第68話 決戦を控えて
こんにちは。
今回は前日譚になります。
何卒よろしくお願い申し上げます。
作戦が決まってからの各陣営の士気は意気軒昂そのものだった。
「リオーネの解放」に向けて本格的に動き始めたこともあったが、その背後にはレベッカが用意した「時忘れの門」の影響も大きかった。
なぜなら、時間の流れがない空間内で活動することにより、その中でどれだけ過ごそうとも元の世界では殆ど時間が経過しないからである。
そのチート染みたメリットを活かし、訓練や作戦の細かい打ち合わせに至るまで「時忘れの門」は利用者に物事にじっくりと取り組ませてくれる「精神的余裕」をもたらした。
これこそが皆の士気を継続して高められる専らの理由だった。
その中でも、「潜入部隊」の士気は一際高かった。
初めは誇太郎の口から告げられた「ある一計」の内容に反対するものが多かったものの、それを行う彼の真意を知った女性エルフ達は、バレンティアとロッサーナを中心に積極的に「時忘れの門」の中で打ち合わせや訓練に励んでいた。
そして、熱意溢れる彼女たちを見て誇太郎もまた強く感化された。
虐げられた故郷の解放の為に恥を捨て、必死に憤慨する彼女たちの姿は心を強く奮い立たせる。
彼女たちに負けていられない、自身も強くならねば。
そんな強い想いを胸に、一心不乱に何百回と素振りし続けていた時だった。
「やーやー、お疲れ様ですよコッコデー」
「レベッカ」
背後からレベッカに声をかけられ、誇太郎は素振りを中断する。汗を拭いながら振り返ると、レベッカは薄黄色の液体が詰まったマグカップを誇太郎に差し出した。
「エナジーバナナのスムージーです。晩御飯でも一緒にどうでしょ、コッコデー」
「あ、ああ。分かった、今向かうから待ってて」
レベッカの言う通り、時計を覗くと針は午後六時半を指していた。
物事に一心不乱になって臨むと時を忘れるとはよく言ったものだ。
一度気持ちをリセットすべく、誇太郎はレベッカからスムージーを受け取って二人で食堂へと向かっていった。
食堂にはフィガロ含む今作戦の参加者全員が座っており、既に談笑しながら食事を取っていた。誇太郎はその輪の中に割って入るような形でバレンティアの隣に着席する。
「お疲れ、リーダー。レベッカさんに呼ばれなかったら来なかったでしょ?」
「……ああ、すっかり没入してたよ。ありがとな、レベッカ、バレンティア」
「どういたしまして、コッコデー」
そう言いながらレベッカはテーブルにあるスタミナポテトのふかし芋を取ろうとしたが、対面に座るイサークの手がレベッカと触れそうになった。
「イサっち、コレちょうだいよ~」
「それちゃん俺の台詞ぅ~、オメー結構食ってんの知ってんだぜ? ちったぁ自重しろよ、ウィヒヒヒ」
「誰情報、それどこ情報? 証拠はあるんですか、コッコデー」
やいのやいの言い争う二人を尻目に、誇太郎は隣にいるバレンティアに尋ねる。
「バレンティア、潜入部隊の訓練の方はどう?」
「いつでも準備オッケーって感じだよ。時忘れの門のおかげで、じっくり訓練できたから」
「それは何よりだ。ちなみに、剛瞬脚の方はどんな感じ?」
身体術のことを誇太郎が尋ねると、バレンティアは引き続き得意げに答える。
「そっちもいい感じ! セルソさんやレベッカさんのおかげで、新しい技も編み出しちゃったからね」
「すごいな……。じゃあ、もう本当に万全なんだな」
「まあね……ちょっと変な問題も起きちゃったけど」
「問題?」
苦笑交じりに前置きするバレンティアに、誇太郎は何かあったのかと首をかしげる。
「リーダーの作戦に対する皆の気合いがすごかったから、アタシも気合い入れて作戦の特訓に付き合ったんだよね」
