第一章 3「表面だけの関係」
前回までのあらすじ
獏のヤクに呪われた主人公、大原輝は、親友である雄一と前々から計画していた、旅行を決行。神奈川県のとあるビーチへ海水浴にやってきた。そこで輝とヤクは、とある少女と遭遇する。彼女の正体は化けギツネのイナリに呪われた”目くらまし”の少女、鈴城紗香だった。同じ境遇を持つ仲間がいることを知った輝は、古文書に記された通り、紗香と手を組むことに。そこでヤクの要望により、彼女は二人に、自分がイナリと出会ったいきさつを語ることとなった。
第一章
3.「表面だけの関係」
____これは、鈴城紗香がイナリと出会う前の物語___
私は物心ついたときから、見えてはいけないはずのものをよく目にしていた…。
お墓の前を通るとき。お盆休みにおばあちゃんの家に遊びに行ったとき。近所で大きな事故があった次の日の朝。
確かにそこにいるものは、私以外の人からすれば、ただのまやかしであり、存在しているはずがないものである。
「さ~や!なにボーっとしているの?遅刻しちゃうわよ?」
私は毎朝、母から同じ言葉を聞かされる。
ボーっとしているわけじゃないよ、お母さん。玄関先で小さな女の子が、寂しそうにこっちを見ているんだ。…と、いってもわかってもらえるはずがなかった。
一度だけ、母にこのことを伝えたことがあるが、寝ぼけているからと適当に流されてしまったことがあるからだ。
小学生の時にクラスの同級生の男の子に、隣にいる子、誰?と聞いたことがあるが…
「ユーレイ?バッカじゃねえの?誰が引っかかってやるかっての~!」
そういってバカにされてしまったこともあった。
…そうだ、このことはみんなには内緒にしておこう。いいじゃない、別に違和感あっても。周りの人たちには関係のないことだし…
…見えちゃう私が異常なのだから…
このことを誰にも話さなくなってしまった日を皮切りに、私は他人との間に一定の距離を置くようになった。
そのせいだろうか。私にはたくさん友達がいたが、どの子とも特別仲がいいという訳ではなかった。ただ、一緒に学校に行ったり、昨日見たテレビの話をしたり…ただそれだけの関係。
当然といえばそうかもしれない。なぜなら、誰一人として、私を理解してくれる人なんて、いや、できる人などいないのだから…
そうして真実を口にすることなく、時は過ぎ、気が付けば中学二年生になっていた。
そう、これは3年前の話だ。中学二年生のあの日を境に、私は大きく変わったのだ。
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12月半ば。終業式が終わった後の放課後の教室内は既に冬休みムードに包まれており、四方から友達同士の会話が聞こえてくる。
「なあ、今度のクリスマスはさ!お前ん家でボケモン交換しようぜ!」
「ドンマ~イ。悪いけど、先客がいまーす!」
「ああ!お前、俺を差し置いて、彼女をとったな!うらやましいぞこのっ!」
周りではクリスマスや年末年始の話で持ちきりだった。
全員で集まってギャーギャーと騒いで楽しそうにしている男子と違って、私たちはクラスの中でもいくつかの仲良しグループに分かれていた。
無論、私たち5人もクリスマスの話は盛り上がった。よりによって、私の机の周りに集まって。
「ねね!今年の25日みんなでどっかいかなーい?」
美術部の主将で、グループの取りまとめ役であるミサトちゃんがそう提案したところだった。二重の瞳に少しふっくらとした頬。髪の毛は肩の長さくらいまで切っていて、クラスでも気の強いことで有名だ。
「さんせ~いなんだなも!『鬼殺の斧』が映画化するみたいだから一緒に見に行くんだなも!」
「うおおおお!やったあ!行くし行くし!」
帰宅部の二人がミサトちゃんの提案に賛成したらしい。とはいっても、この二人はミサトちゃんの言うことに反対したところを見たことがないが。
私のグループには元気な子が多い。授業中もうるさいからと、担任から目を付けられている。
「それでー、紗香と柚葉は?行くー?行かなーい?」
「…うん!私も行くよ!鬼殺、全然読んだことないけど!」
特に断る理由がなかったので、私も彼女たちに同行することにした。所詮、表面的な仲ではあるが、みんなで集まって、映画を観たり買い物をしたりすることに憧れがなかったわけではない。
「…うちは、クリスマスは無理かな~。別の日なら、大丈夫かもしれないけど…。ごめんね、ミサトちゃん。」
柚葉ちゃんはどうも困ったような顔をして、ポニーテールの髪の毛を手櫛でとかしながらそう答えた。なるほど、どうやら柚葉ちゃんは都合が合わなかったらしかった。
この中では一番身長が高くて、成績優秀、容姿端麗。美術部なのに運動神経もよく、体育祭の徒競走で、陸上部のエースの女の子を抜かしてしまうほど。何をやらせても常にみんなの視線を奪ってしまう「完璧さん」。それが柚葉ちゃんだ。
「…ふ~ん。まあ、無理してこなくてもいいわよ。じゃあ、他の3人はいけるのね。わかった!段取りはまた後日連絡するわ。」
柚葉ちゃんの言葉を聞いて、少しだけ表情を曇らせたようにも見えたが、ミサトちゃんは相槌を打って、机から立ち上がった。
そのあとを追うように、他の二人も席を立ち、荷物をまとめ始めた。腕時計を確認する。あと10分で下校時間になるところだった。
