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第22話 Stinkyな彼女の壮絶な板挟み

こんにちは。

今回は一応第8話を見直していただければ幸いです。

何卒よろしくお願いいたします。

「なるほどな……今まで盗みを行ってたのは子供らを養うため、そんで今回は……今までお前が我慢してた空腹に限界がきてやっちまった……と。こういうことか?」

「そうだよ。これでもういいでしょ、質問には答えたよ」

「いーや、お前にはまだ答えてもらうことがたくさんある。ここからは……名前、年はもちろん。お前がこの島のどこにいたのか、知ってること全部答えろ」


 魔王城に戻って程なく、バレンティアは誇太郎達戦闘部隊とアルバやカラヴェラが率いる一部のアンデッド兵士による警備隊、そして幹部各位に囲まれた状況下でフェリシアから尋問を受けていた。


 魔王の関係者が集まっているのは、誇太郎が最終課題のⅠとⅡに挑んでいた時にその様子を噴水スクリーンで鑑賞していた場所である大広間だった。バレンティアの側に誇太郎が立哨し、その周囲を残る魔王の関係者全員とバレンティアが養っている孤児たちが取り囲み、そして誇太郎たちの正面に向かい合うようにしてフェリシアが玉座を模した椅子に鎮座している状態である。


 そんな緊張感が高まる空間の中、バレンティアの返答は――。


「……そこまで答える必要があるの?」


 挑発的な言動で、フェリシアに尋ね返してきた。


「あるね。半年前、セイレーンのアリシアから報告があったんだよ。いかだに乗ってきた数人の獣人が打ち上げられてたが、その次の日にゃもういないって話がよ」

「……それが?」

「しらばっくれるな、これ……お前らだよな? 行方くらました後、この島のどこにいた?」

「どこにいたって別にいいじゃ……」


 と、バレンティアが言い終えようとした瞬間。フェリシアのサキュバス特有の尻尾が、目にも止まらぬ速さでいつの間にかバレンティアの首筋に突き立てられていた。尾の先端はフェリシアが即興の身体術フィジカルスキルとして作り上げたものかは不明だが、鋭い刃となって太陽の光を反射させていた。


 その状態のまま、フェリシアは今まで見せたことのないような冷酷な態度と声色でバレンティアに告げた。


「すかしていいのは屁だけにしとけよ、スカンク女。あたしは怒ってるんだ。理由はどうあれ、盗みなんて人の幸せをぶち壊すようなこと……見過ごしてもらえるとでも思ってたのか?」


 徐々にフェリシアの声色が低くなっていき、周囲の緊張感はさらに増していく。文字通り針の筵に立たされているような状態だ。


 その緊張感は無論、バレンティアが一番痛感していた。これ以上のらりくらりとかわすことはできない、そう判断したバレンティアは意を決して口を開く。


「素直に答えれば……アタシ達に危害は加えない、それを約束してもらえる?」

「そんなの決まってんだろ、当然だ」

「……よかった」


 ほっとしたバレンティアは、淡々と自身のことを少しずつ告げていった。



 バレンティア、スカンクの獣人で年齢は十六歳前後。予想以上に若い年齢を前に誇太郎は驚くほかなかったが、本当に驚くべきなのはここから語られる彼女が島に来た経緯だった。


 フェリシアが言っていたアリシアの報告通り、バレンティアと孤児たちは本土のある部分から逃げてこの島にやってきたのだ。そのある部分と言うのは、フェリシア等が同盟を結ぶエルフを中心とした国であるラッフィナートの最西端。そこはフェリシアの生まれ故郷のアロガンシア帝国と隣接する地域であり、帝国が仕掛けてきている紛争や小競り合いが絶えず続いている激戦区だった。


 そういった紛争地帯の最前線で戦うものはもちろん、争いの災禍は一般市民にまでも降りかかった。バレンティアも例外ではなく、争いの渦中に巻き込まれ彼女は両親を失ってしまった。他にも幼い犬の獣人であるルイスを含め、バレンティアは「同じ境遇の子たちを放っておけない」という想いの元、親を失った子供たちを積極的に招いてその日その日を凌いできたという。


