表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/153

第19話 異世界流の連絡手段相談と古き強敵との再会

こんばんは。

サブタイがこれで大丈夫か感全開ですが、ご了承ください。

今回も大きな動きはありませんが、過去に戦ったあるキャラが出てきます。

何卒よろしくお願いいたします。

「先の騒動はご苦労だったな、コタロウ」


 午後四時十分前。


 誇太郎は再び図書室に戻っていた。今朝方の指導以降、ライムンドは読書に耽りながら誇太郎の帰還を待っていたとのことらしい。朝からずっと図書室にいて待っていたのかと突っ込みそうになったが、誇太郎は何とかこらえた。


「して、情報はさらってこれたのか?」

「はい、攻城戦に参戦可能な戦闘部隊と警備隊の人数……加えてこちらの情報も」


 そう言って、誇太郎はライムンドが座る机の前に戦闘部隊と警備隊の資料とは別にドサッと紙の資料を置いた。ライムンドは机に置かれた資料を、細い指で丁寧に一枚ずつめくりながら確認していく。頷いたり感心するような相槌を打ちながら資料を見続けていき、戦闘部隊と警備隊の資料を見終え最後の資料に手を付けた。すると、ライムンドは翡翠の瞳をカッと見開いて文字通り目を丸くした。なぜなら――。


「……どこから入手した、三年前の龍人族ドラゴニュートの軍勢の情報を」

「スミレのとこに行ったときに頼んだんです。明日からでもすぐに作戦を練りやすくするためにも、昔の情報でも構わないから敵方の情報も欲しいって」

「なるほど、手際がいいことだな」


 ライムンドにしては珍しく褒めるような口振りに、誇太郎は思わず口角が緩む。が、それも一瞬。ライムンドは「だが」と付け足し、すぐさま厳しい口調で指摘した。


「この情報は当てにしない方がいい、過去の情報は『少なくとも過去はこのくらいいた』程度に留めろ。今と過去は全く異なるのだからな」

「はいっ……」

「……とはいえ、一先ず今日の目標である戦闘部隊と警備隊の人数を把握できたのは良しとしよう。初日にしてはよく頑張ったな、コタロウよ」

「ありがとうございます、ライムンド殿」

「ああ、それともう一つ。お前に大事な話がある」


 次にやるべきことを提示された中、「何だろうか?」と誇太郎は期待半分不安半分でライムンドの発言を待った。


「明日、シャロンがいるであろう地下の魔道具開発室に行ってくれ。作戦に関して、お前に伝えたいことが二つあるそうだ」

「シャロン先生が?」

「行けば分かるだろう、一先ずお前は明日シャロンの元に行ってこい」

「承知しました」


 素直にその命を快諾し、去り際に誇太郎はライムンドに会釈を入れて図書室から去っていった。



 誇太郎が去っていってから、ライムンドはぼそりと呟く。


「……それにしても、先の異臭騒動……気になるな。龍人族ドラゴニュートの手の者か、それとも……」



 翌日、ライムンドの指示通り地下の魔道具開発室と書かれた扉を開いた先には――。


「お待ちしてまーしたよ、コタロウさーん!」


 自信の分身たちと共に炎の属性攻撃型魔法術(マジックスキル)で、シャロンは誇太郎が研究室に入ってくるなり派手に出迎えた。最早シャロンの恒例行事ともいえるような出迎えに、誇太郎も徐々に慣れてきたのか「おお……」と僅かに驚く様子を見せた。そんな彼に、シャロンは不服そうに頬をむくれさせる。


「もっと驚いてくーださいよ、コタロウさーん! リアクション薄いでーすよ!」

「いや……あはは、申し訳ない。流石にちょっと慣れてきた……と言うか」

「なるほーど、それじゃあ今度はもっと面白ーい演出で出迎えるように……」

「違うでしょ……シャロン先生、論点ずらさないで……!」


 そばには警備隊の隊長であるアルバもそばにおり、か細い声でシャロンをたしなめた。細い声ながらも歯に衣着せぬ言動が説得力に拍車を駆けさせている影響か、シャロンは一瞬言葉に詰まりながらも一言平謝りした。


