第30話 スミレとウルガ、互いに譲らず
こんばんは。
今回はスミレの活躍回前編です。
何卒よろしくお願いいたします。
龍人族との戦が始まってから早二時間。
それぞれで戦闘が激化していく中、スミレとウルガの戦いもまた熾烈さを増していた。
スミレとウルガによる激しい肉弾戦の乱舞が、周囲の木々をなぎ倒しながら行われているのだ。スミレの攻撃が外れる度、或いはウルガが自身の腕に身体術の力を込めて振るう度に木々がなぎ倒されるという具合にである。
そんなウルガの身体術は、「刃毛」。全身に生えているあらゆる毛が鋭い刃物となって操れるシンプルな身体術である。そう、あらゆる毛……即ち全身毛皮に覆われている人狼族ならば、全身に武器を宿していると言っても過言ではない。
鋭利さは前述にもした通り、ちょっとした太さの木をなぎ倒すことなど造作もないほどの威力を見せていた。そんなウルガの身体術を前に、スミレは人面瘡の索敵力を活かしながら辛うじて回避しつつ、隙を突くようにウルガにダメージを与えようと試みる。しかし――。
「やるね、でも……まだ浅いな」
スミレが攻撃した部位を、ウルガは一箇所に刃毛を集中させて鋼鉄の盾のようにして防御した。攻防可能なウルガの身体術に、スミレは中々思うようにダメージを与えられずにいた。
「ホント……厄介ね、あなたのその身体術。普通の攻撃はもちろんだけれど、盾としても応用できるなんて」
「その言葉はそのまま返すよ。君の右腕の不気味な目さえなければ、俺の攻撃も当てやすくなるんだけどね」
「お褒めの言葉……として受け取っておくわ」
柳に風の如く、ウルガの挑発をスミレは済ました表情で受け流す。この程度の挑発では足りなかったかと感じたウルガは、渋い表情で躊躇うような声色で語りかける。
「でも、そんな不気味な身体術だと……色々大変だったんじゃない?」
より深く人面瘡に踏み込んできたウルガに、スミレは思わず眉をひそめてしまう。
それを感じ取ったウルガは「やはり踏み込まれたくなかったか」と察したが、それでも人の傷をえぐるような挑発は気が進まなかった。しかし、敵を相手にしている以上ウルガは心を鬼にして続ける。
「俺も色々な身体術を見てきたけど、そこまで不気味な奴は……正直初めて見たよ。喋る顔が右腕に……なんて、同じ魔人に近い存在でも……異形扱いされたんじゃないか?」
「……否定はしないわ、実際……この島に来るまで地獄のような日々だったもの」
「やっぱりそうなるのも無理はないだろうね。それならさ、はっきり聞かせてもらうけど……」
ウルガは冷徹に、且つ疑問を払拭したい気持ちと共にスミレに容赦なくこう尋ねた。
「死にたくなったことなんて、山ほどあったんじゃない? それだけ辛い目に遭っておきながら、今日まで生きてきて……本当は今でも辛いんじゃないの?」
「うるさい……」
ウルガの問いを否定すべく、スミレはそう答えるしかなかった。しかし、ウルガの纏わりつくような言葉は止まらない。
「否定なんてしなくていい、辛いなら辛いって言えばいいじゃないか。もしそうならば……」
無情な言葉を並べながら、ウルガは両腕に刃毛で宿した刃を構えて更に続ける。
「俺がその辛さから解放してあげるよ、死を……持ってな」
その一言と共に、ウルガは両腕の刃毛で真っ直ぐスミレの首を狙いに行った。そして、容赦なく両腕に宿る刃が振り下ろされスミレの首筋から鮮血が吹き出す……はずだった。
「……どうしたの、これでおしまい?」
「……!?」
首筋を狙おうとしていたウルガの刃毛は、いつの間にか抜かれていたスミレの二対の金棒により防がれていた。背後に装備されていたその金棒は、交差するようにして刃毛を防ぎながらそのまま少し力を込めるだけでウルガを押し返した。
「あなたこそ……案外大したことないのね、その鈍ら毛皮」
「何……っ!」
攻撃が防がれたことに動揺するウルガと入れ替わるようにして、今度はスミレが自身の想いを語り始める。
「悪いけど、私の人面瘡を悪く言ったところで……『今更?』って気分でしかないわ。確かに……この島に来る前は地獄だったし、何度も死にたくもなった。けれど……」
想いを馳せるように手を胸に当てながら、スミレは力強く告げる。
「この島には……、不気味だと思っていた私の身体術を受け入れてくれる魔王がいる。そして、私の身体術を『魅力的な力』と褒めてくれた上で、一度向き合うよう説得してくれた人がいるの。どれだけ不気味で醜いと言われても、私は……私の身体術を誇りに思えるよう……必死に生きていくだけよ!」
「……そうか」
スミレのその力強い発言に、思わずウルガは舌を巻くほかなかった。これほどまでに強い決意を持って対峙する存在を見たのは、ウルガの上に位置するエルネスト以来だった。
そんなスミレに敬意を表し、ウルガは尋ねる。
「まだ名前を聞いてなかったね、オーガさん。教えてもらおうか」
「スミレよ。そういうあなたは……バレンティアから聞いてるわ、人狼族のリーダーのウルガ……だったわよね?」
「ご存知だったか……それは光栄だ」
互いに名を確認し合いながら、スミレは右腕の裾をまくり拳を鳴らしながらウルガに近づいていく。
「防御なさい、ウルガとやら」
「む……」
「今までのちんけな盾じゃ防げないような一撃を、これから素手でぶち込むから」
「……」