 しかし、それでも戦禍は収まるどころか益々激化していく。絶えず激化していく戦況の中、バレンティアもまた孤児を拾っては戦禍の飛び火で失うという地獄の日々を送り続けていた。そんなある日、バレンティアはラッフィナートのエルフからこんな情報を耳にした。


――本土から離れた孤島で、難民を集めて保護している者がいる。


 荒んだ心境の中、バレンティア達にとっては千載一遇の情報だった。しかし、その孤島――嫌われ者の秘島に行くためには人間が住まう国のツーガントも跨がねばならなかったが、バレンティア達はもう選択の余地はなかった。着の身着のまま自分たちの生まれ故郷を離れ、時折ツーガントの人間たちから数奇な目で見られることもあったがそれでも何とか国の港までたどり着き、寄木で作ったいかだで嫌われ者の秘島を目指した。


 その最中、嵐に見舞われてバレンティア達は海に放り投げだされてしまった。互いに離れ離れになってしまったが、気付けば嫌われ者の秘島の砂浜にたどり着き子供たちも全員無事にバレンティアと共にいたという。どうしてこうも無事にたどり着けたかはわからなかったが、これは島の周辺を哨戒警備している海上隊のアリシア等が保護して砂浜に運んだという事がこの場で明らかとなった。


 島に上陸した経緯については、これが全てだとバレンティアはフェリシアにはっきりと告げた。


「島に来た経緯は分かったが……この島にいる間、お前はどこにいた? 」

「北に……いたよ」

「北……そうか。それじゃあ、はっきり聞こう。龍人族ドラゴニュートの勢力の一人だろ、お前?」


 龍人族ドラゴニュートの単語がフェリシアの口から出た瞬間、周囲がざわめいた。その後のバレンティアの発現に一同が注目する中、バレンティアはこくりと無言で頷いた。


「やっぱりな。しかし、よくお前……半年もあんな荒れ地で生きてこれたな」

「本土の……過酷な戦地に比べれば、ここはまだ食糧が豊富だもの。手段を選ばなければ、いくらでもね」

「……まあ、そうしなきゃ生きていけない環境だったからこそ盗みを働くしかなかった……そこは理解した。だけど、もう一つ聞きてぇ」


 玉座から腰を上げて、フェリシアは見下ろすようにしてバレンティアに尋ねた。


「どうして龍人族ドラゴニュートの所に行った? はっきり言っておくが、アイツらはプライドが高ェ馬鹿をトップに据えただけの烏合の衆だぞ。お前も……かなりぞんざいな扱いを受けてるはず。抜けようと思えばいつでもできたはずなのに、どうしてお前はそこに居続ける?」

「理由は二つ。一つは……子供たちのためにもアタシがしっかり頑張らなきゃいけなかったから」

「それならあたしの所でもいいだろ? むしろ、こっちの方が待遇良くしてやるのによ。それは何でだ?」

「……そんなの、決まってるだろ」


 一瞬うつむいた後、バレンティアは怒りを込めた目線で声を荒げて答えた。


「お前が……魔帝王ディオスの娘だからだよ、フェリシア・グランデ・アロガンシア!!!」



 バレンティアが突き付けた事実に、一同は落ち着いた態度で沈黙していた。否、落ち着いていたのは態度のみで視線は全員厳しい目つきでバレンティアを睨んでいた。


 フェリシアの身の上については、誇太郎はあくまで「魔帝王の娘」であることを元の世界で軽く触れられた程度だった。そこから先は戻った後も詳しく教えてもらってなかったが、バレンティアの剣幕を見てそれ相応の恨みを買われても仕方ないと誇太郎は感じる他なかった。戦争を仕掛けているのは他でもない、アロガンシア帝国なのだから。


 そんなバレンティアに対し、フェリシアはやきもきするような表情で尋ね返した。


「……あたしの正体、どこから知った?」

「お前と対峙してる龍人族ドラゴニュート、そのおさのエルネストから聞いたんだよ! ショックだったよ、藁にも縋る思いでやっと島にたどり着いたら……その正体は魔帝王の娘だったなんてね! 一体何が目的なんだ!?」