「というか、アルバ殿もいらしたんですね。ここには一体どういった御用で?」

「あ、それはですね……」

「アルバを呼んだのーは、ある魔道具を開発するためなのでっすん! その為にーも、あなたのお力が是非とーも必要なのーで! それがあなたを呼び出した理由なのでっすん、コタロウさーん!」


 自身が言おうとするよりも先にシャロンが前に出てきて、アルバは不服そうに身体をプルプルと震わせていた。そんなアルバをおっかなさそうに誇太郎は一瞥し、割って入ってきたシャロンにその理由を尋ねた。


「そうだ、シャロン先生。昨日ライムンド殿から伺いましたが、俺に二つほど用があると……それは一体?」

「よくぞ聞いてくれまーした! 要件なんでーすが、一つは魔道具開発に関するご相談。もう一つは……ある魔物モンスターの成長度合いについーてでっすん!」

「開発の相談と……魔物モンスターの成長度合い?」

「そうでっすん! 早速ですーが、先ずはご相談かーら。こちらをご覧いただけまーす?」


 「コホン」と間を入れるように、シャロンは咳ばらい混じりに懐からある物を取り出した。それは何と――。


「す、スマホ!?」

「なるほーど、これは『スマホ』と言うんでーすね。勝手ながーら、コタロウさんのお部屋かーら拝借させていただきまーした!」

「いや、本当にそれだけは勝手に持ってかないでください! それで、そのスマホがどうかしたんですか?」

「これって、具体的にはどんなものなんでーすか? 一度フェリシアさーまにもどんなものか分析をお願いしたのでーすが……」

「でーすが?」

「お互いの連絡を可能にする道具とーは理解できたみたいなんでーすが、全部を理解しようとするーと『次元が違い過ぎて説明が難しい』と顔を曇らせちゃいまーして。ならーば、コタロウさんから聞くしかないーと!」

「それで……この道具を『魔道具』として開発するために、連絡に長けた私の魔法術マジックスキルの魔力が必要……とのことで、私も呼び出されたんです。お仕事中に……」

「というこーとで、この『スマホ』とやーらについて教えてくーださい! こちらの世界でも流用させるべーく!」


 ずずいと迫るシャロンにたじろぎながらも、誇太郎は彼女らが言いたいことをおおよそ把握した。シャロンとアルバの意見をまとめると、「お互いの連絡手段を有効に行うためのスマホを開発するためにも、どんなものなのか教えてほしい」という事である。


 ただ、この相談に対し誇太郎は顔をしかめた。というのも――。


「どこから説明すればよいのやら……」

「説明に悩むほど高性能な物なんでーすね! それは開発のしがいがありそうでっすん!」

「いや、本当に高性能なんですよ。ただ……それ故、逆にどこから説明すればいいのか……」


 そう、誇太郎の言う通りスマホと言う端末そのものが高性能すぎるのだ。


 元の世界ではほぼ当たり前にできていた電話やメールといった基本的な機能はもちろん、インターネットという独特の通信手段を基幹として、より世界中の人と言葉を交わさずとも気軽に交流のできる道具としてスマホは発展してきた。それは、元の世界ならではの技術者たちの総力の結晶と評しても過言ではないレベルであった。


 だが、ここは剣と魔法で成り立つ異世界である。スマホと言う高性能端末は存在しないのはもちろん、それを説明しようにも元の世界との文化や歴史などあらゆる面において異なっている。元の世界の「当たり前」が、異世界でも通用するとは限らない。むしろ、通用しないのではないかと誇太郎は思っていた。そんな状況下の中、「スマホについて教えて!」と屈託のない顔で尋ねられても、これにどう素直に答えればいいのか分からなくなってしまったのだった。


「コタロウさん……あの、いいですか?」

「あ、アルバ殿……?」


 悩み心頭の様子を見せる誇太郎に、アルバは気にかけるような声色で話しかけてきた。


「もし、伝えるのに悩んでいるようでしたら……『これだけは外せない』という部分だけ教えてください。最悪……連絡手段としてのみ使えるだけでも、かなり重宝すると思うので……」

「むしろ、連絡手段のみでいいのですか?」

「他にどんな機能が……?」


 尋ねてきたアルバに、誇太郎は今までスマホで用いてきた機能について教授した。連絡手段は肉声を用いる「電話」のみにとどめ、位置情報の特定や調べものなど情報収集においては比類なき性能を発揮するという旨を伝えた。


