第18話 警備隊と謎の臭気
こんにちは。
執筆意欲が回復してきたこともあり、前話の予告通り早めにもう一話投稿することができました。
何卒よろしくお願いいたします。
午後一時。
次に誇太郎が訪れたのは、城内の二階にある一室の前である。木製の扉の看板には、「警備指令室」と丁寧に彫られていた。
「元の世界だと……警備のモニタールームみたいな感じなのかな?」
こちらの世界だとそういう技術はないにしても、いずれにせよここが警備隊の情報をまとめている情報源なのだろう。そう判断した誇太郎は、一呼吸入れて重々しい扉を優しく二度ノックした。すると――。
「うぃいい、どなたっすか~?」
若気の至り全開で酒宴を開く幹事のような陽気な声が返ってきた。対して誇太郎は、いつも通りの礼儀正しい態度で答える。
「戦闘部隊隊長、樋口誇太郎です! どなたかいらっしゃいませんか?」
「ああ~、昨日のオナラ隊長さんっすか!」
――オナラ隊長!? え、何そのあだ名!?
予想外の応答が返ってきて、戸惑っていると――。
「ご用件は何すか~?」
陽気な声の主が再び尋ね返してきた。それに対し、誇太郎は引き続き真摯な態度で応対する。
「そちらの警備隊を任されているアルバ殿にお話を伺いたく、こちらに参りました。アルバ殿はいらっしゃいますか?」
「あ~、了解っす。アルっち~、オナラ隊長さんが呼んでるっすよ!」
扉の向こうで陽気な声があだ名でアルバを呼ぶ声がしてから五秒後、声の主とは対照的な重々しい扉がゆっくりと開かれていく。やがて、人一人が通れるようなサイズまで開かれるとそこには茶色ローブを羽織った深紅の瞳を持つ少女・アルバの姿があった。
「あ……コタロウさん、こんにちは……」
「こんにちは。というより、ほぼ初めましてのような気も……」
「そう……ですね。それで、ご用件は……?」
蚊の羽音の如くか細い声で話すアルバに、誇太郎は警備隊のことについて知りたいと素直に申し出た。対するアルバも快く受け入れ、早速誇太郎を自身の勤務場所である警備指令室へと案内した。すると――。
「ウェエエエエエエイ! オナラ隊長ことコタちゃん隊長来たぜ、ウェエエエイ!」
「いよっ、ようこそ警備指令室ううう!!」
「確かここに来るの初めてだったよね、ねえ?」
「とにかく歓迎だぜ、歓迎! イエエエエエイ!」
入った直後、誇太郎を出迎えてきたのは異様なほどに陽気なテンションで出迎える四人の骸骨のアンデッド兵士達だった。面食らうような明るいテンションに一瞬誇太郎は戸惑うも、すぐさま――。
「こちらこそよろしくお願いします」
と、いつもの丁寧な対応で返す。が、アンデッド兵士達は――。
「ヘイヘイ、暗いテンションはグッバイグッバイ!」
「そうそう、最終課題みてーなイケイケドンドンなテンションで来てくださいよー!」
真面目に返した誇太郎の対応に対しても、フランクで明るい態度で接してきた。その態度はシャロンと同じほどの明るさと言っても過言ではなかった。
一方誇太郎も彼らの明るさに対して鏡のように対応しようと思ったが、初っ端からここまでテンションの高い相手を前に早くも強い疲労感に襲われていた。
――何か疲れるな……このテンション。つーか、不死兵士っていう割には……妙に明るいよな? 何なの、この明るさは! どっから来てんの、この爆発的なテンションは!?
