第10話 4人での会話
「どうだ、驚いただろ?」
無事電車に乗ることができ、そう僕に話してかけてきたのは一輝である。隣に一輝、前方に麗香さん、そしてその隣に望月さんの位置どりで空いている4人席に座ることができた。
「……ああ、うん。すごく驚いたよ」
ああ、ほんとに。どうするかパニックになりかけるくらいには驚いた。よく何も怪しまれずにできたと自分を褒め称えたいくらいだ。
「でしょー? ダメ元で誘ったら来てくれたんだ」
そう自慢げに言うのは望月さんである。
ただその中に一つ、気になることがあった。
「ダメ元……?」
「そ、麗香こう言うの得意じゃないみたいでさ」
どうやらグループ的な遊びには大抵不参加だという。望月さんと遊ぶのは基本2人の時のみらしい。理由はわからないが、隣で「へぇー」と聞いている一輝も知らなかったようだ。
「中々来てくれることないし珍しいことだからちょっとテンションあがっちゃってねー」
「ちょっと朱莉?」
ぽんぽんと嬉しそうに肩を叩かれ麗香さんは不服そうだ。しかしそれすらも仲睦まじく見えるのは互いに嫌悪な感じがないからか。
しかし一転、今度は胡乱げに思い返しだした。
「でもメンバーを教えたら渋々って感じで来てくれたんだよね。……さては優くん、何かある?」
「……いや」
鋭く聞かれた質問。一輝と望月さんの視線が向けられる。
どき、と胸の鼓動が速くなった。
「いや、それは朱莉が大事な話があるって言うから……」
しかし、麗香さんが遮ったことで注目はそちらに向いた。
「あれ、そうだっけ?」
どくどくと波打つ胸をそっと撫で下ろす。正直助けられた思いだった。
コロッと元に戻っている様子を見るに、本人は軽く揶揄ったつもりなのだろう。ただ状況が状況なだけにかなり心臓に悪い。
麗香さんのフォローでなんとかなったけれど、あの発言にはヒヤッとさせられた。
どうにも鋭いのか鋭くないのかわからない部分がある。まあ、親友のことだからとちょっと気になるのだろうな、とそう思うのが自然だろうか。
「でも、何もないってことは優くん、君は運がいいねー」
「だな、俺としても嬉しいことだ」
「……確かに、最近そう思うようになってきたよ」
「おー、いいことだ」
もう既にたわいもない話を始めているし、そこまで気を配る必要はないのだろう。
麗香さんの言った言葉も誤魔化しなのか事実なのかよくわからないのも気になるが、確かめようはない。しかし誤魔化しだとするのならどうして麗香さんから来てくれたのか、ということが疑問になる。
何にせよ、話せる時があれば話すべきだろう。
そして、こと友人のことに関しては鋭い一輝と望月さんにも、落ち着いたら確実に例の同居のことは話すべきだと分かった。
少しづつ考えをまとめていると、目的地の駅のアナウンスが耳に入る。
「よーし、着いたみたい! 優くんもかずくんも元気出して。楽しんでいくよー」
「お、おー」
そうテンションが上がっている望月さんを先頭に、ショッピングモールへと向かう。
因みに優くんと言うのは榊原が長いからと言うなんともコミュ力がありそうな理由で決まった。
そして一つ、思い直す。
そうだ。今日は楽しみにきたのだからとことん楽しまなくては、と。久しぶりの友達との休日、期待に胸に改札を出た。
目的地であるショッピングモールに着いた。時刻はすでに昼前とのこともあり、まずは昼食をとることに。
僕の住む街から電車で20分ほどかかるここは、大型のショッピングモールで、買い物から食事、映画、ゲームセンターまで楽しめる。
今日はぶらぶらと店舗を巡るだけだとは思うが、昼からの時間を過ごすには十分な施設が揃っていた。
それに、店舗数も多く人気があるため、いつも店内は客で溢れかえっている。
そんな中、食事時にはどうしても飲食店は混んでしまうため、まだ11時30分を過ぎたくらいだが、少し早めの昼食を取ることにしたのだ。
それでも飲食店には人が既に入っていて、席が埋まっていたりもする。ピーク時よりはましだと思うが、中々盛況だった。
僕たちはファストフード店に来ていたわけだが、店内は8割ほど席が埋まっていた。
この4人で来たにも関わらず、ファストフード店を選んだ理由としては、一輝が安く収まって、注文してからが早いと推してきたからだ。
節約している僕としては嬉しい申し出だったが、彼女持ちの身で昼食にファストフードを推すのは如何なものか。
だが、「俺と朱莉の関係に小洒落た店は似合わん!」と高らかに宣言する一輝に押され、向かうことが決まった。望月さんもそこに異論はないらしく、何なら同調していた。
あまりファストフードとイメージが結びつかない麗香さんも良いらしく、僕も異論はなかったためそこに決まったのだ。
そして今は、注文した食べ物も出来上がり、空いていた席に座ってたわいもない話をしていた。
座った席は4人席で、僕と一輝が横に座り、その対面に麗香さんと望月さんが座っている。つまりは電車の席と同じ位置取りである。
てっきりカップル2人で横に並ぶのかと思っていたが、一輝も横に麗香さんが座るのは気まずそうだと気を使ってくれたのか、僕の隣に来てくれた。
望月さんとは今日初めて会ったが、みんな思いの外話が弾んでいた。そこで、会話の合間を縫って僕も気になっていたことを聞く。
「一輝と望月さんって知り合ったのはどこ?」
「やっぱそういう質問くるよな。それなら部活だな」
