第24話 宣戦布告だ、この野郎
お久しぶりです。
メンタルがおかしくなったり多忙だったりで、再び遅くなってしまいました。
何卒よろしくお願いいたします。
ライムンドに野良ゴブリンの一件を任せてから二週間後。
この時魔王軍の戦準備は戦闘部隊の育成のみとなり、その他の陣営や兵站、衛生兵の確保はほぼ完了していたのだった。と言うのも、誇太郎の影でライムンドはかなり手を回していたようで、その甲斐あってか後は戦闘部隊の練度をあげるのみという状態となっていた。
現在誇太郎は、自身の身体術と魔法術の練度を少しでも上げるべく今まで戦闘部隊で知り合ったメンツと次々に手合わせを行っていた。協力してくれた面子はライガやスミレと言った初めに知り合った戦闘部隊の仲間はもちろん、最終課題にて心を通わせた上位スライムのグライムや警備隊の実力者である黄金髑髏兵士のカラヴェラ、そして龍人族の勢力から魔王軍へ加入したスカンクの獣人であるバレンティアと誇太郎と関わった者たちが快く付き合ってくれた。
今現在、手合わせの相手をしているのは強靭な脚力を持つバレンティアである。自身の身体術である剛瞬脚を用い、軽やかながらも重い一撃の蹴り技を次々と誇太郎に迫ってくる。
バレンティアの猛攻が続くそんな中、誇太郎はライムンドから野良ゴブリンの件については未だに何の報告もないことを考えていた。本当に上手くいっているのだろうか、そんなことを誇太郎が心配していたその時――。
「隙ありっ!」
手合わせをしていたバレンティアから、重い回し蹴りのを受けてしまう。誇太郎は反射的に攻撃をガードするイメージを「柔軟な肉体」で反映させ、間一髪のタイミングで防御したが柄から伝わる衝撃により手が多少痺れてしまった。
「リーダー、今の実戦だったら危なかったよ? そんなんで本当に大丈夫?」
「ごめん、考え事してた……」
「考え事って……またライムンドさんのこと?」
「ああ……」
「もう、野良ゴブリンのことはライムンドさんに任せたんでしょ? 心配なのは分かるけど、し過ぎは逆に失礼だからね?」
一旦戦闘訓練を中断して、汗拭きタオルを誇太郎に渡しながらバレンティアは嗜めた。
「それはそうとリーダー、アンタの身体術って……イメージした動きを反映する力なんだよね?」
「そうだけど……それが何か?」
「うーん……」
何かに気付いたように、バレンティアは誇太郎を一通りじっくりと見つめる。一体何事かと誇太郎はどぎまぎしながら、反応を待っていた。やがて一通り見渡した様子を見せたバレンティアは、誇太郎からやや離れて告げた。
「ちょっと気になったんだけどさ、剣術だけじゃしんどくない? 体術とかはイメージしてみようとは思わなかった?」
「思わなかったわけじゃないんだが、メインはどうしても剣術になってしまうな。今から新たに体術を身に着けようと思っても、一ヶ月弱で間に合うかどうか……」
「じゃあ、簡単な足払いだけでも教えてあげるよ。それくらいなら、アタシでも教えられるからさ」
「すまない」
それからバレンティアから三十分程指導を受けた後、今度は上位スライムのグライムとの手合わせに移る。外見が女性だが性別不明のグライムは、最終課題時に見せた疑似銃撃はもちろんその時よりも幅広い戦い方を見せて誇太郎と手合わせを繰り広げてみせた。
その次はカラヴェラ。彼と出会ったのはバレンティアの存在を感じ始めた頃からだったが、誇太郎はこの日初めて彼の実力を目の当たりにする。カラヴェラの身体術である「武骨」は身体の一部を武器にできるというものであり、現在はアンデッドとなった白骨もとい黄金の骨の一部を武器に変換し、戦闘に用いているというものである。それを活かしてカラヴェラは誇太郎との手合わせに臨んだ。手数の多さやアンデッドになる前の前世で培った剣術にて誇太郎に迫るが、一方の誇太郎もそれら全てを丁寧に弾いていく。
そんなカラヴェラの戦闘スタイルを相手にしながら、誇太郎はカラヴェラに語りかけた。
「いい太刀筋だな、カラヴェラ。もしかして前世って、名のある剣士だったとか?」
「おお、よくお分かりで! その時はコツコツと頑張ってきたもんでさあ!」
「なるほど、そりゃあ素晴らしい。ただ、こうも考えたことはなかった? 『剣術以外の攻撃が上手く通らないな』って」
「あっ……あー、そうなの……かな?」
どこか思い当たる節があったのか、カラヴェラは思わず攻撃を止めてしまった。その隙を誇太郎は見逃さず、カラヴェラが右手に握っていた剣を弾き飛ばした。それに気づいたカラヴェラは我に返り、肋骨部分で次の攻撃に移るも――。
「乱斬驟雨」
グライムとの戦闘で見せた乱撃、乱斬驟雨にて防がれてしまうのだった。思わず呆気に取られるカラヴェラだったが、誇太郎はフォローするようにアドバイスした。
「剣術は前世の記憶もあって完成してるのは分かった。なら、次はアンデッドとなった今の自分の戦い方を模索してみるといい。今のような攻撃も含めて、ね?」
「そうっすね……ありがとっす、コタロウ隊長さん!」
カラヴェラとの手合わせが終わるとライガ、続いてスミレと言ったローテーションで誇太郎は戦闘部隊との手合わせを続けていった。
しかし、仲間との鍛錬も重要だがもう一つ忘れてはいけないことがある。それは、自身の身体術と魔法術の向上だ。
