第82話 フィガロの目論見、そして訪れる戦いの結末
こんばんは。
今回も夜の投稿になってしまい、申し訳ありません。
また、今回のお話も少々ショッキングな描写がございます。
何卒ご了承ください。
「うぐぅ……貴様、一体誰の差し金でここに攻め込んだ……!」
地面に伏しながらパオロは悔しげにフィガロを睨みつける。そんな彼とは対称的に、フィガロは鼻でため息を付きながら背後にいるエルネストに告げる。
「エルネスト君、ちぃとだけ席外してくれへん?」
「ああ? 何言ってんだ?」
王子ともあろうフィガロに対しても、エルネストは変わらぬ不遜な口ぶりで尋ねる。
しかし、フィガロは意にも介さずこう返す。
「コタロウ君に伝えに行ってほしいんよ、こっちも制圧完了したってね♪」
「んなのテメェが行きゃあいいだろが、それにこっちにはスマホってのがあんだからこっからでも連絡でき――」
と、エルネストが続けようとした次の瞬間――。
「……頼むわ、ホンマに」
蛙を睨む蛇のような冷たい眼差しが、フィガロの糸目から放たれる。
強烈な圧を前にエルネストは察した。
この二人で表沙汰にしたくない何かがあるのだろうと。
しかし、エルネストもまたエルフと同じ序列に位置する最上位魔人である龍人族の一人。この程度の圧ならば怯むことなどない。
それでもエルネストは舌打ち交じりに敢えて応じることにした。
「……しゃあねーな、癪だがここは聞いてやるよ」
「おおきにね、エルネスト君」
「ただ……一つ聞かせろや」
背中越しにエルネストもフィガロに負けないほどの圧を飛ばして尋ねる。
「テメェ……一体何企んでんだ、エルフの王子様よぉ!?」
「…………」
「俺には胡散臭く見えて仕方ねえ」
そう吐き捨てて、エルネストは翼を羽ばたかせながらその場を後にしていった。
「……ごめんな。ホントはすぐにでも話したい所なんやけど、先にコイツに話さなあかんから」
遠ざかっていくエルネストを背中越しに感じながら、フィガロは改めてパオロに詰め寄る。
「さてと、お待たせしてごめんね。先ずは……『誰の差し金』からやったっけ、パオロさん?」
「……いや、答えんでもいい。大方ノエミ陛下からの差し金なのだろう、だからわしを粛正に来た……そういうことなのだろう!?」
声を荒げてパオロが睨みつけると、フィガロは冷淡な態度で返す。
「……そこまで分かっとんなら、何で領民を奴隷にしてしもうたんよ」
「それを貴方様が問うのか、フィガロ王子! 理由など言わずもがな、ノエミ陛下が復興予算を提供しなかったからだろう!!」
声を荒げてパオロは積年の不満を晴らさんとばかりに怒りを爆発させる。
「貧しいリオーネを復興するだけではない、陛下から与えられた『ギーアとの国交』を結ぶ命もわしは果たさねばならない。それには莫大な資金が必要だったのだ。欲深いギーアと手を組むにはわしの私財だけでは全く足りない、かといって復興予算は下りないまま。ならばやることは種族も領民も問わない、少しでも効率的に資金を増やす最適な手段だった奴隷商売しかなかろう!!」
そう力説するパオロだったが――。
「……阿呆が、フンっ!!!」
「ぐぼぉっ!」
フィガロの手にした魔銃の銃身で頬を殴られてしまった。
「知っとったよ、君がそういう理由で奴隷達を売り飛ばすしかなかったのは。だからといって、領主が自分の領民を奴隷として売り飛ばすのは……魔物にも劣る下衆な行いやろうが。分かっとんのか、お前?」
そう言いながらフィガロは銃口をパオロに押し付ける。
しかし、ここでパオロから信じがたい発言が飛んでくる。
「……耳障りのいいきれいごとを並べおって。ここに攻め込んできた時点で、貴方様も過ちを犯したのだぞ……フィガロ王子」
「あ?」
「領民を解放しに来たということは……この屋敷の地下にある魔鉱石を破壊したのだろう?」
「……それが何やねん」
「分からんのか!? 貴方様は確かにリオーネの領民は解放できたのかもしれないが、ここには帝国の捕虜もたくさんいる! 魔鉱石を破壊したということは、魔力ロックも解かれてしまったということ!! 枷から解放された帝国魔人がどう動くか、貴方様も帝国の思想をご存知なら分かっているだろう!!」
まるで「ざまあみろ」と言わんばかりに勝ち誇った言動で排撃するパオロ。