「いいことじゃないか、それの何がまずかったんだ?」
「ううん。まずいわけじゃないんだけど、訓練を続けていくうちに何かに目覚めちゃったみたいで……」
そこまで言うと、バレンティアは誇太郎から視線を逸らして食事中のロッサーナを見ながらとんでもないことを告げる。
「ロッサーナさんはもちろん、潜入部隊の皆おならをすることに快感覚えちゃったから……いつかリーダーに責任取ってほしいって言うんだ」
「……えっ」
裏返り声と共に、誇太郎はロッサーナの方へと視線を向ける。
すると偶然ロッサーナと視線が合い、一瞬間を置いた後彼女は期待を込めた微笑みと共に親指を立てたのだった。
一見すると心強さを感じる態度だが、バレンティアからとんでもないことを告げられた誇太郎からすれば、いくら性癖とはいえ怖気を感じてしまうほどだった。
「……まあ、そういうわけで。戦いが終わったら責任取ってあげてね、リーダー!」
「あ、あははは……」
怖気を感じながら、誇太郎は苦笑することしかできなかった。
*
「そういや、セルソ殿とイサーク殿って……リオーネ出身なのか?」
「あ?」
「そーれ聞いちゃうの、ローコタちゃあん?」
「ローコタって……」
食事が終わった後、皿の片付いた食堂で誇太郎は二人で語らっているセルソとイサークのもとを訪れた。
初めて出会った時から誇太郎は疑問に思っていた。エルフが住むラッフィナートの中では極めて異質な二人、彼らは一体どこから来たのか誇太郎は気になっていたのだった。
そう思った誇太郎の問いに、先ず答えたのはイサークだった。
「ちゃん俺たちはリオーネ出身じゃねーよ♪」
「俺たちは……組織から抜けてきたはぐれ者だ」
「組織?」
そう誇太郎が尋ねると、セルソは視線を逸らして憂いた態度で答える。
「……アロガンシアの獣人と蟲人で編成された戦闘部隊、殺戮獣會。帝国とラッフィナートの紛争地帯で戦う、戦場最前線の部隊に所属していた」
「何だって!? アロガンシアって……魔帝王のいる、あの!?」
誇太郎の動揺した声の問いに、セルソは静かに頷く。
「獣人と蟲人の国事情は複雑でな。国境を境にラッフィナート側に位置するディフェーザと、帝国領のインヴァディとで二分化されている。俺たちは帝国領のインヴァディで生まれ、徹底的に殺しと戦闘の技術を叩き込まれた」
「懐かしいなぁ、兄貴ぃ♪ ちゃん俺は突撃兵、兄貴は暗殺部隊に配属されてなぁ」
「……武勇伝みてぇに語るな、イサーク。今となっちゃ思い出したくもない黒歴史だ」
「そうだったんだ……。でも、どうしてこのリオーネに移り住んだので? ラッフィナートは帝国にとっては敵国じゃ……」
誇太郎がそう尋ねると、怒りを紛らわさんとばかりにセルソが机をハサミで叩いた後に答える。
「……帝国が起こしている戦争に大儀がねえことに気付いたからだ」
「どういうこと……?」
「コタロウ、はっきり言うぞ。この世界は……狂っている」
「終わらねえ戦いを何百年もダラダラ続けてんのさぁ、帝国を相手にラッフィナートとツーガントはよ……」
「だらだらと何百年も続けてる!? えっ、待ってイサーク殿……この本土で一体何が起きているんだよ!?」
必死に食いつく誇太郎に、イサークは「どうする?」と言わんばかりの眼差しをセルソに送る。
その合図に気付いたセルソは、深くため息を付いた後神妙な面持ちで口を開く。
「俺たちのような一般兵は、何も言わず上からの命に従うしかない。いつか争いが終わり、平和な世界が来ると信じながらな。だが……その考えは、帝国の掲げる最悪の思想を知ってから消えてしまった」
「何だったんだ、帝国の掲げる思想って……」
オウム返しに誇太郎が尋ねると、セルソは思い出したくもない面持ちで告げる。