能力の概要は理解していたが、未だに魔法術の「感情色」は実感が湧きづらかった。戦闘時において感情を爆発させることにより、様々な効力を与えるというのが「感情色」のざっとした概要だ。そして、今自身が宿している心力は「素直」、「忍耐」、「根性」、「覚悟」、「怒り」の五つ。この五つの心力ごとに特有の力を引き出すためにも、誇太郎は戦闘訓練と作戦準備の合間を縫って考える必要があった。
しかし、いいアイディアは早々出てこないものである。何度か自力で色々と考え時には一人で実践修行をしてみるも、どこかしっくりこない。それを実感した誇太郎は、今一度父の計らいで取り寄せた元の世界の本を見直していたが、それでも納得できる答えが見つからなかった。
試行錯誤に悩んでいたある日のこと、自分がこの異世界でどうありたいのかを今一度見直すことにした。フェリシアに命を救われ、異世界の侍として活躍したい。それが誇太郎にとって、異世界で暮らしていく上でのモットーだ。それを踏まえた上で、誇太郎は「侍」というワードからあたかも連想ゲームのように色々と何かないかと思い浮かべていく。
侍と言えばかっこいい。
侍と言えば武士。
侍と言えば日本刀。
侍と言えば武士道。
「武士道……!」
最後に連想した「武士道」に、誇太郎は猛烈に惹かれた。あくまで創作物を見てきた視点からイメージする「武士道」は、主人に仕える侍が己に課す信念やルールのようなもの。
「それを……戦闘部隊やフェリシア様を守るために、俺の宿す心力に合わせたものにしていけば……それでもいいんじゃないか!?」
そう思った誇太郎は、早速己の感性に任せながら自身の心力を大まかに記し、そこから更に我流の武士道を構築していくのだった。
*
それから更に日は過ぎり、決起予定の一週間前。
この日から誇太郎達は、一足先に陣営を設営していた龍人族のエリアの一つである荒れ地へと赴くのだった。とは言ってもそのまま大軍を率いて動くのではなく、ライムンドの黒穴の魔力を持った「黒転移門」というアーチ状の魔道具の門によってスムーズに大軍を移動させることをシャロンから教えられ、誇太郎は喜んでそれを用い大軍を移動させることに成功したのだった。
そうして訪れた戦闘部隊の一同は、陣営の完成ぶりに驚愕することとなる。
荒れ地と聞いていた陣営の周りは数多くのテントが設営されているのはもちろんのこと、テントの集合知から離れた場所には何と食糧の確保のためか広めの畑が設営されていたのだ。近くには川も流れているようで、水源にも困る様子は見受けられない。
あまりにも万全過ぎる設営を前に、誇太郎は思わず呟いた。
「準備良すぎね!?」
「おうよィ、そりゃあオメーさんの裏で念入りに準備していたからよィ!」
豪快な声が誇太郎の背後からかけられる。聞き覚えのある声を背後に振り替えるとそこには、得意げな表情で仲間を連れたオークの幹部・アロンゾが姿を現した。
「アロンゾ殿、この設営……まさかあなた方が全部設営してくれたので!?」
「おうよ、大正解!」
「すっげええええええええ! え、待って!? これちょっとした町と言うか村レベルだよね、すごくね!?」
「フェリシア様の仰る通り、いいリアクションだねィ! まあ、オイラの魔法術を使えばこのくらい朝飯前だよィ」
「ま、魔法術でここまでできるものなんですか!?」
「是非とも知りたい」と迫ろうとした誇太郎だったが、突如彼の視界が意識を保ったまま暗転してしまう。黒穴が誇太郎の頭部のみを覆いつくしていたのだ。程なくして、それを放った張本人であるライムンドが現れ誇太郎を叱り飛ばす。
「……それを聞く前に先ず己の仕事を果たせ、凡愚が。早く兵の配置を急ぐのだよ」
「すみませんでした、ライムンド殿……」
謝罪の声が聞こえたのを確認すると、ライムンドは誇太郎にかけていた黒穴を解除した。解放されたのと同時に、ここしばらくライムンドと顔を合わせていなかった事実を誇太郎は思い出し交渉の件を確認する。するとライムンドは、ため息交じりにこう答えた。
「後もう一押しで陥落できそうなのだが……少々面倒なことになってる」
「面倒……と申しますと?」
「野良ゴブリン共のリーダーが思った以上に優柔不断な奴でな、中々はっきりとした答えを出さんのだよ。自分たちが幸せになりたいという意思は伝わるのだが、かといって思い切ってこちらに寝返ろうとはしない。一方で龍人族の不満を駄々洩れにして地団太を踏んでいる……。はっきり言ってイライラさせられて仕方ないのだよ」
「さながら異世界版小早川秀秋かよ……ん? 小早川秀秋……?」
かつて関ヶ原の戦いでさんざん悩んだ末、西軍を裏切った有名な戦国武将の名を口にした誇太郎は何かピンと来たようにその場で考え始める。そして、何かを閃き誇太郎は思わずポンっと手を叩いた。
「どうした、何か思いついたのか?」
「ライムンド殿、こういう手はいかがです? 向こうがいつまでも悩んでいるようなら、無理やりにでも……」
と言いながら、誇太郎が耳打ちしようとしたその時――。
「何だ、俺にも教えてくれたっていいじゃねーか。俺たちに喧嘩吹っ掛ける馬鹿の集まりの分際でよぉ」
チンピラのような言動の青年の声が、誇太郎の真上から聞こえてきた。思わず上空に視線を移すも、そこには何もいない。となれば前方かと思い視線を元に戻すと、そこには誇太郎とほぼ同年代の青年が腕を組んで見下すような目で睨んでいた。
髪色、背から生える翼、そして時折衣服から見える肌に移る鱗にいたるまで黒いカラーリングが印象的な青年は、明らかに人間ではない。何より、背から生えている翼や額にある二つの角。それらを見た瞬間、誇太郎は確信するように言葉を漏らした。