その真相は今、正に屋敷の外で起きていた。
*
疲労で軋む身体を奮い立たせながら、誇太郎、レベッカ、セルソ、そして彼に降伏したギーアの人間であるランハートは急遽ご褒美小屋の地下牢へと足を急がせる。
理由はレベッカが男性の魔人棟で見た目を覆うほどの惨劇が起きたことだ。
彼女の見た光景が事実なら、恐らくこちらでも起きている可能性が高い。
できればその予想は外れてほしい、杞憂であってほしい。
そう思って地下牢の戸を蹴破った瞬間、その考えが甘かったことを誇太郎は思い知ることになる。
「な……何だ、これは……」
衝撃的な光景のあまり、誇太郎達は思わず絶句する。
なぜなら、捕らわれている帝国魔人の捕虜たちが地下牢の中で血まみれになって息絶えていたからだ。
その光景を見て、レベッカは牢の近くで息絶えている魔人の死体を見ながら呟く。
「……男性棟の時と同じです、コッコデー」
「どういうことだ、レベッカ!?」
声を荒げて尋ねる誇太郎に、レベッカは震える声で事実を告げる。
「男性の魔人棟でも……帝国側の獣人棟でも、こんな具合に自害した人達がいっぱいいたんです」
「何だと!?」
「間違いないです、コッコデー……」
レベッカの発言を受けて誇太郎達も確認してみると、彼女の言う通り女性魔人達も自害を謀った痕跡が多く見られた。
首を掻き切っている者、互いに腹や胸を貫き合っている者達。中には姉妹か親友同士か仲良く手を握り合った状態で首を切って自害した死体や、恐怖や戸惑いがあったのか悔恨の念が伝わってくる涙の痕が残った死体もあった。
「うげぇ……惨い死に方してやがる……」
帝国魔人の凄惨な亡骸を前にランハートが慄く一方、誇太郎は未だに信じられないと言わんばかりに言葉を振り絞る。
「しかし、一体何でこんなことに……」
「……一つだけ心当たりがある」
「心当たり? セルソ殿、それは一体!?」
真実を求めるあまり必死に迫る誇太郎に、セルソもまた重々しく口を開く。
「……コタロウ、昨夜に話したこと……覚えているか」
「昨夜に話したこと、と言うと……?」
「アロガンシア帝国が掲げる思想についてだ」
「帝国が掲げる思想……はっ!」
その時、誇太郎の脳裏に決戦前夜でセルソと語り合った記憶が蘇った。
セルソとイサークの出身地について何気なく尋ねたあの時、誇太郎は彼らが帝国の一部隊から逃亡してきた兵士であることを知った。
そして逃げてきた理由として、帝国の掲げる思想に反感を覚えたことが取り上げられる。
セルソ達が知ったアロガンシア帝国の思想。
それは、「死ぬるものこそ、滅ぶものこそ幸福になれる」という破滅的且つ生命を冒涜するようなものだった。
なぜこの思想に至ったかは定かではないが、分かっているのはこの危険な思想で世界を統一すべく帝国は果てしない年月をかけて、エルフの国であるラッフィナートや人間が治めるツーガントと小競り合いを続けているのだ。
その記憶を思い返した誇太郎の元に、セルソから耳を覆いたくなるような推察が投げられる。
「恐らくこの捕虜たちは、帝国の思想に従って自害したのだろう。敵国の種族相手に生き恥を晒すくらいなら死を選んで幸福を手にすべきだと」
「ば、馬鹿な……。この世界でもそんな思想で統一されているなんて……」
「……その言い方だと、お前がいた現世界でも同じ思想があったと言いたげだな」
「……遥か昔の考え方ですよ。ただそれでも、帝国の思想のように『死んで幸せになりましょう』という考えからではありませんでした。だから……こんな、こんな……!!」
誇太郎は歯がゆくて仕方なかった。
捕らわれた奴隷は全員救い出すと思っていた矢先に、こういった形で自害する犠牲者が出るとは思わなかったからだ。
しかし、悔やんでも犠牲者が戻ってくるわけではない。
どうしようもない感情が誇太郎の心を覆いつくしていく。
すると、セルソは訝しげな態度で誇太郎に尋ねてきた。
「……コタロウ、若からこうなることは予め言われてなかったのか?」
「え……? ええ、言われてはいませんでした。そもそも帝国の思想を知ったことも、セルソ殿から聞いたのが初めてだったので」
「それはおかしい」
「どういう意味、ですか……?」
