第37話 諦める理由なんてとっくに捨てている
お久しぶりです。
随分と期間が開いてしまいました、後半おかしかったら申し訳ありません。
何卒宜しくお願い致します。
「やっと……嫌な過去を一つ、洗い流せたよ……リーダー」
パトリシアを懲らしめ、やり遂げたという優越感にバレンティアは浸っていた。
己を含む種族差別が常に酷かった龍人族の一人を、皆と力を合わせようやく倒すことができたのだから。その喜びを噛み締めることをバレンティアはしかと堪能した。
それからしばらくして、優越感が落ち着き始めるころを見計らってスマホに手をかける。
「ライムンドさん、本陣……無事に制圧しました!」
『そうか……よく頑張ったな、バレンティア。これで……過去も清算できたろう?」
「……はい!」
暫し間を置いて、バレンティアは再び噛み締めるような声色で言った。一方、スマホ越しのライムンドはすぐさま冷静な声色でこう告げる。
『だが油断するな、周りの戦いは終わってはおらん。加えて……本陣ではコタロウが奮戦中だという事も忘れてはおるまい』
「あっ……そうだった、急がなきゃ!」
急ぎ足で行動に移そうとしたバレンティアだったが――。
『待て! 俺が指示を出す前に動くな、バレンティア』
すぐに行動に移そうとしたバレンティアを、ライムンドがたしなめながら続ける。
『先ずは周囲で争ってる野良ゴブリン達の戦いを治めに行け』
「治めにって……上位魔人もそこそこいるんですけど、今のアタシ達じゃきついですよ」
『阿呆か。馬鹿真面目に立ち向かえとは言ってないのだよ、妹……パトリシアを撃破したのだろう?』
「もちろんです!」
『ならば簡単だ、貴様らの大将は討ち取ったと言い回れ。元々烏合の衆でしかない龍人族の奴らなら、その言葉だけで戦意を喪失するハズだ。馬鹿真面目に立ち向かうなら、その言葉を受け取らぬ凡愚だけにしておくがいい』
「分かりました! それじゃ、アタシが倒したこと伝えてきます!!」
『よし、伝えに行け。ちなみに……』
高揚感を隠し切れない様子全開で、バレンティアは何か言おうとしたライムンドを差し置いてスマホの電源を切ってしまうのだった。
*
「全く……話の途中だというに」
ため息交じりに、ライムンドは仮本陣でスマホを懐にしまった。そして、背後にいる上半身の大半を破壊されたカラヴェラを回収してくれた存在へと視線を向ける。
「カラヴェラを無事に回収してくれたこと……心より感謝する、ウルガとやら」
ライムンドは感謝の意を込め、背後にいる存在であるウルガに慇懃な態度で会釈した。
謎の重装歩兵であるシュトルツに戦闘不能にされ、動けなくなっていたカラヴェラ。そんな彼の元に、嗅覚を頼りに追っていたウルガが気付き、そのままカラヴェラの案内に従いながら本陣に戻ってこれたのだ。
そんなウルガは、礼儀正しく応対してきたライムンドに照れくさそうにしながら答える。
「いや……まあ、今はほら。俺は俺で……カラヴェラを襲ったシュトルツって奴に一泡吹かせないと気が済まないし、それに……」
「頭ぁ、ご無事で何よりです!」
族長の安全を知った人狼族達が、縄に縛られながらも歓喜の声を上げる。一方のウルガも部下の安全を確認できたことにより、安心の感情がこもったため息を漏らした。
「俺の仲間の命を案じてくれたこと、礼を言うよ。これでお互いに貸し借りなしにしないかい?」
「案じるのは当然だ。我々が攻めた目的は龍人族一同の皆殺しではない、『嫌われ者の秘島』の治安の統一……だからな。ウルガよ、お前も……それは同じ思いだろう?」
「……まあね、エルさんが一方的に突っぱねてたから面倒なことになっちゃって」
申し訳ない様子でやるせない様子を見せるウルガだったが――。
「でも今は、お互いに……止めなきゃいけない奴がいるでしょ」
静かな怒りに満ちた唸り声と共に、ウルガは続けた。ライムンドはそれがいったい誰なのかという事を理解していた、その上でこう告げた。
「今はやめておけ」
「……なぜ?」
疑問に思ったウルガが尋ねたその時、誇太郎達がいる元本陣から耳をつんざくほどの金属音が轟いた。
「……!」
「気付いたか、ウルガよ。今あそこには、貴様の言うエルさん……エルネストと我らが戦闘部隊の隊長、コタロウが戦っている」
「エルさんが……君たちの隊長さんと?」
「そうだ。そして、これを聞いたら驚くかもしれんぞ」
ただの人間が一対一で戦っている情報も付け加えたライムンドの話に、ウルガは文字通り目を丸くして驚くほかなかった。
そして、一度はライムンドが言った発言をウルガもまた口にする。
「無理だろ……、勝てる訳がない」
最上位種であるエルネストにただの人間が勝てる訳がない。火を見るよりも明らかな意見に対し――。
