第62話 誇太郎のマイルール
こんばんは。
一週間振りの投稿になります。
文章長めのギャグ回の様なものになりましたが、ご了承ください。
何卒宜しくお願い致します。
「先ずはお名前テルミー、よろっす」
「テルミー……って何で英語?」
唐突な英語と面接さながらの質問を投げるエミリーに面食らう誇太郎だったが、真摯に答えを返す。
「魔王軍に新たに配属になりました、戦闘部隊隊長の樋口誇太郎です」
「うん、オケっす。じゃあ次、アンタさんの仕える魔王の名は? ちなフルネームでよろっす、ここでは呼び捨てで構わないんで」
「……フェリシア・グランデ・アロガンシア」
一瞬気が進まなかったが、ここは相手側に従うしかない。誇太郎は一瞬躊躇いながらも、はっきり答えた。
しかし、一瞬躊躇ったのがまずかったのか僅かにエミリーの眉がぴくりとなったのを誇太郎は目にしてしまう。
「……駄目、だったか?」
「いえ、同盟相手の主の名と同じなんで問題ナッシングすわ。じゃあ次の質問――」
そこから淡々と質疑応答を続ける二人を、セルソは八つの複眼を一つも逸らすことなく凝視し続けていた。少しでも嘘偽りが明らかになった場合、即座に眼前の男を始末するために。
ところが――。
「兄貴ィ、ずーっと見てるっすけど様子はいかがですかい?」
「……ないな、奴が嘘をついている所は」
「ウィヒヒヒ、やっぱそっすよね! ちゃん俺も見てましたけどエミリーの羽光ってねえですもん!」
イサークの言う通り、誇太郎の一言一句に謀ろうとする意志が一切見受けられないのだ。エミリーの羽が光らないのがその証拠として何より証明していた。
「だから言ったじゃないですか、セルソの旦那。その人はギーアの連中とは違う、善良な人間さんだって」
助けた三人のエルフの子供たちと戯れながら、レベッカもセルソを説得すべく会話に入ってきた。しかし、当のセルソは厳しい口調で視線をそらさずに返答を返す。
「やかましい。元はといえばレベッカ、テメェが連絡をよこせばこんなややこしいことにならんかったはずだぞ」
「そこは本当に許してくだちゃい、旦那。こっちもやむなき事情がありましたんで、コッコデー」
「やむなき事情……か、丁度いい。エミリー!」
「はいっす、何すか」
質問攻めを途中で切り上げ、エミリーはくるりと態勢をセルソに向ける。
「レベッカの事情とやらを問いただせ、どうも止むなき事情があるらしいのでな」
「えええっ! 待って旦那、エミリー!」
「はぁぁ……レベちゃん、こうなったらもうゲームオーバーだよ。今から尋ねるから、しっかりアンサーシクヨロ」
そう言いながら誇太郎に背を向け、エミリーはレベッカに視線を合わせてこう尋ねる。
「皆に連絡できなかったやむなき事情って一体何事的な?」
「え……っと、そうだぬぇ……」
咄嗟の質問に言葉が詰まるレベッカだが、突発的にごまかせるかもしれないと踏んだ言い訳を口にする。
「あれだ、あれあれ。若様と魔王軍御一行案内するのに忙しくて……」
「や、でもさ。若様からいっと先にアポもらったのレベちゃんじゃん、そん時に皆に伝言回せたんじゃない的な?」
エミリーの問いに対し、レベッカは明らかに動揺しているのがバレバレな程に目が泳いでいた。にもかかわらず、レベッカはこう返す。
「ごめんちゃい、転移門のメンテで手が回らなかったんです! そんで連絡すんのうっちゃり忘れちゃったんです、コッコデー!」
「ふーん……」
レベッカがそう答える一方、誇太郎は「どの門か調べてた様子はあったけどメンテなんかしてたっけ?」と疑問に思っていた。やがてその疑問の真偽はすぐに明らかになる。
身振り手振りしながらレベッカがやいのやいの言い訳していたその時、彼女の対面にいるエミリーの赤い羽毛が太陽にじかに照らされたように煌々と光り出した。そしてそれを目の当たりにしたセルソは「やれやれ」と呟きながら、レベッカの元へと歩を進め始めた。
つまり――。