「あなたが……龍人族のリーダー、ですか?」
「ほぉ? 一目で龍人族と見抜くとは、ただの人間にしちゃ見る目があるじゃねーか」
高慢な態度を崩さぬまま、龍人族の青年は高らかに告げる。
「低俗なる下等種族共、しかとその目に焼き付けろ! 俺は……龍人族のリーダーにしてこの島の頂点に立つ男、その名も……エルネスト!!」
――うーわぁ……如何にもプライド高そうな奴……。聞いてるだけで肌がかゆくなってくる……。
高らかにアピールするエルネストを前に、誇太郎の脳裏にはそんな考えがちらついていた。しかし、そんなあからさまと思えるほどプライドの高さを見せつけられる理由は最上位種としての力を誇示できるからこそ。そう考えた誇太郎は、固唾を飲みながらエルネストに問う。
「……ここにはいったい何の御用で?」
「よくぞ聞いてくれた、カス人間。今日は俺自ら……テメェ等に塩を送りに来てやったのさ、最期の晩餐に相応しい食材をな」
「食材?」
「少し待ってろ!」
ぶっきらぼうにそう言うと、エルネストは翼を広げ上空に浮かび上がった一瞬のうちにその場から一時離脱した。かと思いきや、十秒も経過しないうちに誇太郎たちの目の前にドサッと鈍い音を立てながら何かが落とされた。よく見てみるとそれは、何かしらの昆虫の胴体部分だった。そしてその昆虫が何者なのか、誇太郎は一目見た瞬間気が付いた。
「これってまさか、ブレードマンティスの胴体……なのか!?」
「何?」
ライムンドが聞き返すのと同時に、陣営から少し離れた所で荒々しく劈くような金属音が時折聞こえてくる。やがてそれらが消えて間もないうちに、再びブレードマンティスの胴体が次から次へと無造作に陣営へと投げ込まれてきた。
その数は、実に十二体ほど。誇太郎が四苦八苦しながらようやく倒したブレードマンティスの胴体が、見るも無残な姿で誇太郎の視界に映っていた。
「そいつが俺からの差し入れだ、受け取りやがれ!!」
再びぶっきらぼうなエルネストの叫びが、魔王軍の陣営一体に響き渡る。
「よーくそいつ等を噛み締めながら首洗って待ってろ、俺たちに根絶やしにされるまでなあああ! はーっはっははははは!!!!」
高らかに下卑た笑い声をあげながら、エルネストは高くそびえ立つ砦の方へと飛び去っていった。エルネスト曰く敵に塩を送る行為と謳っているものの、実際に誇太郎が感じたその行動の一連は明らかに挑発や示威としか感じられなかった。現にそれを証明するかの如く、「龍人族がここに来た」と言う事実を前に背後では動揺する者が出始めていた。
「あれが……最上位種の魔人、龍人族……」
「初めて見る……」
「しかも投げ込まれてきたのって、全部ブレードマンティスだよな? 確かあれって、戦闘部隊長が四苦八苦して倒したって聞いたけど……」
「そんな奴を……あのエルネストって奴は、軽々とあんなに倒したんだぞ!?」
「この戦……本当に大丈夫なのか!?」
加速度的に広がっていく不安。これはまずいと考えたライムンドが口を開こうとしたその時、彼よりも先に誇太郎が前に出た。そして、大きく深呼吸をして先ほどのエルネストに負けないほどの大声を張り上げる。
「心配するな!!」
七千人近くいる陣営の末端にまで轟かせんと、誇太郎は喉を痛めながら張り上げた。できる限り多くの仲間達に、不安を感じさせまいと誇太郎は更に声を張り上げて続ける。
「確かに、最上位種の相手を目の当たりにして不安に思うこともあるだろう。軍勢も向こうの方が上手で、本当に勝ち目はあるのかと思うこともあるだろう。
しかし、それでも断言させてほしい。皆の力を合わせれば、必ず勝てると!! そして、必ず勝つための作戦を私とライムンド軍師が考案しているという事を!! だから、不安に思うことはない!! それだけは信じてくれ!!! そして最後に、これから名乗る奴らには……当日行う作戦を全て告げようと思う。今から呼ばれた者は今夜行う作戦会議に参加してくれ!」
そう告げた後、誇太郎は更にもう一声特定の人物を一人ずつ指定した。
「ライガ!」
「おうーっ! って、俺様かー?」
「スミレ!」
「ええ」
「カラヴェラ!」
「はいっすわ!」
「グライム!」
「うん……グライム、ここだよ」
「最後に……バレンティア!」
「了解、リーダー!」
「……以上の五人だ!」
今まで接点があり尚且つ実力者として信頼できるものとして、誇太郎は彼らを指名したのだった。ライガ達が意気揚々と語り合う中、誇太郎はライムンドの元へと歩み寄る。
「ライムンド殿、夜の作戦会議の前に……お話があるのですがよろしいでしょうか? 先ほど言いそびれたことも含めて」
「よかろう、是非とも聞かせてくれ。お前の考えとやらを」
*
それから時は過ぎ、夜の七時半。
百獣部隊や悪鬼部隊のメンバー、そしてルイス達が見つめる中、小さな小屋の中で誇太郎は先ほど指名したライガ達を招き入れ作戦会議を立てていた。
中にいるメンツと側に控えているライムンドが自身の言葉を待ちかねている様子を察し、誇太郎は満を持して口を開く。
「それでは作戦会議を始めよう。先ず初めに言っておくけど、この作戦の肝は……ライムンド殿が交渉中の野良ゴブリン達の動向にかかっている」
「野良ゴブリン……?」
「んだぁ? 向こうにもいたってのかよー!」
