第55話 感情士、始動
お久しぶりです。
少々牛歩気味で申し訳ありません。
何卒宜しくお願い致します。
――――――
「コタロウ、これ持っとけ」
訓練場に行く途中、フェリシアは一旦移動を中断して誇太郎にこっそりとある物を手渡した。受け取ったそれは黄色い煙が濛々と立ち込める小瓶だった。
「何ですか、これ?」
「あたしのおなら」
「はい!!??」
「何だよ、嬉しくねーのか?」
誇太郎の性癖なら絶対に喜ぶと思ったのか、フェリシアは首をかしげた。
「いや、嬉しいっちゃ嬉しいですけど俺の場合は直嗅ぎの方が好みなわけでして!」
「どういう違いだよ、ウケる」
「ウケないでください! しかし、何でまたこれを?」
「フィガロ坊の魔法術対策だ。どうしようもなくなったら蓋開けろ、回復効果あるから」
「反則では?」
「反則じゃねーよ、それにノエミだってこのくらいは大目に見る。フィガロの魔法術はこれがなきゃ攻略できねーからな」
「そういうことでしたら……ありがとうございます、フェリシア様」
ぺこりと一礼して正面に向き直る誇太郎。
そんな彼を見ながら、フェリシアは一つだけ誇太郎のことで気がかりなことがあった。
「コタロウ、もう一つだけいいか」
「何でしょう?」
何かと思い誇太郎が振り向いた直後、フェリシアが自らの額を押し付けてきた。
フェリシアが「際限なき想像力」で生み出した魔法術の一つ、「記憶読み」である。こうすることで相手の情報を読み取ることができるのだ。
やがて誇太郎の現状を把握できたのか、すっと額を離してフェリシアは尋ねる。
「コタロウ、お前の中にいるそいつらは……一体何だ?」
「そいつら? 一体何を仰って……」
「悪い、質問を変えるわ。夢を見た時とか……いつでもいい、ここ最近で得体の知れない物体と話したことなかったか?」
「夢を見た時……そういえば」
「心当たりがあるんだな」
その問いかけに誇太郎は短く頷いて続ける。
「意識を失って眠り続けてた時に、夢の世界……なんでしょうかね? そこで、やたら攻撃的な赤い火の玉みたいなものと出会いました」
「赤い火の玉?」
「ええ。他にも宴会で音頭を上げる直前に明るい女の子のような声が俺をサポートしてくれて……」
「そうか……なるほどね」
誇太郎の返答を聞き、フェリシアは想定通りと踏んだように唸る。そしてそれを踏まえた上での結論を、誇太郎に述べる。
「コタロウ。これはあたしの予想なんだが……お前に与えた感情色は今、予想を超えた成長を見せてると思う」
「予想を超えた成長、と申しますと?」
「簡単に言うと、魔法術そのものにはっきりとした自我が芽生え始めてるんだ」
「自我ですって!?」
「極稀に心力型魔法術を宿した奴に起きる現象らしい。詳しいことはシャロンが知ってると思うが、どうやら感情色もその一つになった……みたいだな」
「……そういえば、赤い火の玉は俺にこう言ってきました。『俺はお前だ。そしてこの空間は、お前の心の中の世界そのものだ』と」
「そこまではっきり言ってきたのか?」
「……ええ。それを踏まえて今のフェリシア様のお話と合わせると、あの火の玉は俺が感情色で生み出した感情の一つが具現化した姿なんじゃないのかなと思ったんですが……いかがでしょうか?」
誇太郎の推論に対し、フェリシアは――。
「……だと思う」
と、どこかはっきりしない様子で答えた。
「判然としない感じですか……?」
「あたしだって何でも知ってるわけじゃねーぞ。今まで何人か能力向上の為に際限なき想像力で作った力を与えてはきたけど、そこまではっきり自我が芽生えた奴は……あたしも予想しなかったよ」
「予想外……ですか」
「ただ、今しがた記憶読みで読み取った限りじゃ、お前の推論でほぼあっていると思うぞ」
「そうですか……」
自身の中に宿っている感情色の存在に、誇太郎は自身の感情達に問うように自身の胸元をぎゅっと掴みながらフェリシアに尋ねる。
「フェリシア様……感情色で生み出したこの感情達は、俺の味方になってくれるでしょうか」