「皆が幸せになれるような国を作りたい、これ一つだ。あたしを父上の娘って理由で嫌いになるのは……まあ仕方ないが、それでもはっきり言っておくぞ」


 一息短く息をついて、フェリシアは力強い視線でバレンティアに告げた。


「父上とあたしを一緒にするな、あたしは父上の……帝国の思想に徹底的に抗うと決めている。だから帝国の戦渦に巻き込まれた奴を助けてんだ、理不尽な想いを味わった絶望から……希望に満ちた幸せを与えられるようにな」

「希望? 幸せ? 人から幸せを奪った奴が親のくせして、そんなこと言う資格があるの!?」


 自身が掲げる信念をフェリシアは確固とした態度で伝えるも、バレンティアの表情は依然として厳しいままだった。


「とにかく……戦争を引き起こした帝王の娘がアンタである以上、アンタとは絶対に仲良くできない。いや、したくないんだよ!」

「それは……自分たちが苦しいままの生活でもいい、という事か?」

「うっ……それは……」


 事実を突き返されたバレンティアは返答に詰まってしまう。


「もう一度言わせてもらうが、龍人族ドラゴニュートの所はプライドだけが取り柄のエルネスト共が支配してるのは知ってるよな? あんなところにいたって幸せになれねーぞ。あそこは荒れ地が多いところだし、何より……種族同士の差別が激しい。それはお前が一番わかってんじゃねーか?」

「ぐっ……」

「現に奴らはお前に食糧を盗むよう指示しておきながら、向こうはずーっと前に出てきてねーじゃねーか。違うか?」

「ぐ……ううう……」

「ここに来たのは『本土の苦しみから逃れて幸せになりたい』からじゃねーのか? このままじゃ本土にいた時と全く変わらない最低最悪の生活のままだぞ、バレンティア!」

「だ……黙れ! 何を言ったって、お前は……戦争を招いた魔帝王の……」


 と、言い切ろうとした瞬間。バレンティアは電源が切れたように、膝をついてその場にぱたりと倒れ込んでしまった。ルイスを含む子供たちが彼女の身を案じて騒ぎ出したが、いち早くバレンティアの元に駆け寄った人間の医師・エリックが彼女の容態を確認する。


「過労……のようだね。一先ず彼女をベッドに運ぼう、フェリシア様……よろしいですか?」

「ああ、構わん。それと……コタロウ」

「はい?」


 誇太郎の方を一瞥すると、フェリシアは先ほどとはうってかわって穏やかな声色で言った。


「続きはお前に任せる、いいな?」

「続きって……バレンティアの件、ですか?」

「ああ。お前なら……アイツの気持ち、分かるだろ?」


 最後に告げられたその一言、誇太郎はそれがどういう意味か実感した。その様子を察しフェリシアは、任せると言わんばかりに誇太郎に微笑んだ後「いったん解散な~」と言い残してその場を後にするのだった。しかし、去り際のフェリシアの表情はどこか悲しげな様子だった。それを見逃さなかったライムンドは、すうっと自身を透明化させゆっくりと彼女の後を付いていった。



 バレンティアが目を覚ましたのは、力尽きてから二時間後の日没近く。薬品の臭いがある医務室で目を覚ましたバレンティアは、上体を起こそうとするも力が入らなく身体が動かなかった。


「無理をするな、お前は栄養失調にもなりかけてるんだ。今は身体を休ませろ」

「アンタは……」


 横たわるバレンティアが目にしたその声の主は、誇太郎だった。


「あの魔王に……尋問の続きを頼まれたの?」

「まあ、そんなところだけど……それよりも、ほら」


 いったん言い切ると、誇太郎は一房のエナジーバナナから一本もぎ取りバレンティアの目の前に差し出した。


「何のつもり?」

「あともうちょっとしたらしっかりとしたご飯が運ばれてくる、その前に少しでも腹を満たしとけ」

「べ、別に……アタシは大丈……」


 ぐう~~~っ……。


 バレンティアが言うよりも先に、彼女の腹の虫がいち早く返事を返した。


「……」

「お腹の方は正直のようだな。ほら、素直に食べな」

「でも……」

「食べな?」


 頑なな態度を続けるバレンティアに、誇太郎はややしびれを切らして語気を強めた。誇太郎からの圧を感じたバレンティアは、やや気圧されつつも己の食欲に従ってバナナを手に取り一気に頬張った。無我夢中で食べていくうちに一本食べ終えもう一本、更にもう一本とバレンティアは次々とエナジーバナナに手を出していく。そして気付いた時には、既にバレンティアはエナジーバナナ一房を全部平らげてしまったのだった。