スミレとライガは上手く把握できていないようだったが、誇太郎は知らなかった二人のためにも噛み砕いて説明を続ける。
「バレンティアの情報を基に龍人族の陣営を調べてみたところ、野良ゴブリンが大半を占めている。ただ、種族間の差別が強い龍人族の所だと奴らはひどい扱いを受けていて不満が爆発寸前だそうなんだ。俺はその隙を上手く突こうとライムンド殿に協力を仰いだんだ」
「野良ゴブリン共をこちら側に引き入れ、軍勢を逆転させる作戦を……な」
「おおー!!」
と、ライガがはしゃいでいる一方で誇太郎とライムンドはあまりいい表情をしていなかった。そんな彼らを察してか、スミレはメスを入れるように尋ねた。
「あまり、よくない表情に見えるのだけど……上手くいかなかったの?」
「完全に上手くいかなかったわけじゃないが……、味方に引き入れるのは難しくなった……かもしれない」
「かもしれないって……曖昧な表現だね、リーダー」
「と言うのも、交渉中に横槍を入れてきた人狼族の人物像がまだ分からなくてね。バレンティア、ルイス君からあの時どう聞いてたか……覚えてる?」
尋ねてきた誇太郎に、バレンティアは素直な気持ちで返す。
「ルイスに接触してきたのは……ウルガ、人狼族の族長だよ。エルネストに対して忠義が厚いだけじゃなくて、常に周りを見ていて警戒心が強い奴なの。はっきり言って油断できる相手じゃないよ」
「言わば向こうの頭脳担当ってところか」
相槌を打つように呟いた誇太郎の一言に、バレンティアは静かに頷いて答えた。
「でも、だからと言って厳しすぎるわけじゃないかな。エルネストは種族差別が激しいけど、ウルガだけは唯一誰にでも平等に接してくれるところもある。ただ一方で、裏切り行為だけは絶対に許さない。だから、野良ゴブリン達は何らかの制裁を受けていると思うんだけど……ライムンドさん」
「何だ?」
「ウルガが接触してきた後、野良ゴブリン達はどうなってたか教えてもらえる?」
バレンティアの質問に、ライムンドは淡々と返す。
「お前の言う通り、野良ゴブリン共は百体ほど半殺しにされたという制裁を受けていたな。そして、裏切りを白紙に戻すなら許してやる……そうウルガとやらに釘を刺された。以上が、ゴブリン共のリーダーが言っていた奴らの現状だ」
「何か……話を聞く限りだと、野良ゴブリン共の行動の一貫性がなさすぎじゃねーっすか? 言っていたって、それ野良ゴブリンのリーダーのセリフなんすよね? 釘さされた割には簡単にライムンドさんにそんなこと教えたり、手の平くるっくる回しまくってるような気が……」
疑問を呈したカラヴェラに、ライムンドは目を細めて続ける。
「それが本来普通なのだよ、魔物も魔人も……中途半端に徒党を組んでも烏合の衆にしかならん。尤も、そうじゃない者も星の数ほどいるが……まあそれは置いておいて。とにかく奴らは、自分らが生き延びるために優柔不断に迷い続けている……と言う状態だ」
「優柔不断……って何、コタロウ?」
「あっちがいい、こっちがいいって迷い過ぎてもどかしいことを言うんだよ、グライム」
優しくグライムに説明した後、誇太郎はライムンドの発言を踏まえた上で発言権を自身に移した。
「で、その優柔不断な奴らを上手く利用する作戦を……これから新たに皆に告げていこうと思うんだ。今までのようなチマチマした交渉じゃもう駄目だ、こっからは……多少強引にでもこちらに引き入れる」
「できるの、コタロウ?」
「大丈夫だ、スミレ。その為にも……バレンティア、お前が今回の戦のカギを握ることになる」
「アタシが!?」
驚くバレンティアだったが、誇太郎は冷静に彼女がカギを握る理由を丁寧且つ簡潔に述べる。
「お前がカギを握る理由は他でもない、敵方の情報を数多く握っているだけじゃなく……いざという時の反撃力にも長けている。エナジーバナナの時の異臭事件で味わった、お前のオナラが物語っているからね」
「言わないでよ、恥ずかしいなあ! アタシだって一応あれ恥ずかしんだからね!?」
「まあ、そう言わずに頼む。今から話すことは俺の性癖に限ってじゃない、作戦の大事な要となる話になるんだ。ライムンド殿と話し合った結果、お前の活躍次第で上手く野良ゴブリン共を強制的にこちらに引き入れることができると見込めたんだから」
「アタシのオナラで……?」
「オナラだけじゃない、お前自身が……この戦の要になるんだ」
にわかに信じがたい話だったが、誇太郎は性癖として求める下心丸出しの眼差しではなく真剣な眼差しでバレンティアに求めていた。それを目の当たりにしたバレンティアは、少々顔を赤らめながらも「聞かせて」と一言返して作戦の内容を求めるのだった。
「では、改めて……作戦の全容を説明する」
高らかにそう告げた後、誇太郎は満を持して作戦を述べていくのだった。その内容に一同は、時折要となるバレンティアを一瞥しながら真剣に耳を傾ける。やがて一連の作戦内容を誇太郎が伝え終えた直後、バレンティアは固唾を飲みながら呟く。
「これは……本当にアタシが責任重大みたい、だね」
「ああ。だからバレンティア、お前は決起当日はとにかく敗走しないように気を付けてくれ。もちろん、俺たちもお前を死守するから」
「分かった。任されたよ、リーダー!」
「よし、それじゃあ決起前日まで皆は訓練及びコンディションを整えるように!」
誇太郎のその一言を最後に、作戦会議は閉会するのだった。
*
