第21話 押さえこめ、異臭騒動
こんにちは。
ちょっと時間がかかりましたが、ようやく最新話ができました。
よろしくお願いいたします。
アルバからの応援要請があってから数分後、誇太郎とカラヴェラは全速力でエナジーバナナ栽培所へと駆けていた。誇太郎は「脱兎」を駆使しながら、少しでも現場へと急ごうと張り切っていた。そんな彼にカラヴェラも必死に追いついてくる姿に、誇太郎は目を丸くしていた。
それから程なくして、同じく現場へと向かうライガとスミレとも合流した。と言っても、ライガはスミレに引きずられ乗り気じゃない様子をこれでもかと出していた。
「嫌だああああああ! 行きたくねえよおお、離してくれええええええ!!」
「駄目よ、ライガ! 今度は来なさい!!」
スミレの剛腕に抗いながらも、ライガは悲鳴と共にずるずると引きずられていた。ライガが嫌がっている理由を、誇太郎は何となく察していた。
前回と同様、エナジーバナナ栽培所から放たれた悪臭の元へと向かうからである。しかし、前回ライガは城の玄関に出るなり即座に踵を返して逃げたとスミレが言っていた。
というのも無理はない、獣人にとって嗅覚は特に優れている。それ故に悪臭の感度も凄まじく、遠方にいてもわずかに届く悪臭ですら彼らにとってはとてつもなく辛いのである。
ただ、だからと言って何度もそういう理由が通じていいかと言うとそういうわけでないのも事実。今回も前回同様逃げ出そうとしたらしく、それがスミレの堪忍袋の緒を切ってしまい無理やり連れてこられるという形になってしまったとのことである。
「なああああ、コタロウおおおおおお!! お前もスミレにな言ってやってくれよおおおおおおおお!!」
「駄目、今度という今度は許さない。緊急事態なのに逃げるなんて、いくら何でも許されないでしょ。コタロウもそう思うよね?」
二人の異なる意見を前に、誇太郎は思わず返答に詰まる。どちらの気持ちもいたいほど理解ができて仕方ない、かといってどちらかに傾いていいものかと逡巡する他なかった。ただ、このまま黙ったままでいるのもよくない。とりあえず誇太郎が何か言おうとしたその時――。
「……ライガさん、ちょっといいすかね」
カラヴェラがスミレ達の意見の前に入って出てきた。
「ぎゃあああ! アンデッドおお! な、何だよおお!?」
「いや、今気づいたんですかい!? じゃなくて、ライガさんが現場に行きたくねえ理由……ちょっと前に噂で聞いたんですが、この悪臭がきついからなんですかい?」
「だ、だったら何だよお!?」
「それなら……俺に考えがあります」
そういうとカラヴェラは、何と自身の下あごの骨をガパッという小気味良い音と共に外したのだった。衝撃的な光景に、思わず一同は言葉を失った状態で立ち止まる。
「カラヴェラ、お前一体何を!?」
「見てりゃ分かるさ、コタロウ隊長さん。ぬんっ!」
取り外した骨を握る右手に少し力を込めると、骨は見る見るうちに変形していく。最初は軟体化したかと思いきや、即座にまた別の形に変わり何かを形作るような動きをしながら不定形な動きを骨は繰り返していく。そして僅かに一分弱で、カラヴェラの下顎部の骨は黄金のマスクへと姿を変えたのだった。
再び衝撃的な光景を前にした誇太郎は、目玉が飛び出るような勢いでカラヴェラに突っ込んだ。
「えええええええええええええ!? いやいやいや、そうはならんだろ!? 外した骨が……ま、マスクになったって……えええ!?」
「ところがそーなるんだよな、コタロウ隊長さん。俺の身体術、『武骨』を使えばね。生前の時からあったこの能力は、元は身体の一部を武器や道具に変えられる力だったんだが……アンデッドになってからは、骨をメインに変えられるようになったんでね」
「そうなんだ……いや、すげえなお前!」