「ははは、何だ……思った以上に食欲があるじゃないか」

「う、うるさいな……でも……」


 素直になるのが恥ずかしいのか、バレンティアは照れくさそうに誇太郎に向き合った。


「ありがとう、えっと……名前は確か……」

樋口誇太郎ヒグチコタロウ、コタロウでいいよ」


 優しく誇太郎がそういうと同時に、彼が言っていたしっかりとしたご飯がバレンティアのベッドの元へと運ばれてきた。そして運ばれてきた瞬間、バレンティアはそれらを瞬く間に平らげてしまった。大食いとも取れるその動きに、誇太郎も開いた口が塞がらない。


「そ……そんなに腹が減ってたのか、バレンティア?」

「まあ……ね、アタシよりも育ち盛りの子供たちに上げた方がいいだろうし。それよりもいいの? 尋問するのに、アンタ一人だけで」


 バレンティアが指摘した通り、医務室にいるのは誇太郎ただ一人。先ほどの大勢ではなく、文字通り誇太郎ただ一人のみ。二人か三人ほどサポートがいるものだとバレンティアは踏んでいたが、思わぬ現状に多少拍子抜けしていた。


 そんな彼女の心境に気付いていない誇太郎は、「大丈夫」と言った後こう告げた。対してバレンティアは、更に鎌をかけるように誇太郎に言った。


「ずいぶん強気なんだね。ところでさ、アタシが実は大食いなのは……ちょっと理由があるの」

「理由? それは一体?」

「スカンクの獣人は消化スピードが早くてね。どうしてかっていうと、一刻も早くオナラで反撃するため……なんだよね。何が言いたいかもう分かるよね?」

「……なるほど、『一人だけで大丈夫?』って聞いたのはそういうことか」


 いつでも反撃の準備はできているという挑発をおもてに出し、バレンティアは鎌をかける。しかし誇太郎は、どかっと椅子に座り直し真正面からバレンティアに向き合った。


「いいぞ、一発ぶばっと豪快なのちょうだい!」

「……は?」


 予想外過ぎる発言を前に、バレンティアは一瞬狐につままれた感覚に陥る。


「何……言ってんの、アンタ? 聞き間違いじゃなければ、おならを嗅がせてくれって言ってるように聞こえたんだけど……」

「いや、正常。聞き間違いじゃなく、マジで嗅がせてくれって頼みました」

「は……はああああああ!? 本当に何言ってんの、アンタ!? 気は確かなの!? どういう理由でおならを嗅ぎたいのよ!?」

「どういう理由って、そういう性癖だからとしか答えがないな」


 「性癖」と臆面もなく断言した誇太郎に、バレンティアは思わず鳥肌を立たせながら叫んだ。


「まともじゃないでしょ、この変態!」

「そうだ、俺は変態だ!」

「自分で言うなっ!!」


 驚くほどに素直に返した誇太郎に、バレンティアは思わず突っ込み返してしまう。しかし、それでも誇太郎はぶれず思いのたけを彼女にぶつけてきた。


「だがこんな変態な俺でも、フェリシア様は受け入れてくださった。己の心に素直になっていいと促してくれたおかげで、俺は今……とても充実した生活を送ってる。だが……君はどうなんだ、バレンティア。本当に今の生活で満足できているのか?」

「結局そっちに結び付けてくるんだ……。それで? もし『満足できてない』って言ったら、どうするの?」

「俺たちの仲間になれ、これは組織としての意見だけじゃない。個人的にも君たちを放っておけないからこそ言うんだ」


 誇太郎は力を込めてバレンティアに訴える。一瞬たりともそらす気配を見せない真っ直ぐなまなざしだったが、バレンティアも負けじと反論する。


「馬鹿じゃないの? さっきの尋問、近くにいながら聞いてなかったの? 魔帝王の娘の仲間に加わるわけないじゃない!」

「そう思う気持ちは分かる、だが……」

「いいや、分からないね! アンタさ、目の前で家族が殺される経験ある? 仲良くなった子供が次の日に戦禍に巻き込まれて犠牲になったこととかある? 死に物狂いで何とかこの島まで来て、やっと地固めできそうなところで生きられると思った安心感……味わったことあった!?」


