第33話 密かに抱く激情はここぞという時に燃やすもの
こんばんは。
再び一気に書き上げることができたので、本日も投稿させていただきました。
何卒宜しくお願い致します。
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野良ゴブリンが寝返ることを宣言する少し前。
次々と都合の悪い報告が入ってくる中、エルネストは人差し指をトントンと何度も鳴らしながら苛立ちを隠せずにいた。
そんな兄をどうにかして励まそうとパトリシアも何か言おうとしたが、言えなかった。冷静になれていない今のエルネストに対し、自分ができることは今や何もなかったと痛感する他なかったからである。
やがて――。
「た、大変です! 野良ゴブリン達が裏切りを宣言、こちらに向かってきます!!」
「何だとぉ!?」
「それだけじゃありません、野良ゴブリンの周りに潜んでいた魔人達に加え、制圧された人狼族の方からも軍勢が迫ってきてます!!」
完全に挟み撃ちになってしまったという最悪の報告を前に、エルネストは自身の鱗で出来た塊を飛ばして歯ぎしりした。
その憤怒の形相に伝令役の魔人達はガタガタと怯え、パトリシアは思わず固唾を飲みこんだ。しかし、すぐさまエルネストは落ち着きを取り戻して長いため息を付いた。そして、パトリシアの元に近づきこう告げた。
「……パト、砦はテメェに任せる」
「任せるって……兄様はどうするの?」
「決まってんだろ?」
スッと立ち上がり、鋭い爪を生やした手を怒りを込めるようにして握りながら答えた。
「敵陣でふんぞり返ってんだろう、あの人間……コタロウとやらをぶっ潰してくる。魔人どもを指揮するアイツをぶっ潰せば、この馬鹿騒ぎも収まるはずだかんな」
「そんな……! 何も兄様がそこまでせずとも……」
「そうですよ、エルネスト様! それに、パトリシア様お一人にさせるおつもりですか!? いくらパトリシア様がお強い属性攻撃の魔法術をお持ちとはいえ、何千人も相手取るのは無謀……」
と、伝令役の魔人が続けようとした瞬間。
エルネストはその伝令役の魔人の首を片手で跳ね飛ばした。そして、その光景に唖然とするもう一人の伝令役に警告する。
「パトのこと気遣う暇があんなら、とっとと迎撃してこい」
「は、ははっ!!」
恐怖ににじんだ声色と共に、伝令役の魔人は一目散にその場を去った。完全に魔人の姿が見えなくなったことを確認し、エルネストはもう一度パトリシアに近づいて顔を合わせる。
「パト、聞いてくれ。元々俺ぁ、野良ゴブリンの奴らの裏切りなんざ……分かり切ってた。いつか爆発してこうなることをよ」
「でも……私一人じゃ、本当にここを守り切れるか分からないよ!?」
「何言ってやがる、パト? さっきのアホが言ったこと、気にしてんじゃねーよ」
自信を持たせるようにパトリシアの頬に触れ、エルネストは励ますようにして続ける。
「お前の紅雷はその気になれば、大軍勢にも負けねえ無敵の属性攻撃型じゃねーか? 忘れたか?」
そう言いながらパトリシアの頬から手を離し、エルネストは断言する。
「だから、砦はお前一人に任せる。俺は今から敵本陣の指揮官ぶっ潰して、一気にこのクソみてーな戦いを終わらせる! 一石二鳥じゃねーか、なあ!?」
「そ、そっか! そうだね、無敵の私たち龍人族なら……出来っこないわけないもんね!」
「その意気だぜ、パト!」
元気を取り戻したパトリシアの様子に、エルネストは安心した様子でニカッと笑みを浮かべた。
「んじゃ……行ってくるわ、敵の大将首を土産にな!」
「うん! こっちは任せてね~♪」
黒い翼を力強く羽ばたかせ、エルネストはすさまじいスピードで洞窟を後にするのだった。彼の翼が羽ばたく音が静かに消えていくのを確認し、パトリシアは一旦背伸びをした状態のまま何者かに語りかける。
「いつまで隠れてんの、出てきなさいよ」
そのパトリシアの言葉に対し、背後で流れる川の源泉から魚が飛び跳ねるような音と共にグライムが姿を現した。
「……気付いてたの?」
「とっくにね、さっきからちゃぷちゃぷうるさくて耳障りだったのよ。それに……」
パトリシアの怒りを表現するかの如く、彼女が宿す魔法術の紅色の雷が周囲に迸り始める。
「ここはね、本来兄様と二人っきりでいられる最高の空間なの。だから勝手に踏み込まれたくないのよね」
「さっき……連絡の人、呼んでたけど……あれはいいの?」
「あれは緊急時だったからいいの。さて……と、兄様との極上空間を土足で踏み荒らした罪、死んで償ってくれない?」
「嫌だ……」
ストレートにグライムが答えるのと同時に、一足先にパトリシアとグライムの戦闘が始まった。
――――――
そして現在、魔王軍本陣。
凄まじい爆風と共に、エルネストは単身で上空から大剣を振りかざして急襲してきたのだった。
「よぉ……来てやったぜ、コタロウよぉ……!」
「エル……ネスト……!?」
地面に突き刺さった大剣を背負い直し、エルネストは不敵な笑みで誇太郎達を睨みつける。
「本陣で待っててもケツが痛くて仕方なくてよ、手っ取り早く大将首取っちまった方が早いと思ってなぁ。わざわざここまで来てやったんだ、感謝しろよ?」
軽い冗談を交えつつ傲岸な態度を崩さないその振る舞いは、圧倒的な余裕と自信を見せつけていた。それを目の当たりにしたライムンドは、目を細めながら内心焦り始めていた。
――まずい……まさか、龍人族そのものがここを急襲してくるとは……! いや、とにかくここを急襲されたのならば先ずは……。
ライムンドは本陣を急襲された時の緊急事態に備えるべく、医療班であるエリックとロッサーナの方に視線を向けて翡翠の瞳を一瞬だけ煌々と輝かせた。
それに気づいた二人はエルネストが誇太郎に視線を向けているうちに移動を始めた、その時である。
「どこに行くつもりだぁ!?」
怒号と共にエルネストは自身の鋭利な鱗を二枚剥がして、ナイフを投げるようにしてエリック達目掛け投げつけた。その不意打ちにライムンドはワンテンポ遅れてしまい、二人に鱗が当たろうとした瞬間。
ガキィンっ!