ウルガは決して手を抜いてはいなかった、防御に加え微弱ながらもダメージを与えられるように仕込みを加えながらスミレと応戦していた。それを踏まえてなお、スミレから放たれた「ちんけ」という一言を、ウルガは短いながらも最大級の「挑発」と受け取った。
両腕を交差させ、そこに可能な限りの刃毛で巨大な棘の盾をウルガは作り出した。
「届くといいね……君の一撃」
「安心なさい、身体を貫通する衝撃を……お見舞いさせてあげる」
スミレがそう言い終えると同時に、彼女はウルガの棘の盾の前へと立っていた。そして、右の拳を腰ごと後退させながら力を更に溜めていく。深呼吸も交え完全に息を吸い終えたその時、力強く声を上げながらスミレは解き放つ。
「悪鬼の轟撃!!」
血管が浮き上がるほど力の籠ったスミレの一撃が、ウルガの棘の盾に勢いよく炸裂した。拳がヒットした瞬間、ウルガの全身に雷が走ったような衝撃が迸る。やがてそれは激痛に変わっていき、防御を張っていた両腕の骨が砕けていく感覚すら起き始めた。
「ぐぅ……がはぁぁ……ッ!」
痛みに耐えかねウルガがうめいた瞬間、ウルガは何本もの木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされてしまった。
一方スミレは、ウルガに叩き込んだ拳をグーパーと何度か握り直して調子を確認する。刃毛の影響でダメージはやはり免れなかったが、それでもまだ金棒を十分握れる余裕はあった。確認もしたところで、スミレはウルガの様子を確認すべく彼の元へと近づいていった。
ウルガは吹き飛ばされた木にもたれながら、動けなくなっていた。しかしよく見てみると、僅かにだがウルガの呼吸の息が聞こえる。スミレの凄まじい一撃を食らってもなお、まだ息があるところを見るにウルガの生命力の強かさが伺えたが、当分は動けないと見てスミレはこう告げた。
「悪いけど、先を急がせてもらうわ。命までは取らないから、そこでじっとしていなさい」
穏やかな声色と共にウルガに背を向け、スミレがその場を去ろうとしたその時である。
「……『悪い』って言わなきゃいけないのはこちらの方だよ、スミレさん」
ウルガの返事を耳にしスミレが振り返った瞬間、鋭利な棘状の刃毛が彼女の両肩を切り裂いた。予期せぬ不意打ちに、スミレは武器を背後に飛ばされた上思わず膝をついてしまう。
跪いたスミレの目に飛び込んできた光景は、背中から複数の刃毛を足代わりにして蜘蛛のような姿で立ちながらスミレを見下ろすウルガだった。
「『手加減はしない』って言っておきながら、俺はどうやら君の身体術のことを憐れむ余り……無意識に手を抜いていたようだ。だけど……君の支えてくれる人に応えたいと思う気持ちと、そこから来る渾身の一撃を食らって……理解した。奥の手を使ってでも、君に勝たなければ……失礼だとね」
息が荒い状態ながらも、ウルガはまだ戦う意思を捨てていなかった。
「無意識に手を抜いていた」とウルガは言っていたが、実際はそこまでではない。そうでなければスミレのようなパワー特化のオーガ族とまともに肉弾戦で渡り合えることもなく、ましてや刃毛を攻防一体として扱わなければあっという間にやられていてもおかしくはなかった。
ただし、それは今ウルガが見せている「奥の手」を使わなかった場合に限る。
今回ウルガがその奥の手を使おうと決めたのは他でもない。一人の戦士としてスミレの想いと渾身の一撃を受け止めたからこそ、敢えて奥の手を使おうと決意したのだ。扱いの難しい奥の手を使ってでも向き合わなければ、スミレに対して失礼に当たると判断したのだから。
そして、ウルガがスミレにここまでする理由はもう一つあった。
「それと……スミレさん、想いを背負っているのは君だけじゃない……俺も同じなんだよ」
「あなたも……?」
傷口を抑えながら尋ねるスミレに、ウルガはやや力強く答える。
「そうだ。俺は、龍人族のエルさん……エルネストを世界で一番誇れる種族として胸を張れる未来に導けるよう、支えてあげたいんだ。バレンティアや他の皆にはあんな理不尽な態度ばかりが目立つだろうけど……、あの人ほどの努力家を知らないよ。龍人族の中でも弱いって揶揄されながらも、エルさんは努力を怠らなかった。その姿を俺は誰よりも知ってる、だからあの人を支えるためにも……負けるわけにはいかない」
「さっきまで……失礼な挑発してたくせに、急に手の平返してきて……」
呼吸を整えながら、スミレは刃毛で宙ぶらりんになっているウルガと向き合って答えた。
「でも……あなたの気持ちが分からないわけじゃないわ。というか、そんな風に思ってたんだったら下らない挑発なんかせずに最初からそうぶつかって来ればよかったのに」
「確実に勝つために心から攻めていく必要があったから用いたまでさ。でも……正直なところ、本意じゃなかった。だから……謝るよ、君の心を深く傷つけるようなことを言ってしまった……申し訳ない」
「別にいいわ……それにここまで来たんなら、勝っても負けても恨みっこなしでしょ」
「そう言ってくれると助かるよ、スミレさん。じゃあ改めて……ここからが本当の本領発揮だ、俺の奥の手……『狼の魔手』の力……とくと味わいな」
息切れ混じりとは言え、ウルガは冷酷な声色と共に背から飛ばしてくる複数の狼の魔手でスミレに襲い掛かるのだった。
いかがでしたでしょうか?
ちょっと辻褄ごちゃごちゃな所もあったかもしれませんが、ご了承ください。
何卒よろしくお願いいたします。