 バレンティアの声色が、徐々に昂っていっていくのを誇太郎は直に感じていた。これまで一人でどれだけの想いを背負ってきたのか、苦しげな声色がそれを語っていた。


「アタシ達の全てを奪った……帝王の娘なんかに、誰が仲間になるもんか……! そんな奴らの仲間になるくらいなら、龍人族ドラゴニュートの所で生きてくしかないんだよ! あの子たちの笑顔を守れるなら、もう……ここで死んだって構わないほどにね!!」


 確固とした態度で、バレンティアははっきりと断言した。一方で誇太郎は、彼女が言い終わる前に放ったある言葉に対して聞き捨てならない状態に陥った。


「……お前、今何つった?」

「死んだって構わないって言ったんだよ! それが何……」


 とバレンティアが続けようとした瞬間、誇太郎は即座に立ち上がりバレンティアが横たわるベッドに迫った。そして彼女の服を掴み、怒りを込めた口調で排撃する。


「『死んだって構わない』じゃねえ! お前を慕う子供たちだけ残して自分だけ楽になろうとしてんじゃねーぞ!!」

「は……? 楽になろうとしてる、このアタシが? 分かったような口を叩くんじゃ……」

「偉そうに色々言ってるつもりだろうが、お前が今やろうとしてんのは『目先の苦しみに敗けて逃げようとしている』ことに他ならねえ! 俺よりも一回り年下のお前が、簡単に命を投げ捨てるようなこと抜かしてんじゃねーぞ!!」

「う、うるさい! お前に何が分かるんだよ!」

「お前が寝てる間に子供たちから聞いてんだよ、『自分だけ辛いの我慢しているバレ姉を見てるのが辛い』ってな!」

「えっ……」

「……ごめん、ちょっと熱くなり過ぎたね。ここからは落ち着いて話そう」


 息を荒げながら、誇太郎は一旦一呼吸入れて続ける。


「これを聞いた時、俺は確信した。バレンティア、俺とお前は……似た者同士だ。己の心を押し殺して素直になれず、苦しい環境に甘んじた生活を選び続けてしまう所がある。違うか?」

「そ、そんなことない! アタシは今の生活でも十分満足して……」

「でも、盗みを働いた時お前は感じたはずだ。自分がこの島で暮らしている所と違って、この辺りは何て住み心地のいいところなんだろう……って」

「そんなことは……そんなことは……」


 思わず返答に詰まる。その様子からバレンティアの心情が揺れかかっているのを、誇太郎は感じ取った。透かさず誇太郎はさらに続ける。


「せっかくこの島に来たのに……、龍人族ドラゴニュートの荒れ地とは違う素晴らしい環境もあるのに。勿体ないと思うよ、バレンティア。ここまで必死に子供たちのことを思って頑張ってきたことは称賛するよ、でも……自分たちが本当に幸せに暮らしていきたいって思うなら……先ずは自分の心に素直になってみてもいいんじゃねーかな?」


 なだめるように、一歩前に進めるように促すような声色で誇太郎は語りかける。一方バレンティアは、うつむいた面持ちでか細く誇太郎に返答する。


「……だとしても、だとしても……コタロウ。アンタじゃ……アンタ達じゃ、エルネスト達に勝てないって……。あそこの軍勢は少なくとも一万人はいるんだよ……」


――少なくとも一万人……三年前より増えてるとは予想してたが、思った以上の勢力だな。


 誇太郎はしっかりと龍人族ドラゴニュートの軍勢の情報更新があることを確認しながら、バレンティアの話に耳を傾ける。


「……コタロウ、アンタの言う通りかもしれない。もっと早く……こっちの方に来ていれば、エルネストから魔帝王の娘ってことを知らされなければ……変わってたのかもしれない。でもね……エルネストの所に行っちゃった時点で、失敗だったんだ。最上位種の龍人族ドラゴニュートに逆らおうとしたらどうなるか……そう思うと、怖くて行動に起こせなかった。アタシは臆病な獣人だよ……」