「……嘘乙だーね、レベちゃん。あーしの羽光っちゃったからもう逃げられないよ」
「ごめんなさい、ごめんなさあああああああああああい!!」
再び勢いのあるスライディング土下座で一同に謝罪の叫びをあげるレベッカ。
そんな彼女の謝罪に対して真っ先に返答を返したのは――。
「……もういい、レベッカ。顔上げろ」
「せ、セルソの旦那ぁ……」
エミリーの前に出てきたセルソだった。
「今回の件はとりあえず不問にしてやろう。今のところ若が連れてきた人間の言うことに嘘はなさそうだ、塵芥程度には信用できる」
ギーアの人間たちに向けていた態度とは正反対の、爽やかな春風のような穏やかな声色で話すセルソにレベッカは安堵の息を漏らした。
しかし、それも安堵も一瞬で終わってしまうことになる。
「だが、嘘を付いた落とし前はつけてもらおうか」
「ふぇ……?」
素っ頓狂な返事をレベッカが返すと同時に、エミリーが彼女の胴を掴んで宙づりにしてしまうのだった。そして、レベッカのお尻をセルソの眼前に差し出すとエミリーはその場で滞空し続ける。
「安心しろ、レベッカ。お前ほどのエルフを失うわけにはいかんからな。よって一回、スパンっとケツを一回ぶっ叩いて手打ちにしてやる」
「えっ、待って旦那!? こんな年端も行かないエルフの女の子に落とし前つけさせるの、コッコデー!」
「馬鹿野郎、だからこそだ。お前が助けたガキ共に教えるんだよ、嘘を付いた大人がどうなるかってことをな」
「ぶぇぇぇんっ! イサっち、お助け~!! 兄貴分を説得して~!!」
泣きじゃくりながら助けを求めるレベッカだったが、対するイサークはエルフの子供たちの傍で親指を立てて見守る姿を見せていた。
血走った目で見つめるウィンクと口が裂けんばかりの笑みを添えながら。
「ぐぎぎぎぃぃ、イサっちの裏切り者~!!」
「あー、こら。暴れんなし、レベちゃん。お尻ぺーんで手打ちなんだから我慢し」
「い~や~だああああ!!」
痛いのが嫌で必死に叫ぶレベッカを尻目に、これからそのお仕置きを実行するセルソは弁髪の先端を卓球の板のように変化させ、万全の準備を整えていた。
そして――。
「歯ぁ食いしばれ……ふんっ!!」
すっぱあああああああんっっ!!!
「ふにゃあああああああああああああああああああああああん!!!!」
勢い付いたセルソの一撃が、レベッカのお尻に風船が破裂せんばかりの音を轟かせながら炸裂するのだった。
事前に予告した通り「お尻ぺんぺん」ならぬ「お尻ぺーん」の一発で終わったお仕置きだったが、それでも食らった衝撃は凄まじくエミリーから解放されてもレベッカはお尻を天に向けながらぴくぴくと震えることしかできなかった。
そしてそんな様を目の当たりにしたエルフの子供たちは、あわあわと怯えながら戦慄してしまう。
しかし、そんな子供たちに対してイサークは優しく且つフォローするような口振りでレベッカを親指で指しながらこう告げた。
「ウィヒヒヒ、嘘付いたらこうなっちゃうぜ♪ みんなも、こーんな悪いエルフにならないよう気を付けようなぁ♪」
「「「は、はぁい……」」」
無邪気な声色で諭すイサークだったが、やはりレベッカが食らったお仕置きのインパクトが忘れられず子供たちは震え声で頷くしかなかった。
*
お仕置きを執行されて震えているレベッカを尻目に、セルソは弁髪を元の形に戻すとエミリーに質問攻めに戻るよう促した。
「……ごめんっすね。トラブっちゃってたもんで」
「お、俺はいいけど……彼女、レベッカは大丈夫なの?」
「あー、しゃあないっす。あーし等に欠かせない有能株なんすけど、ちょっと抜けてるとこあるんで。ああいうお仕置きはお家芸みたいなもんなんすわ」
「そ、そうなんだ……」
苦笑交じりに誇太郎は相槌を打った。
「そんじゃコタロウさん、最後の質問させてもらうんすけど……その前にいっすか」
「どうしたの?」
「今からする質問、ガチのマジでイカれてるんで正直『うわぁ……』ってなっちゃったんすけど、しっかりアンサーシクヨロっすよ?」
