黒猫の秘密
さて、医務室で聖の解熱剤も貰ったし、これで寮に帰るだけっと。
「ん? あの黒猫は……」
寮のすぐ近くに見覚えのある黒猫。あの黒猫は多分。
「るーちゃん??」
そう言うと黒猫は愛想良く「にゃー」と鳴いた。
寮は寝ている聖が居るので寮近くのベンチにるーちゃんを抱き抱えて座る。
「はー。猫って可愛い〜!! 癒される〜」
普段から美純が綺麗にしてあげてるのか、毛並みも凄く良い。それにもふもふ。本当に癒しの時間だ。
「最近悪魔付きの本に悩まされてたし、いい気分転換になるかも」
気休めかもしれないけどね。
「なに? お主、もうあの本を見つけたのか」
「……ん? 心なしか、凄い歳食った様な喋り方がるーちゃんから聴こえる。……気のせいか?」
私ってば、最近かなり疲れてたからそれのせいかもしれない。うん。きっとそうだ。
「気のせいではないぞ。静乃」
抱き抱えてるーちゃんを見つめるとハッキリと目の前の黒猫……もといるーちゃんが私にジト目でそう言う。
「……こわっ」
「こわっ、とはなんだ。こわっとは」
「いや、今までただの可愛らしい猫かと思ってたのが喋り出すとそりゃあ私だってそう言いますよ」
「ふむ。そうか。それはすまなかった。だが、我としてもこのチャンスを逃す事は出来んのでな」
「チャンス?」
「白雪 聖の監視の目がない時、だ。今までお主は同じ部屋で監視されてたからな」
監視。あー。なるほどー。聖と同じ部屋だし、聖が何の用もなく私の事を探るような目で見てた事もあったなぁー。
でも、聖が根掘り葉掘り聞いてくる時は静香の事だったし、私への興味なんて一ミリもないと思うけど。
「それでも用心は必要だぞ」
「……ってもしかして、るーちゃん、心の中読んだ?」
「まぁな。そもそも我はお主の悪魔の人格じゃし」
「……は?」
ジト目で再度見つめてくるるーちゃんを唖然とした顔で見つめる。
「は? とはなんだ。だから、我はお主の悪魔の人格。悪魔ゼパル。我とよろしくしておくれ」
「……は? ワンモア」
「だからな。我は悪魔付きに付いてる人格の悪魔ゼパル。お主が主人格の沖田静乃。これで良いか?」
「……私の今までの悩みを返してくれない??」
「まぁ、お主が悪魔付きの本を見つけるまでは混乱するだろうから黙っておこうと思ってたのだがな。思ったより早かったな。お主の部屋で定期的に確認してたのだが」
ほーん?? たまに私の部屋に来てくれたって思って可愛がってたんだけど、そういう理由だったのか。……って、ちょっと待って!?
「もしかして、美純はこの事を知ってるの?」
るーちゃんの飼い主は美純だ。それなら、ゼパルの協力者ならあの時レシピ本に見えると言ったのも嘘かもしれない。
「一応知ってるが、美純には本当にレシピ本に見えてた筈だぞ。あの日に美純はあんな料理作れないけど、沖田さんは作れるのかなとブツブツ言ってたからな」
「あー。知ってるんだ〜ってなんで教えてくれなかったのよ!! 美純〜!!!!」
知ってたなら、私がこんなに悩む事もなかったのに!!
「まぁ、美純には一応と言っただろ。お主の悪魔の人格なんて言っても信じてくれなさそうだから、お主が知らない内に生み出した使い魔という事にしてある。なので、美純には自然と本人が気付いた時に言って欲しいと伝えておいた」
「ああ。それで私にゼパルの事を教えてくれなかったのね。……というかよくそんな理由で行けたわね」
「まぁ、その悪魔付きの本に使い魔を出せる事を書いてあるからな。辻褄は一応合うぞ」
「ふーん。あっそ。じゃあ、なんでゼパルは黒猫の姿をしてるのよ」
「ふむ。その事を話せば長くなるのだが、……まぁ、説明してやろう」
ゼパルがそう言って私の横にちょこんと座る。
「まず、お主が産まれた時からこの学校に入学する前までは我が沖田静乃としてその身体を使っていた」
「……うん??」
いや、初っ端からとんでもない事言われたけど、何それ。え? ゼパルが私としてこの身体を使っていた??