「それはお前が一番よく分かってるはずだぞ、コタロウ」
不安そうにうつむく誇太郎に、フェリシアは彼の両肩を掴んで告げる。
「今までの戦いをよーく振り返れ、そうすりゃ答えは見えてくるはずだ」
――――――
そして現在。
毒の硝煙が濛々と訓練場の大半に立ち込める現状、フィガロはゆっくりと誇太郎の額にある手ぬぐいを奪い取るべく手を伸ばしていく。
ニヤニヤと嫌らしく笑みを浮かべながら、自身の勝利を信じて止まぬフィガロ。
ところが、その気持ちは即座に吹き飛んでしまう。なぜならば、毒にもがきながらもこちらを睨んでくる誇太郎の姿が目に映ったからだ。
敗色濃厚、最早逆転は不可能に近い。ましてや自身の毒の魔法術は、模擬戦用に薄めているとはいえ少しでも浴びれば身体が麻痺して動けなくなるレベルの毒を使用していた。
それにも関わらず、今視線を合わせている人間は勝負を諦めた敗者がする目の色をしていない。
むしろ動ける余力が少しでもあればその力を最大限に振り絞って食いついてくる、そのような凄みを感じさせる眼光に思わずフィガロの伸びていた手は動きを止めてしまう。
――何やねん……その目。もう君の負けは決まってるってのに、何でそこまでぎらついた目ェできるんよ。
心の中で舌打ちするフィガロに対し――。
「どうした、フィガロ坊? 手ェ止まってんぞ」
観客席からフェリシアが煽るように声かけてくる。言い方からして「ビビっているのか」と言いたげな声色だったが、フィガロは平静を装って言葉を返す。
「久々に身体動かしたから疲れただけや。何もビビってはおらへんよ、フェリちゃーん?」
「ニッヒヒ、何もあたしは『ビビってる』とは一言も言ってねーよ? あれ、もしかして……ホントはビビってんのか?」
「うるっさいなぁ、ビビってへん言うとるやろ!」
「だったら早く手ぬぐい取っちまえよ、今がチャンスなんだから」
やたらと急かしてくるフェリシアの言動に、フィガロは一層苛立ちを覚えずにはいられなかった。
しかし一方でこうも思っていた。
――ヤケに煽ってきはるな、あの屁こきサキュバス。負けが決まっとるはずやのに、睨むことしかできへん今の誇太郎に何ができると思っとるん。バレバレのミスリードで僕を動揺させようとでも思っとるんか?
ビビっているわけではないと豪語はしたが、実際は敗色濃厚にもかかわらず鋭い眼光で睨みつける誇太郎に多少恐れを抱いていた。
故にフィガロは決断した。
――ただまあ……、正直コイツは得体が知れへん。頭の手ぬぐい取って、とっとと勝負着けてまお。
フェリシアの言う通り、相手が動けないうちに終わらせねば。それを踏まえてフィガロは満を持して再び誇太郎の手ぬぐいへと手を伸ばしていった。
*
一方少々時は遡り、フィガロがフェリシアと会話している最中、誇太郎の奥深くで感情色がある動きを見せていた。
誇太郎の精神世界と思われる真っ黒な空間を、以前彼の夢の中で姿を現した赤い火の玉がゆらゆらと揺れながらある場所を目指していた。
やがて火の玉は大きな扉の前に辿り着く。そして鬼のような大きな両手を生やし鈍重な音を鳴らしながら扉を開くと、その先には他の火の玉がゆらゆらと佇んでいた。更にそこには戦場の様子が実況モニターのように映し出されている。
『ボーっと見てる場合じゃねーだろ、テメェ等。クソ主から要請が下ったの聞こえなかったのか』
明確に苛立ちを隠さない態度で、赤い火の玉は映像を見ている他の火の玉たちに呼びかける。そんなぶっきらぼうな呼びかけに真っ先に返したのは、真っ黄色の火の玉だった。
『分かってるよ、アン君! でもさでもさ、まだ毒がもわもわしてるんだよ?』
『んなの見りゃ分かる、まだクソ主の解毒は終わんねーのか!』
がなるアン君と呼ばれた火の玉だが、それに対し青緑色の火の玉が冷静に告げる。
『……案ずるな。見よ』
『ああ?』