「……だったら、今から行動に起こせばいい。グズグズ言わず、素直に行動すればいいじゃないか」

「でも、そうしたらアンタ達はあいつ等に喧嘩を売ることになるんだよ!? 無理だよ、勝てる訳がない!!」

「いや、勝てる! 少なくともお前が手を貸してくれたら、より確実に龍人族ドラゴニュート共に一泡吹かせられるんだよ!」


 力強く説得をするように、誇太郎は再度バレンティアに向けて断言した。この時「確実に」と口にした瞬間、不思議と敗北するというネガティブな言葉は誇太郎の脳内には浮かばなかった。


 しかし、バレンティアは眉唾物な発言に聞こえたらしく厳重に誇太郎に再確認を試みる。


「本当に……? だとしたら、どうするつもりなの?」

「バレンティア、さっきフェリシア様が言ってたと思うけど……龍人族ドラゴニュートの所は『プライドの高いものをトップに据えた烏合の衆』ってことに間違いはないな?」

「……うん、それは本当だよ。あそこは種族間の差別がすごくて、弱肉強食至上主義なんだ。身体術フィジカルスキル魔法術マジックスキルが強ければ強いほど偉そうにふるまって、野良ゴブリンみたいな下位魔人や一部種族はあまりいい扱いを受けてない。アタシ達も差別を受けた一部種族……だったから」

「……それなら話が早い。バレンティア、もしお前が俺たちの仲間に入ろうと決めたなら……その敵の情報を余すことなく全部俺に教えてくれ! その上で龍人族ドラゴニュート共に一泡吹かせる作戦を立ててやる!」

「待って……その前に、アンタが考えてるその作戦とやらを教えてよ。それを聞かない限り判断できないよ」

「分かった、教えてやる。俺が考える作戦と言うのは……」


 誇太郎が考えている作戦を耳にしたバレンティアは、「そんなことができるのか!?」と耳を疑ったが誇太郎にはそうできるだけの確信があった。彼が考えている作戦と言うのは、三国志のとある軍師が使用したある作戦を用いるものだったからである。


 しかし、誇太郎はバレンティアにもう一つの道を用意させた。


「とはいえ……だ、それでも自分の考えを変えられないっていうなら……無理に仲間になれとは言わない。明日またフェリシア様の前で答えを聞くと思うだろうから、今晩は身体を休ませながらじっくり考えてみてくれ。実りある答えを待ってるよ」


 バレンティアの肩を優しく叩き、誇太郎は一先ず医務室を後にした。彼が去った後、バレンティアの心は今激しく揺れ動きかつてないほどの板挟みになっていた。


 思い返せばエナジーバナナ栽培所を襲撃したのは子供たちのことを思ってのことだったが、本意ではなかった。自分たちが生きるためにもリーダーに従わざるを得ない、この島に来てからはそう強く念じることでバレンティアはその日その日を全力で凌ぐほかなかったのだ。


 しかし思ったよりも早く来た限界を前に、捕らわれてしまった。もう自分の天命もここまでかと覚悟を決めたバレンティアだったが、子供たちにも自身を庇われ更には襲撃した敵方の幹部に「自分の心に素直になれ」とまで促された。


 あそこまで心を振るわせられたのは、バレンティアにとって初めてだった。自分なりに生きるために精一杯己の心のままに動いていたはずだったのだが、いつの間にか自分に嘘をつき続けて我慢を続けていたことに気付かされた。


「あたし達の本当の幸せ……か、でも……」


 その一方で、龍人族ドラゴニュートに逆らうことの不安ものしかかってくる。最上位種としても名高い龍人族ドラゴニュートが率いる軍勢に、果たして先ほどの人間が語った作戦で本当に勝てるのか。そういう不安もあった。


 しかし、自身にとって一番響いた言葉はもう既にあった。その晩バレンティアは何度も迷い悩みながらも、眠りに付くその時にはもう自分たちがどうすべきかの結論がまとまっていた。後はそれを言葉に出せばいい、後は野となれ山となれとバレンティアは思いながら長らく忘れていた安眠に付くのだった。



