5「残酷と選抜」
~前回までのあらすじ~
理屈っぽい高校生、大原輝と、その呪縛者であり、人の夢を食べて生きる妖怪、バクのヤクは、百鬼夜行の一角である、妖狐との戦いに勝利する。
一方、百鬼夜行の99の妖怪たちは、妖狐が倒されたことで、棟梁である「サンゴ」から招集をかけられる。彼らに命ぜられたのは、この場で互いに殺しあうことだった…
序章
5「残酷と選抜」
「……。サンゴ様?今、何と…」
99の妖怪たちは動揺を隠しきれず、張り詰めた空気の中、思わず声を漏らした。
「……。そのままの意味だ…私の手先に弱者は必要ない…。力のないものは死ね。生き残れないと見越したならば自決するのもよかろう…。生き残った暁にはこれまで通りよろしく頼む…では…」
「そんな、サンゴ様!わしらはこの600年!あんさんにこんな捨て駒のように扱われるためにあなたに尽くしてきたというのか…」
毛むくじゃらで中年男のようなだらしない体型、頭は禿げており99のうちダントツで長い首を持つ妖怪、「みこし入道」は、眉を細め、大きな口をクワッと開けてサンゴに猛抗議した。
「そ、そうですよ!何でこんないきなり…」
みこし入道に同調してか、ほかの妖怪たちも、ぽつぽつと声を上げ始めた…
「いやだ!死にたくない死にたくない!」
彼らは、600年もの間ともに歩み、忠義を尽くしてきた自分たちの長が、このようにいとも簡単に自分たちを切り捨てようとしている現実に絶望したのだ…
その抗議の声は、瞬く間に悲鳴へと変わるのだった…
99の妖怪たちの前を一陣の風がよぎる。なんとも心地よい、春のそよ風のようだ…
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
その風の心地よさとは裏腹に、美しい満月の夜空に、みこし入道の金切り声が響き渡った…。97の妖怪たちは言葉を失った。彼らは、ただそこにある、みこし入道「だったもの」を眺めることしかできなかった。
風が吹いた一瞬で、みこし入道は何者かも判別できないほど細切れにされ、そこには、鮮血に染まった赤黒い肉片だけが転がっていた…
「……さすがは私の忠実なる駒だ…猫又…」
一部始終を顔色一つ変えず、目の前に散らばったみこし入道の肉片を見つめながら、サンゴは目の前で首を垂れる妖怪にそう呼びかけた。
見た目は10代後半の少年のような風貌をしているが、2本の尻尾を持ち、全身が深紅の毛皮で覆われている。
そして、彼の手の指先には、赤黒い血がまとわりついていた。
周囲に漂う異様な鉄のにおい…
それは、みこし入道の肉片と、猫又の指先から漂うものだった…
「ふへ!ギャーギャーうるせえ馬鹿どもを黙らせるために、見せしめに馬鹿一号をぶっ殺してやっただけっすよ…。礼なら、後でコンビニでツナマヨおにぎりパクってくれりゃあいいっすから…。」
猫又は虎のようにびっしり生えそろった鋭い歯を見せびらかすように、はにかんで見せた。
「…!猫又ぁ!貴様!入道様をなぜ…!」
落ち武者の妖怪が猫又に対して怒号を放った。
それに対し猫又は、はにかんだまま落ち武者をにらみつけた。次第に口元のゆるみもなくなり、眉間にはしわが寄った。
「はあ⁉てめえらこそ、600年間で脳みそがいい感じに醗酵して味噌汁ぶち込み時になったみてえだなおい!なあにが死にたくねえだ⁉使い捨てだ⁉ハナからおやっさんに使えるってこたあそういうこったろうがよお!てめえら、おやっさんに絶対服従を誓ったんじゃあねえのか!おやっさんが生きろと言ったら死んでも生きる!死ねといわれたら、さっさと死ぬ!俺らができんのは、おやっさんを第一に考えることだ!甘ったれんじゃねえ!」
他の97の妖怪たちは完全に圧倒されていた。いや、97のうちの過半数が、というべきか…。
「…てめえらみてえなハナッたれどもに、おやっさんはもったいねえ…
