とって眺めて、とって眺めてとしているのを見て、気になったのか聞いてくる。
「佳奈に買ってきてほしいって言われたのを思い出してね。多分テスト前だから勉強するんじゃないかな」
「あっ、そういえばもうすぐテストだもんね。私たちもだけど」
麗香さんの言う通り、僕らの通う高校では二学期の中間テストが十月の中旬にある。
今はまだ十月に入って間もないが、二週間前にもなるとそろそろ勉強熱心な人は熱を入れ始める頃だろう。
逆に勉強にあまり力を入れない人は一週間前のテスト週間からでいいと余裕を持っている時期だ。
僕は前者より、一輝はどちらかというと後者よりで、僕はそろそろ復習を始めようと思っていた。一輝は点数がそこまで悪いわけではないらしいが、勉強は苦手らしい。
「あと2週間と少し先ってところかな。麗香さんは順調？」
「まあまあかな……？」
麗香さんはそう言っているものの、謙遜というのはわかる。予習、復習は欠かさないらしいし、余裕を持って取り組んでいることだろう。そうでもなければ毎回学年一位の成績は取れるはずがない。
「そっちはどうなの？」
「僕は明日あたりから始めようかなと」
「そうなんだ」
会話が途切れ、僕たちの間に沈黙が流れる。
今日一日の行動を通して、以前よりも長い時間会話が続くようになったが、まだまだ二人だと話し続けるには程遠い。
それでも、会ったばかりの頃の何も話さない気まずい空気と比べると大きな進歩だった。
話すことがなくなり、また気になる商品を手に取って見ていく。その時、横目で見た麗香さんが何か言いたそうに口を動かしては止めていたことが少し気になった。
しかしそれも少し経つと終わり、今度は不意にズボンのポケットに入れておいたスマホが震える。手に取ってみると、一輝からの着信だった。
どうやら一輝たちの用事は終わったらしい。画面に映された文字にはその旨とこれから合流するための集合場所が書かれていた。
「麗香さん、一輝たちは終わったみたい。そろそろ行こうか」
「あ、うん、わかった」
少し離れた所にいた麗香さんに声をかけ、見ていたB5サイズのノートを手に取り会計へと向かった。
それが終わると、来た時と同じように僕が前を進み集合場所へ向かう。
麗香さんは後ろを歩いているが、その距離は前に一緒に登校した時の距離よりも少しだけ短くなっている。
それだけ、多少は心の距離も縮まったということだろうか。
僕の親友である一輝と、麗香さんの親友である望月さんが付き合っているとわかった以上、これからは関わる事も増えるだろう。
だからこそ、少しでも楽しく過ごしてもらうためにも仲良くできたら、なんてことを思った。
はじめはどうでもいい、寧ろできるだけ関わらないようになんて思っていたけど、何の偶然かこうして何度も巡り合うことになっている。その繰り返しで少しずつ、自分の思いが変わっていくことに気が付いた。
まだまだどう接していくかは悩み所ではあるが、普通の会話が少しできるようになったのは間違いなく一輝たちのお陰だ。そのことにそっと感謝する。
テストのこと、佳奈とのこと、そして麗香さんとのこと。
問題は山積みだが、少しずつ解決していこうと決意したのだ。