「えっ、あっはい」
戸惑いながら頷く誇太郎に対し――。
「どういう意味だ、エミリー。お前ほどのハーピーが引くほどとは珍しい」
「やー……セル兄、ホントガチのマジでイカれてる質問なんすよ。でもロッサーナが言うには、これで否定しなければ確実に本人らしいっすわ」
「……あの神経質がそこまで言うならそうなんだろうな、よかろう。最後の問いを投げろ」
「はぁ……、そんじゃ改めてやりますよ」
ため息を入れながら、エミリーは一旦赤い羽毛に付いたゴミを払った後、満を持した声色で最後の質問を投げた。
その内容は――。
「アンタさんは女の子のオナラが好きっすか? もしそうなら、具体的な理由もよろっす……」
「え……えっ!?」
思わず返答に詰まる誇太郎。
そして、その質問の内容に驚いたのはこの場にいる者全員だったのは言うまでもなかった。
「あ、そういう戸惑いはいいっす。正直この質問すんのも恥ずいんで、マジならしっかりとした理由も――」
「ああ、女の子のオナラ? 大好きです」
エミリーが話す途中、誇太郎は食い気味に返事を返す。
「……え?」
「は?」
「ウィヒ?」
「ふぇ……?」
当然この答えに対しエミリーはもちろん、セルソ、イサーク、そして地面に突っ伏すレベッカやエルフの子供たちに至るまで気まずい沈黙を漂わせた。
しかし、そんな雰囲気にも拘らず誇太郎は吹っ切れたように性癖を語り出す。
「理由としては、可愛い女の子や綺麗な女性がオナラをするというギャップに興奮しちゃうんですよね。思わずうっかりしちゃって恥ずかしがる姿がもあれば、尚更興奮出来ちゃいます」
周囲が一斉に引いてしまう中、エミリーの羽は一切光らなかった。
これにより嘘はついていないことが証明された為、エミリーは待ったをかけようとした。
しかし、誇太郎の弁舌は臆面もなく止まるという言葉を知らない。
「確かに普通の方から見ればドン引きする性癖かもしれません」
「かもしれませんじゃねーから。既にドン引いてるからもう止まれや、この馬鹿」
セルソがそう突っ込み返しても、誇太郎の弁舌は続く。
「しかしながら、こう考えることはできますかね? 一般的な思春期の男子の多くは、恐らく胸の大きい女性を好まれると思われます。俺の場合、その好みが女性のおならというだけでして何の問題もございません」
と、意気揚々とした様子で誇太郎が断言した次の瞬間――。
「いや、問題だらけだ、この変態野郎!!」
「ガキ共の前で何得意げにドン引き極まりねえ性癖ばらしてんだ!? 風穴工事ぶっ通すぞ、ボケぇっ!!」
激しい剣幕のツッコミがセルソとイサークから叩き込まれてしまうのだった。
しかし、その一方で――。
「ぷくく、女の子のオナラが好きとか。まさかですけど、ウチがぷーぷーしちゃっても興奮しちゃうんですかね、コッコデー」
「や、食いつかんでいいから。普通にイカれてるだけだから、ケツ振らなくていいから」
興味を示しかけるレベッカを、エミリーが待ったをかけるという多種多様な反応を見せるのだった。
ただいずれにせよ、これで誇太郎が怪しい人物ではなく味方側の人間であるということは証明された。多種多様な反応を見せる面子を前に、誇太郎はようやく疑問が晴れたことを確信して安堵のため息を漏らす。
「はいっす、それじゃあコタロウさん。これで質問は終わりっすけど、もう一度説明するっすね。あーしは嘘を見破れる補助型魔法術を持ってるんで、今さっきレベちゃんのお仕置きを見て分かったと思うんすけど……嘘だった場合はあーしの羽が光って教えてくれるんす」
「でも、俺と話してる間は……」
「もちっす、光ってねっすよ。てなわけでセル兄、これでビリーブってくれますよね?」
最終確認を終え、エミリーはもう一度セルソに最後の質問を投げる。
対してセルソは、短くため息を付きながらこう返した。