「そうね……普通なら勝てる訳がないと思うわ。でも、私は……勝てると信じてる」
ウルガの意見の肯定と否定を交互にしながら、スミレが姿を現した。
「スミレさん、何故そう思えるんだい?」
「決まっているでしょ?」
くすっと僅かに微笑み、スミレは告げる。
「私たち……魔人を纏める戦闘部隊のリーダーなんだもの。今まで色んなモンスター達を短期間で倒してきたんだから、少なくとも……たった一人でブレードマンティスを一体倒せるくらいは強いわよ」
「……なるほどね、簡単には倒れない……ってことか」
ある程度納得するウルガだったが、スミレは「とはいえ」とやや不安げな表情でもう一言付け加える。
「どっちみち……私も加勢に向かう予定だけれども」
「……その方がいいよ、エルさんは腐っても龍人族。とてつもなく強いよ、だから急いで向かった方が……」
と、ウルガが続けようとしたが、スミレは「ちょっと待って」と言わんばかりに右手を彼の前に出して発言を遮らせた。
「加勢に行く前に……、もうちょっとだけ待ってもらえるかしら。今……メンソウで探ってるから」
「……重装歩兵をかい?」
「ええ、だから……もうちょっとだけ待って。あなたも嗅覚で手伝ってくれたら助かるわ」
「そういうことなら……」
スミレの真意を理解し、ウルガもまた未だどこかにいるだろう重装歩兵の行方を探るべく専念するのだった。
そんな彼らを尻目に、ライムンドはひたすら元本陣の方を眺めていた。未だに激戦を繰り広げているだろう、新参者の男のいる方角へと。
「……勝てよ、コタロウ。フェリシアが……お嬢様が認めた男なのだから、こんな所で立ち止まるな」
期待と信頼を胸に秘め、ライムンドは静かに独りごちる。
*
エルネストが自身の身体術である鱗操を使い始めてから、誇太郎の劣勢は悪化の一途をたどる一方だった。
エルネストの身体から離れた五百強ほどの鱗が、渡り鳥の如く意志と統率を持った動きを持って一斉に誇太郎に襲い掛かる。
対して誇太郎は練磨と山椒を逆手に構え、「乱斬驟雨」の乱れ切れにて凌ごうと試みた。グライムと戦った時と同様、これで辛うじてでも構わない。ダメージを軽減できればと考えたが、それは悪手へと繋がってしまった。
グライムの時と違い、相手取っている攻撃は龍人族の鱗。
身体の元が水分であるグライムの場合、斬ろうと思えば切れない攻撃ではない。だからこそ、誇太郎は属性攻撃による銃撃もどきを「乱斬驟雨」にて斬り落とすことに成功したのだ。
だが今回は違う、龍人族の鱗は鉄よりも硬く生半可な攻撃では傷すら付けられない。
その中でもエルネストの鱗は龍人族の中でも一際硬く、そして鋭利であった。一枚一枚の鱗が矢尻と言われても遜色がない程に、彼の鱗はとにかく鋭い。
そんなエルネストの鱗が今、鱗操によって自由自在に身体から剥がされ誇太郎に向かって刃の雨となって降り注ぐ。
迫るその攻撃に、誇太郎は僅か数撃弾いただけで感じた。
――駄目だ……これも凌げない! まともに受け続けたら、これだけで終わりだ!
驚異的な攻撃といち早く察知した誇太郎の心力の一つ、「素直」がそう答え彼に回避行動を起こさせた。
しかし、回避した先に待っていたのは――。
「避けてもう安心……とでも思ったか、馬鹿がぁっ!」
「何っ……!?」
からがら誇太郎が回避した場所に、いつの間にかエルネストが待ち構えていたのだ。両腕には鱗操によって凝縮された鱗が、二対の鋭い手刀となってギラリと反射光を輝かせていた。
「コイツはどうだ、コタロウよぉお!!」
怒号と共にエルネストは、左手に集中させた鱗の手刀で誇太郎に襲い掛かる。地獄突きの要領で首筋に迫るその攻撃を、誇太郎は間一髪で左に構えた山椒で受け止めた。
だが、それで精一杯だった。利き腕ではないという事もあってか、受け止めた後のはじき返しに移ろうと思っても起こせずにいた。
「そぉら、もう一丁ぉ!!」
間髪入れずにエルネストの攻撃が、今度は右腕に集中させた鱗の刃が誇太郎に襲い掛かる。
その攻撃に誇太郎は刃が身体に触れるコンマ一秒で回避を試みたが、それでもほんの一瞬反応が遅れたことが仇となってしまう。
回避したと思い後退した直後、誇太郎の腹部から鮮血が真っ赤な花を咲かせるように勢いよく吹き出した。
すぐさまそれは激痛となって全身を駆け巡り、誇太郎に苦悶の悲鳴を上げさせる。
「ハハッハハハハハ!! 情けねーな、コタロウ様よぉ! 覚えてるか? さっき俺に言ったこと」
傷口を抑える誇太郎の元に、エルネストは高飛車な態度で続ける。
「『俺は今日から人間を超えた人間になる』って、言ったよな? 言ったんだよ、お前はよ! なのに何だ、その無様な姿はよぉ! 超えるどころか跪いてんじゃねーか、俺に敬意を示してどうすんだぁ!?」