「他にも音楽を聴いたり娯楽として楽しむ要素もあるのですが、まあそれは戦闘時においては必要ないでしょう。いずれにせよ、はっきり言えることはスマホとは情報収集において最強とも言っても過言じゃないハイスペックな道具と捉えていただければと」

「なるほーど……ふーむ」

「……如何でしょうか、シャロン先生」


 じっくり考えこむシャロンに、誇太郎は様子を伺うように尋ねた。一方シャロンは、誇太郎の情報を基にスマホを自分なりにイメージしていた。その過程で、シャロンはこう尋ねた。


「コタロウさんが言っていた『電話』なるもーのは、どんなものでーしょ?」


 その質問に対し、誇太郎は「電波」というものを介してお互いに連絡を取り合うことができるという事を簡潔に伝えた。ただ、この世界に電波というものがあるかどうかは分からないため似たようなものがあるかどうかシャロンに問うたところ――。


「……残念ながーら、この島にはないとありませーんね」

「やはりか……」


 予想通りの答えが返ってきて、誇太郎は肩を落とした。が、そんな彼の前に今度はアルバが前に出てくる。


「でも……その電波なるものがなくても、私の魔法術マジックスキルの魔力で……似たようなものは作れると思います……」

「本当か、アルバ殿!」

「さっき言ったでしょう……、あなたの世界で言う『スマホ』をこの世界なりに開発するには……私の魔法術マジックスキルである『視聴覚共有』が必要だと……」


 「話を聞いてなかったのか」という圧力を込めながら言うアルバに、誇太郎は謝罪しようとするもどう返せばいいか分からなくなり黙ってしまうほかなかった。


 だがそれはそれとして、連絡手段のみに絞りアルバの「視聴覚共有」の魔力を込めれば異世界なりのスマホを作れるかもしれない。情報共有は戦において一番重要手段、これを効率化できるのは何よりのメリットである。その可能性ができたという事を前に、誇太郎は胸が高鳴った。


「楽しみにしてます、異世界流のスマホの完成を!」

「私と魔道具開発班にお任せあれでっすん! アルバもそれでいいでーすね?」

「あの……、そもそも私……魔道具開発班じゃありません……。警備隊の仕事もあるので、協力するなら……こちらの仕事に差し支えない範囲で……」

「もちろんでっすん! アルバに協力してほしいこーとは、状況に応じて魔力を提供するだけで充分でーすので! そうしてほしい時以外は警備隊のお仕事だけで大丈夫でっすん!」

「それなら……大丈夫……」


 ほっと安堵するように、アルバは一息ついた。


「ではでーはコタロウさーん、次の要件なんでーすが……」

「えっ、これからすぐに行く感じですか!? ちょっと小休止を……」

「何言ってんでーすか、少しでも伝えたいことが……って、あらーら? もうこんなお時間でーすか!」


 夢中に語るシャロン達は、気付けば正午を大きく越した時刻になっていたことに気付いた。


「仕方ないでーすね、一旦お昼休憩にしましょーう!」

「よかった……」

「でーすが、コタロウさん!」

「ふぁいっ!?」


 一息付けると油断した直後、再び迫ってきたシャロンに誇太郎は面食らった表情で間抜けな声を上げてしまった。というのも、一同に複数のシャロンの分身体がこれでもかというほど誇太郎に間近に迫ってきたからである。


「次の要件に関しーて、お昼を取りながーら軽く触れていきますーんで……」

「はい」

「ご飯!」

「はい……」

「一緒に!」

「は……」

「食べましょーう!」


 分身魔法たちに丁寧に一言一句リズミカルに言わせながらシャロンが昼食の誘ってきたのに対し、誇太郎は全身全霊でこう突っ込んだ。


「誘うなら普通に誘えやあああああああああああああああああ!!!」



 所変わって、魔王城内食堂。


 僅か午前中の間とはいえ、誇太郎は早くも疲れたようなため息を付いた。シャロンの明るすぎるテンションに早くも振り回されたという影響も多かったが、大事な相談事でまさか異世界でスマホさながらの通信端末を開発のアイディアを求められるとは思わなかったからだ。