「若のように王族の生まれの者なら、教育の一環として帝国のことを学ばれているはず。多かれ少なかれこの思想についてもご存じのはずだが、なぜ……コタロウに伝えなかったんだ……?」
「ってことは、フィガロ王子は……こうなる可能性も分かっていた上で敢えて黙っていた……ということになると!?」
「……そうなるな」
納得のいかない様子で頷くセルソに対し、誇太郎は髪をかきむしる。
「クソッ!!! 一体……一体何がどうなってんだ!!??」
「……だったら、直接聞くしかねーだろが」
納得のいかない苛立ちを叫びに変える誇太郎の背後に、聞き覚えのある声が投げられた。
振り返るとそこには伝言を預かったエルネストの姿があった。
「エルネスト……」
「おう、コタロウ。テメェ等も粗方片付いたようだな」
「……そっちも片付いた、のか?」
「たりめーだろ、俺を誰だと思ってやがる」
「そうか……良かったよ」
自身を持って答えたエルネストの返事を受け、誇太郎は安堵の息を漏らすもやはり苛立ちと心のモヤは晴れなかった。
すると――。
「何しんみりしたツラしてんだ、ゴルァっ!!」
うなだれている誇太郎を奮い立たせるべく、エルネストは無理矢理立たせて喝を叩き込んだ。
「しっかりしやがれ、魔王軍の戦闘部隊隊長!! こんな所でうなだれてる場合じゃねーだろが!!」
「エルネスト……」
「戦いは終わっても根本的な収拾はまだ付いちゃいねえ。思う所は色々あるだろうがよ、先ずはこの戦いの収拾を付けやがれ。その時にあの胡散臭ェエルフの王子様に聞きゃあいい、そうだろ!?」
「……そうだな。ありがとう、エルネスト。まだやらなきゃいけないことが残ってた」
疲労に軋む身体と不安定な心に鞭打って、誇太郎は各々に指示を飛ばす。
「これから……フィガロ王子の元に合流する。合流次第、戦後処理の準備を行いたい。レベッカ、お前には……カーラとエミリー殿、そして捕らえられていたハーピーの代表者を呼んできてほしい」
「それはいいですけど、何でまた?」
首をかしげるレベッカに、誇太郎はこう返す。
「カーラの処遇についてだよ。彼女の身柄は、代表者の意見も踏まえた上で裁きを下さなきゃいけないからな。そしてエミリー殿には会議内での監視役だ、嘘を見破る彼女の魔法術が必要になってくる」
「なるほど。合点承知ですよ、コッコデー!」
「エルネスト、このまま俺に付いてきてほしい。倒れそうになったら叩き起こしてくれ」
「へっ、安心しやがれ。居眠りしかけたらぶん殴ってやっからよ」
「セルソ殿、そこにいるランハート以外のギーアの人間はどうしてます?」
「奴らは今、イサークやパトリシア達が監視している。戦いが終わったとはいえ、隙を見て反撃しかねんからな」
「了解。それじゃあ、すまないけれど……セルソ殿はそちらの監視を続けてほしい。ギーアの人間の処遇が決まり次第、然るべき罰を与える為にもな。後、フィガロ王子のことは全部終わってから追って伝える」
「……分かった、引き受けよう」
各々の返答を受け、誇太郎は残ったランハートに向けて強めの圧を込めて告げる。
「最後に……ランハート、と言ったか」
「あ、ああ」
「アンタ等はお仲間含むギーアの人間を全員連れて強制参加してもらう。いいな?」
「……分かってる。どんな裁きでも受け入れるさ」
素直に頷くランハートの返答を聞き終え、誇太郎はふら付く足取りでフィガロの元へと歩を進めていった。
*
「フィガロ王子……貴方は偽善者だ。奴隷を解放しに来たつもりだったろうが、帝国魔人共はその救いの手から零れ落ちた! 笑えるな! 捕らえられていた奴隷は全員救えなかったのだから!!」
フィガロに魔銃を突き付けられながらも、パオロはふてぶてしく嘲笑する。
しかし、その嘲笑に全く動揺することなくこう答える。
「分かっとったよ、そないなこと」
「……は?」
「ってか君、いつ僕が『捉えられている奴隷を全員解放する』なんて言うた? 僕たちはあくまで、『リオーネの住人の解放』の為に攻め込んできたんやで。帝国魔人の解放は運が良かったらのつもりやったんや。せやから助けられんくても、根本的な意味じゃ失敗にはならへんよ」
「何と薄情な……貴様、それでも王族か!?」
冷徹に吐き捨てるフィガロの発言に、パオロは引き続き反論する。
そんな彼を目にしながら、フィガロは目の色を変えて言葉を紡ぐ。