「……と言うわけでだ、ライガさん。このマスクを使ってくれ、完全に防げるかは分からないが……それでもいくらかは防げるはずだ」
カラヴェラはライガに気遣うように顎の骨で作り出した黄金のマスクを前に差し出した。が、ライガは必死な様子で手をバタバタさせて拒絶の意思を見せる。
「やだやだやだああああ! そんな死体の骨なんて付けたくねえよおおおお!」
「いい加減にして、ライガ! あなた、本当にこのままじゃ足手まといよ!?」
「それでも嫌なんだよおおおおおおおお!!」
頑なに拒否の姿勢を崩さないライガ。
そんな彼にスミレはもちろん、誇太郎の心の中にもいら立ちが募り始めた。カラヴェラがせっかく用意したのにそれを無下にするのか。その気持ちをライガにぶつけようとしたその時。
「……ライガさん、よく聞いてくだせぇ」
穏やかな口調で、ライガをなだめるようにカラヴェラが声を発する。
「アンタが俺を嫌ってんのは十分分かってるっす。でも、今は……普通じゃ起きちゃいけねえ緊急事態が起きてるんでさぁ。この間みたいに臭いに倒れて苦しんでる奴がいるかもしれねえ、これ以上悪化したらもっと被害が拡大しちまうかもしれねえ。ここで逃げんのは勝手ですが、放っておいた結果被害が広がっちまってもいいんですか?」
「そ……そりゃ、いいわけねーだろ……。俺様だって流石にそのくらいは分かってる……つもりだよ!」
「じゃ、今は力を貸してくだせぇ。好き嫌いじゃねえ、今ここで俺の力を借りなきゃ……被害が拡大するかもしれねんだ。頼む!!」
下あごのない状態で穏やかな声色ながらも、カラヴェラは強かな態度でライガに意見を申し出た。そのカラヴェラの感情を割り切った態度に、誇太郎は思わず息を飲まざるを得なかった。
――何て強かな……。
一方、そんなカラヴェラの態度を前にライガは頭を掻きながら煩悶する様子を見せていた。二度三度、何とも言えぬ表情を見せた後大きなため息を付いて口を開く。
「……分かったよ、貸してくれ」
「ライガさん……」
「ほら、いいから寄こしやがれってのおお!」
素直に受け取るのが恥ずかしいのか、ライガは照れ隠すような態度でカラヴェラから黄金のマスクを手に取った。そしてそのまま口にピッタリとはめるように、マスクを装着した。
「よぉし……うん、少しマシになったかもなー! うん、なったかもだわー! これでいいんだろ、アンデッド……じゃなかった、何て言うんだー!?」
「……カラヴェラっす、よろしくっすわ」
「おうっし、カラヴェラー! 俺たちの力見せてやんぞー!!」
「もちろんでさぁ!!」
半ば強引ながらも、一先ず協同戦線を組めることになったカラヴェラ達を前に誇太郎はほっと安堵した。
その一方で「本来は俺がしっかりいうべきだったのに」という罪悪感も湧き上がってくる。だが、今はそんな気持ちはしまっておいた。カラヴェラのしっかりと割り切った姿を前に、今更罪悪感を抱いている場合ではない。現状の問題である緊急事態を何とかせねばならないのだから。
「スミレ、俺たちも急ごう!」
「そうね、行きましょう」
後ろめたい感情をしまい、誇太郎とスミレもまた現場へと急ぎ向かっていった。
*
一足先にライガとカラヴェラが現場にたどり着くと、既に複数のアンデッド兵士が悪臭の発生源である何かを取り囲んでいた。あれが元凶だと二人は判断し、アンデッド兵士たちをかき分けながら進もうと試みた。
しかし少し進んだその時、悪臭の強さがライガの鼻に届き始める。マスク越しでも臭うこの悪臭に、ライガは思わず立ち止まってしまう。
「うげええへええええ……やべえ、マスクしても微妙に臭いが入ってきやがるうううう……」
「ライガさん……大丈夫か?」
「大丈夫……じゃねえけどぉ、流石にここまで来たら退けねぇだろうがぁぁ……!」