「……認めよう、お前が我らの味方ってことを。先ほどお前にはとんでもない失態を働いてしまったな、許せ」
「気になさらんでください、誤解が解けただけで十分ですから」
「だが、それ故一つだけどうしても解せねえことがある。それだけ移動しながらでいいから聞かせろ」
「移動しながら? それはどういう……」
と尋ねようとした誇太郎だったが、彼が尋ねるよりも先にエミリーが前に出る。
「セル兄、追手か何か来てる的な?」
「……ああ、感覚器官が何人かの気配を捉えた。これ以上ここで駄弁るわけにはいかん」
「んま、確かにっすわ」
「レベッカ、早く起きろ。敵が迫ってる、アジトに繋がる門を作ってくれ」
迫る追手を背後に急かすセルソに対し、レベッカはお尻を天に向けたまま不貞腐れた面持ちで視線を向ける。
「無理です」
「は?」
「さっきのお尻ペーンがジンジン来てて立ち上がれないんです、コッコデー」
「言ってる場合じゃねーだろ、やらねばこのまま全滅だぞ」
「そんならアジトでやればよかったじゃないですか、こんにゃろー!」
「一々駄々をこねるな、見苦しい」
呆れた様子でため息を付くと、セルソは弁髪で地面に突っ伏すレベッカをすくい上げた。
「ほら、これならば書けるだろう。どの道手早く撤収するにはお前の力が必要なんだ」
「ほいじゃあ謝ってくださいよ、旦那ぁ。謝んないとやりませんよ、コッコデー!」
「いい加減に……」
セルソの怒りが爆発しようとしたその時――。
「レベッカぁ、ちゃん俺のエナジーバナナやっからよぉ。これで機嫌直してくんね?」
一向にへそを曲げるレベッカに、イサークが懐からエナジーバナナを差し出したのだった。すると――。
「わぁい、エナジーバナナだぁ♪」
レベッカはさっきの不満顔が嘘のように満面の笑みを浮かべて、エナジーバナナにかぶりついた。
「いや、ちょろっ!」
「しー、コタロウさん。レベちゃん拗ねたらあれで機嫌取んないとずっとヘソ曲げまくりんぐなんで」
「そゆこと、ウィヒヒヒ♪」
「いいのか? まあ、いいのか……」
イサークのフォローにより事なきを得、レベッカの魔力は唸りを上げ始める。
「うおりゃあああ! 皆さん、ここから動かんでくださいね! いい感じの門を作るんでぇぇぇ!」
*
それから程なくして、数人の男性エルフと一人の漆黒の羽と赤と青のおさげヘアーを携えたハーピーと思われる女性が、先ほどまで誇太郎達がいた所へと訪れた。
彼女とエルフ達の首には水色の首輪が付けられており、さながら奴隷に装着させる物のそれに近しい。そして、その奴隷エルフ達の主人と思われる四十代後半の風貌をした人間の男が一人いた。
緑色の混じる灰色で統一された異質な服を着込み、腰には二対の鎌が装備されていた。この男がリーダー格らしく、周囲を見渡しながらセルソ達に葬られた亡骸を回収させたり捜索の連絡を聞いたりしていた。
しかし、エルフ達の話を聞く限り芳しい様子は伺えない。
「ねえ、ギーアの仲間殺した奴ら……まだ見つかんないの? 馬鹿なの、お前ら」
「み、見つかっておりません……」
「へぇ、ああそう」
気怠そうに男はぼさぼさの茶髪を掻きながら――。
「じゃあ死ね」
装備している鎌の一つを掴み、何と報告を告げたエルフの頭部に突き刺したのだ。咄嗟の出来事にエルフは呆然とする間もなく、意識を一瞬で刈り取られて即死してしまう。
「ショ……ショウジ、奴隷殺しちゃ駄目だよ。領主さまに怒られる……」
エルフを殺したことがまずいと判断した黒羽のハーピーが、ショウジと呼ばれる男に注意した。ところが、男は反省するどころか横柄な態度で彼女に迫って恫喝する。
「あぁ? 何、お前も俺に意見するの? 同じ奴隷で、しかも鳥なのに飛べない鳥女の分際で」
「そ、そんなわけ……」
「いや、したじゃん。今したじゃん、意見したじゃん。あーあ、気分悪くなった。俺帰るわ」
「で、でも……そうだとワタシ達が怒られ……」
「あ? 何、まだ文句あんの?」
「う、ううん……」