「『死ぬるものこそ、滅ぶものこそ幸福になれる』。帝国はこの思想で世界を統一すべく……ラッフィナートとツーガントを相手に何十年、何百年と小競り合いを続けている」
「戦禍でくたばるのはもちろん、長引く戦に疲れて命を絶つ者を増やすために……帝国は敢えて侵攻せずにだらだらと紛争し続けているんだよなぁ。自分ところの兵士が死ねば『死んで幸せになれました、ラッキー』って感じで、敵国にゃあ長期的にじわじわ追い詰めてから世界総取りでもすんじゃねーのかな。知らんけど♪」
「せ、戦争だって言うのに……手抜きだって!? しかも、『死ぬるものこそ幸福』って……はっ!」
セルソが口にした帝国の思想を前に、誇太郎は異世界に渡る直前に行った両親との面会の記憶を思い返す。
この時フェリシアは異世界の情勢について両親に説明していたのだが、その際誇太郎の父である正文からなぜ帝国は両国に侵攻せず小競り合いに留めているかを質問された。
しかし、フェリシアはその理由を明かさなかった。ただ一言、小競り合いを仕掛けたフェリシアの父親であり魔帝王ディオスの思想だけは「絶対に認めてはいけない」と意味深に言い残した状態で。
そして今、セルソから聞かされて誇太郎はその理由がついに明らかになったのだ。その余りにも一方的かつ残酷で、受け入れがたい独善的な思想故にフェリシアは明かさなかったのだ。
「そうか……だから、フェリシア様は……魔帝王に徹底的に抗うと」
「どうやらお前も聞かされていたようだな」
「この世界に来る前にだけどね……。しかし、よくそんな思想の組織から抜けられたな……。組織もいざそれを聞かされたら、大バッシングだったんじゃないか?」
固唾を飲みながら誇太郎がそう尋ねると、セルソは再び本題へと戻す形で答える。
「馬鹿かお前は、そんなことを馬鹿正直に相談したら帝国の思想に基づいて殺されるのがオチだろう」
「あっ……それもそうか」
「だから俺たちは……決死の逃避行を決め込んだ、クソ食らえな思想を押し付ける帝国と袂を分かつためにな」
「んでもよ大変だったんだぜ、ローコタちゃあん! 逃げたら逃げたで刺客が追ってくるしよ、まあ全員返り討ちにしたけどな。ウィヒヒヒヒ♪」
「決死」、「大変だった」と語る割には二人の姿は余裕を感じさせた。その姿は、伊達に最前線の戦場を潜り抜けていないという証拠を明確に示していた。
「それで落ち延びた先がリオーネだった、というわけなんだな」
「そうだ。ラッフィナートは帝国にとって敵地だが、このリオーネだけは違った。初めは……帝国民の俺たちなど受け入れられるはずもない、拒絶されるのが当たり前。そう思っていた」
「実際は違ったんだよなぁ~! ちゃん俺たちのことを帝国民だと知っても、皆優しくしてくれてよぉ……。あん時ゃ思わず泣いちゃったぜ……」
オイオイと泣き真似をしながらも、イサークは感慨深そうに呟いた。
そして、結論付けるようにセルソが話のバトンを受け継ぐ。
「……俺たちは、受け入れてくれたリオーネに恩返しをしたい。殺すことしか能のなかった思考停止の俺たちを解放してくれた、リオーネの住人達に」
「だから……ギーアの奴隷商はもちろん、領民を奴隷に差し出すパオロは……絶対許せねえのよ。つーわけでぇ! 優しくしてくれた皆を守るためなら、ちゃん俺たちはいくらでも修羅っちゃうって話だぜぇ、ウィヒーヒヒヒヒヒヒ!!!」
静かに告げるセルソと高らかに笑い飛ばすイサークの確固たる覚悟を感じさせる姿に、誇太郎はぐっと心が熱くなった。気が付けば拍手をしてしまうほどに。
「ところでコタロウ、お前はどうしてこの世界に来た?」
「えっ、俺?」
