第一章 2「夢獏と化狐」
第1章
2.「夢獏と化狐」
「以後、お見知り置きを。」
俺とヤクは、しばらく紗香を見つめたあと、お互いに顔を合わせた。
「は?おい待て待て!こいつは何言ってんの?ヤク!お前、他にも俺みたいなやつがいるって言ってたけど、まさか...!」
「...そのまさかみたいだね。彼女が言っていることはちゃんと筋が通っているからね?確かにあいつ、イナリは契約者に"目隠し"になることを要求する奴だったと思う。」
「だから、その目隠しって何だ!イナリって誰だよ!」
俺は短い髪をかき揚げて考え中のポーズをとるヤクの肩を掴んで目を真っ直ぐ見つめた。
「...すみません。その、これは...本人に出てきてもらった方がいいかな?」
紗香は俺のそばに寄ってきて俺にそう囁いた。
「そうしてくれると俺もお前を疑わずに済む!呼ぶなら早くしてくれ!」
俺はかなり強めに紗香に怒鳴ってしまった。紗香はそれを聞くと檻の中のハムスターのように一瞬ビクついたが、頷いて対岸沿いに歩いていった。
「ああ!ダメじゃないかヒカルくん!得体の知れない子とはいえ女の子なんだよ?そういう態度は男の子としてどうかと思うね!これじゃあキミがモテないって悩んだとしてもフォローしかねるよ!」
ヤクの言う通りだ。先程の俺はどうかしていた。ただ、俺は俺の中の「知りたい」という欲求を抑えることが出来なかったのだ。もしかしたら、一緒に闘ってくれる仲間かも知れないのだ。古文書の一節で、俺と似たような奴を探して、良い奴なら一緒に闘えと、そう書いてあったはずだ。仲間が増えるほど頼もしいものは無い。ただ、非協力的な奴だった場合...この時間は無駄になる。いづれにせよ、俺は早く答えが欲しかった...
どのくらい待っただろうか...対岸の方から2つの人影が見えた。1人は身長と特徴からすぐわかる。紗香だ。
そして、もう1人...
身長は180センチ程ある高身長。髪は金髪で男にしては多少長めだ。顔は、目つきは狐のような釣り上がった目をしているが、輪郭や鼻のラインは整っており、かなりのハンサムだ。しかし...
「それでぇ~どこよぉ~!ワタシの愛しいパートナーに怒鳴り散らしたっていう坊やは?」
口調ですぐ分かった...オネエだ。しかも顔を見ると、目はより一層つり上がり、眉間にシワが寄っている...かなりお怒りのようだ。俺は覚悟して生唾を呑んだ。もう何されても仕方ない...
「...!それは私が勝手にイナリの力使っちゃったら、悪いのは私!この子を責めないで!」
何故か俺は紗香にフォローされてしまった...
「おやぁ~紗香がそう言うなら仕方がないわね...ごめんね坊や、怖かったでしょ?後一歩遅かったら、あなたは今頃、海の藻屑になっていたわ?」
「う...海の藻屑...あんたがイナリなの?」
「そうよ?うふ!ワタシがイナリ!これは仮の姿だけどね?女の子になりたいのに男の子にしかなれないから不便よね~」
「キミが言うと冗談にならないから、やめてくれないかな?イナリ。大切なパートナーなのはお互い様なんだ。全く...目覚めて始めて合う幻獣がキミとはね...不愉快極まりないよ。」
後ろを振り向くと先程まで座り込んで考え事をしていたヤクが仁王立ちをしてイナリを見据えていた。
「あらヤダ!ヤクちゃん?ごぉめんねぇ?ヤクちゃんのパートナーだったとは知らなかったのぉ!別に争うつもりなんてないのよ?それと、あなたも麗らかなビーチで趣味悪女なんかに会うワタシの気持ちを組んで欲しいわね?」
「ま、まさかそれボクの事かい!ふざけるのも大概にしたまえよキミ!お互い様だと思うけどね!趣味が悪いのは!」
「落ち着いてったら貴方達!」
そう声を上げたのは紗香だった。
「元はと言えば、イナリが私をおいてどこかに行っちゃうから、こんなややこしいことになったんでしょ!結果的に、この子に会えたから良かったけど!イナリ、反省しなさい!」
それを聞くと、イナリはつり上がった目をへの字にしょぼくれさせ、ボンと音を立てて黄色い煙を出した。するとどうだろうか、先程まで高身長のイケメンだったイナリはぬいぐるみのようなキツネに姿を変えていた。
驚いた...この子とイナリの間では、紗香の発言が尊重されている。先程の会話を見ていてもイナリは一切、紗香には反発していなかった。ヤクとは大違いだ。
この2人の間には、俺たちにはない何かがある...俺はそう感じ取った。
「?どうしたんですか?...えっと...」
「...。輝」
「え?」
「大原 輝。お、俺の名前だよ...疑ったりして...その...悪かったな...」
ろくに女子と話したことがない俺は精一杯口に力を込めて、一言一言丁寧にそう呟いた。
紗香は俺の言葉を聞いて一瞬驚きの顔を見せたが、その後優しげな表情で微笑んだ。
「...!ふふっ。いいえ、こちらこそ、いきなり乱暴な真似をしてすみませんでした。...これからよろしくお願いしますね?輝さん。」
俺は名前を呼ばれて、彼女の顔を見た。
...俺は果たしてこれまでこんな優しい顔で女子に話しかけられたことがあっただろうか…その眩し過ぎる笑顔に俺は釘付けになってしまったようで...
「...?あれ?どうしたの?私と組むの...いや?貴方も、仲間を探していたんでしょ?」
「...は!い、いや!いいに決まってんじゃん!...よろしく紗香さん!」
「...それでぇ~キミさぁ?イナリからは何を求められて契約したの?ちなみにボクはこの子の夢で取引したよ?キミも何か...失ったんじゃないかな?」
先程までイナリと口論をしていたヤクは、話し相手を失い、こちらに話題を振ってきた。
ヤクの質問に、紗香の顔から先程の笑みが消えた...
「お、おい、ヤク!もういいじゃねぇか、そんなこと知ったところで俺達には何の...」
「いえ...あなたは聞くべきです。私が...何故このイナリと契約したのか...」
イナリは今、紗香に抱きかかえられて気持ちよさそうに眠っていた。それはまるで、ご主人様の腕の中で眠る犬のようにも見えた。
「手を組むのです...。どんな内容であれ、相手の境遇は知っておくべきだと思うのです。」
俺は彼女の顔を見た。今度は覚悟に充ちた瞳で、俺の目をじっと見つめていた。
「私は...」
俺とヤクは彼女のこれまでの経緯を漏らすことなく聞いた。イナリとの出会いから、今に至るまで、全て...
それはあまりにも悲しくて切ない物語のようで、俺の瞳から不意に涙が1滴頬を伝った...
次回もお楽しみに