「……分かりやした。ただ今は、ここで待っててくだせぇ。俺が先様子見てくるっすわ。このまままっすぐ行ったら、多分完全にマスクの効果なくなると思うんで」
「任せていいかぁ……?」
「もちろん。ただ、押さえられなかったらその時は……頼んます」
そう言って、カラヴェラは取り囲む部下たちに聞きながら悪臭の中枢へと足を運んでいく。いくら強烈な悪臭でも、髑髏姿のカラヴェラならば既に嗅覚はないため悪臭は何の脅威にもならない。こういう時、アンデッドでよかったと思いながらカラヴェラがずんずんと進んでいった次の瞬間――。
「はああああああっ!!」
女性の雄たけびと共に、何かが迫ってくる感覚をカラヴェラは直感で感じ取った。それは程なくして、カラヴェラの前に姿を現した。アンデッド兵士たちの骨や頭蓋骨を次々と吹き飛ばしながら、何者かの右脚が飛び蹴りの態勢でカラヴェラの肋骨部分に襲い掛かる。しかし、カラヴェラもまた迎撃準備はしっかり整っていた。
「甘いっ!」
肋骨部分の隙間を埋め、黄金の骨の壁を作り跳び蹴りを受け止めた。黄金の肋骨カーテンは強靭な蹴りをしっかり受け止め、カラヴェラが力を込めるタイミングに合わせ蹴りを放った主を勢いよく押し返した。
押し返された当事者は何とか受け身を取って、カラヴェラ達と向き合った。その特徴は黒白模様なのは尻尾だけに限らず、ロングヘアーの髪の中にも黒と白の模様がバランスよく入り混じった女性の獣人だった。その黒と白の尻尾を持つ獣人のモデルを一目見るなり、ライガはうめくように叫んだ。
「お前……スカンクの獣人かあああ!? 道理でくせぇわけだよぉぉ……」
「く、臭いっていうな! アタシにはバレンティアって名前があるんだよ!」
「うるせええええええ! よくもぶっぶかぶっぶか臭わせてくれたな、この野郎おおおお!」
「好きでやってるんじゃない、仕方なくやるしかないんだよ……」
浮かない顔で反論する獣人のバレンティアの発言に、カラヴェラは一瞬ピクリと反応した。何か訳ありなのではと判断し、カラヴェラはバレンティアに一先ず穏やかに話しかける。
「なあ、お嬢さん。悪いことは言わねえ、大人しくした方がいいぜ。これ以上痛い目には遭いたくねぇだろ?」
多勢に無勢の中、これで少しでも素直に動いてくれれば。そう思ったカラヴェラだったが、その思いは空しく崩れ去ることとなる。
「ありがとね……優しい骸骨さん。でも、ごめん……アタシには待ってる子たちがいるから……これで失礼っ!!」
ぶぼおおっ!
「失礼」と言い切る直前に、バレンティアはカラヴェラ達に尻を向けて豪快なおならを解き放った。暴風並みの風圧と凄まじい悪臭を前に、カラヴェラ達アンデッド兵士たちは頭部の頭蓋骨を吹き飛ばされてしまうのだった。
「隙あり……! それじゃあね、皆さん!!」
悶絶する者やあたふたするアンデッド兵士たちを尻目に、バレンティアは一目散にその場から逃げていく。そんな中――。
「待てやあああああああああああああああっ!!!」
悪臭の渦をかいくぐり、ライガが突っ込んでくる。
「嘘でしょ!? 同じ獣人の癖に、アタシの臭いを乗り切ってくるなんて!?」
「悪いなああ、スカンク女ぁあ! ついさっきよおお、そこの黄金のアンデッドから臭い対策してもらったから……へっちゃらなんだよおおおお!! つーわけでえええええええええええっ!!」
突っ込む勢いのまま、ライガは自身の尻尾でバレンティアの頬を平手打ちした。対するバレンティアは迎撃態勢を取れておらず、真正面からその攻撃を受けてしまいはたかれた方向に吹き飛ばされてしまう。そして、その先には――。
――ライガさん、マスクしててもまだ臭ってるはずなのに……無茶しやがって! でも、おかげで捕獲する準備はできやした!!