 誇太郎とバレンティアがもめ合っていた同時刻、フェリシアは一人自室で涙を流していた。バレンティアの尋問が終わった後、急ぎ足で廊下を進み自室へと戻っていく。その道中で誰かとすれ違うたびに、いつものように明るくにこやかに笑いながらすれ違っていく。


 そして自室にたどり着き、扉を閉めて中に入った瞬間。フェリシアはその場にうずくまり、バレンティアが歩んできた話を思い返しながら涙を流した。


 自身の血筋と言うのは時に呪いに等しい、特に「罪」や「過ち」といった拭いきれない類のものが絡んでしまうようなものであれば尚のこと。どれだけ自分が「幸福を探求するサキュバス」を自称しても、本土にいる父である魔帝王が侵している「罪」は消えることはない。


 だからこそ自分は「父とは違う」という信念のもと、この島で少しでも辛い目に遭っている種族を救おうと動いてきた。それでも本土から来た種族の一人にこうも言われると、やはり心に来るものがあった。バレンティアが味わってきた壮絶な話を思い返すと、涙が止まらない。拭っても拭っても次々と零れ落ちていく。


 だが、大声で泣き叫ぶわけにはいかない。皆に幸福を示すと決めたサキュバスの魔王として歩むと決めた以上、無暗に泣いていたらそれだけで部下や仲間を不安にさせてしまう。だからこそ誰にも見られない所で涙を流しても、大声で喚かない。フェリシアの心にはそういう自分ルールを設けていた。


 しかし、それでも悲しい気持ちは中々拭えない。一人孤独にこの気持ちを背負い翌日にはまたバレンティアに向き合おうと奮い立たせようとしたその時である。


「……どうされましたか、お嬢様。また何か悲しいことでもございました?」

「百年ぶりにその口調で来るってことは……茶化しにでも来たのか、ライムンド……」


 聞き覚えのある声色を背後に、フェリシアは涙を拭って振り返る。すると程なくして、翡翠の瞳を輝かせながらライムンドが日没に差し掛かる光と暗がりに溶け込むようにして姿を現した。


「そう構えるな、フェリシア。お前が長らくしなかった悲しげな顔を、俺が見逃すわけなかろう」

「はっ……本当にお節介なグランレイスだよ、お前は」

「だが……お前も少しは強くなったと俺は思うぞ、この島に来て間もなかった時は……難民を迎えては同情のあまり泣きじゃくることも多かったろう」

「言うな言うな、恥ずかしい」


 過去のことをライムンドに指摘され、フェリシアは珍しく子供のようにむくれた声で反論した。そんな彼女に対し、ライムンドはゆっくり近づいてこう言った。


「……コタロウの前でもその面を見せてやってもいいんじゃないか?」

「アイツの前で?」

「奴の成長具合は、お前が与えた『感情色エモーション・カラー』の影響もあるが、それを抜きにしてもメキメキと伸ばしている。お前も……奴を信頼できる存在と思っていると思うが、その涙は長年の付き合いである俺だけにしか見せていまい?」

「何が言いたいんだ、ライムンド……」

「俺以外にも信頼できる異性の味方を作れと言っているのだよ、フェリシア。帝国にいた時、俺が執事として仕えた際にそう告げていたはずだ。お前はサキュバスにしては珍しく、精を絞った時も含め男と直接交わったことは一切なかろう? それは……お前の悲観的な価値観を変えたあの男を忘れられないからではないのか?」

「……」

「奴のことを忘れられないのは分かるが、お前もお前の理想のためにもいつまでも過去に縛られるな」

「アイツを……アイツをそう簡単に超えられるわけねぇよ、ライムンド。それだけ……アイツがくれた考え方は、あたしの……いや、幸せの価値観を大きく変えてくれたんだから。アイツがいてくれたから、あたしは……父上の都合のいい駒として動かずに生きていられたんだ。コタロウがそう簡単にアイツを超えられるわけ……」

「まあ今すぐは難しいだろうが、少しだけ長い目で見てやれ。そしてもしもお前がアイツのことを真に認める時が来たら、サキュバスとしてではなく……一人の女として向き合ってみろ」

「……うるせ」


 お節介なライムンドに対し照れ隠すように、フェリシアは言った。そこから先はライムンドは黒ローブを目深にかぶり、どこか微笑ましそうな瞳を見せながら部屋を出ていくのだった。