「まぁ、とりあえず質問は後だ。続けるぞ」
私的には全然スルー出来ない話だけど、まぁいいや。とりあえず聞こう。
「それというのも産まれた時にお主の人格が全然目覚めなくて、このままでは死んでしまうと思い、仕方なく我が沖田静乃としてこの身体を乗っ取った。お主が目覚める頃にまたバトンタッチをすれば良いと考えたのだ」
「そうか。悪魔付きの本にも書いてた通り、悪魔付きの人間の身体を自由に乗っ取ろうと思ったら乗っ取れるんだっけ?」
「そうだ。それでしばらくして、お主が何故目覚めなかったのか分かった。聖女付きの沖田静香のせいだった」
「静香のせい?」
「うむ。聖女付きと悪魔付きは相性がとても悪いと自分でも分かるだろ?」
まぁ、確かに聖女付きの力でも私の身体は治癒出来ないし、それは知っている。だけど、それと何の関係が……。
考え込む私を見て、ゼパルは私の心の中を読んだのかそのまま話を続ける。
「お主達は双子だと言うのもあって、お主が産まれてくる前に静香から無自覚に聖女付きの力を使われてしまったのだ」
「うん? どういう……」
「悪魔付きに聖女付きの治癒能力を使っても意味はないが、聖女付きが浄化の力を悪魔付きに使えば大ダメージになる。それも意識不明になるくらいな」
「……へ? 意識不明??」
「ああ。意識不明になる。下手をすればそれで死ぬ。悪魔付きは寿命や好きな相手に殺されなければ死なないが、それを別としてもだ」
……そんな設定知らない。というか浄化の力で悪霊を成仏させてたのを見たけど、静香の力はもしかして……。
「そのもしかして、だ。悪意のある者に聖女付きの浄化の力を使えば殺せる。まぁ、今の静香は自分の憑き物のさじ加減を知っているから殺しはしないだろうが」
「やっぱり。じゃあ、私が静香の事を疎んでて悪意をぶつけたりしてたら死んでたかも」
「そうだな。死んでた。静香は力で力ある者にその浄化の力を分け与え、その者に殺されてもお主は死ぬ」
「……あれ? 普通に殺されても死なない癖に私の死亡する条件多くない?? ……つまり、静香は私の天敵??」
「そうだな。簡単に言えば天敵だ。お主の両親はその事を全く知らなかったので、なんとなくだろうが、中々泣かないお主に嫌な予感がしたから産まれた時に佐藤夫婦にお主を預けたらしい。その後に悪魔付きと聖女付きの相性の悪さを両親と佐藤夫婦は知ったのだ。結果的に正解だったと以前、佐藤夫婦にそう聞いた」
あ、そうか。今でこそは静香は自分の力を普通に使えるけど、幼少期はきっとそうじゃない。だから、私の本当の両親と佐藤夫婦は私と静香を引き離していたんだ。
「力を上手く使えなければ、うっかり私を殺してたかもしれないから仕方ないね」
「そうだ。だから、うっかり産まれる前に使われたお主が中々目覚めなかったのだ」
「中々目覚めないって言うレベルじゃないけどね。ゼパルからしたらそんなに経ってないかもしれないけど」
学校入学前にやっと意識不明から目覚めたって相当ダメージ来てたって事だし。
それに、そうか。ラスボス戦の時に静香が強化した皆で静乃をボロクソに倒してたけど、今思えば殺傷能力しかない攻撃じゃん。アレ。
聖が箱庭の呪いをかけてるから、自分の身体に静香が強化した氷の剣で自分の四肢を刺して静乃の弱体化してたけど、静乃側からして見ればアレはかなりのダメージだろう。静香の浄化の力は致命傷だし。
「という事は両親に私は愛されなかった訳じゃなかったんだ」
まぁ、ゲームでの静乃はそれを聞いても結局両親は私を選ばなかった、なんて思うだろうけど。それに静香を殺そうとしていた理由も分かった。そうしないとうっかり自分が死んでしまう可能性があったからだ。
まぁ、死にはしなかったにしても回復するのにこの歳になってて、しかも悪魔にも乗っ取られてたって分かったら最悪だっただろうしな。目覚めたら幼少期も終わってるし、両親は本当の両親でもないし。
オマケに悪魔付きってだけで迫害もされるし、好きな人が出来たと思ったらその人も静香が好きだし、性格捻りに捻りまくって余計に殺したくなるだろう。