肋骨を大きく開いて、バレンティアを捕らえる万全の準備を整えたカラヴェラが待ち構えていた。それを目の当たりにしたバレンティアは即座に「自身を捕らえるもの」と察し、腹部に力を込めると――。
ぶっぶううっ!
背後のカラヴェラ目掛け勢いよく放屁して、さながらジェット噴射の推進力で拘束攻撃から逃れるのだった。
「「嘘だろ!?」」
まさかの回避行動にライガ、カラヴェラの両者は度肝を抜かれてしまう。そしてその隙を突くように、バレンティアは一回転しながら眼前にいるライガに向けて残る推進力に身を任せたドロップキックをお見舞いさせた。
「ぐほぉっ……!」
「アタシの特有スキルは、こういう使い方もあるんだよっ! そしてその勢いから来る身体術の剛瞬脚のお味も絶妙だろ!?」
もろに入ったドロップキックに、ライガは今度こそノックアウトしてしまった。それをカバーしようとカラヴェラも行動しようとしたが、バレンティアの放屁に吹き飛ばされた影響か彼女と距離を離されてしまい追い付こうにも追いつけない状態だった。
――まずい、このままじゃ逃げられる……!
「……っとと、流石にお腹のガスもカラカラだね。でも、逃げる分にはまだ何とかなりそうかな」
ふら付いた足取りで着地したバレンティアは、もう自身の体力も逃げる分のみという事を直感で察した。とにかく後はもう、逃げるしかない。そう判断しながらも、バレンティアは背後で突っ伏しているライガとカラヴェラを一瞥した。
「悪く思わないで……、今回はアタシ自身が限界だったから……いつもより手荒にしちゃったの。それじゃあね!」
そういうと、バレンティアは自身の脚に力を込めて陸上選手の如く勢いよく駆け抜けようとした。その時である。
「……逃げる前に、その限界だった理由……教えてもらえると助かるな」
「なっ……!?」
背後で男性の声が聞こえ、一瞬バレンティアは振り返る。しかし、そこには姿がなく気付けばその声の主に背後を取られていた。そして、その声の主である誇太郎はバレンティアのふくらはぎ部分に練磨を押し当てていた。
「樋口流剣法、無刀の剣・二式……逆払い」
両腕に渾身の力を込め、ゴルフドライバーを振り上げるような動きで誇太郎はバレンティアを上空に押し上げるのだった。宙に放り投げられたバレンティアはもう放屁による反撃は見込めなかったが、上空に押し上げられたなら上から落ちてくる勢いを利用して蹴りをお見舞いさせてやろう。そう画策していたが――。
「スミレ、今だ!」
「了解!」
誇太郎の声に合わせ、バレンティアが行動を起こすよりも早くスミレが彼女を超えるように上空に現れた。そして反撃の隙を与える間もなく、スミレはバレンティアが仰向けになった瞬間右手で彼女の顔を押さえたまま地面にそのまま急降下していった。
「大丈夫か、スミレ!?」
「……大丈夫、完全に押さえこんだから」
誇太郎を安心させるように言ったスミレは、バレンティアを確実に封じるべく独特な体制で押さえていた。右手で顔を押さえた状態のまま左手で右腕を、右足で左腕を、そして身体術の武器として動く両足はスミレの全体重をかけてしっかりと動かないように。
――動けない……。空腹だから力が入らない……ってのもあるけど、このオーガ娘……アタシに反撃させる暇すら与えないつもりだね。おまけに……この仰向けの状態じゃ、仮にオナラを使えたとしても……直接相手にお見舞いできない。これは……ああ、くっそ……ここまでかぁ。
完全に動きを封じられたことを察したバレンティアは、自身の体力の限界も加味した上で敵わないという事を自覚する他なかった。