 フェリシアとバレンティア。


 種族と生まれはもちろん、互いに違う想いを宿しながら時間は過ぎていく。



 そして迎えた、翌日の午前十時ごろ。


 昨日と同様に集った魔王軍一同とフェリシア、そして誇太郎とバレンティア。皆が注目する中、フェリシアはバレンティアに尋ねる。


「昨日、あれからコタロウと何を話した?」

「今の生活に満足できているか、とか」

「他には?」

「……仲間にならないか、って誘われた」


 この返答を受け取り、フェリシアはちらっと誇太郎を一瞥する。対して誇太郎は、「やれるだけのことはやりました」と伝えるようにフェリシアに深く頷いた。


「それで? その答えは……どうする気だ、バレンティア?」


 仲間になるか、否か。シンプルな問いを前に、一同はバレンティアに視線を集中させる。そして、バレンティアの答えは――。


「……残念だけど、フェリシア。アンタの仲間には……なれない」

「バレンティア……」

「そっか、それじゃあ仕方ねーな」


 受け入れてもらえなかったことに落胆する誇太郎とは対照的に、フェリシアは予想通りと言わんばかりに仕方なさそうにため息を漏らした。このまま彼女と子供たちを元の荒れ地に戻そうと一同が行動を移そうとしたその時、「でも」とバレンティアがまだ何か言おうとした。その様子を前にしたフェリシアは、彼女の発言を促せる。


「アンタの仲間にはなれないけど……コタロウの部下として、ここに置いてほしい。それじゃ駄目かな?」

「……ん? ちょっと待って、バレンティア。それどっちみちフェリシア様の仲間になるってことになるけど、いいの?」

「何言ってんの、フェリシアの部下として加わるんじゃない。アンタの部下として加わる、だからフェリシアの部下じゃない。そういうことだよ」

「いや、無茶苦茶! 無茶苦茶な屁理屈言ってんだけど、この!」

「いいじゃねーか、この際! 無茶苦茶でも何でもよ、ニッヒヒヒヒ!」


 素直に突っ込む誇太郎に、フェリシアはからからと皆の前で豪快に笑い飛ばした。そして、すぐに笑うのを抑えバレンティアに再び尋ねる。


「……でだ、バレンティア。それがお前の考えに考えた結論、と見ていいんだな?」

「うん、これが……アタシの結論。子供たちと共に、戦闘部隊の世話になりたい」

「だそうだ、コタロウ。お前の意見はどうなんだ?」


 フェリシアは今度は誇太郎に回答権を移した。しかし、誇太郎の結論としてはもう既に決まっている。


「理由はどうあれ、仲間になってくれるのなら心強い。これからよろしく頼むね、バレンティア」

「こちらこそ……リーダー」

「ん、リーダー?」

「戦闘部隊の隊長さんなら、リーダーって呼んでも別にいいでしょ? これからお世話になるんだし」

「まあ、そう……なるからいいのか?」

「いいんだよ。というわけでこれからよろしくね、リーダー」


 誇太郎に期待の感情を込めて、バレンティアはそう言った。彼女の表情は昨日とはうってかわって、胸のつかえがとれたようなスッキリした清々しさを感じさせた。


――よく……決断してくれたな、このは。昔の俺だったら……もっと時間をかけてたかもしれない、そうしてずるずる引っ張って最悪の状態のまま人生を送っていただろう。それをこのはたった一晩で……本当によく決意してくれた。


 フェリシアの部下にならないと敢えて告げている以上、まだフェリシアに対して抵抗を捨てきれていないという意思を誇太郎は人一倍強く感じ取っていた。そんな複雑な気持ちを抱きつつも仲間になると決意してくれたバレンティアにしてやれることは何か、彼女から得られるものは何か。誇太郎はより一層の気合を込めて、龍人族ドラゴニュートの砦への攻城戦へと褌を引き締める決意を固めたのだった。

いかがでしたでしょうか?

久々に一万文字以上書くとやはり時間を要してしまいます。

前回のお話と今回のお話で少しでも新キャラの深堀ができていれば幸いです。

次回もまたよろしくお願いいたします。

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