エルネストが魔王軍に接してきたその後は、不気味な程に音沙汰のない穏やかな期間が過ぎていった。互いに睨みを利かせているという状態で、その様はまさに冷戦という言葉がふさわしかった。そんな状況下でも作戦を聞かされた戦闘部隊達は粛々と訓練に励み、戦に備えていた。
一方、その中でバレンティアとライガは戦に向けてガツガツと大量の食糧を取っていた。兵站は大丈夫なのかと当初誇太郎は不安になったが、この不安に至っては陣の設営を請け負ったアロンゾから問題ないと説明を受けることとなる。
と言うのも、設営時に設けた畑がカギとなっている。ここに栽培したものは、一房食べるだけでも膨大なエネルギー補給となるエナジーバナナと、尋常じゃない繁殖力と簡易的な栽培且つどう調理しても美味しく食べられる特殊な芋・スタミナポテトである。
前者のエナジーバナナは体力はもちろん、魔法術を使うものの魔力を補給してくれる。後者のスタミナポテトは、先に説明した通り簡単に補給できる食べ物として利用できるため、この戦時においては全種族共通の戦闘糧食として活用できるのだ。
そして何より、バレンティアにとってスタミナポテトは何よりオナラのエネルギー補給となる。それは間もなく証明されることとなった。
それから時は更に過ぎ、決起予定前日の夜。
誇太郎、ライムンド、そしてバレンティアの三人は龍人族の砦と見られる山岳のふもとに訪れていた。三人はお互いに目配せし、ライムンドは北北西へ移動しバレンティアは途中まで誇太郎とともに移動した後、砦の玄関口で人狼族の一人に連れられて別の方向へと消えていった。
そして残る誇太郎は、大手を振って龍人族の元へと真っ直ぐ向かっていくのだった。
*
松明が揺らぐ洞窟の中に、ウルガがまとめる人狼族の拠点はあった。龍人族の砦の中にあるそこは、七百人強もいる人狼族の住処としても狭く感じないほどの集落が築けられており、夏から秋へと移る季節の変わり目の今の状況ではやや肌寒さを感じるほどの空間でもあった。
そんな人狼族の拠点の中で、バレンティアは人狼族の使者に案内されながらウルガと無事対面することとなった。
バレンティアと同じような黒と白が入り混じった髪色が特徴的な青年は、パッと見る限りではほぼ人間と言われても違和感のない容姿をしていた。
「……よくここに戻ってこれたものだね、殺されるかもしれないとは思わなかったの?」
「裏切りは許さないだろうけど、無益な殺生はしないようにってアンタはいつも言ってるでしょ、ウルガ?」
「なるほど……それを踏まえた上でここに来たんだね、バレンティア」
バレンティアは、龍人族の砦に戻る際にウルガとの接触を誇太郎に頼んでいた。エルネストと違い、自分たちのことも平等に面倒を見てくれていたウルガに対して感謝とケジメを付けるために向かわせてほしいと言ってきたのだ。
それに対し誇太郎は、無論承諾した。と言うのも、前日に改めて龍人族達の元に接触を図るためにもバレンティアを連れてくる必要があったからである。ただそれだけではなく、バレンティアが抱いている気持ちも汲ませるという意味も込めてウルガの方の接触は彼女に任せたのだった。
「それで、ここに来た理由は何? まさか、俺を勧誘しに来た……ってわけじゃないよね?」
警戒心を強めるウルガに対し、バレンティアは素直な気持ちで胸に手を当てながら答えた。
「アンタに謝りたくてね……。自分たちの幸せを思って裏切ってしまったからこそ、こんな形で出会うのは正直……複雑な気持ちでね」
「いや……まあ、無理もないでしょ。エルさんに散々ひどい差別を受けたり、食糧を盗むように命じられたり。で、それが成功しても結局一度も褒めてくれなかったよね。そんな状態でも、よく……頑張ってこれたよね。すごいと思うよ」
「ありがと」
苦笑交じりに返すバレンティアだったが、その表情はどこか朗らかになった物だった。それを目の当たりにしたウルガは、一瞬驚いた表情を見せた後安心した様子で微笑んだ。
「……いい顔になったね、そんな表情……俺たちのとこにいた時じゃ見せなかったよね」
「えっ? そ、そうかな……」
「それだけ……向こうにいい魔人がいると見ていいのかな、バレンティア?」
「……まあ、ね。でも、アタシはまだフェリシアを認めたわけじゃない」
「それじゃあ、誰がきっかけで……そっちに寝返った?」
尋ねるウルガに、バレンティアは過去を思い返すような表情で返す。
「……『自分の心に素直になれ』と言ってくれた人間がいたから、かな。そいつのおかげで、アタシは凝り固まった考えが……少しだけほぐれたんだ。まだ魔帝王の娘であるフェリシアは認められないけど、そいつ……リーダーははっきりアタシの幸せを思って叱り飛ばしてくれた。こんなこと……初めてだったよ」
半年前にバレンティアがこの島に来た時にも、ウルガは彼女の境遇を聞いていた。荒んだ環境下に置きながらも子供たちを支え、頑張ってきたバレンティアのことを。
だがその一方で、どこか破滅的な姿勢も臭わせていたのをウルガは知っていた。そんな彼女がこうも朗らかな表情で答えた様子を前に、ウルガは「本気なんだな」と観念した様子でため息交じりに目を一瞬閉じる。
「……最後に確認したいんだけどさ、バレンティア」
「うん」
「俺たちと対峙する覚悟は……あるんだよね? 死ぬかもしれない戦いに、身を投じる覚悟はあると見ていいんだね?」
唸り声を鳴らしながら、ウルガは最終警告を告げた。対してバレンティアも、力強いまなざしで唸り声に怯むことなく答える。