「どーしたんでーすか、コタロウさーん! そんなテンションじゃ、作戦も立てられませーんよ!」

「むしろ……シャロン先生こそ、よくそこまでテンションキープできますよね……。こっちは初めて作戦を立案するから、まだまだ意識しなきゃいけないことが多くて大変です……」

「おやおーや、もしかしてへばっちゃってまーす? 優秀な心力持ってるのーに?」

「煽らんでくださいな、弱音は吐いちゃいますけど……誰も諦めるとは申し上げておりませんよ」


 そう言いながら、誇太郎は目の前にある昼食にがっつく。その瞳は、弱音を吐いた者の目とは思えないほど爛々と輝いた色をしていたのをシャロンはしっかりと見ていた。


「それで……シャロン先生、ある魔物モンスターの成長度合いについてと仰ってましたが……一体どういうことなので?」

「ふっふっふー、結論から言っちゃいまーすね!」


 手元にあるエビフライを一本丸ごと飲み込んでから、シャロンはにやりと笑んで誇太郎に話を持ち掛けた。


「最終課題Ⅰでお相手した上位アークスライム、あなたの戦闘部隊に入れてみませーんか?」

上位アークスライムか、確かにあいつは強かったしありかもしれませ……ちょっと待って、今何と?」

上位アークスライムを戦闘部隊に入れてみませんかと言いまーしたよ!」

「は……ええええええええええええ!??」


 シャロンの口から出た話の内容に、誇太郎も最早恒例行事と言わんばかりのオーバーリアクションで驚愕のあまり後ろに激しくのけぞった。そんな彼のリアクションに、シャロンは面白おかしくケラケラと笑っていた。


「相変わらずナイスリアクションでーすね、シャロロロロ!」

「いや、笑い方の癖強いな先生!! って、そんなこと言ってる場合じゃねえええ! 笑い事じゃないでしょ!? そんな大事なこともっと前に言うべきでしょーが!!」

「びっくりさせた方がいいかーなと思いまーして、黙ってまーした!」

「まーした、じゃねえでしょうがああ!!」


 そのツッコミの咆哮を最後に、誇太郎は息を整えながら座り直して尋ねる。


「……それで、その上位アークスライムを戦闘部隊に入れてみませんかと言うのは……本気で仰っておいでで?」

「もっちろん! コタロウさんも手合わせして感じたかもしれませーんが、実戦に投入しても支障ない実力でーすよ!」

「そうなんですか?」

「おやおーや、実際に手合わせしたのーに疑うんでーすか?」

「いや、実力は疑いようはありませんよ。ただ……あれからそんなに日も経ってないのに、仲良くできるかどうか」

「あー、その心配は無用でーすよ」


 「チッチッ」と人差し指を振りながら、シャロンは続ける。


上位アークスライムはコタロウさんにお会いしたい様子でしたのーで」

「俺にですか?」

「ええ! ですのーで、せっかくならーば一度お会いしてみてもどうでーしょ? もしかしたーら、戦術の幅が広がるかもでーすよ!」

「……そういう事なら」


 手元にある昼食を急いでかき込み、誇太郎は「ふぅ」と一息ついてシャロンに視線を合した。


「案内していただけますか、シャロン先生」

「もちろんでっすん!」


 ちょうどシャロンも自身の昼食を平らげ、二人はそのまま食堂を後にした。



 シャロンに連れられてから、早くも二十分程経過した。城内から離れ、街からもどんどん離れていく。一体どこに連れていくのだろうと誇太郎は思うが、徐々に見覚えのある光景が彼の視界に飛び込んでくる。


「さてーと、ここで少しお待ちくーださいね」


 そう言ってシャロンが連れてきた場所は、かつて誇太郎が上位アークスライムと出会い戦ったスライムの泉であった。泉から漂う独特の心安らぐ香りに心を癒す誇太郎だが、程なくして彼の足元に水たまりが姿を現した。


