4「権能と適正」
前回までのあらすじ
高校生、大原輝はある日、人の夢を食べる妖怪、バクのヤクと出会う。二人はヤクに輝を呪わせ、夢渡として百鬼夜行と戦う代わりにヤクに災難から身を守ってもらうという契約を交わした。すると輝の部屋に輝の命を狙う刺客が現れる。ヤクは輝とともに夢渡をし、応戦するも、苦戦を強いられ、輝は絶体絶命の状況に陥ってしまうのだった…
序章
4「権能と適正」
____体がふわふわする________
暗い空間の中で、俺は何かに包み込まれたような心地がした。何が起こったか自分でもよくわからないが、一つ言えるのは、俺がやつの技をもろに食らってしまったということだ。今度こそ…死んでしまったのか…
すると、頭の中で聞き覚えのある幼い子供のような声が聞こえてきた。無論、ヤクのものであるのだが。
「…カルくん…ヒカルくん!キミって人はホントに…!」
その声を聴き、俺は閉じていた瞼を開けた。すると…
俺はただ暗黒空間の中で立っているだけだった。後ろを振り向くと、ヤクが、驚いたような様子で小さい耳をぴんと立てていつもみたいにふわふわ浮いていた。心なしか、少しうれしそうにも見える。
と、自分の前方を確認すると、キツネ面を被っていた相手が頬のあたりを抑えて悶絶していた。と、同時に自分の右腕に手ごたえを感じた。
間に合った…のか…。あんなスピードの人魂よりも、俺のこぶしのほうが早かったっていうのか…?…直撃したんじゃなかったのか…?
「くうう…何故だ…。何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
たかがニンゲン風情が、私の焼却乱舞を無効化するなどおおおお!」
突然、そいつは俺の顔を見るや否や、顔を地面に突っ伏して発狂し始めた。
俺が、技を無効化しただと…?
「キミって人はホントにどこまですごいんだ!!」
ヤクの声が混乱状態の俺の頭に響いた。
「ちょ…ちょっと待て、ヤク!俺はあの野郎の人魂に直撃したんじゃねえのかよ!どうなってやがんだ?普通に考えて、俺はやられてるってのが筋だろ⁉」
「うん、だからキミはすごいんだ、ヒカルくん!確かに、あの攻撃を今までの夢渡だった子たちが食らっていたら、精神をあいつに取り込まれて死んでいたよ。
だけどキミは攻撃を食らっても生きているどころか、その術の効力をも無力化してしまったんだ!見て驚いたよ!人魂がキミに向かって一斉に飛んで行ったかと思えば、シュワ―っと泡になって消えちゃったんだから!」
…なるほど、俺は確かに術を食らうはずだったらしい。俺のパンチが特別速いわけではなかったことに少しショックを受けたが、今生きていることが万々歳なのだろう。それにしても…
即死級の術を無効化とか…俺ってば、最強かよ……。
「貴様…まさか…ありえん…ありえん!」
思いっきり殴ったとはいえ、俺の力では天下の百鬼夜行様をワンパンできるはずもなく、キツネ面はふらつきながらも、訳の分からないことを口ずさみながらこちらに向かってきた。
「くそっ!くそおおお!百鬼夜行でも一二を争う火力が自慢のこの私の力が…!この妖狐様の一撃必殺のこの力が!この300年間、だれにも敗れることのなかったこの力が!無力化されるなど、ありえんのだあああ!」
妖狐と名乗ったそのキツネ面は女性とは思えないような声でそう叫んだと同時に、再び身の回りに青い人魂を生成し始めた。その人魂を今度は一か所に集中させ、巨大な火球を生成し始めた。
「どうせ、ここは私の夢の中!私の力は、私の思うがまま!うひひ!さあ、ニンゲンよ!果たしてこの術をかき消せるかな!」
妖狐はそう言い放つとその火球を俺とヤクめがけて放り投げた。あいつの言う通り、ここはあいつの夢の中。逃げる場所などどこにもなく、ただ直撃するのを待つばかりだった。