これ見よがしとばかりに、エルネストはケタケタと高笑いしながら誇太郎を見下していた。
それは最早誰の目に見えても仕方のないことだった。
全身が刃物と化す鱗を操るエルネストの身体術は、接近戦はもちろん、自ら鱗を遠隔操作して刃の雨として降らせることもできる。
そんな相手に誇太郎が深手を負ってしまうのも無理もない。
否、それが当然なのだ。普通の人間が勝てる訳がない。
全てにおいて勝利が揺るがないことを確信し、エルネストは誇太郎を鷲掴みする。
そして、見下すような態度は変わらぬまま説得を促す声色でこう告げた。
「もう諦めろ。ただの人間にしちゃよくやった、そこは素直に褒めてやるぜ。でも分かってんだろ? お前はただの人間、俺は魔人。それも最上位種の龍人族だ。これ以上醜く足搔いたところで勝ち目がねえのは明白だ、諦めちまえ」
これでもかというほど、エルネストは口角を吊り上げて諦めを促した。
腹に深手を負い、息も絶え絶えであるであろう誇太郎の選択肢が「敗北」一つであるとエルネストは疑うことすらしなかった。
しかし、誇太郎の口から出たのはエルネストの予測とは正反対の答えだった。
「……諦める理由なんてとっくに捨てちまったよ」
「あぁ? 何だっ……」
エルネストが尋ねようとした瞬間、彼の腕に誇太郎が手にする山椒が襲い掛かった。
手負いの状態からの反撃を予想していなかったエルネストは、避けるという選択肢を用意しておらず躱す間もなく山椒の斬撃を食らってしまった。
しかしそこは腐っても龍人族、強靭な鱗に守られることにより血が噴き出すことはなかった。
それでも、誇太郎の束縛を解く分には十分だった。
「テメェ……まだそんな力残ってたのかよ」
エルネストは攻撃を食らった左手を押さえていた。傷を負うことはなかったが、痺れるほどの衝撃が彼の左手全体に響いていたからである。
対する誇太郎は、腹から血を流しながらも毅然とした態度でエルネストへと向き合った。
「当たり前だろ……だって、まだ倒せていないんだもの」
普通なら立ち上がることすらできないはずのダメージ、しかしそんな状況であっても誇太郎の顔には笑みがあった。
それがエルネストの癪に再び触れることとなる。
「何……笑ってんだ、テメェ? そんな深手を負いながら、何で笑ってんだ!?」
窮地に追い込まれていながら笑う誇太郎に、エルネストは苛立ちと僅かに焦りを感じた。
そんな彼の心情とは別に、誇太郎は自身なりの答えを告げる。
「感謝してるのさ……俺自身の甘さに気付かさせてくれた、お前の攻撃に」
「……何言ってんだ?」
狐につままれたエルネストの疑問に答えるように、誇太郎は続ける。
「心力型の『感情色』を少しでも意識的に操れるように、俺はある『ルール』を設けたんだが……、結局この様だ……。まだ……意識と覚悟が足りていなかったのかな?」
「さっきから何をごちゃごちゃ言ってんだぁ!?」
再度怒号と共に両腕の手刀で襲い掛かるエルネストだったが、今度は誇太郎にその攻撃を受け止められてしまった。
重い一撃に誇太郎の身体は更に悲鳴を上げ、腹部の出血も増していく。
しかしそれでも彼の顔から笑みが消えることはなく、それどころかバレンティア直伝の蹴り技でエルネストから無理やり距離を切り離させた。
――何だ、今の蹴り!? あの瀕死の状態でどこにそんな力が!?
困惑するエルネストを他所に、誇太郎は何かに気付いたかのように独り言ちる。
「うん……そうだ、そうだったんだ。最上位種のお前に挑む以上、『無傷』で勝とうなんて考えそのものが……甘えだったんだ」
「何だと? 無傷で勝とうと思ってたのか、この俺に!?」
「そうさ……当然だろ、『斬られたら終わり』が……侍の戦いだからね。でも……お前が深手を与えたおかげでその考えが『甘え』だってことに気付かせてくれた」
腹から滴る血を見つめた後、誇太郎はぎゅっと握りこぶしを作って続ける。
「最上位種相手に無傷で勝とうなんて考えそのものが、本当に甘かった……覚悟が足りてなかった。だから、俺の心力も攻勢に転じてくれなかったんだ……と思う」
「へぇ、そうかよ。んで? 俺を倒せる算段でも浮かんでんのか、テメェには?」
「……あるよ、とっておきの秘策がね」
そう言いながら、誇太郎は練磨と山椒を構え直して高らかに告げた。
「見せてやるよ、エルネスト。俺の心力型魔法術から編み出した戦法、『感情色流武士道』をな」
いかがでしたでしょうか?
上手くできていたら幸いです。
次話もいつ投稿になるかは分かりませんがご了承ください。
何卒宜しくお願い致します。