「……そうだな。そうでないとお主の支援なんてしていないと思うぞ」
「支援??」
「お主の教育費、生活費を沖田家がサポートしているのだ」
「ふーん。なるほど。これでなんでこのバカ高い学校に通う事になっても何にも言われないのか謎が解けたわ」
地味に疑問だったんだよねぇ。この学校に通うお金あるんだろうかと。
「まぁ、それにしてもゼパルが私の時に静香が訪ねてきた時に邪険に扱ったから、その時に着いてきてた聖に嫌われてるんだからね!!」
静香が自分の力をコントロール出来ない内は遠ざけるのは仕方ない……というのは分かるけど、分かるけど!! もっと優しくできないの!! アレのお陰で今の私が苦労してるんだから。
「我が下等な人間に媚びへつらう事が出来ると思うか??」
「今、出来てるじゃない。それに小さい頃も多少はしてたじゃん」
「ふむ。アレは近くの子供を見てこんな感じかと振舞ってみたがどうもしっくり来なくてしばらく試して辞めた。それにこの姿は猫なのでな、しょうがなく……というかそれが条件で美純に匿ってもらっていたから仕方がなかったのだ」
「というかなんで美純にはただの猫じゃないのを教えたの?」
凄く疑問だ。この疑問が1番の疑問というのもあるのだけれど。
「美純には弱っているところを助けて貰ったのだ」
「弱ってた?」
「ああ。お主の身体の時に使い魔としてこの黒猫を出し、こちらに乗り移ったまでは良かったのだが、お主がこの学校に入りしばらくした時にお主からの力の供給が途切れてしまってな」
「途切れたってまさか……」
「そうさな。お主が悪霊事件に巻き込まれた時だ」
「ああ……。その節はすみませんでした」
「いや、アレは力切れになっても仕方ない。それに我もお主が倒れないようにあんまり憑き物の力を使わないように省エネしてて助けもしなかったのだ。責められぬ」
まぁ、倒れたし、能力も制限食らっちゃったしね。それにゼパル分の力もあげてたなら余計に仕方ないし。
「それで、生き倒れになっていた所を美純に助けて貰い、力も供給出来たのだ」
美純の事だ。ゼパルの話を聞いて、私への罪悪感もあって匿ってあげてたのかもしれない。
「あれ? でも私との供給が切れたのにどうやって力の供給をしたのよ」
「ああ。それは象の魔物のアーサーという奴が育ててる林檎を一つ拝借した後に偶然生き倒れになった時に後で食べようと思って持っていてな。それを美純に食べさせて貰ったら憑き物の力が回復して、美純には助けて貰った義理を果たすために今に至る」
「いや、それ盗んだから天罰だったんじゃ……」
「まぁ、聞け。その後に回復した我はアーサーの元に謝罪とお礼をしに行ったのだ。その後に仲良くなったのだ」
それにしてもここに来て新しい魔物の登場。というか話終わっちゃったし、ゼパルが仲良くなった魔物って本当になんだよ。
「おお。そうだ。お主、適任じゃないか」
「は? 何が?」
「その象の魔物のアーサーが林檎を売る店を始めたのだが上手くいかないらしく困っているのだ。我としても義理もあるし、一応友人なのでな。助けたい。聖の風邪が治ったら言ノ葉と美純、ウルとあの鬼付きの娘も連れてこい」
「別にいいけど。なんでこのチョイス?」
「人数は多い方が良いからな」
いや、どう見ても説明がもうめんどくさいって顔してる。
「まぁ、いずれお主がまた一人の時に会いに来る。詳しい事はその時に話そうぞ」
そう言い逃げして、ぴょこんとゼパルはベンチから降りて草むらの中に消えてった。
その後に寮の清掃の人だろうか、その人がこちらに来たのでそれで去ったのかと納得する。
「……いや、まぁ大方の事は分かったけど、ゼパルに更なる面倒事押し付けられたような」
……はぁ。まぁ、私が悪魔の方の人格じゃないって分かっただけ安心かな。
あのタイミングで目覚められて良かった、とも言えるけど。
本来の静乃としては不本意だろうけど。
「さて、聖に薬飲ませて看病しますか」