「いい加減にして……! コタロウさんも困ってるよ……!」
「おっと、さーせん」
「アルっちが言うなら大人しく仕事に戻りまーす」
流石にアルバも業を煮やしたのか、か細い声ながらも強かな態度でアンデッド兵士たちを叱り飛ばした。しゅんとなり業務に戻る四体のアンデッド兵士たちを尻目に、アルバは誇太郎に腰を下ろすよう促した。拡声器のような管がいっぱいある部屋の中、アルバも誇太郎に向かい合うように腰を下ろした。
「改めて……自己紹介しますね。私は警備隊の責任者、アルバ……アルバ・マジェンタです。種族はバンシー……妖精です」
「妖精さん?」
疑問視するような声色で、誇太郎はアルバをまじまじと眺める。
「あの……どうかしましたか?」
「あ、いや……申し訳ない。俺の中の妖精さんのイメージって、小さくて羽の生えたタイプが定番だったから……ちょっとイメージとは違うなあって」
「ああ、それで色々見てたんですね……」
何かいやらしい目的でもあったのかと勘繰ったアルバだったが、そんなことはなかったと安心しほっと息を漏らした。それと同時に――。
「んも~、オナラ隊長さんったら~!」
「てっきりエロい目線でアルっち見てたのかと思っちまいましたよ~!」
「話に入ってこないで仕事に集中……!」
茶々を入れてきたアンデッド兵士に喝を入れ、アルバは話を元に戻す。
「確かに……そういう妖精の種族もいますが、私の場合は……ちょっと変わっていて。多分……特有スキルの関係もあるのかなと」
「そうなんですね」
「まあ……特有スキルに関しては今は語る必要はないと思うので、私の魔法術を……教えてあげます。コタロウさん、私の手を……握ってくれますか?」
「……え?」
かざすように手のひらを差し出したアルバに対し、誇太郎は面食らったような気の抜けた声で返した。
「い、いいんですか? 握っちゃって……」
「どういう意味ですか……? まさか、いやらしい意味としてとらえたわけじゃありませんよね……?」
「あっ、いえいえいえ! そういうわけでは決してございませんよ!」
「なら……握ってください、そうしないと実証できませんので……」
やや苛立った様子でアルバは嗜めた。そんな彼女に誇太郎は平謝りしながら、優しく握り返す。
「ありがとうございます……。それじゃ、少しだけ待っててくださいね……」
「分かりました」
誇太郎の返事を確認すると、アルバは静かに瞼を閉じた。そして誇太郎の手を握っていない左手を耳にかざし、誰かと話すように言葉を発するのだった。
「カラヴェラ……今、連絡大丈夫……? うん、ありがとう……。ちょっと私の魔法術を披露したいんだけど、そっちは大丈夫……? うん……、分かった。じゃあ……よろしくね。お待たせしました、コタロウさん……。これが……私の魔法術です」
「どれどれ、どんな感じでしょ……ってうおおおおおおおおおおお!?」
興味津々に吟味しようとした瞬間、誇太郎の視界は警備指令室ではないどこか別の景色が映っていた。広大な海が見えており、バナナの房を携えた木がいくつも見える浜辺が誇太郎の視界にくっきりと映るそれはまるで立体映像体験そのものだった。
「いかがですか……コタロウさん、今……あなたの目には何が映ってますか?」
海辺の光景に感動していると、すかさずアルバの声が誇太郎の耳に響き渡る。それもそのはず、視界のみが別の光景を移しているだけでそれ以外は全て警備指令室にいる状態なのである。アルバの質問に対し、誇太郎は即座に海辺が映っていることを伝えた。
「アルバ殿、これは一体……?」
「私の魔法術、『視聴覚共有』です……。手を触れた相手に、他の人の視界や聴覚を任意で共有させられる能力です……。今は……エナジーバナナを栽培している所にいる、私の部下のカラヴェラの視界のみを見せています……」
「なるほど……視界と聴覚を共有、監視カメラを魔法術で補っているみたいな感じか」
誇太郎のイメージとしては、管制室で様子を見守る警備員が脳裏によぎった。そのイメージを踏まえた上で、誇太郎もすかさず尋ねる。