ライムンドよりもいち早く行動していた誇太郎が、鱗を練磨で弾く金属音を響き渡らせた。
「コタロウ君……すまない、ありがとう」
「大丈夫ですか、エリック先生、ロッサーナ殿!」
「ああ、大丈夫だ。俺は何ともない」
「私もだゾ……」
「よかった……」
大事ない様子を確認でき、誇太郎は何度目になるだろうか再び安堵の息を漏らした。その状態のまま、エルネストを睨み返しこう尋ねる。
「エルネスト……一つ聞かせろ、今の二人……狙う必要あったか?」
「あ?」
「あ? じゃねーよ、この野郎。狙うんだったらこの俺一人だけで十分だろ? この場から去ろうとする奴の背中を狙う奴が最上位種なのかって聞いてんだよ、このボケが!!」
エルネストに負けず劣らずの怒号で、誇太郎は食い掛った。対してエルネストは――。
「狙う必要? ああ、あるね。当然のことだ、コタロウが龍人族に喧嘩を吹っかけてきた以上……関係者は一人残らず皆殺しだ。最上位種に喧嘩を売るってことはそう言うことなんだよ!!」
「皆殺し……ね、随分ちっぽけなプライドなんだな、この野郎!」
「何だと、下等種族が!!」
「落ち着かんか、コタロウ!!」
ヒートアップする二人の煽り合いに、ライムンドが割って入ってくる。そして、焦り半分の声色で何とかなだめようと誇太郎の両肩を掴んで説得を試みる。
「誰を相手にしているか、分かっているのか!? 今までお前が倒してきたモンスターや魔人とは比較にならない、魔人の中でも最上位種に分類される龍人族だぞ! ついこの間も、お前がやっとの思いで倒したブレードマンティス共を奴はいとも簡単に何十体も倒して本陣に見せつけたのを……忘れたわけではあるまい!?」
これまでにない程に、ライムンドは焦りを隠せぬ形相で誇太郎に迫ってきた。しかし、一方の誇太郎は先ほどの怒号はどこへやら、酷く落ち着いた声色で「分かってますよ」と短く返した。そして、急遽自分の中で生まれた作戦を伝えるべく先ずはライムンドに先ほどのアイコンタクトの確認を取る。
「ライムンド殿、先ほど……エリック先生たちをどこかに移動させようとしてましたよね」
「ああ……ここが急襲された以上、本陣を移すほかない。だからお前も共に……」
「……いいえ、それはできません」
「何!?」と聞き返すライムンドを尻目に、練磨を抜刀した誇太郎は改めてエルネストと対峙しながら背中越しに告げた。
「ライムンド殿、今から作戦の指揮権をあなたに移します。俺はここで食い止めるんで、エリック先生たちと一緒に本陣を移してください」
「コタロウ君!?」
「お前、一体何を言っているんだゾ!?」
エリックとロッサーナも動揺する中、ライムンドはこれが最後の警告と言わんばかりの説得を誇太郎に持ち掛ける。
「無理だ、考え直せ! 人間は愚か、上位魔人が束になっても勝てるか分からぬ相手なんだぞ!! それに……お前が死んでしまったら、フェリシアにどう報告すればよいのだ!? アイツを悲しませるようなことをしないでくれ!!」
「しないでくれ」。
この一言がライムンドの口から出るのを誇太郎はもちろん、ロッサーナやエリック達のような幹部たちですら初めて耳にした。これまでも感情的に訴えるライムンドの姿は少ないとはいえあったことはあったが、それでもここまで露わにした姿は魔王軍の関係者は初めて目にするのだった。
しかし、誇太郎の返答は――。
「……大丈夫です、心配しないでください」
いつも世話になっているライムンドに、今度は自身がなだめて落ち着かせようとする声色で返した。そしてその声色のまま、誇太郎は更に続ける。
「それに……俺、ちょっと挑戦したいことがあるんです。ライムンド殿、エリック先生、ロッサーナ殿、そして……エルネスト。時間が許すなら、ちょっとだけ身の上話に付き合ってくれないか?」
「あぁ!? 誰がそんな話に……」
「まさか、そんな小話に付き合うお時間がない程最上位種様は器が小さいので?」
血気盛んなエルネストを逆に手玉に取るようにして、誇太郎は煽っていく。一触即発の緊迫感が保たれている状況の中、エルネストは一度深呼吸して誇太郎に向き直る。
「……いいぜ、聞いてやるよ。とっとと話せ、カス人間」
「ありがとう。それじゃ、改めて……」