なあおやっさん…こいつら、自分から殺し合いもできねえ腐れにおい玉どもばっかだから、代わりに俺が選抜してやんよ…全員…
今から俺様ごときに殺される奴は、どのみちこれから何の役にもたちゃしねえ!地獄で指でもしゃぶっとけや!」
猫又がそう怒鳴り散らし、サンゴのほうを振り返りまたはにかんでみせた。
それを確認すると、サンゴは被っていた山高帽を深くかぶり直し、口元を緩めた…。
「私が許可する…やれ」
その合図とともに、緑豊かな山中の森の一角は、一瞬にして血の海と化した。
満月の夜空という眩いキャンバスに、悪しき妖怪どもの血しぶきが染みついて取れなくなってしまいそうなほどに…
______「残ったのはこの程度か…私はどうやら貴様らを買いかぶりすぎていたらしい…」______
そう、頭を少し下げてつぶやくサンゴの前には猫又を含め15人が血と切り傷だらけで立っていた…一人を除いては…
「…けっ!俺は全員ぶっ殺すつもりだったってのによ…」
「猫又…貴様の実力は認める…。だが、その程度ということよ。精進せよ、腑抜けが…」
「へいへ~い!」
サンゴはもう一度15人を一瞥すると、改めて話を始めた。
「まあ、わかっていると思うが、この度、我が百鬼夜行の一角が、“夢渡”の小僧相手に敗北した。…実に300年ぶり、あの茂脊とかいう幻獣使いの小僧にやられてぶりだ…。」
15人の顔が一斉に引き締まる。先ほどまでへらへらしていた猫又も、真面目な顔立ちになっていた。
「さらに、情報によると、今回の小僧はたぐいまれなる、夢渡の“適正個体”、つまり、“鏡”の権能を開花させたとか…。これがどういうことか、言わずともわかるな…」
___しばらく、沈黙が続いた。殺伐とした雰囲気がより一層深みを増した…____
「私の野望の邪魔をさせてなるものか…もうすぐ、もうすぐなのだ…
いいか、貴様らに命ずる。
オオハラヒカルという少年と、その呪縛者である害獣バクの首を私の前にもってこい…
期待しているぞ…我が忠実なる駒たちよ…
私たちの血が返り咲く、その日のために…」
「ぱああああああああああああああああああああう!」
俺の耳元で爆音が鳴り響いた。無論、ヤクの鳴き声なのだが…
耳元で叫ばれたので、俺の右耳に電子音のような変な音がグワングワンと鳴り響く…
「…バッカ野郎!ヤク!お前は俺に失聴してほしいのか⁉一生恨むぞ?この疫病神め!」
床に倒れこんでいた俺は、ムカついて飛び起きた。と、ふと思い出した。
「…ああ。起こしてくれたんだな、ヤク。」
そう、先ほどの、妖狐とかいう化け物と戦った後、夢から出してくれたんだっけ。
つまるところ、これは怒るところではなく、礼を言うところなのかもしれない。
一方、ヤクは何やら俺の勉強机の上のほうをふわふわと浮いて、八の字を描いていた。
と、俺と目が合うと、プイっと目をそらしてしまう。
「ええ⁉す、すまん!せっかく起こしてくれたのに怒鳴ったりして!…あと、ほら…起こしてくれてありがとな…」
と、ヤクは後ろを向いて首を横に振った。
は⁉一体どうしたってんだ?俺、何かしたっけ?
不安になった俺は、しばらくそっとしておくことにした。
今は午前10時30分。母と妹はもう起きただろうか。そうだ、旅行の支度をしなければならなかった。
「全く、これじゃ計画だだ崩れじゃねえかよ…」
ふと、妖狐の言葉が頭をよぎった…
「今までの生活はもう訪れない…か…。」
と、いけないと、暗い気持ちを振り切るように俺は旅行バックに手をかけた…。
と、俺は目の前の光景に思わず言葉を失った…
ヤクはどこを見渡しても見当たらなかったが、その代わり…
俺と同い年くらいの、ごく普通の黒のワンピース、というか、俺の通う高校の制服を着た、ショートヘアで茶髪の、目がくりくりしたかわいらしい女の子が、俺の勉強机に腰掛け、何やら恥ずかしそうにこっちを見ているのであった…
更新が遅れました!
次回もお楽しみに!