「この魔法術を使って、アルバ殿は島全体の様子を把握しているという感じでしょうか?」
「はい……その通りです、巡回を任せている部下全員に触れているので……触れた部下全員分の視聴覚を共有できてます……」
「島を巡回している警備隊は、全部でどのくらいいるので?」
「そうですね……大体四百人くらいかと」
「そんなに!? 一人でそんな人数の警備隊の視聴覚を共有しているという事ですか!?」
「そ~んなわけないっしょ、オナラ隊長~!」
驚愕する誇太郎に、沈黙を貫いていた陽気なアンデッド兵士の一人が再び会話に入ってきた。
「アルっち一人じゃ完璧に仕事量オーバーすぎるんで~!」
「俺ら四人も残る警備隊の視聴覚を共有してるんすよ」
「流石にボーっと座ってるわけじゃないからね、僕らも」
「いや、その言い方だと普段から俺たちサボってるみてーな言い方じゃん!」
「えっ……違うの……?」
「「「「違うわ!!!!」」」」
天然なのか本気なのか、ほぼ真顔で尋ねたアルバに四人のアンデッド兵士は一糸乱れぬタイミングで同時に突っ込んだ。そのあまりにも息の合った四人のタイミングに、誇太郎は思わず吹き出してしまった。
「ちなみに……コタロウさん、こちらの警備部隊から出せる戦闘員は……二百五十人くらいです」
「二百五十人……ね、了解しました。ありがとうございます、アルバど……っ!?」
礼を言い終えようとしたその時、誇太郎は言い淀んだ。なぜならば、アルバの「視聴覚共有」によって映っている部下のカラヴェラの視界に、突如爆発するように黄色い煙が天高く上がる光景が飛び込んできたからだった。
そのイレギュラーな光景が飛び込んでくると同時に、視界が激しく揺れ動く。視界の主であるカラヴェラが即座に行動に起こした様子が手に取るように誇太郎にも伝わった。また、その視界は当然誇太郎に魔法術を披露したアルバも見ていた。
「コタロウさん……! すみませんが、今すぐ向かっていただけますか……?」
「承知した、しかし……俺は何をすれば?」
「先ずは……カラヴェラと合流してください、彼は……警備隊の中でも戦闘員としても活躍できる実力があります……。万が一、会敵したら……」
「共に敵を倒してほしいと、分かりました。すぐ向かいます」
そういうと、誇太郎は一目散に警備指令室を後にして現場へと急行していった。
*
練磨と山椒を装備し、誇太郎は万全の状態で現場へと急行していた。その道中で、警備隊指令室から連絡を受けたのかスミレと合流した。
「コタロウ、アルバ殿から連絡は聞いたのよね?」
「もちろん。魔法術を見せてもらっていた最中に、共有先の視界で確認したから……いち早く異変に気付けたんだ」
「そうだったのね」
「ってか、それよりも……」
走りながら、誇太郎は周囲を確認した。どう考えても、どう見てもライガの姿が見えない。
「ライガは!? アイツはどうした!?」
「アイツは来れないわ。城の玄関に出た瞬間、顔をしかめて逃げちゃったもの」
「はあああ!? 何で!!??」
「分からないわよ……うっ」
「どうした?」
「何か……臭わない?」
黄色い煙に近づくにつれ、スミレはあることに気付き始めた。それは煙の出所に近づけば近づくほど、悪臭が強くなっていくことだった。スミレは臭いのきつさに顔をしかめ、鼻をつまみながら走っているため息切れが徐々に激しくなってきていた。
その一方で、誇太郎は鼻をつまむどころか涼しい表情を見せている。そんな彼に、スミレはとうとう居ても立っても居られなくなり尋ねた。
「ねえ……コタロウ、臭くないの?」
「え? ああ、この臭いか?」
「他に何があるのよ、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。というか……この臭い、嗅ぎなれた臭いだな」
「は……はあ!?」
あっけらかんとした顔で「嗅ぎなれた臭い」と言い放った誇太郎に、スミレはドン引きする様子を見せながら立ち止まった。