前置き交じりに、誇太郎は語り始める。
「魔王軍の皆様はご存知かもしれないけど、俺……この世界の人間じゃないんだ。元の世界で生きることに幸せを見いだせないまま、フェリシア様に連れられて……この世界に来た、元は何の力も持たない人間だ」
「はっ! そんなカスが俺に喧嘩売ろうってことに謝罪したくなったってことか!?」
「んなこと誰も言ってねーだろ、黙ってろ」
勝手に決めつけたエルネストに、誇太郎はぴしゃりと黙らせて更に続ける。
「確かに力を持たない俺だったら、お前にとっくに頭を垂れていたと思う。でも……フェリシア様から身体術と心力型の魔法術を与えられて、多くの課題をこなし敵を倒しながら……少しずつこの世界に馴染んでいくこの感覚が楽しくなってきていた。
ただその一方で、俺は……多くの魔人を抱える戦闘部隊の隊長に任命された。ついこの間戦える力を渡された俺とは違う、生まれながらに何らかの能力を持って戦う皆を……『後から入ってきた俺が率いてしまって大丈夫なのか?』と不安になることがここ最近ずっと続いていたんだ。皆の命をまとめる立場を、新参者の俺が任されてしまって大丈夫なのかと……。元々は何の能力も持っていなかったただの人間風情が、そんな立場になってしまって本当に良かったのかと……ずっと考えていたんだ!」
「……なるほど、今までどこか自信のない言動ばかりが目立っていたのは……それが理由だったのか」
相槌を打ちながら、ライムンドは誇太郎に尋ねた。もちろん、彼の返した答えは静かに頷く以外になかった。
どこか控えめで堅苦しかった誇太郎の言動に、ライムンドは違和感を感じていたがその答えが解消した瞬間だった。
「……ならば、尚のこと皆に頼るべきだと思うのが普通ではないか? ただの人間だと自覚しているのならば」
「それじゃ駄目なんです、ライムンド殿。俺は……多くの魔人をまとめる戦闘部隊の長、樋口誇太郎。ただの人間でいては駄目なんです。だからこそ……お前が来てくれてよかったよ、エルネスト」
抜刀した練磨の切っ先をエルネストに真っ直ぐ向けて、誇太郎はその場にいる人物全員に伝わるように高らかに告げた。
「最上位種であるお前を倒して……俺は今日から、人間を超えた人間になる! 戦闘部隊の隊長として胸を張れるよう、お前に挑戦させてもらう!!」
誇太郎の発した宣言が轟くのと同時に、五秒ほど辺りは不気味なほどに静かな空間に包まれた。そして、その沈黙を破ったのはエルネストだった。
「……グダグダグダグダと聞いてりゃあ、つまりこういうことか? 『皆に胸を張れる存在になりたいから、俺をテメーの踏み台にさせてください』……ってことかぁ?」
声のトーンは低くも、声色には怒りが確実に滲んでいた。それでも誇太郎は迷うことなく「その通りだ」と答えた次の瞬間。
「ふざっけんのも大概にしやがれ、このっ……下等種族があああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
大剣を振りかざし、猛烈な怒号と勢いと共にエルネストは真っ直ぐ誇太郎に向かって突進してきた。それが開戦のゴングと察した誇太郎は、練磨と山椒を抜刀してライムンド達に命じた。
「後は頼みます、皆さん!!」
「力になれなくて済まない、コタロウ君」
「死ぬんじゃないゾ、コタロウ!!」
一足先に歩を進めるエリックとロッサーナだったが、ライムンドは最後に一言短く告げた。
「……ロッサーナと被ってしまうが、二つお前に言っておく。死ぬな、そして……勝ってみせろ」
そう言い残し、ライムンドは本陣にある黒転移門やその他諸々を黒穴に収容して本陣だった場所を去っていくのだった。
誇太郎はしっかりと見てそれを確認したかったが、迫るエルネストを前にそんな余裕はなかった。
しかし、心に滾る高揚感は最高潮に達していた。その想いを両刀に込め、誇太郎は駆ける。
「行くぞおおお、エルネストオオオオオオオオオオオオおおおおっ!!!!」
最上位種の魔人と異世界の侍の激闘の火ぶたは今、音圧となって周囲を轟かせる怒号と共に切って落とされたのだった。
いかがでしたでしょうか?
後半戦に入り、ここから更にヒートアップできるよう邁進してまいります。