「な? ないよな? じゃあ、後頼むわ。俺はご褒美小屋でしっぽり楽しんでっから、お前らクソ共はあの下腹部ジジイに『間に合わなかったので全員死んでました』って報告しとけよ」
そういうショウジは、気だるげにあくびをしながらその場を後にしていった。
残されたエルフ達が憎悪に満ちた目で去り行くショウジを睨む一方で、黒羽のハーピーは「ごめんなさい」と涙声で何度も謝罪しながらうずくまっていた。
*
一方その頃、誇太郎達はエナジーバナナを食べて絶好調なレベッカのサポートにより追手からの追撃を完全に撒くことに成功していた。
その際レベッカは、エナジーバナナの効力で回復したことによりテンションが昂りまくり、勢い任せで一つ作れば十分な門を六百七十個も無駄に作りすぎてしまうという意味不明な奇行を取り出した。
しかし、結果的にその作り過ぎた門を一つにまとめ上げて再構築した結果、イサーク専用の巨大な転移門が完成しそれを経由してより機密性の高い転移門を通ることに成功するという、奇跡的な怪我の功名で収まり事なきを得た。
そうしてレベッカのテンションといくつもの転移門に振り回されながらも、一同は二つの門のうちいずれかがアジトに繋がる家屋の元へと訪れた。
「ここまで来れば多分奴らに追い付かれる心配はないですよ、コッコデー」
「多分って……いや、『絶対に』の間違いでしょレベッカさん」
「呼び捨てでいいですよ、オナラブラブお兄さん」
「ここに来るまで俺たち結構多くの門くぐってきたけど、何というか説明に困る異次元空間を通ってきたから絶対追い付かれることないでしょ。いや、オナラブラブお兄さんって何だよ!」
「……ツッコミ今更感強み、ウケる」
レベッカの造語に反射的に突っ込む誇太郎が余りにも面白かったのか、エミリーは思わずくすっと失笑する。
「ほんじゃま、レベちゃん。もう追手は撒いたわけだし、安全安心なコンディションでアジトに戻ろ……」
「あっ、待ってエミリー!」
扉を開こうとしたエミリーを、レベッカが何かを思い出した様子で呼び止める。
「なしたの、レベちゃん?」
「ごめんちゃい、何か言おうとしたんだけど……忘れちゃいました」
「忘れたって……大事な話的な?」
「だったような、そうじゃなかったような……思い出せないや、コッコデー」
「んー、ほんならそこまで大事な問題じゃなさげだと思う的な。セル兄、コタロウさん。問題ナッシングと思うんで、扉開けちゃってくんさいっす」
「ああ」
「承知した」
エミリーの言葉にセルソは左の門を、そして誇太郎は右の門の取っ手に手をかけた……その時だった。
「はっ、思い出した!」
「思い出したって、さっきの奴的な?」
「そうそれ、確か右の門を開くと――」
とレベッカが続けようとしたその時――。
「ぐぼっはぁ!?」
誇太郎が開いた扉の先から、どういうわけかボクシンググローブが飛び出し彼を吹っ飛ばしてしまうのだった。
そして、それを目の当たりにした一同を尻目にレベッカは顔を引きつらせて告げる。
「罠が飛び出す仕掛けに……なってました、コッコデー」
*
「お前本当にいい加減にしろよ、レベッカ!」
「ごめんなさい、セルソの旦那! 許してぇぇ~!」
再び報告漏れをしてしまったレベッカに、セルソの激しい叱責が飛ぶのは言うまでもなかった。
一方もろに攻撃を食らってしまった誇太郎をイサーク、エミリー、そしてエルフの子供たちが心配そうに気遣う。
「ウィヒヒヒ、大丈夫かぁ?」
「めっちゃもろぶち込まれてたじゃん、本当にだいじょぶ的な?」
「大……丈夫、食らった時に防御高める身体術反射的に発動させて抑えたから……」
そういう誇太郎だったが、それでもいい一撃を食らった反動故かよろめきながら立ち上がる。
すると、立ち上がった誇太郎に気付いたセルソが再びレベッカを弁髪に吊るしたまま近づいてきた。
「コタロウ、大丈夫か」
「セルソ殿……大丈夫です、ダメージも軽微なので」
「いや……俺の仲間がまた不手際を働いたようだ、許せ」