「覚悟ならとっくにあるよ、子供たちと一緒に……本当の幸せを掴む覚悟がね」
「……そうか」
短くそう言うと、ウルガは名残惜しそうに目元を抑えながらもう一度深いため息を付いた。
「分かった。ちなみに、そちらはいつ頃攻めてくるのさ?」
「……明日」
「そうか……分かった、次会った時は……容赦しないから。そのつもりでいてね」
「分かってる。今までありがとうね、ウルガ」
そう言いながら、バレンティアもまた複雑な表情で腰を上げてウルガの元から踵を返していくのだった。
*
一方その頃、誇太郎はエルネストの元へとたどり着いていた。
周囲はこの島の川の源泉となっている水が流れる空間となっており、エルネストがふんぞり返って座っている背後では川が流れ落ちる音が聞こえていた。そのせせらぎの音だけを聞いている分には癒される感覚に包まれるが、今の現場から鑑みればそんな余裕は微塵も得られなかった。理由は言うまでもない、逐一誇太郎の眼前にいるエルネストと妹の龍人族・パトリシアの見下すような視線がこれでもかと言うほどに注がれているからである。
「何しに来た、カス人間?」
開口一番のエルネストの一言は、早速相手を軽視するどころか完全に侮辱するような発言から始まった。しかし、誇太郎は臆することなく素直な気持ちでこう返した。
「いやぁ、先週あなたから差し入れを頂いたでしょう? そのお礼と、一つばかりご挨拶を……と思いまして」
「フン、お礼か。いらねーな、下等種族からの礼など受け取るにも値せんわ」
「まあまあ、そう仰らず……せっかくお知り合いになれたんだ。もっと……世間話でもしましょう」
やや声のトーンを落としながら、誇太郎は控えめにエルネストに言った。そんな彼の様子をまじまじと見るパトリシアは、密かにエルネストに耳打ちする。
「兄様兄様、せっかくだし答えてあげようよ。何を知りたいのか知らないけど、私たちに勝てるわけないんだからさ♪」
「それもそうだな。いいぜ、カス……いや、まだテメェの名前を聞いてなかったな。言ってみろ」
ぶっきらぼうな口調ではあるが、エルネストは意外にも礼儀に倣った問いを誇太郎に投げかける。そんな様子に誇太郎は一瞬面食らうが、礼儀には礼儀で返すのが武士の道理。しかとそれを意識し、深々と一礼しながら自己紹介した。
「魔王軍が侍、戦闘部隊隊長の樋口誇太郎と申します。樋口が姓、誇太郎が名となります。以後お見知りおきを、エルネスト殿」
「コタロウ……覚えてやろう。改めて、俺の名はエルネスト。誇り高き龍人族である! 隣にいる桃髪の女は妹の……」
「パトリシアって言うよ、よろしくねー♪」
自分を可愛らしく見せるような動作を見せつつ、パトリシアは名乗りを上げた。
「それで、コタロウ? 俺と世間話をしたいと言っていたが、何を話に来た?」
「そう身構えないでくださいな、シンプルな質問ですよ」
と言いつつも、誇太郎の目は鋭い眼光を放ちながら威圧するような声色でエルネストに尋ねる。
「……どうしてフェリシア様と手を結ばれないのかな、ってね」
「あ?」
「いやぁね、フェリシア様は理不尽によって幸福を奪われるのがお嫌いなお方でね。でも話が分からないわけじゃない、相手の話次第じゃあお許しになられるお方でもある」
「回りくどい、はっきり言ったらどうだ?」
「これは失礼、それでははっきり申し上げましょう」
「ここが正念場」と言わんばかりに、誇太郎は今までで一番真剣な眼差しでエルネストに告げた。
「今まで傲岸不遜に振舞っていた態度を改め、フェリシア様の軍門に下るか……同盟を結ばれよ。さすれば、あなた方の衣食住も幸福も提供して差し上げます」
冷や汗交じりに、誇太郎ははっきりとエルネストに言い切った。誇太郎が言い放ったこの提案は、フェリシアの気持ちの代弁でもある。
龍人族の砦へ最終接触へ向かう前日、フェリシアにこのことを相談したところ「可能であれば話し合いで向き合ってほしい」との結論をもらったのだ。戦を避けられるならば、出来るに越したことはない。それは誇太郎も同意見だった、今日まで立ててきた作戦を実行するよりも戦を回避できるならそれが本望だ。
しかし、その思いは空しく崩れ去ってしまうこととなる。
「くく……はーっはははははは!!!!」
誇太郎の提案を最後まで聞いたエルネストは、両手を叩きながら大爆笑する。それは妹のパトリシアも同様だった。
「何を聞くかと思ったら……、態度を改めてサキュバスロードと手を結べと来たか! わざわざそれを言うためだけにここまで来たのか? あんな、立派な陣立ても組んで! んん!?」
「……だったら何でしょうか?」
僅かに声色に怒りをにじませながら、誇太郎は尋ねる。対してエルネストは、更に見下すような馬鹿笑いと共に自身の答えを誇太郎に投げ渡した。
「答えは……ノーだ!! いいか、俺は……龍人族のエルネスト!! 最上位種の魔人であり、誰よりも誇り高き種族!! サキュバスなどと言うワンランク下の下等種族の配下に加わるなど、あってはならねーのだ!! ましてや、あんな屁こき魔人の下に就くなど……屈辱の極みなんだよ!!」
「そうだそうだー! 分かったらとっとと帰れ、下等種族ー!」
エルネストをまくしたてるように、パトリシアもまた黄色い声でフォローに入った。
態度を改めることなく、むしろ「自分こそが正しい」とはっきり断言するエルネストの様は一周回って清々しさを感じるほどに傲慢な態度であった。