ミサトちゃんと他の二人は話が終わるとすぐ帰ってしまった。ミサトちゃんの好きな歌手がCDを出したので、近くの電器屋に寄って帰るのだという。そういう訳で、私は今日、柚葉ちゃんと二人で帰らなければならなかった。何度かメンバーが欠けての下校はあったのだが、柚葉ちゃんと二人きりになったのは初めてだった。
「…それじゃあ、帰ろうか!柚葉ちゃん!」
「うん、帰ろうか、鈴城さん。」
彼女は私の事を「鈴城さん」と呼ぶ。あまり気にしてはいないのだが、なんだか照れ臭い。他の子を呼ぶときのように名前で呼んでくれればいいのに…。そう思うこともある。
「…ううう、寒い…」
凍てつく闇の中、通路沿いに設置された外套が、もの寂し気に輝いている。
午後6時。校門が閉まる時間とともに、私たちは学校を後にした。門を閉めていた生活指導の先生に挨拶をし、私たちは学校の目の前にある横断歩道を渡った。
柚葉ちゃんとは途中まで帰り道が一緒なので、しばらく二人で並んで歩いていた。
横目で柚葉ちゃんの歩く姿を確認する。寒さをしのぐためだろうか。制服以外何も身に着けていない私と違って、制服の上から学校指定のジャージを羽織り、首にはマフラーを巻いている。暖かいのだろうか。私は寒さしのぎに、腕をさすったり手の平に息を吹きかけたりしていたが、彼女はそのような動作は一切見せず、悠々と道を歩いている。
大人…みたいだな…
柚葉ちゃんに対して「大人」という印象が芽生えたのはそう最近の事ではない。仲良くなってから今まで、私たちのグループの中で、柚葉ちゃんが一番おとなしく、また勘が鋭い…。要は地に足をつけて物事を考えられる人…そういうイメージだった。
学校から出て、5分ほどたった当たりで、私たちは国道沿いの大きな道へと差し掛かった。ここを更に5分ほどまっすぐ進んで路地裏に出ると、小さな公園がある。私とその他の子はいつもそこで分かれることになっている。その近くに私の家があるからだ。
しかし、いつもなら帰りはミサトちゃんがムードメーカーとなって話題を振ったり、ツッコミを入れたりしてくれるのだが、今日は柚葉ちゃんと私の間に、一切会話が生まれなかった。
当然だ。私たちのグループでよく話すのは、ミサトちゃんと帰宅部の二人だけだ。私と柚葉ちゃんは、基本的には聞く側であり、自分たちから話題を振ることは滅多にない。
私たちは、どこか居心地の悪い沈黙の中、喧騒に包まれた国道沿いをひたすら歩いていく。
聞く側が二人取り残されると、こんなにも静かなのか!私は声に出さずにそう呟いた。
「聞き手二人だと話が盛り上がらないね、鈴城さん。」
更に5分ほど沈黙が続いたが、あと少しで公園というところで、柚葉ちゃんが沈黙を破った。しかも、丁度私が考えていたことをズバリそのまま言われたので、私は動揺を隠せなかった。
「え、えええ!うん、そ、そうだよね~!何を話したらいいかわかんなくてさあ…」
「…やっぱり、そう思っていたんだね。」
「な、…柚葉ちゃん?それって、どういう…」
「いや~?だってさっきからこっちをチラ見してる割には、なかなか話してくれないから、話しづらいのかな~と思ったら、図星だもんね。」
全て、見透かされていたというのか…。改めて思うが、彼女の勘の鋭さは中学生のそれとは到底思えない。それよりも、今の柚葉ちゃんはいつものおとなしい柚葉ちゃんとは、少し違って見えた。言葉では言い表せないが…なんだろう。いつもよりも、接しやすい。
「…わかってたなら、何で話題振ってくれなかったの⁉」
「ん?チラ見してくる鈴城さんが可愛かったから…かな~?それに、話題なら今振ってあげたじゃん?あ、タイミングに関しての苦情は受け付けません。」
「…!!」
「ほら~怒んないで?もうすぐ公園だからさ!」
そうこう話しているうちに、私たちはいつもの公園にたどり着いた。
「あ、ありがとう柚葉ちゃん!クリスマスはみんなで集まれなくて残念だけど、冬休みは長いから、どこかで時間見つけて遊ぼうね?」
私はそういって柚葉ちゃんに別れの挨拶をして、家に向かおうとした…
が、誰かが行かせまいと、私の腕を思いっきり掴んだので、私は思わず振り返った…
柚葉ちゃんだ…
「ど、どうしたの⁉」
「…あ、いや、ごめん!乱暴な真似して…。だけど…もう少しだけ、鈴城さんと話がしたくて…。いいかな…?」
普段、こんなことをするような子でないことは、いつも一緒にいる私にはわかる。
…これは何かある…。鈍感な私でも、これくらいの事ならば察しが付く。
「…うん。いいよ。でも立ったままっていうのも…あそこのベンチにでも座ろうか。」
私は、公園の中にあるペンキのはげかけた青色のベンチを指さした。
ベンチに座ると、彼女は最初、頬杖をついて、何やら考え事をし始めた。彼女の事だ。きっと話す段取りでも決めているのだろう。
私は、先ほど寄ったコンビニで購入したホットカフェラテを手にもって、暖をとっていた。しばらくすると、外気でペットボトルがぬるくなってきたので、キャップを開けて口に運ぼうとした。そのとき。
「一つ質問してもいいかな?」
考え事を終えたのか、今まで黙っていた柚葉ちゃんは突然口を開いた。私は驚いて、思わずカフェラテをこぼすところだった。
「!!な、なに?」
私の反応を見て、柚葉ちゃんは大きく深呼吸をして、面と向かって次の言葉を発した。
公園の草木が、冷たい風に流されかさかさと音を立てる。
私は、その音のせいで内容を取り違えたかと何度も思ったが、彼女は確かに私にこう尋ねた。
「あなたは、幽霊って存在すると思う?」
ここからはしばらく紗香の回想シーンなのでバトル描写少なめです。