「そうそう、私がマネージャーでかずくんが選手」
なるほど、部活か。聞いた話によると、一輝はサッカー部でかなり活躍しているらしい。一年生ながらレギュラーを勝ち取り、その実力は折り紙付きなのだとか。
「それでかずくんは1人だけ残って練習とかしてたんだよ。そうやって頑張ってる姿を傍で見てて、少しずつ惹かれたみたいな……」
これ恥ずかしいね、とパタパタと手で仰いでいる。言われている一輝も恥ずかしそうだ。
「素敵な出会い……」
色恋沙汰を聞かない麗香さんも流石は女の子。コイバナに興味を持っているようで、集中して聞いていた。
マネージャーはその人の試合している様子だけでなく、努力している姿もよく見ることができる。努力している姿ってやっぱりかっこいいし、素敵だと思うのは優の感想である。やはり選手とマネージャーから恋に発展することは多いのだろうか。
「俺もそんな感じだな。1人で練習してた時によく朱莉が手伝ってくれてな。それから少ししたあたりで気になり始めたんだ」
「やっぱ傍で支えてもらえるっていいよね」
「ああ、ほんとにな」
素敵な話だと思った。通常の部活が終わってからなんて時間もかなり遅いはずだ。それなのに自分一人のために手伝ってくれるなんて。
自分がやりたいと思ったことに対して真剣に努力できる一輝だからこそだと思うが、一輝は自分の事をしっかりと見てくれる人に巡り会えたみたいだ。
その事は本当に自分の事のように嬉しい。それなのに、当たり前のように部活をして、当たり前のように恋愛する。そんな日常を過ごしている一輝を少し羨ましく思ってしまう。
自分には叶わないとわかっているからこそ、憧れるものがあった。
「一輝の事をしっかりと見てくれる人が現れたみたいだね」
「いやほんと、うれしい限りだ」
「おめでとう。また何かほかのことでも聞かせてもらおうか」
「勘弁してくれ……」
茶化しはするものの、心から祝福を送る。いつも助けになってくれた一輝だからこそ、幸せに過ごしてもらいたいものだ。
「でも、ありがとな。じゃあ、次はお前の番だな」
「僕は無理でしょ。部活とかにも入ってないしね」
そう、僕には無理だ。
普通の高校生とかけ離れた日常を送っていて、基本的には妹のことを最優先で行動している。もし仮に僕と付き合っても良いという人が現れたとしても、時間の取れない僕のことだ。すぐに見放されてしまうだろう。
僕に一輝たちのような関係ができるのは、夢のまた夢なのかなと心の中で自嘲する。
「そう言うと思ったけど、俺はお前には幸せになってほしいと思ってんだよ」
「そっか、嬉しいよ」
ただまあ、その気持ちは受け取っておこう。
店内の客席は全て埋まり、注文待ちの列もできてきた頃、僕たちの会話にはまだ一輝と望月さんの話が尾を引いていた。
「そう言えば、七瀬さんの浮いた話も聞かないよな」
麗香さんはこれまでの会話で反応はしていたものの、これといったアクションは起こしていない。急に話が飛んてきたことに少し驚いているようだった。
そろそろ恥ずかしくなってきたのか、自分たちの話題から話を変えようと何気なく聞いたのだと思う。
確かに、学校でも一番の人気を誇っている麗香さんの浮いた話が出てきたのなら、学校中がその話で持ちきりになるだろう。しかし、今までその手の話が出たことすらないのだ。
「何かあったりします?」
そう言ってから、あ、踏み込みすぎたか……、と一輝の小声が耳に届いた。話を広げようとしたのだろう。広げ方を間違えたのか、失敗したような表情をしていた。
「えっと……」
それを聞いて、返答にかなり悩んでいるようだ。僕の対面に座る麗香さんは心なしか困惑しているように見える。
こうやって話しにくい理由が何かあるのか、本当にその手の話が何もないのか。
望月さんは多少事情を知っているのか、少し心配そうに見つめていた。
だからまあ、ここは助け舟を出すとしよう。少し自分を下げることがポイントである。何の、かはわからないが。
「僕みたいにその手の話が何もないやつもいるんだし、なくてもおかしくはないでしょ?」
「まあ、確かにな」
「それはそれで失礼じゃない?」
彼女ができて調子に乗っているな? と思いつつ、視界の端で麗香さんがクスっと笑っているのを姿を収めた。それは本当に漏れ出た笑みあり、その姿は可愛らしいという表現が適切であった。
こういう遊びは参加しないらしいし、きっと緊張もあったのだろう。気が楽になったのか、気兼ねなく口を開いた。
「ごめんね、実は本当にその手の話がないんだ。今はそういうのは、聞いてるくらいがいいかなあってね」
「いやいや全然いいんだ。なんとなく話の一環として聞いただけだからさ」
そもそもまだ会って間もない僕と一輝には言いづらいことだろうし、さしてみんな気にしていない。麗香さんは少し申し訳なさそうだが、さっきよりはずっと晴れやかだ。
「この話はまた気が向いたらってことでお願い」
そう手を合わせて言う。まあ、そのくらいの認識でいいだろう。
もし聞ける機会があるならその機会を楽しみにしておこう。
「さあ、片付けて買い物に行こ?」
荷物を整え、席を立ちながら麗香さんは明るく言った。
だいぶこの空気には慣れてきたようだ。はじめよりも愛想がよく表情も出るようになっている。
だから僕も、その麗香さんに同調するように立ち上がった。
「よし、じゃあ行こうか」
親睦も多少深まり、すっきりとした気分で次へ向かうのだ。