優しいのは……。
「ねぇ。聖、何頼んだの?」
「ああ。オムライスですよ」
「え? オムライス? 聖が? 意外」
「私だって、食べたくなる時くらいあるんです」
ちょっと、怒らせてしまったかなと思い、聖の表情を覗くとそんなに怒ってはいなかったみたいだ。……でも、オムライスを食べたくなる聖なんて珍しい。
なんて思っているとしばらくして、呼び鈴が鳴り、聖はオムライスを取りに行った。そこから、聖は机の上にオムライスを並べてくれた。
怪我する前はリビングのちゃぶ台で食べてたけど、今は怪我でちょっと無理なので、キッチンの近くにあるテーブルで食べる。お昼もここで食べたし。
なんだかんだ聖が学校行く前に長椅子を1つ退かしててくれてたから、車椅子で行きやすかったし。(四人座れるタイプのテーブルだったし、椅子も四席ある)
「って、聖が私の隣に座るの珍しいじゃない」
「あなた今、怪我人なんですよ? 利き手を怪我してますし、スプーンで食べやすいものを頼みましたが、食べにくかったら教えてください。食べさせます」
「え? 聖が優しい……」
「私だって、流石に今日は怪我人のあなたを置いて学校に行ったのは不味かったなって反省はしているんです」
少しバツが悪そうにオムライスを食べる聖。
……ああ。なるほどなるほど。もしかして。
「静香に私の事でなんか言われたの??」
「……はぁ。なんで静香が出てくるんですか。確かに静香はあなたの事を心配してましたし、今日の学校帰りにここに行くって聞きませんでしたが、怪我人で色々不便であろうあなたの所に静香が来たら、あなたが無理しそうなので止めておきました」
ああ、違ったか。でも、聖がこんなに優しいのって普段ないから、静香になんか言われたのかと思った。なんかもうこんなに聖が優しい理由ってそれしかないのかと。オムライスも私が食べやすいものをって気を使ってくれたみたいだし。
というか、聖は私の事をよく分かってるね。静香が来たら心配ないって元気アピールしようとして無理したかも。
なんて思いながら、オムライスを一口食べる。うん。美味しい。
「あなたは本当になんでも美味しそうに食べますね。……私もたまにはちゃんとしたご飯食べようかなって思えますよ」
聖があんまりにも柔らかい表情をするものだから、びっくりしてスプーンを落としてしまった。
「ああっ。もう、何やってるんですか。あなたは」
「あっ! ご、ごめん」
聖はため息をつきながら、私が落としたスプーンを拾って、新しいのに替えてきてくれた。
「って、え、食べさせてくれるの??」
「また落とされたら、一々拾うのめんどくさいですからね」
「それは……すみません。ありがとうございます」
いや、一々私に食べさせる方がめんどくさいと思うんだけどという言葉は飲み込んでありがたく聖のお言葉に甘えさせてもらった。
……まぁ、なんかもう途中からオムライスの味がよく分かんなくなったんだけどね。聖がなんか怖い程優しいから。
あの後、お風呂は温泉派の聖が温泉には行かずに、自室のお風呂に入っていた。
なんかもう全てが珍しい聖に今日はびっくりしっ放しだ。
なんて思いながら、レシピ本を見ていると聖がお風呂からあがってきた。
「作るのは治ってからにしてくださいよ」
「え、うん……そのつもりだけど」
いつもは私に塩対応を通り越して岩塩みたいな対応なのに、優しい聖に本当に調子が狂う。
そんな聖からベッドの上に誘導されて、「ちょっと待ってください」と言われ、待っていると聖は桶に入れたお湯とタオルを持ってきた。
「何、それ」
「何って、あなたしばらくお風呂に入れないでしょう。流石にずっとそのままは気持ち悪いでしょうから、身体を拭くんですよ」
「言われてみれば……」
「でしょう。早くこっち向いてください」
いつもの百倍気が利く聖に戸惑う。というか……。
「なんでそんなに手慣れてるの?」
「……ああ、母が病弱で倒れた時や病に伏せていた時はよく看てましたから」
聖の母親が病弱か。なるほどとは思ったけど、……これは聞いちゃいけない話かもしれない。
「あっ……ごめん。話したくないなら言わなくていいよ。そんな事、嫌いな私に言う事じゃないから」
「嫌い……そうですね。確かにあなたの事は嫌いですが、母も一人だと大変そうだったので、仕方なくですよ。それに母は今、祖父母と暮らしてるので私も安心してますから、そんなにあなたが気を使わなくても大丈夫ですよ」
仕方なくって、私の事、やっぱり嫌いじゃん。
まぁ、聖の母親が一人だと不安だろうけど、祖父母と一緒に暮らすとかじゃないとそりゃあ、聖も安心して寮暮らしなんてしないだろうし。
そう思いながら聖を見ると複雑そうな表情。そんな聖の瞳が心なしか不安げに揺れてるように見えた。
なんで嫌いな私にそんな表情を浮かべるのかさっぱり分からずに、ついつい頭の上に疑問符をいっぱい浮かべてしまう。
私が疑問符を浮かべまくってる間に聖は私の服を脱がして、拭いてくれる。
いくら同性だからってなんかちょっと恥ずかしいな。最近ご飯が美味しくて少し太った気がするし。
「でも、嫌いだからって不自由なあなたの事、このままにして置くと……」
「え?」
「なんでもないです。……背中拭きますよ」
最後の方は声が小さかったが、「また倒れてしまうかもしれない」といつもの聖じゃ考えられないくらい弱々しい声だった。
もしかして、……聖は母親が倒れる姿を見て、トラウマになっているのかもしれない。
……あんまり、無茶して倒れないようにしないとな。
いつもは腹立つ女だけど、こんなに弱々しい聖なんて見たくないし。
聖にはいつも通り憎たらしいくらい私に嫌味をぶつけてくれないと、私も調子狂うから。