「嗅ぎなれた臭いって……え、コタロウ……あなた本当に大丈夫なの? 鼻が馬鹿になってない!?」
「いや、本当に大丈夫だって。断言するから」
「断言って……どうしてそこまで言えるの?」
「多分、この臭いだけど……おならじゃないかと思う。ランダムで夜な夜なフェリシア様のおならで癒されたことがあるから、こういう悪臭系統に対してある種の耐性が付いたのかな?」
「耐性って……、どれだけお姐様のおなら嗅いできたのよ……。でも、そういうことなら……ライガが来れない理由も納得できるわね。獣人は嗅覚が優れているから、強い臭いに対しては弱くなってしまうもの」
「獣人にとっては強い悪臭も弱点になりかねないか。とりあえず、先ずは急ごう。悪臭の原因が本当におならかどうか……確認しないことには始まらないしな」
「それもそうね……」
「ただ、スミレ。鼻つまんでるから息苦しいだろ、俺は急ぐけど……お前は無理して急がなくていいよ。呼吸整えてからでも大丈夫だから」
「……分かった、じゃあ……少し一呼吸入れてから向かうわ」
スミレの返答に誇太郎は「気にするな」と一言穏やかに言い残し、一足先に現場へと向かっていった。
*
誇太郎が現場に駆け付けると、警備隊の髑髏のアンデッド兵士達が倒れている住人たちを搬送する様子が目に飛び込んできた。黄色い煙はだいぶ晴れてきたものの、悪臭の残り香は依然として残っていた。
「待ってたよ、隊長さん。しっかし……マスクとかしなくて大丈夫か? 臭くないの?」
「ああ、だいじょう……ぶうううううううううううううううううううう!!??」
気さくな声色で声をかけてきた方角に誇太郎が目を向けると、目玉が飛び出さんとする勢いで驚くリアクションを見せてしまった。誇太郎の視線の先には、全身が黄金に輝く髑髏の剣士が自身に語りかけてきたからであった。しかもただでさえ派手な黄金髑髏の剣士は、更に派手に見せつけるためなのか宝石が埋め込まれた装飾をいくつも身に着けていた。
「もしかして、君が……アルバ殿が言っていたカラヴェラ……か?」
「お、アルっち隊長から聞いてたんだ。嬉しいね、でもよくわかったね?」
「そりゃあ分かるよ、だって……さっき君の視界から騒動を見たからね」
「あ、ああ~! それでか、ギャッハハハハ!」
空洞となっている腹部をさながら本当にあるかのように押さえながら、カラヴェラはからからと笑い飛ばした。それから程なくして、「はぁ」と短く息をついてアルバに言伝する。
「……アルっち隊長、これからコタロウ隊長さんと現場見てきます。『視聴覚共有』はそのままキープでヨロっす」
警備指令室で恐らくそのまま現場の様子を伺っているであろうアルバにそう伝えると、カラヴェラは誇太郎に一緒についてくるよう促した。
程なくしてカラヴェラと誇太郎は、黄色い煙の発生源へと足を踏み入れた。煙の発生源はエナジーバナナの栽培所であり、栽培されているエナジーバナナの多くが奪われた様子がカラヴェラ達の視界に飛び込んできた。当然、それを阻止しようとした栽培者たちは、もれなく黄色い煙の悪臭の餌食となり悶絶しながら警備隊に搬送されていった。
「オイオイ……見てるだけで臭ってきそうだな、まあ……俺は一度死んでるから嗅覚ねーけどね! ギャッハア!」
「何そのアンデッドジョーク……。それよりも、搬送されてった人達……大丈夫だろうか」
「その心配はねーよィ」
誇太郎が搬出者たちの心配をしていると、背後からオークのアロンゾが姿を現した。やはり悪臭対策としてなのか、大きな鼻と口を包み込むようにそれ相応のサイズのマスクが顔を覆いつくしていた。
「アロンゾ殿! 心配はない、というと?」
「オメーさんらが来る前に搬送した奴らの何人かをエリック先生が診たんだが、命に別状はねーみてーでねィ。恐らく、エナジーバナナだけを狙ったつもりだったんだろうが……」
「見つかったからこの悪臭で煙に巻いた……ってわけか、黄色い煙だけに」