最早言葉にできないほどの傲慢振りに誇太郎は怒りを通り越して、憐憫に思う気持ちに駆られていた。そんな気持ちを吐露しようとしたその時。
「リーダー……そっちの進捗はどう……?」
ウルガと話を付け終えたバレンティアが姿を現した。ただ、ウルガに見せていた朗らかな表情はなく顔色は青く眉間にしわを寄せていた。それと同時に、押さえているお腹からごぽごぽと何かが激しく動く音が聞こえていた。
「おう、バレンティア……。何、もうちょっと待ってな」
「もうちょっと……ね、流石にもう限界できついんだけど……」
呻くように返事を返すバレンティアに、エルネストもようやく気付いた。
「おうおう、誰かと思えば……くっせぇスカンク娘じゃねーか! とっくに死んだものと思ってたぜ!」
「エル……ネスト……」
「どうした、偉く顔色が悪そうじゃねーか。サキュバスロードにエネルギーを吸われ過ぎてグロッキーになったのか? そんな調子じゃあ、クソガキ共を守るのも大変そうだな! まあ、向こうでどんなに大変な扱いを受けていても……もうここにテメェの居場所なんかねーぞ。せいぜい野垂れ死ぬか、サキュバスロードの餌として食われちまいな! それが下等種族に相応しい末路だろうぜ、ギャハハハハハハハハハハハハ!!!」
エルネストの傲慢で終始相手を見下す差別発言は、馬鹿笑いと共に頂点に達していた。だが、同じく感情が頂点に達していたのはエルネストだけではなかった。
「もう……喋らなくていいぞ、エルネスト」
「……何か言ったか、コタロウ?」
「喋るんじゃねえって言ったんだよ、この野郎が」
エルネストの傍若無人極まりない発言に、誇太郎の堪忍袋の緒はハサミで紙を切るような爽快感に溢れた音を鳴らして切って落とされた。
「……バレンティア、いいぞ。ぶちかませ」
「ありがと……待ってたよ、この時を」
ニッと誇太郎に向けて短く笑み、バレンティアは尻を突き出しながら左手で自らの太ももをぐっと持ち上げた。そして僅かに息むような声を上げた瞬間。
ぶっぷううううううっ! ぶぼっ! ぶううううう!
甲高いファンファーレの如く豪快な音と共に、バレンティアのオナラが洞窟一体を埋め尽くす。
「な……何してんだ、このスカン……ぐざあああああああああああああああああ!!」
「ちょっ、やめなさいよ……この屁こき……うぇぇぇぇ……!」
辺りはオナラの黄色い煙に包まれ、エルネスト等はもちろん洞窟の奥からも臭いにうめく者たちの阿鼻叫喚が響き始めてきた。一方誇太郎は、バレンティアが放屁する傍らでご満悦な面持ちと共にどすを利かせた声色でエルネストに語りかける。
「……どうだ、エルネスト。お前が今まで馬鹿にしてきた存在に苦しめられる気分は? 今まで下等だと思ってた存在に苦しめられる気分は?」
「あ……ああっ!?」
「情けねーなぁ、最上位種の魔人様ともあろうお方が……女の子のオナラにこうも苦しめられるとはね。教えていただけますか、今のお気持ちを?」
「テ……メェェェェ……!!」
ぶばっ! ぶぷううっ!
「うげぇぇぇ……!」
誇太郎に食ってかかろうとした瞬間、バレンティアが放ち続ける放屁にエルネストは再び悶絶する。そんな中、バレンティアは溜めに溜めたガスを一気に放出する感覚に気持ちよさすら感じ始めていた。それは単なる解放感だけではなく、今までエルネストに虐げられてきた恨みを発散する爽快感もあった。それが怒りのトリガー代わりにオナラとして放つことで、バレンティアは今まで歩んできた人生の中で最高の快感を感じるのだった。
やがてバレンティアは自身のガスを出し切り、誇太郎の元に歩み寄る。一方のエルネスト等は、未だにバレンティアのオナラの残り香に悶えながら地面を這いつくばる他なかった。自身らに反論する余裕すらないこの時こそ、誇太郎ははっきりと告げられる発言をエルネストに突き付けた。
「覚えとけ、エルネスト。今夜は単に世間話しに来たわけじゃない、俺たち魔王軍から宣戦布告しに来たんだ。色々あってくすんでしまったはぐれ者どもによる最上位種への宣戦布告だ、この野郎」
「はぁ……はぁ……宣戦、布告……だぁああ!?」
「明日、テメェ等は思い知ることになる。今まで高をくくっていた相手に一気に覆される屈辱を。精々首を洗って待ってるんだね、今日はそれを告げるためだけにこちらに伺いました。それでは……また明日」
そう言いながら、バレンティアと誇太郎は地に伏す龍人族に踵を返して後にしていくのだった。去り際にバレンティアから「ぶっ」と短いおまけの放屁付きで。
「に、兄様……大丈夫……?」
「あの……野郎ども、虚仮にしやがってぇぇぇ……!!!」
フラフラと立ち上がりながら、エルネストは金切り声を上げて高らかに咆えた。
「上等じゃねーか、ゴミ屑共があああああああああああ!! 何が思い知ることになるだあああ!? 逆に思い知らせてやるよ、俺たち最上位種に盾突いたこと!! 最大の後悔と屈辱を味わわせてやらああああああああああああ!! パトリシア、テメェもそう思うよな!?」
「も、もちろん!! 兄様を侮辱したアイツら、もう絶対に許さない!! 徹底的に潰してやるんだから!!」
「その意気だ!! おい、じゃあ早速戦の準備にかかれ!! あのごみ共を完膚なきまでにぶちのめすぞおおお!!」
夏と秋の変わり目のとある夜、臭気と怒号が龍人族の砦を包み込むのだった。
*
その同時刻。