と、ヤクは俺の背後に隠れて、身をかがめ始めた。最初は相手に対して割と強気だったヤクが、夢渡初心者の、しかも戦い方も何も知らない俺の背後に身をかがめるという姿は、俺からすれば到底信じがたい光景であった。
「は⁉おま…何かくれてやがる!こういう時はお前が守ってくれるのがお約束の展開じゃあねえの⁉」
「アハハ…ごめんヒカルくん。今までの人魂だったら余裕で防げるんだけど、あの威力じゃあね…代わりにボクを守ってくれよ、ヒカルくん!」
「てめえと漫才やってる場合じゃねえんだよ!俺はここで死ぬわけにはいかねえんだよお!」
「あ、その心配はいらないよ!この球は、ボクらが何もしなくても、キミの権能が守ってくれるさ!」
「そんなこといきなり言われても信じられっかよ!常識的におかしいだろうがよ!」
「んん?キミがあいつを殴ろうとしたとき、キミ、なんて言ったっけ?」
___やってみないとわからない____
確かにそうだ。少しでも望みがあるのなら試したほうが良い…
ふと後ろを振り返ると、ヤクは自分の長い鼻をくるくると丸めて、顔を思いっきり俺のほうへ突き上げてきやがった。口元は少しだけ緩んでいた。人間でいうところの…どや顔だ。
しかも、かなり質の悪い…。
「ったく!どうなっても知らねえぞ!」
こいつの自信に満ち溢れた態度…そこまで言うならノってやるぜ!
俺は大の字になり、火球の行く手に立ちふさがった。
球が消えれば天国。消えずに直撃すれば地獄…
覚悟を決めた俺は先ほどのように深く目を瞑った…。
迫りくる火球。その業火は周囲のものをすべて焼き尽くす熱気を放っていた。夢の中での妖狐はそれが可能だった。やがて俺の目の前まで迫り、俺たち二人を飲み込もうとした…
その時、目の前でシュワシュワと炭酸飲料がはじけるような音が聞こえた。
恐る恐る目を開けてみる。するとつい先ほどまで俺たちを包み込まんとしていた巨大火球は、跡形もなく姿を消していた。体中を見渡してみる。あれほどの技を正面から食らっていながら、かすり傷一つも見当たらなかった。
「そんな…嘘だ!最大出力だぞ?誰にもぶつけたことのない私の100%だぞ?夢で多少なり威力は上がっているはずなのに…なのに…」
妖狐はその場に呆然と立ち尽くし、やがて膝からガクッと地面に座り込んだ。
「キミの夢の中かもしれないけど、外部から来たこの子の権能はどうしようもなかったみたいだね。」
一体、何が起こったっていうんだ…
「…“鏡”…」
俺の後ろで縮こまっていたヤクがふわふわと空間を浮いて俺の周りをくるくる回りながらそうつぶやいた。
「キミの持つ権能さ…。やっと巡り合えたよ…。キミのような“適正個体”はこの600年で初めてだよ!」
「か、鏡⁉」
「うん!言うより見たほうが早いや!ヒカルくん、右手を上にあげてごらん?」
言われるがまま、俺は右腕を漆黒の空に掲げた。
するとどうだろうか。先ほど俺の前で消滅してしまった巨大火球が、俺の頭上に突如姿を現した。心なしかさっきより少しばかり大きい気もする。
その光景を、妖狐は生気の抜けた抜け殻のような顔でじっと眺めていた。
「文字通り、相手の攻撃を無効化、反射する力だよ。さっきの人魂もダメージ換算されて、少し大きめになっているのかもね?」
俺は、俺の手に宿った巨大火球を見つめた。すると、頭の中である言葉が復唱された。声の主はヤクではない誰かだった…
____汝、契約者とともに、百鬼夜行を滅せよ_____
あの古文書の一節…。そう、わからないこと、ヤクに聞きたいことは山ほどある。それよりもまず目の前の敵を討たねば…。そう、マニュアル通りに進めたほうが合理的なのはわかっている。だから…この力の事は後で考えよう。