「……降参するよ、これじゃあ身動き取れない」
*
戦闘部隊と警備隊の面々が取り囲む中、バレンティアはスミレにがっちりと押さえられ敗北の意思を口にした。そんな彼女を見下ろす誇太郎だが――。
「本当に?」
疑う言動で、バレンティアに尋ねた。
「……疑うの?」
「疑問文には疑問文で返すな。君には悪いが、こちらは油断するつもりも一切ない。この言葉をどう捉えるかは自由だが、行動には気を付けろ。場合によっては、俺の性癖を刺激する君であっても……それ相応の行動をとらせてもらうからな」
「え……性癖って、何それ……」
降伏したことを告げたバレンティアに、誇太郎は注意深く尋ねた。現場に立ち会うのが遅かったとはいえ、一度は取り逃がした相手である以上油断は絶対にしない。その意識の元、誇太郎は多少高圧的でも構わない態度で臨んだ。
「……本当に降参だよ、強いて暴れる隙があるなら……剛瞬脚でもがく位はできるけど」
「できるのかしら、この状態で……」
バレンティアのその一言に、スミレは更に強く押さえ込もうと力を入れる。
「……冗談だよ、そもそもお腹が減って力が入らないもの。体調万全だったら何とかなったけど、流石にこの状態じゃ無理。降参するよ、ただ……」
「ただ、どうした?」
「…………」
何かを言おうとして淀んでしまうバレンティア。それに対し、誇太郎は仰向けになっているバレンティアの元に強引に詰め寄る。
その態度から感じられる視線は、目的のためならば手段を選んでいる場合ではないという意思を感じるほどに強かな色を持っていた。スミレはそんな彼の視線を前に、バレンティアを押さえながらも思わず息を飲んだ。
「言いたいことがあるなら早く言え、言ったろ? お前の行動次第で俺も相応の行動を取ると」
「聞いて……どうするの」
「事情が知りたいだけだ、もしかしたら……助けることもできるかもしれない。少なくとも、さっき君は『限界だったから』と言ったよな? それはつまり、君か君に関する何かが限界を向かえているから……それを解消するためにまた襲撃した、ってことになるよな?」
「……」
「俺が聞きたいのは、その限界だった理由を知りたいんだ。答えてくれるか?」
穏やかに、それでも警戒を強めた語気で誇太郎はバレンティアに尋ねた。自分なりに「危害を加えない」という意図を伝えたはずだが、誇太郎自身これが本当にバレンティアに伝わっているかどうかは自信がなかった。それでも、そう感じてもらうしかない。そんな希望を持って返答を待つ誇太郎に、バレンティアが何か言おうとした。その時である。
「そこまでだ~~!!」
どこからか聞こえてきた声と共に、何者かが勢いよく誇太郎のひざ元にぶつかってきた。その勢いに誇太郎は倒れることはなかったが、直後に今度は棒で殴られた衝撃を膝に受ける。誇太郎は警戒を強め、いったんバレンティアとその攻撃から距離を取った。
攻撃を与えた張本人は、バレンティアをかばうようにして誇太郎の元に立ちはだかった。その姿は何と、まだ人間で換算すると七歳前後の幼い犬の獣人だった。
「ルイス……何でここに……」
「これ以上……バレ姉をいじめるな~~! みんな、他の奴らも押さえ込め~~!」
「「「わああああああああ!!!」」」
獣人の子供が声を張り上げると同時に、今度は彼の仲間であろう子供たちがライガ、スミレ、そしてカラヴェラ達にポカポカとあどけない様子で襲い掛かってきた。しかし、いずれにしても力があるわけではなくダメージにはならないものだった。