カラヴェラが鬼の首を取ったような表情でドヤ顔を決めたが、誇太郎とアロンゾは茫然とした様子で黙り込んでいた。しかし、カラヴェラはめげることなく「ここ、笑うとこっすよ?」というもまたしても二人に無視を決め込まれ、カラヴェラはとうとう膝をついて落胆してしまった。そんな彼を尻目に、アロンゾは誇太郎に意見を求めるような口調で一言呟いた。
「しかしよィ、一体泥棒さんは誰なんだろうねィ。こんな悪臭ばらまいて逃げられるなんてよ……」
「……」
しかし誇太郎は、返事を返さなかった。むしろ、嗅ぎ覚えのある臭いを前にある程度の予測を脳内に張り巡らせていた。
特に一番記憶の引き出しとして思い出そうとしていたのは、かつて自身が小学生時代に好奇心旺盛に見てきた動物図鑑や昆虫図鑑の内容。「悪臭」という攻撃を前に真っ先にイメージが浮かんだのは、動物と昆虫の中にそういう攻撃手段を用いる生物がいるという事を思い出したのだ。
そして、嗅ぎ覚えのある悪臭から更にヒントを凝縮して絞っていくうちにある動物が脳内に思い浮かんだ。しかし、犯人の実像を見ていない以上自らの予想に絶対的な自信を誇太郎は未だに持てていなかった。それに加え、まだ自身にはメインでやらねばならない「戦闘部隊の役目」がある。かといって、この問題も疎かにしてはいけない。それを踏まえた上で、誇太郎はカラヴェラに尋ねた。
「カラヴェラ、ちょっといい?」
「何すか?」
「これから犯人の捜索とかに入る予定とかある?」
「いや、そうしなきゃまずいでしょ。もちろん入れますけど、それがどしたんすか?」
「それなら、頼みがある」
「頼み?」
尋ね返したカラヴェラに、誇太郎は真っ直ぐカラヴェラの空洞の眼球部に視線を合わせて告げた。
「倒れた搬出者から、犯人を見た人がいたかどうか探ってほしい。多かれ少なかれ、倒れる前に犯人を見た人がいると思うから」
「そうっすね……了解しゃーした」
「それともう一つ。犯人の外見で……万が一黒と白の毛皮模様があったら、真っ先に俺を呼んでほしい」
「それは結構っすけど……何でまた?」
「もしかしたら、最悪……俺にしか犯人を押さえられないかもしれない」
「誇太郎にしか押さえられない」という意味にカラヴェラは一瞬疑問に思うが、一先ずそれを了承した。
「そんじゃ、後は俺たち警備隊にお任せあれっすわ。情報が割れ次第、すぐ伝えやすんで」
「おうよィ!」
「うん、お願いね」
そう言い残し、アロンゾと誇太郎は一先ず現場を後にした。その道中で誇太郎達はスミレと合流し、彼女に「後は警備隊に任せよう」と説明しそのまま魔王城へと真っ直ぐ帰還していくのだった。
その道中、誇太郎は悪臭を放った犯人のことが気がかりになっていた。
――間違いない、あの臭い……。カラヴェラに説明した通りの予想通りならば、犯人は……。
表立って説明はできなかったが、誇太郎にはある動物の獣人じゃないかと確信していた。そんな胸中を今はしまい、当初の目的だった「戦闘部隊の人員の把握」と「警備隊から見込める応援の人数」をライムンドに伝えるべく歩を進めるのだった。
*
少女は全速力で駆けていた。
自身の特有スキルで悪臭と共に煙に巻き、敵が悶えている中で自身の身体術を活かし、脚部に力を込めて誰にも追いつけないスピードで無我夢中に黒と白の模様が入った大きな尻尾を揺らしながら、エナジーバナナの栽培所から逃げていた。両腕に沢山の盗んだエナジーバナナを抱えながら。
「ここまで来れば、大丈夫かな」
立ち止まった先から、少女は背後を一瞥した。彼女が放った黄色い煙はほとんど晴れており、その様子を見て少女は息が切れていたこともあり安心するようにため息を付いた。
「悪いことをしちゃったよね……でも、仕方ないことなの……。これもアタシ達の家族を守る為なんだ」
「なーにブツブツ言ってんの、バレンティア?」
少女の名であるバレンティアの名を、また別の女性が声をかけてきた。その声の主は空から現れ、バサバサと背に生えた翼をはためかせて見下すようにバレンティアを見下ろしていた。