「せっかくいいもんもらったんだ…使わせてもらうぜ!」
俺は妖狐に狙いを定め、妖狐がしたのと同じように巨大火球を頬り投げた。
「…権能持ちとは…ぬかった…
だが、貴様は…貴様らは必ず…さ…様が…」
妖狐が何か言い終わらぬうちに、技は直撃した。暗黒空間が一瞬、炎でオレンジ色に染まった。
火球が直撃したところには、何も残っていなかった。わからないことだらけだったが、とりあえず、妖狐は夢から姿を消し、俺の命の危機はなくなったようだ。心底ほっとして、地面に座り込んだ。
と、ぴきっとガラスの割れたような音がしたので、辺りを見渡した。
「嘘…だろ」
俺たちのいる暗黒空間は、いたるところに亀裂が生じ始め、今にも崩壊しそうになっていた。
「…妖狐は完全に消滅したみたいだね。その証に、夢が崩壊しかけている。夢が崩壊するのは、目覚めるときか死ぬときって決まってるからね。僕らも巻き込まれないうちに早く目を覚まそう…。」
「ちょっと待ってくれ!ヤク!」
気づけば俺は、ヤクを呼び止めていた…。
この状況で呼び止めるなんて自分でもどうかしていると思う。
でもヤクには聞きたいことが山ほどあるのに、外ではこいつとは話ができないし、次戦う時も、相手が消滅すれば、今のような状態になるのは目に見えている。聞くなら今だ。ここで聞く機会を逃したら、俺は一生こいつの口から答えをきけない気がした…
「大丈夫だよ?」
と、頭にヤクの声が響いた。
「キミは今、わからないことだらけだってこと、ちゃんとわかっているから。外でちゃんと説明してあげる。だから今はボクを信じてほしい。」
そう言ってヤクは自分の鼻を俺の右手の甲に当てた。
俺はヤクの目を見た。こいつの小さな目はまっすぐと俺の顔を見据えていた。嘘偽りのない、まっすぐな瞳…
「…ん!じゃあ目が覚めたらちゃんと説明しろよな!」
俺はヤクの押しに折れて、目覚める選択をした。ヤクはその答えに、耳をパタパタさせて答えた。
すると視界か急に白くなり、俺はまた意識を失った…
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__ここは長野県のとある山中…
「緊急招集だあ!サンゴ様が緊急招集をかけたぞお!皆至急、集合せよ!一鬼たりとも欠けてはならぬとのこと!妖狐を除く、99の妖怪たちは集合せよ!」
そう叫びながら山中を駆け回る小さな鬼の姿がそこにあった。
その小鬼の周りにシュッと姿を現したのは99の妖怪たち。
首が長いもの、体が獣で顔が人のもの、尻尾が二つある猫に、顔に口だけしかついていないもの…
「んあ?おいそこの小汚い鬼!サンゴ様が招集かけるたあ珍しいな?」
「本当ですわね…実にこの300年…あの脅威以来のこと…」
「妖狐ちゃんはどこ⁉おで、プロポーズしたんだど!まだ返事聴いてないんだど!」
99の妖怪たちは今日もにぎやか。しかし人間たちには聞こえない。
と、その風景の傍ら、ため息をつく影が一つ…
「貴様らはもう少し静かにできんのかね…。私が余興で貴様らを呼び出したことがあるか?妖狐が死んだのだ…この百鬼夜行、結成以来の大事件だというのに…」
その声に感づき、一斉に影に向かって首を垂れる99の妖怪たち…
「でえええええ!妖狐ちゃん、死んじゃったんだど?うおおおおおおおん!」
体が異常に大きく、体中に目玉のついた妖怪、目玉鬼が、サンゴのセリフを聞き、泣きわめく。
と、その刹那、他の98の妖怪たちは目を疑った…
先ほどまで喚いていたはずの目玉鬼の生首が、空を切る…。やったのは無論、サンゴであった。
「鬱陶しいぞ、木偶の坊めが…」
98体は互いに顔を見合わせ、唾をのんだ。
「では、貴様らに命ずる…。
――――――3分やろう…この場で互いに…殺しあうのだ。」
次回もお楽しみに