「……久しぶり、でもないな。シャロン先生の所はどんな感じだ、上位アークスライム?」


 声をかけた誇太郎の元に、水たまりから一気に人型のスライムとして上位アークスライムが姿を現した。


「覚えること多くて大変、でも……楽しい。シャロンが色んな戦い方、教えてくれるから」

「そっか、それは何より」


 言葉遣いも驚くほど流暢になり、初対面の時や最終課題に比べて表情は柔らかく穏やかになっている上位アークスライムに、誇太郎の心も思わず穏やかになる。


「ちなみに、先生が戦い方を教えてくれたって言ってたけど……どんな感じなの?」

「見てて。シャロン、的を出して」

「はいはーい!」


 上位アークスライムの頼みに、シャロンは分身体たちと共にいくつかの火球を泉の真上に浮かばせた。また、分身体が杖を動かす動きに合わせてゆらりゆらりと火球も不規則に動き始める。


 的としてシャロンが出した火球を確認すると、上位アークスライムは誇太郎と戦った時と同様に銃の構えを指で取りながら右腕を前に出した。そして――。


 ドドドドドドドドドンっ!!


 一切のうち漏らしをすることなく、上位アークスライムは宿す五属性のうちの水属性で作った指の弾丸で、全ての火球を一瞬で撃ち落とした。そのスピードは、最終課題時に戦った時よりも素早い動きであり、誇太郎の目でもほとんど追えなかった。


「これほどとは……」

「ね、言ったでーしょ? 実戦に投入しても支障ないーって」

「いや、支障ないどころか強くなり過ぎでしょ!? え、嘘でしょ!? 最後に戦ってからまだほんの数日しか経ってないのに、ここまで強くなるんですか!?」

「……コタロウ、どうしたの……?」


 シャロンに突っ込む最中、誇太郎の剣幕に気を遣って上位アークスライムが心配するように近寄ってきた。


「い、いや……怖いというか、すごいなって。うん、本当だよ。すごい力付けたなーって、シャロン先生と話してたんだよ。あ、あははは」

「うん、力付けた……嬉しい。ありがとう」


 無邪気に喜ぶ上位アークスライムに、誇太郎の心は再び癒された。そんな彼に、分身たちを自身に戻しながらシャロンが提案を確認しに来た。


「いかがでーしょ、コタロウさーん! 上位アークスライムを戦闘部隊に入れてみーては?」

「……ここまで実力を見せられたうえ、頼まれちゃったら……断るわけにもいきませんね。分かりました、是非とも……上位アークスライムを戦闘部隊に配属させていただきます」


 頭を掻きながら、誇太郎は嬉しそうにシャロンの提案を快く受け入れた。そうして喜ぶ誇太郎の姿に、上位アークスライムもまた喜ばしそうに誇太郎を見ていた。


「じゃあ付いてきな、上位アークスラ……」

「……どうしたの?」


 上位アークスライムが首をかしげる中、誇太郎は何かを思うかのように言い淀んだ。


「そういえば、上位アークスライム。お前のこと……どう呼べばいいかな」

「どう……? 普通に上位アークスライムでいいけど……?」

「それはあくまで種としての名前だ、そうじゃない。お前自身をどう名付ければいいかと思ったんだ」

「名前でーすか、いいでーすね! 良ければ私が考えてあげましょーか?」

「ではお願いします、シャロン先生。どんなのがありますか?」


 誇太郎の問いに、シャロンはしばし考える様子を見せてピンと来たように指を鳴らして告げた。


「ジュルジュルちゃん!」

「却下」

「何ででーすか!」

「ドストレート過ぎるし、何よりジュルジュルって名前は流石にかわいそうですよ!」

「仕方ないでーすね、それなーら……プルプル君!」

「いや、だからドストレート過ぎるって! そもそもコイツ男なのか女なのかも不明なのに、君って!!」

「それじゃ、コタロウさんはどんなのがいいと思いまーすか?」

「俺ですか?」


 改めてシャロンに問われると、誇太郎もパッとすぐに名前が思い浮かぶようなことはなかった。


 名づけと言うのは本人の印象を付ける大事なものだと、誇太郎は考えていた。それ故に、安易に適当な名前を付けることはできないと誇太郎は思いつかなかったのだ。


 しかし、このままでは埒が明かない。誇太郎は思いつく限りの想像力を働かせ、上位アークスライムに相応しそうな名前を考えるほかなかった。


――考えろ、考えろ! そもそも上位アークスライムっていうくらいだから、上位ランクのスライム……だよな。そう考えたら上位……から連想できる単語が欲しいな。ハイ……だけだとちょっと足りねーな。他に何かなかったっけか、上位……だけじゃなくて「すごい」とか「偉大」でもいいか。それ関連だと……スペイン語系統でかっこいいのがあったな。確か、「グラン」だったような……あっ。