ぶっきらぼうな言動とは裏腹に、一礼まで入れて謝罪するセルソの言動は謙虚さを如実に思わせる。先ほど誇太郎に見せつけた圧倒的な殺意と威圧感が嘘のように感じてしまえるほどだった。
「大丈夫ですって。大事には至っていないのでお顔をあげて……」
「いや、このままでは示しがつかん。ケジメは取らせてほしい」
「ケジメ……?」
真面目な声色で告げたセルソの「ケジメ」という言葉に、誇太郎は冷や汗を垂らす。
「お待ちください、ケジメっていったい何をなさるおつもりですか」
「決まってる。レベッカ!」
「ひぃっ!」
怯えるレベッカに構わず、セルソは彼女を弁髪で吊るしたまま誇太郎の眼前に差し出した。しかも、どういうわけか彼の眼前にレベッカのお尻が来る状態で。
一瞬「何で?」と誇太郎が尋ねようとした瞬間、セルソはレベッカにとんでもないことを命じる。
「屁をこけ、それでさっきの件はチャラにしてやる」
「へ……いや待って、何言ってんの旦那!?」
「コタロウは女性の屁が好みだと言っていただろう? ならば簡単だ、お前がこいて彼を満足させられればそれで手打ちにしてやろうと言っている」
何と、レベッカに放屁するようセルソが提案してきたのだ。まさか過ぎるケジメに、誇太郎は戸惑いやら嬉しい気持ち半面やらで思わず絶句してしまう。
一方レベッカは、このケジメの取り方に猛反発する。
「いやですよ! レディーとしてそんな恥ずかしいことできませんよ、コッコデー! そんな急に出るもんでもあるまいし!」
「なら、催すまでこのまま待たせてもらおう。どの道このケジメはお前が取らねばならんことに変わりないのだからな」
「許してくだちゃい! こんなみんなの前でぶーぶーしちゃったら恥ずかしくてお嫁に行けません、びぇぇぇぇえんっ!」
「悪いと思ってんなら尚のこと一発ぶっこけや!」
レベッカがぴーぴー泣きだす一方、セルソの怒号が容赦なく彼女を叱り飛ばす。
すると、そんな光景を見かねてか誇太郎はセルソの肩に手を置いて諫める。
「お止めください、セルソ殿。流石にやり過ぎだ」
「止めるな、コタロウ。言ったはずだ、ケジメをつけねば示しがつかんと。本来ならもっと苛烈な仕置きが必要だが、お前の好みを鑑みてレベッカに放屁をさせるという形に減刑したんだぞ。何が不満だ?」
「不満ではありません、むしろありがたいです。ですが、どうかお控えを」
「なぜだ? お前好みに調整してやったというに」
「簡単な理由ですよ」
理解できないと首をかしげるセルソに、誇太郎は落ち着いた声色ではっきりと断言する。
「双方の合意が成立していないからです。俺は女性のオナラを嗅がせてもらう際、必ず確認を取るんです。それでもし相手が嫌であれば、俺は強制してまで嗅がせてもらうわけにはいきません」
「理解ができんな、なぜ確認を取る必要がある」
「恥ずかしい行為をわざわざ求めるからですよ。俺の性癖は普通の人とはかけ離れてる、それはご存じのはずだ。さっき暴露した時に、あなた方が俺に総ツッコミをかましたことが何よりの証拠であるように。だから俺は応じてくれる人には心の底から感謝して嗅ぐんです、こんなド変態な性癖に付き合ってくれて本当にありがとう……って」
両手を胸の中で握り、誇太郎は感謝の意を込めてそう告げた。
「いやぁ、コタロウさんよお。いい話風に話してっけど多分ちゃん俺たち以外でも突っ込むと思うぜ、ウィヒヒヒ♪」
「同感、あーしも理解できない案件」
一方でどこか納得できないイサークとエミリーだったが、肝心のレベッカは――。
「つまりはこういうことかい? どっちか片方が満足していても、お互い納得いかなかったら絶対その変態趣味はしないと」
どこか理解した様子でそう尋ねた。その問いに対し、誇太郎は迷うことなく頷いた。
「そういうことだよ、レベッカ。だからセルソ殿、解放してあげてください」
レベッカの解放を求める誇太郎の発言に、セルソはイマイチ納得のいかない様子だったが渋々解放するのだった。