外見はバレンティアよりやや年上の二十代前後の若い人間の女性だが、明らかに人間とは違う特徴を持っていた。背後から生やしている翼は爬虫類に見られるザラザラとした鱗でびっしり覆われており、マゼンタ色のショートヘアから見える槍のように伸びた鋭利な角が左右対称に真っすぐ立っていた。
その存在こそ、誇太郎が倒さねばならない「嫌われ者の秘島」の北部を抑える種族、龍人族であった。龍人族の女性は、バレンティアから視線をそらさずに悠然と地面に降り立ち詰め寄ってきた。
「ちゃんと兄様と私たちの分の食糧、取ってきたんでしょうね?」
「……もちろんだよ、ほら」
バレンティアは労いの言葉をかける様子を見せない龍人族の女性に不満そうな態度を見せながらも、盗んだエナジーバナナを手渡した。龍人族はそれを満足そうに受け取り、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「うんうん、今回もしーっかり持ってきてくれたね♪ それじゃ持ってくわね~」
「ちょっと待ちなさいよ、パトリシア! アタシ達の分は!?」
「ん? ああ、そうね。忘れてたわ……はい、ご苦労様」
そっけないセリフで言い放つ龍人族のパトリシアから手渡されたエナジーバナナは、たった一房しか渡されなかった。それを目にしたバレンティアは激昂する。
「ふざけないで! これじゃあ全然足りないよ、あなただってアタシがどれだけの家族を養ってるか知ってるでしょ!?」
「家族……じゃなくて、あなたが拾ってきた七人くらいの孤児でしょ? 放っておけないって理由で拾ってきただけの。これくらいの食糧で困るんなら、そんな子達捨てちゃえばいいのに……アンタも馬鹿だよね~」
「何だと……もっぺん言ってみろ、このクソトカゲ!!」
バレンティアは怒りに任せ、パトリシアに向けて回し蹴りをお見舞いしようとした。すると――。
「いいのかな、私に歯向かって。そーんなことしちゃったら、また兄様が孤児泣かしちゃうかもよ?」
「なっ……!」
勝ち誇るような口調で、パトリシアはバレンティアを脅迫した。その言葉を前に、バレンティアの脳裏には自身が養う孤児の姿が思い浮かんだ。
過去に一度、今回と似たようなケースで食糧の配分が充分でないことに不満を示したバレンティアは、パトリシアの兄であり北部をまとめる龍人族のリーダーに物申した。しかし、そのことをよく思わなかった兄の龍人族は見せしめと言わんばかりに、バレンティアが養う孤児の一人を折檻もとい暴行を加えたのだった。パトリシアもその様子をしかと見ており、釘をさすようにしてバレンティアに警告したのだ。
自身が振るうことによって、パトリシアから兄の龍人族に伝われば再び家族に危害が加えられる。それだけではない、最悪二度と食糧をもらえなくなる危険性もある。
そう考えた瞬間、バレンティアはパトリシアの頬にぶつかる直前で右足を寸止めさせた。歯ぎしりし、悔恨に満ちた表情で強かにパトリシアを睨みつけながら。そんな彼女に、パトリシアも負けじと通告する。
「いい? 分かってると思うけど、本土から逃げてきたアンタら孤児ファミリーをわざわざ入れてやってるだけでもありがたいと思いなよ? いつだって兄様や私はアンタらを追い出してもいいんだからね?」
「……っ」
「用件が済んだなら早く行ってあげなよ、待ってんでしょ? 『お姉ちゃんお腹すいた』ってさああ!」
嫌味全開でそう言いながら、パトリシアは翼を広げて北の方角へと去っていった。
一人残されたバレンティアは、悔しい感情でいっぱいになった。腹の音もそれに呼応するように、空しく空腹を知らせる。悔恨と悲しみのあまり、バレンティアの瞳には涙があふれ零れ落ちそうになった。が、彼女はそれを振り切って面を上げた。
「……しょーがない、一房でも……上手く分ければ皆で食べられるよね」
ぎこちない笑顔と共に、バレンティアもその場を去っていくのだった。自身が抱える、家族の笑顔の為に。
いかがでしたでしょうか?
物語的にはしばらく牛歩な進行になりますが、何卒よろしくお願いいたします。