それでも、ライガ達は彼らに対して乱暴な真似ができるわけがない。増してや、必死に涙で顔を濡らしながら攻めてくる子供たちの姿勢を前にしたら、そんな非道な真似などできるわけがなかった。
「馬鹿、皆何してんの! 姉ちゃんは大丈夫だから、早く逃げなさい!!」
「嫌だ! 捕まってんのに何で大丈夫なんだよ、バレ姉!?」
「姉ちゃんを放せ、悪党!!」
「そうだそうだ、離せ~!」
バレンティアの叫びにも応じず、子供たちは必死に抵抗を続けた。そんな彼らの姿に、バレンティアは最後の抵抗とばかりに誇太郎に視線を向けて叫んだ。
「そこの……人間! 聞こえる!?」
「俺……のことだよな、何だ?」
「アタシの名はバレンティア、スカンクの獣人だ! さっきアンタが聞こうとしてた『限界だった理由』を話してあげるから……、だから……お願い! この子達には手を出さないで! アタシはどうなったっていい、殺したって構わない! だから……子供たちには手を出さないで!!」
先ほどまでの涼しそうな態度は一変し、バレンティアは声が枯らしながら涙交じりに誇太郎に懇願してきた。そんな彼女に対し、誇太郎は自身の膝を攻撃し続けているルイスと呼ばれた子供の両脇を掴んで抱きかかえた。
「は、離せ~!」
「ルイス! このっ、手を出すなって言って……」
「二人とも、一先ず落ち着け。ルイス君……だったっけ。君にとってそこのお姉さん、バレンティアは……どんな人なんだ?」
「え?」
「素直に言ってほしい、どんな人なんだ?」
一瞬今の状況に戸惑いながらも、ルイスは屈託のない笑顔で答えた。
「すごく頼れるお姉ちゃん! いつも明るくて、美味しいご飯を取ってきてくれて……僕らにとって太陽みたいな感じ!」
「ルイス……」
「太陽、か。素晴らしい評価じゃないか、お姉さん……じゃなかった、バレンティア」
誇太郎は無邪気に語るルイスを一旦地面に下ろし、身体についている汚れを落とすと再び地に付すバレンティアに視線を合わせた。
「こんな風に思っている子供を心配させるなよ、バレンティア。君が子供たちを大事に思っているように、子供たちも同じくらいに大事に思ってるんだから……」
「アンタ……」
「とはいえ、君が我らが領地に危害を及ぼした事実に変わりはない。だからとりあえず。君と子供たちを我が魔王城に連行させてもらう。君たちの沙汰は……フェリシア様が判断するだろう。大丈夫、それまで君たちの安全は俺たち戦闘部隊と警備隊がしっかり守るから。いいな、お前ら?」
「お、おうよ! 俺様達に任せろ!」
「……そうね、流石に私も子供たち相手に乱暴はできないもの。しっかりしたお姉さんもいるなら、尚更ね」
「まあそういうこった、お嬢さん。とりあえずは良かったな」
ライガ達は各々異なる反応を見せるも、バレンティアに対し一先ず敵意を抜いた態度で接した。とはいえ、バレンティアはあくまで襲撃してきた張本人。自由を聞かせないため最低限の拘束として、カラヴェラが即興で自身の骨で作り出した手錠をバレンティアの両手首に着けて戦闘部隊とバレンティア一行は魔王城へと移動を始めるのだった。
――恐らくこのバレンティアは……龍人族の勢力に何かしらの関係があるはず、魔王城で色々聞けたらいいが……。とにもかくにも、最終的な判断はフェリシア様次第……だな。
魔王城に戻った後のことも視野に入れつつ、誇太郎は今後の動向に不安を感じながらともに戻っていくのだった。
いかがでしたでしょうか?
今回もまた楽しめていただければ幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。