ライムンドが訪れていた野良ゴブリンの陣営にも、エルネストの怒号とバレンティアのガスが飛び込んできていた。ガスに悶えエルネストの怒号に怯む野良ゴブリンとは反対に、既に零体となっているライムンドは微塵も顔色を変えることなく野良ゴブリンのリーダー格と向き合っていた。
「どうやら……我らが戦闘部隊長殿が宣戦布告なさったようだな」
「宣戦布告、だって……?」
臭いに悶えながら野良ゴブリンがライムンドに尋ねようとした瞬間。
「カスゴブリン共ぉぉぉぉぉぉ!!!!! テメェ等も裏切ったら分かってんだろうなあああああ!? 一族郎党皆殺しにしてやるからなああああああああああああああ!!!」
「ひぃぃっ!!」
エルネストの怒号が劈くように響き渡り、野良ゴブリン達は一同怯えた声を上げてしまう。そんな彼らを憐れむように見ながら、ライムンドは告げる。
「これが最後の警告になる。素直に我らの麾下に加わるがいい、何度も言うがそうすれば貴様らの生活は保障してやろう」
「で、出来ないって……言っているだろう。何度言ったら分かるんだ!」
「ならば、このまま龍人族共に虐げられる日々が待っているわけだが……いいのか?」
「それもよくない、けど……」
「けどじゃない、いい加減にするのだよ!!」
いつも静かな態度を崩さぬライムンドにしては珍しく、優柔不断な野良ゴブリンに詰め寄って怒号を飛ばした。
「いいか! 貴様らには二つ大事な選択が与えられている!! 龍人族共に虐げられる日々を送り続けるか、我らに寝返り幸福を目指すべく抗うか!! 二つに一つなのだよ!!」
「じゃあ……君たちは勝てると断言できるのか? あの最上位種の魔人たちに……!」
「……まあ、勝てるだろう」
先の怒号とはうってかわって、偉くあっさりとした声色でライムンドは返した。そのそっけない態度に、野良ゴブリンもまた焦りを見せた態度で詰め寄る。
「まあって何だ! 僕たちははっきりしたいんだ、勝てるのかそうじゃないのか……」
「勝てないことはないだろう、戦闘部隊長の作戦が完遂するならな」
「完遂したら……か、でも……本当にできるのだろうか……」
「ああ、そうだ。一つ言い忘れたことがあってな、戦闘部隊長から言伝を預かってある」
「言伝……だって……?」
悩みに苦悶しながら尋ねる野良ゴブリンに、ライムンドははっきりと告げた。
「『もしも我らの配下に降らなかった場合、この悪臭を放ったものが直接出向いて貴様らの陣営を悪臭で満たすだろう。貴様らが全員滅ぶまで』、とな」
「え……え!?」
「もう分かるだろう、野良ゴブリンの長よ? 貴様が最後まで決められなかった場合、龍人族共か我々に滅ぼされるしかないのだよ。そうならん為にも、己が下す決断はどうすべきか……もう分かっているのではないか?」
「そ、それは……!」
「まあ、今晩じっくりよく考えて決めるがいい。貴様らがどういう選択をしようとも、我らは等しく受け入れるだけよ。それでは……良き返答を待っているぞ」
最後にそう言い残し、ライムンドはゆっくりと透過していきながら野良ゴブリンの陣から消えていくのだった。
一人残された野良ゴブリンの長は、未だ残る悪臭の残り香に苦しみながら七転八倒して眠れぬ夜を送る羽目になるのだった。
*
龍人族への宣戦布告が完了し、バレンティアと誇太郎は大手を振りながら本陣への帰還を目指していた。
誇太郎は性癖を満たしながら満を持して啖呵を切れたこと、そしてバレンティアは溜めてきたガスを出し切ったことと今まで自分たちを虐げてきた存在にとりあえず一泡吹かせられたことで過去最高の快感をそれぞれの感覚で味わっていた。ただ、バレンティアはまだ恥ずかしかったのかやや頬を赤らめていた。
「リーダー」
「どうした、バレンティア?」
話しかけてきたバレンティアに振り替えると、もじもじしながらそっぽを向いた状態でバレンティアは短く誇太郎にこう言った。
「……ありがと。恥ずかしかったけど、最高にスカッとできた」
「だろ? 今まで我慢してきた分の恨みを晴らせたのは、気持ちよかったろ? とは言え、お前のオナラをじーっくり堪能できたからこそ興奮する気持ちを抑えるので俺は大変だったけどね……」
「うるさいな、このド変態!!」
誇太郎の発言を撤回するが如く剛瞬脚の一撃が誇太郎の顔面にヒットしようとしたが、彼もまた冷静にそれを回避する。そして、回避した状態でそのまま続ける。
「でもバレンティア、今夜はあくまで狼煙に過ぎない。本番は明日だ、お前のことは俺たちが絶対に守り切るから……頑張ってもらえるか?」
「もちろんだよ、リーダー!」
自信に満ち溢れた笑みと共に、バレンティアは断言した。それから程なくして、ライムンドもまた誇太郎達の元に姿を現した。
「戻ったぞ」
「ライムンド殿、お疲れ様です。仕込みの方は?」
「問題ない、今しがた終えてきた」
「ありがとうございます。それじゃあお二方、明日は……」
「分かっている、必ず勝つぞ」
「アタシの幸せのためにも、そして……子供たちのためにもね!!」
互いに鼓舞し合いながら、三人は満を持して明日へと備えるべく本陣へと帰還した。
そして、時は過ぎ決起当日。
今、「嫌われ者の秘島」で初となるであろう、大規模戦争が起ころうとしていた。
いかがでしたでしょうか?
次回から改めて龍人族の砦攻略戦が始まりますが、もしかしたら月一回の投稿頻度になるかもしれません。
何卒よろしくお願い申し上げます。




