桐生先輩の好物
司書さんに言われた通り、家庭科室に行くと黒髪で短髪、灰色の瞳に右目にモノクルを付けたいかにも賢そうなイケメン……もとい、桐生 颯先輩が居た。何やら、鍋の中を一生懸命かき混ぜている。
「桐生先輩!」
「ん? 確か君は……ああ、悪魔付きの方の沖田くんだね」
そーいえば、桐生先輩はゲームでも静香の事を「沖田くん」と呼んでいたな。確かに桐生先輩からすればその姉の私も「沖田くん」になるか。
……すごいややこしいけど。
「桐生先輩を捜していたんですよ」
そう言うと桐生先輩は驚いた様に目をまんまるくし、大袈裟なリアクションを取る。
「おお! 奇遇だね。僕も君の事を捜していたんだよ! これはもう運命だね!!」
黙ってればこの先輩、本当に賢いイケメンの先輩なんだけどな。喋るとちょっと残念なんだよね。声もめちゃくちゃ良いから余計にアレだけど。
「あの……先輩、私は梶さんの件で桐生先輩を捜していたんです」
「ふむ。まぁ、僕の君への用件は置いておいて、聞かせてもらおうじゃないか」
へー。桐生先輩ってちょっとやりづらい先輩かと思ってたら、そういう事はちゃんと話聞いてくれるみたいだから変人だけど結構まともな人、かもね。
ゲームやってる時はクソゲー過ぎて違和感何にも感じなかったな……。
もはやフリーズバグとの戦いしてたもんな……。半分趣旨変わってたし、修正パッチ入れたくせに別のフリーズバグが増えるってクソかよって嘆いてたのが懐かしいなぁ〜。
なんて前世のゲームを振り返るのも程々にしつつ、桐生先輩に梶 美純の状況を話した。
「それは、深刻だね。早く僕が診るとしよう。悪いモノに心の隙間の中に入る余地を与えてはいけないからね」
「桐生先輩……!! ありがとうございます」
そういえば、変な先輩だけど真面目な事はちゃんとしっかり仕事をこなすから、あんなクソゲーでも「愛と光の聖女」の中でも人気キャラだったな。
「そうだ……。僕だけじゃなくて妹の沖田くんは何処に居るのかな? 彼女の聖女付きの浄化の力も必要なんだけど」
「ああ。それなら、図書館に居ますよ。呼んできましょうか??」
聖のせいで静香の連絡先は全然聞けなかったんだからね。聞いてたら、簡単に呼び出せたのに、アイツは静香のセキュリティかよ。
「図書館か。……いや、大丈夫だよ。僕が呼びに行こう。その方が話も早いしね。それで、僕の方の用件なんだけど……」
桐生先輩は少し私の方をチラッと見ては何かを考えているようなポーズをとる。
「なんですか??」
「僕の今、作っている豚汁……何か味が足りないんだよ。レシピ通りの筈なのに。君のいつも作っている豚汁とは全然大違いだ」
なるほど。豚汁にハマっているから家庭科室で作っていたのか。
まぁ、自室の寮はちょっと距離があるし、調べたい事ややりたい事があって学校で別の自主学習してても直ぐに食べたかったら家庭科室で作る方が効率いいもんね。
「ほうほう」
「それで、君にこの豚汁を完成させて欲しいんだよ。君なら僕が梶くんの隙間を埋めた後でも間に合うだろうから! じゃ、任せたよ!」
「あ、それならお易い御用……ってもう行っちゃったわ」
……桐生先輩の魂付きの上位の力の狐付きの能力、ちょっと見たかったなーとは思ったけど、これは静香が主人公のゲーム。主人公は私じゃない。
ま、元々私は静香の敵だし、桐生先輩は賢いから悪魔付きの私とは今のところ、適切な距離で居るのかもしれないな。
それにこのイベントは元々静香の物だし。私の能力なんて余計に使えないもんなぁー。
なんてしばらく考えたって仕方ない。私は私の出来ることをしよう。
「さて、この豚汁。何が足りないんだろう」
とりあえず、味見をしてみるとなんとなく味噌が足りない気がする。そして和風だしも。
桐生先輩の見ていたレシピの所にお湯 適量と書いてあり、桐生先輩の豚汁が何処で上手くいかないのか分かってしまった。
「先輩、適量がどのくらいの量かわかんないから多めに入れてるじゃん」
これじゃあ、味噌と和風だしの味が薄くなるのもわかる。入れすぎだ。
「初心者だと適量ってどのくらいかわかんないから多すぎたり少なすぎたりするんだよね……特に桐生先輩、分量はきっちりするタイプだから何が失敗しているのか分かってなさそう」
とりあえず足りない物を足し、火を入れてかき混ぜて、また味見をしてみる。
「うんうん。この味」
先輩には分量通りじゃなくて、味が薄ければ足して、濃すぎれば引くって教えた方がいいかも。料理って基本的には足し算引き算みたいな物だし。
さてと、豚汁だけじゃアレだからおにぎりとかつーくろ。
「悪魔の方の沖田くん! 戻って来たよ!!」
「って!!!!!! はやっ!!!!」
まだ一時間くらいしか経ってないけど!!
「聖女の沖田くんを白雪くんから素早く拉致り、ホワイトナイト寮の医務室に駆け込み、素早く聖女の沖田くんと協力して梶くんを救ってみせたよ!! さぁ!! 早く君の豚汁を飲ませておくれ!!」
この人……どんだけ豚汁飲みたいんだよ。ってまぁ、司書さんの話じゃ私が居ない間、地味に豚汁飲めなくて残念がってたみたいだしまぁ、良いか。
……それにしても、あのセキュリティみたいな聖から静香を拉致るなんて、ある意味すごい先輩だな。
「はい。豚汁完成させておきましたよ。……それに塩にぎりも作りました」
流石に豚汁だけでは物足りないので、おにぎりも勝手に作ったんだけどね。
「おお! さっすが沖田くん! 気が利くね。では早速食べさせてもらおうじゃないか」
桐生先輩は上品に豚汁を飲み、何やら頷きながら塩にぎりも食べ、全部食べ終わった頃には何やらご満悦顔だった。
「うんうん。君の料理は本当に美味しいね。豚汁もいつもの味だし。しかし、本当に僕の豚汁は何が足りなかったんだい?? 全てレシピ通りだったのに」
「ああ、先輩のはお湯が多すぎたんですよ。だから味が薄かったので、味噌と和風だしを足したら、丁度良くなりましたよ。料理の味は足し算引き算なんで、足りなかったら足す、多すぎたら引くって感じなんですよ」
「なるほど。足し算引き算……か。どうやら僕はレシピ通りに拘りすぎていたみたいだね。もう少し柔軟に考えながら作ってみるよ」
桐生先輩は嬉しそうに笑って、自分のメモ帳にメモをしていた。
私も……後で美純の様子を見に行ってみようかな。やっぱり気になるし。