「ちゃん俺たちだけに話させるのはフェアじゃねーだろぉ? ローコタちゃんのこともちったぁ教えてよ、お近づきの印……ってことで♪」
興味を示す二人とは対照的に、誇太郎は恥ずかしそうに苦笑しながら口を開く。
「俺は……お二方とは違った理由でこの世界に来た、いや……来たというよりは『行くことを決めた』が正しいのかな」
そう前置きをして、誇太郎は自身が異世界に来た経緯をセルソ達に語り始めた。
人生でやりたいことがないが故に何度も仕事を求めては辞めてを繰り返し、その果てに一度は身を投げてしまった人生。
通りかかったフェリシアに救われてなかったら、誇太郎の人生は恐らく本当に終わっていたかもしれない。
しかしフェリシアに命を救われ、数々の試練を乗り越えていくうちに誇太郎の中でも何かが変わり始めていった。
理由は言うまでもない、フェリシアと出会って「素直になって人生を充実させる楽しみ」を知ったからだ。
それがあったからこそ、艱難辛苦に満ちた課題や強敵とぶつかっても等しく乗り越えてこられたのだと、誇太郎は確信を持って答えられた。
そして、自身の身の上を話し合ったことで新たに誇太郎の中で独自にやりたいこともでき始めていた。
「魔王軍」という「看板」を手に、本土でやりたいことが。
しかし、まだそれは胸に封印しておいた。
今は、奴隷商に支配されたリオーネを解放すること。
それが引いては誇太郎のやりたいことにも繋がるのだから。
「……と、まあ……これが俺の略歴かな。お二方と比べると、かなりチャランポランだったろ」
「確かにな」
「いや即答かよ、セルソ殿!」
「事実だろう」
「まごうごとなき事実だな、ウィヒヒヒヒヒ!」
「ひどい!」
最後にこう語らって、誇太郎達はお互いに笑い合った。
やがて笑いが収まりかけるタイミングを見計らって、誇太郎は改まってセルソ達の名を呼ぶ。
「……セルソ殿、イサーク殿」
「何だ」
「んぉ?」
二人が気付いた後、誇太郎は一呼吸ついてから澄んだ声でこう告げた。
「ありがとう。おかげで、俺も色々覚悟が決められた。お二方とお話しできて……よかった」
「フッ……別に構わんさ」
「明日はお互い頑張ろうぜ、ウィヒヒヒヒ!」
最後にセルソ達からその言葉をもらって、誇太郎は食堂を後にしていった。
*
その日……決戦前夜八時半過ぎ。
新たなやりたいこと、覚悟、決意を背負って誇太郎はある男の下を訪れた。
その者は、元アルフレードファミリーのボスエルフ――ダヴィデだった。
「よぉ、兄さん」
「ダヴィデ殿」
夜風が入ってくる部屋の中で、ダヴィデは待っていたかの如く誇太郎に尋ねる。
「オレの所に来たってことは……覚悟が決まったと見ていいな」
「……ええ」
力強く誇太郎が頷く様子を見て、ダヴィデはゆっくりと口角を吊り上げた。
「……よし。じゃあ先ずは『時忘れの門』に行こう、お前さんの覚悟と決意は……その中でじっくりとな」
「分かりました」
「しっかし、レベッカが作ってくれたのがあって助かったぜ? カチコミを明日に控えた状態じゃあ、普通にやったんじゃ間に合わねえからな」
「遅くなってしまったようですみませんでした」
「いいって。ほんじゃまあ、じっくり行こうか」
そう語らいながら、誇太郎とダヴィデは「時忘れの門」の戸をくぐっていった。
そうして彼らが戻ってきたのは、正に決戦が始まる直前の早朝。
アジトの外で待機していたメンバーが自身の姿を視認したのと同時に、誇太郎は高らかに叫んだ。
「さあ……行くぞ、お前らあああっ!!」
力強い誇太郎の咆哮に呼応する形で作戦の火ぶたは、周囲の士気が最高潮に染まりあがった状態で切って落とされたのだった。
いかがでしたでしょうか?
次回から決戦に入ります、何卒よろしくお願い申し上げます。