 「グラン」という単語が出てきた瞬間、誇太郎の中でバシッとイメージが固まった。「グラン(すごい)スライム」と直訳するとあまりにも安易でしかなかったが、咄嗟に思い浮かんだ名前を組み合わせて誇太郎は呟いた。


「……グライム、グライムはいかがでしょうか?」

「何か厳つそうなネーミングでーすね」

「いや、ごめんなさい……ちょっと真面目に考えたんですが思い浮かんだのがこれというか……」

「ではでーは、上位アークスライム。これからグライムと呼びまーすが、このお名前で大丈夫でーすか?」

「グライム……、グライム!」


 上位アークスライム以外の特有の名で呼ばれたことが嬉しかったのか、グライムはスライム状の身体をグネグネと伸びたり縮ませたりして喜びを表現した。やがて、元の姿に戻って誇太郎の元に駆け寄ってくる。


「種族以外の名前で呼ばれたの……嬉しい、自分がここにいる……って感じがして、いい。グライム、あなたの為に……頑張る」

「そう言ってくれると嬉しいよ、グライム。それと……まだ俺の名を伝えてなかったよな、俺は樋口誇太郎ヒグチコタロウ。コタロウって呼んでくれればそれでいい、これからよろしくな。グライム!」


 再び自身の名を呼ばれたグライムは、喜びのあまり身体を文字通りプルプル震わせた。



 所変わって図書室。


 ここでライムンドが作戦を立てているとシャロンから去り際に確認し、誇太郎はグライムと共に図書室へと訪れた。そこには何人かの魔人たちに交じり、一人地図を広げて作戦を立てているライムンドの姿があった。


 そんな熱心に作戦を立てているライムンドの元に横から割って入ってくる形になってしまったが、ライムンドは嫌そうな表情を見せることなく二人を受け入れた。そして、誇太郎はシャロンが自身を呼び出したことについての話を全てライムンドへと伝えた。


「なるほど。『スマホ』とやらの連絡に特化した魔道具開発の相談……そして、上位アークスライムの戦闘部隊への投入。これからの作戦において重要となる要素だな、シャロンが持ち掛けてきた相談というのは」

「はい。少なくとも、アルバ殿の魔力を込めたスマホが開発されれば……情報を共有することに関しては、伝令役のコストカットもできます。それに、上位アークスライム……改めグライムの強さも再確認できました。五つの属性攻撃型の魔法術マジックスキルだけでなく、自身の身体を自在に変化できる特有ペキュリアスキル。これだけでも戦術の幅をより広められます。な、グライム」

「うん……グライム、役に立てる」


 ぐっと握りこぶしを両手に作り、グライムは精一杯張り切る様子をライムンドに示した。健気なグライムの様子に、ライムンドは「フッ」と微笑むような声を漏らした。


「では、コタロウ。いよいよここから本格的に作戦を経てていくぞ、これから暫し付き合え」

「承知しました」

「グライムは明日から戦闘訓練に入ってもらう、来てもらって悪いが……今日は一旦泉に戻って結構だぞ」

「分かった……うん」


 寂しそうな声色で、グライムはとことこと図書室を去っていった。


「コタロウ、こっちに来い。ここにある地図を先ずは見ろ」


 残った誇太郎を、ライムンドは近くに来るよう呼び出した。机に広げられた地図を前に、ライムンドは地図の一部に細い指でトントンと強調するように示した。


「先ず……ここにある山岳部、ここに龍人族ドラゴニュートの砦がある」

「山岳……うっわ、厄介な地形に砦構えてるな……」

「そうだ、お前の言う通り……山岳部は普通に攻め入るだけでもかなりの労力を要する。真正面から挑んだら、先ず返り討ちに遭うであろうな」

「ですよね……」


 それに加えて、こちらの戦闘部隊と匹敵するほどの軍勢が北部に揃っているという事前情報もある。しかも、それはあくまでスミレの情報曰く三年前のものとのこと。火を見るよりも明らかな程に、何かしらの戦力の増強は敵方にも起きているであろう。