「……確かにね、本来ならそない薄情な考え方はしちゃアカン。けれども救えへん者は救えへん、手を伸ばしても振り払われてしもうたら尚更ね」
「だったら、どうするというのだ! このわしを陛下に差し出すのはいいとして、今後このリオーネはどうするおつもりか!?」
反論を続けて声が枯れかけてきたパオロに、フィガロは憐れみを込めた眼差しで判決を下すように告げる。
「パオロ・ドゥランテ。自治領の領民を奴隷として売り飛ばしてきたことで、君は多くの民を苦しめた。それは決して許されへん」
「ぐっ……」
「一方で母上……陛下の命令に忠実に従い、ギーアと向き合おうとしたその姿勢と努力はある意味評価できる。そこに醜い我欲はなかったんやろ?」
そうフィガロが尋ねると、パオロは苦虫を噛み潰したように頷きながらこう返した。
「……わしはただ、ノエミ陛下の命に応えて……リオーネを再興したかったのだ。さすれば陛下も心置きなく帝国との戦いに集中できることだろうから」
「……君の気持ちはよう分かった。せやから安心しい、これからは……僕がその役割を引き継ぐ」
「今、何と……?」
フィガロの答えに耳を疑ったパオロは思わず尋ね返す。
「リオーネは戦争で起きた間接的な犠牲や。帝国との戦争が長引くせいで、ラッフィナートはリオーネを見捨てなあかんことになってしもうた。そして目が届かなくなったせいで、ギーアに付け狙われるようになってしもうた。この不始末は……いつか王族が責任を取るべきやと思ってた。そして、その時は今……ついに来た」
「な、何を言っているのだ……フィガロ王子!?」
戸惑うパオロに対し、フィガロはシニカルな糸目を見開いて衝撃的な発言を突き付けた。
「リオーネは……ラッフィナートから独立する。国が治める土地を見捨てた母上なんかにこのリオーネは任せられへん。だから……リオーネは僕がもらう、君の遺志を継いでギーアと向き合うために」
「……っ!?」
確固たる宣言をパオロに突き付けると同時に、フィガロの背後で部屋の扉が勢いよく開かれた。
そこから姿を現したのは、上半身裸の誇太郎含むご褒美小屋についてきた面々の姿だった。
「お疲れ様やで、コタロウ君。エルネスト君から伝言聞いてくれた?」
「ええ、もちろん。あなたに色々伺いたいことも増えた上で……ね」
ギラリと睨みつける誇太郎の視線を受けながら、フィガロは横たわるパオロに背を向けて立ち上がる。
「……まあ、そういうわけや。パオロ、道を踏み外した君はどの道終わりやで。でも君の意思は僕がしっかり受け継ぐから、安心して牢獄の中で反省しいや」
そう言い捨ててその場を去ろうとするフィガロ。
すると――。
「待てぇ!!」
言い残したことがまだあるのか、パオロは麻痺毒に蝕まれる身体に鞭打ちながら叫ぶ。
「後悔するぞ! ギーアと向き合うということが、どれだけ難しいことか!! 民を守りながら奴らと渡り合うということがどれだけ過酷なことか!! その覚悟はお在りか、フィガロ・マリアーノ!!」
パオロの叫びを背に受けながらフィガロは声に力を込めて告げる。
「……当たり前やろ。僕がやらなあかんと決めたことや、どんな罵詈雑言や艱難辛苦が来ようとも……等しく受け入れて乗り越えるまで。それを乗り越えられず安易な方法に逃げた君のようにはならへん、絶対にな」
「ぐっ……うぅぅぅぅぅうううっ!!!」
とうとう反論の言葉がなくなってしまったパオロは、声にならない声をあげながら地面にうずくまるしかなかった。
そんなパオロを尻目に、フィガロは窓の戸を勢いよく開いた。
そして邸宅にいる全ての戦士たちに、フィガロは高らかに告げる。
「リオーネの奪還は成った! 屈辱に満ちた圧政は、現時刻をもって終わる!! 皆、よう戦ってくれた!!! これは君たちが手に入れた勝利や、存分に誇ってくれ!!!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」」」」」
フィガロの勝利宣言に味方陣営からは喝采が沸き上がり、ギーアと奴隷商陣営は意気消沈して黙り込んだ様子を見せた。
かくして、リオーネを巡る奪還戦はこうして幕を閉じた。
いかがでしたでしょうか?
第4章は後もう少しだけ続きます、何卒よろしくお願い申し上げます。