青緑色の火の玉の言う通りアン君こと赤い火の玉が画面に目をやると、フィガロが目を離した隙に誇太郎はこっそりとフェリシアが渡していたオナラの小瓶を開封していたのだった。
先にフェリシアが告げていた「回復効果」、それには解毒作用もあった。すぅぅと小瓶の口に鼻を近づけ吸い込んでいくと、誇太郎を蝕んでいた身体の痺れは徐々に引いていった。
そしてその様子を精神世界で見ていた赤い火の玉は一先ず胸をなでおろす。
『ちっ、それでいいんだよ……クソ主』
『わぁぁぁぁ、ナイスナイス~!』
はしゃぐ黄色い火の玉を尻目に、赤い火の玉はため息を付いて一同に問う。
『んで、どうする』
『どうするって~?』
『決まってんだろ、素直』
無邪気に尋ね返す黄色い火の玉のオーネストに、赤い火の玉はさも決まりきったことのように告げる。
『屁こき魔王様のおかげで、もうじきクソ主の毒は弱まる。でだ……動ける状態になったら、あの場で暴れてェ感情士はいるか』
赤い火の玉の問いに、他の火の玉達は返答を返さなかった。
『返答なしか。それじゃあ俺が……』
赤い火の玉がゆっくりとモニターの方へと向かおうとしたその時――。
『待て、激怒。ここは……拙者が行く』
食い気味で赤い火の玉――アンガーを青緑の火の玉が引き留めた。対してアンガーは止められたことが不服な様子で、当然青緑の火の玉に食って掛かる。
『忍耐ぅ、行きたかったんなら俺の質問にすぐ答えろ。今更出てくんじゃねーや、引っ込んでろ』
『ならば問おう。貴様が出て我らが主が無事に済んだ試しはあったか?』
『ぐっ……』
『貴様が前面に出て主がどうなったかは分かっているだろう? 二度も気絶させてしまう失態を起こしておきながら、よくもまあそんな口を叩けるものだな』
ずばっと歯に衣着せぬ言葉を投げるぺーシェンス、対するアンガーは鬼のような手で文字通り怒りの感情を前面に出しながらぺーシェンスを鷲掴みにしようと脅してきた。
『……勝てんのか、テメェの消極的な力で? あの魔王様が使った解毒効果も、恐らく一時的なもんだぞ』
『充分だ。二分ほど時間をくれ、その中で勝利してみせよう。我らが主に死なれては困るのは我々だけではない。特に根性が許しはしなかろう、それ位はわきまえている』
『本当だろうな?』
『案ずるな、拙者は負ける戦はしないつもりだ』
『……』
『どうするの、アン君?』
尋ねてくるオーネストに、アンガーは手を戻しながら観念した様子で返す。
『好きにしな』
『かたじけない』
そう言うとぺーシェンスはゆっくりと眼前に映る映像に自らを溶け込ませていった。誇太郎に上質なコートを纏わせるように、優しく自然な形で。
*
そして現在。
フィガロの右手が誇太郎の手ぬぐいに触れようとした次の瞬間。
カッと誇太郎の目が見開かれ、ぎょろりと魚の目の動きのごとくフィガロを睨みつける。いきなり見せつけられた強烈な目力を前に、フィガロは戦慄のあまり思わず一歩後ずさってしまう。
時間にしてフィガロが放つ早撃ちに等しいコンマ一秒の隙を、誇太郎は見逃さなかった。
フィガロが後ずさると同時に、誇太郎は姿勢を低くした状態で地面を跳んだ。
そして一気にフィガロとの距離を詰めると同時に、誇太郎は渾身の力を込めたアッパーカットをお見舞いさせた。
くぐもった声を上げながら上空に吹き飛ばされるフィガロだったが、誇太郎の猛攻は止まらない。
上空から落ちてくるころ合いを見計らい間合いに入った次の瞬間、誇太郎はバレンティア直伝の遠心力を存分に込めた回し蹴りをフィガロの腹部に叩き込んだ。
ミシミシと軋む音と共に叩き込まれた蹴りは、そのままフィガロをすさまじい勢いで地面へと叩きつけるのだった。
「突然力が……。何が起きたんや、一体……」
口から滴る血を拭い、フィガロは相手側の方へ視線を向ける。
そこには青白い瞳に染まった誇太郎が、修羅の如き形相で佇む姿があった。
「……ご無礼失礼致しました、王子様。ここからは……俺のターンです」
いかがでしたでしょうか?
次回もまた楽しみにしていただければ幸いです。