 それらを踏まえた上で、誇太郎は力なくライムンドに尋ねた。


「ライムンド殿……、この時点で俺たち勝ち目ないと思うのですが……」

「当前だ、普通に挑めば勝てる訳がない。考えるまでもなかろうが、凡愚が」

「ぐぐぐ……」


 ぐうの音も出ない誇太郎に、ライムンドは叱咤するように続ける。


「この状況を覆すのが、隊長のお前と軍師である俺の仕事なのだよ。勘違いをするな、これはお前一人で作る作戦ではない。俺と、お前の二人で皆を勝利に引っ張っていくのだよ」

「俺と、ライムンド殿で……」

「そうだ。それに、お前には父君から預かってきた書物があるだろう? 向こうの世界の兵法書を持ってきたと、フェリシアから聞いている」

「それは……ええ、俺自身も歴史物の娯楽作品に触れたこともあるので……元ネタはどんな感じなのかなと気になったことがありまして。異世界こちらに移り住むと決めた以上、恐らくそういう知識も必要になるだろうと思い、持ってまいりました」

「ならば話は早い」


 ライムンドは自身の細い指をビシッと誇太郎に突き立てて告げた。


「その兵法書から『都合がよさそうだ』と感じた物を抽出してみるのだ。それを踏まえた上で、俺も策を練っていく。そして、それをお前が最終的に決定するかの判断をしろ。いいな?」

「はい!」

「では早速取り掛かれ、何か目ぼしきものがあったらすぐさま俺に報告しろ」

「承知しました、それでは早速取り掛かります!」


 満を持して誇太郎は、策を練るべく自室にある兵法書を持ってくるべく図書室を去っていった。そんな直向きに向かう誇太郎の姿をライムンドは微笑ましく見守っていた。そんな彼の元に、図書室の受付の人が話しかけてきた。


「あの……盛り上がっているところすみませんが……」

「何だ?」


 尋ね返したライムンドに、受付の人はへりくだった態度で懐中時計を出してあることを告げた。



 程なくして、誇太郎は持ってこれるだけの兵法書を持って図書室に戻ってきた。ところが、図書室は既に閉室の準備を始めていた。そばには地図を片付けているライムンドの姿もある。


「ライムンド殿、今から作戦を経てなくて大丈夫なのですか?」

「あ、ああ……その件なのだが、その……すまん。今日はもう閉室の時間なのでな……、明日から本格的に始めよう」

「え……えええええ!?」

「俺としたことが、時間を把握できていなかった。せっかくのところ悪いが……許せ」

「マジかよぉぉぉ……」


 意気揚々と来たのも一瞬、誇太郎はその場に力なく愕然とするように座り込んでしまった。そんな彼に、ライムンドは気遣うような口振りで言葉を投げる。


「まあ、今日はシャロン関連のことで色々収穫できただろう。これだけでも十分だ、後は明日に向け英気を養っていろ。しっかりとした休養も仕事の一つだからな」

「承知しました、では……また明日よろしくお願いします!」


 ライムンドの答えに誇太郎は元気良く返事を返し、即座にその場を後にしていくのだった。パタパタと慌ただしく去っていく様子を前に、ライムンドは先ほどの微笑みとはうってかわってやや呆れた様子で見守っていた。


「全く……騒々しい奴め、無理だけはしてくれるなよ」



 一方の誇太郎は、自室に向かう途中にもかかわらず心が昂っていた。普段よりも大変なはずなのに、慣れない仕事のはずなのに。それでも心が昂って仕方ない。


 その理由を、誇太郎は無意識のうちに呟いていた。


「ははっ……大変なはずなのに、何でだろう。すっごい……充実してて、楽しいわ」


 その前向きな心は、誇太郎の心力型である「感情色エモーション・カラー」に作用したかはこの時は分からなかった。しかし、一つだけ事実なのはこの多忙な状況でも「楽しい」という前向きな感情が出てきたということ。それだけでも十分な成長として実感しながら、誇太郎は自室へと真っ直ぐ戻っていくのだった。

いかがでしたでしょうか?

次回もまた、楽しみに待っていただければ幸いです。

何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