「ありがとですよ、コタロウさん。お礼に本当にいつか嗅がせてあげますから、コッコデー!」
「ありがたいけど、それはまた後でね」
「はいはいなー。んじゃ皆々さん、セルソの旦那が開けた扉を通ってちょーだいね!」
解放されたレベッカは先ほどの泣き顔はどこへやら、明るいテンションに戻って一同を扉の中へと連れて行った。
イサークのみ大きな門を作る手間が生じたものの、何とかその問題も解消し一同は一人ずつアジトに繋がる門をくぐっていった。
誇太郎もまた彼女らに続き門をくぐろうとした、その時だ。
「待て、コタロウ。聞きたいことがあると言ったのを覚えてるか」
「そういえば仰ってましたよね、何でしょう?」
呼び止めたセルソに視線を合わせて、誇太郎は尋ねる。
「俺とぶつかった時、なぜ最後までそちらから攻撃を仕掛けなかった? あの時俺は、お前を殺すつもりでぶつかったんだぞ。にもかかわらず、お前は最後まで『先ずは話し合おう、戦うのに正当な理由がない』と頑なに続けた。俺にはその考えが理解できん、どうしてそこまで不合理な主張を続けられたのか……その理由を教えてほしい」
セルソのその質問は、真剣に誇太郎の真意を知りたいという気持ちから来るものだった。
その問いに対し誇太郎もまた、忌憚のない態度で答える。
「理由……と言っても単純なもので、『お互い納得いかない状態じゃいられない』という考えから続けられたとしか言えないかなと」
「納得だと? たったそれだけの為に命を張り続けたのか」
「王子様にも伝えたんですが、納得って生きていく上で一番大事なことだと思うんです。実際、俺はあなたを影から初めて見た時……ギーアの人間を粛正していた様子から鑑みて敵だとはとても思えなかった。その時点で、先ずは話し合って理解を深めるべきだって思ったんです。もし攻撃されようものなら、どれだけ強引な形になろうとも……あなたが根負けするまでひたすら攻撃をいなし続けます。あなたが話し合うという手段を選んで、お互いに納得できるまで」
「呆れた奴だ……。あの時、レベッカの介入がなかったらお前は死んでいたんだぞ。それでも納得を優先したか?」
「……それでも納得を優先しましたね。とはいえ、あなたに敗れたのは単純に俺の実力不足が招いた結果です。そこは素直にまだまだ未熟でした。だから、もっと強くならねばなりません。あなたのような強者と出会っても、無傷で済ませられるように」
力不足を恥じながらも、誇太郎は迷うことなく断言した。
混じり気のない純粋な声色で恥ずかしげもなくそう断言する誇太郎の呆れるほどのスタンスに、滑稽に感じてしまったセルソは思わず笑ってしまうのだった。
「フッ……ハハハ、呆れるほどに面白い価値観だな。だがそういう価値観が、俺たちが思いつくことのないその価値観が……これからの未来を担っていく現人神として相応しき素養なのかもな」
「そんな大層なもんじゃないですよ。同じ仲間として動く以上、足並みが揃わないなんてことは避けたいだけですから」
「いいだろう……改めて先の誤解の件、謝罪させていただきたい。そしてよろしく頼む、このリオーネを解放するために」
そう言うと、セルソは穏やかな声色で左手のハサミで握手を求めてきた。
「握手……して大丈夫ですよね、セルソ殿?」
「問題ない、普段なら力を入れすぎてもぎ取ってしまうかもしれんが……要調整する」
「もぎ取っちゃうの!? でも、こちらこそよろしくお願いします」
そう言いながら誇太郎とセルソは堅い握手を交わすのだった。
もぎ取ってしまうとセルソが言っていたが、その握力は思った以上に穏やかで誇太郎に痛みを感じさせなかった。それがセルソなりの友好の証と判断した誇太郎は、しっかりと噛み締めてアジトに繋がる門をくぐっていった。
いかがでしたでしょうか?
次回もまた楽しみにしていただければ幸いです。
何卒宜しくお願い致します。




