第167話 ぶち壊せ、調印式。オーガの里奪還戦開幕
こんばんは、遂にオーガの里の奪還をかけた戦いが幕を開けます。
何卒よろしくお願いいたします。
調印式当日の午前六時半。
偉大なる少数派と魔食布教会は、朝食を取りつつ奪還作戦の再確認を行っていた。
開式時刻は午前九時、タイムリミットが迫る中――。
「皆様、今回の目的は主に二つですわ」
フリーデはそう前置きし、概要を告げる。
一つ目は「調印式の破壊」。オダマキが保身に走り、ギーアのマフィアである暴王の嘲笑に売ろうとしている現状。調印式を阻止せねば、その瞬間にオーガの里は暴王の嘲笑の支配下に置かれてしまう。
故に、調印式は派手に凄絶に破壊せねばならない。里を売り渡したオダマキはもちろん、構成員達の手綱を握るナーの命もろともだ。
二つ目は「捕虜の救出」。クロッカス夫妻をはじめ、未だ周辺部族の下位・中位魔人の多くは社に隣接する牢屋に捕らわれている。
スミレにとっては両親の救出、魔食布教会にとっては古くより里を支えてきた周辺部族の救出。ただ里を救うだけではない、奪還した後の復興も重要になる以上周辺部族の力は欠かせないのだ。
その為、今この場にいるグステルという女性狩人を除き、遊牧民族ノマドを周辺部族の集落の警備に付かせた。万一里を襲撃されるようなことがあっても、いつでも迎撃できるようにだ。
そしてメインの編成は次の通り。
「調印式の破壊」にはスミレ、ハッカ、カジミア、バレンティア等偉大なる少数派陣営とグステルが担い、「捕虜の救出」は魔食布教会が行うこととなった。
だが、それを前提とした上でフリーデは警告する。
「里全体は既に厳戒態勢。今はこうして別荘に潜り込む形で里に侵入できましたが、外に出た時点で敵に補足されるものと思ってくださいまし。ですので、社に向かうまでは一旦固まって向かいましょう。その道中で会敵するようでしたら状況に応じた対応を。その為にも……カジミアさん、お頼みした物はできまして?」
「うん、今出すんだな」
促されたカジミアは、懐から四つの球体を取り出す。それは内部で黄土色の煙が漂っている得体の知れない物体だ。
だが、この場にいる一同はその煙が何なのか理解してしまった。
「オイオイ、これってまさかよぉ!?」
エメットが上ずった声を上げると、フリーデは「ええ」と頷いて告げる。
「これは放屁爆弾、バレンティアさんの放屁を凝縮した特注の煙玉ですわ」
フリーデが告げた正体は、とんでもない代物だった。
同時にカジミアとバレンティアも製作過程の苦労を語る。
「いやぁ、バレンティアのオナラに耐えながら作るのは大変だったんだな! 流石スカンク娘様様だな!」
「とは言うけどカジミア、する方も大変なんだよ!? し過ぎてお尻痛くなるし……」
そう、放屁爆弾は里に忍び込む寸前まで、バレンティアとカジミアの二人で作っていたのだ。失神しかねない強烈な悪臭と向き合いながら。
両者とも想像を絶する地獄を味わったことだろう、爆弾の製作過程を察したスミレは同情を禁じ得なかった。
「道理で見覚えのある煙だと思ったわ……」
スミレの動揺は程なくエメット等魔食布教会にも伝播する。
「おぉ……見てるだけで臭ぇな」
「割っちまったら倒れちまいそうだど」
「縁起でもないこと言わないでよ、ワルデン!!」
ルチナのツッコミは尤もなものだ。
放屁爆弾にドン引きを禁じ得ない一同の不安を払拭するように、フリーデは「ご安心を」という前置きと共に放屁爆弾の概要を説明する。
「強い衝撃を与えなければ壊れません。そしてこの放屁爆弾は、用途としては煙玉と同じです。社に辿り着き、調印式が始まる寸前で投げ込んでくださいまし。悪臭と煙幕で敵が混乱している内にナーとオダマキを強襲、並びにクロッカス夫妻と捕虜の救出に入りましょう。ここまでで何か質問は?」
フリーデが質問を促すと、グステルが挙手する。
「ふ、一つ質問。ぶ、爆弾四つ用意する必要は?」
「あ、それアタシも気になってた。一個あれば十分じゃない?」
グステルの疑問にバレンティアも同調する。
その問いに対するフリーデの答えはシンプルだった。
「ふふっ、転ばぬ先の杖は多く用意しておけばいざという時に活躍するものでしてよ? 戦闘を最小限に留めるという点では特にね。悪臭で戦闘不能にしてしまえば、手間が省けますでしょう?」
「ぬ、納得。づ、でも考えただけでも恐ろしい……」
ぶるぶる震えるグステルの反応を最後に、フリーデは告げる。
「以上で確認は終わりです、よろしいですか?」
その問いに対する答えは一つだった。
「ええ、それで行きましょう」
スミレの言葉を筆頭に一同は頷く。
「では皆様、参りましょうか!」
「先導は私が担います!」
フリーデの呼びかけと道案内役として前に出たハッカの言葉を前に、一同は別荘の玄関を開いた。
一方その頃、監視を続けていた櫓の中。
「ん……あれ、別荘から誰か出てきた」
リカード配下の構成員が何かしらの影を捉える。
「えー、通りすがりじゃねーの?」
控えの人間が茶化す中、双眼鏡を握る見張りははっきり告げる。
「いや……、出てきたの魔食布教会のフリーデだ! 写真で見た通りだ、間違いない!」
「マジか!」
「他にもどんどん出てくる、ヤバいぞ!」
「でも何で!? 一体いつ潜り込みやがった!」
「言ってる場合じゃねえ、リカードさん達に報告だ!」
暴王の嘲笑の監視網が、遂に魔食布教会の姿を捉える。
その一方は即座にリカードへ伝わった。彼等も櫓の近くで張り込んでいた、別荘への距離も遠くはない。
「ようやく視認したか、愚図共。一体何を見ていた」
『す、すみません!』
「まあいい、急いで降りてこい。奴等を潰す」
『はいいっ!』
そう言って通話を切り、リカードは側にいるクーノに呼びかける。
「クーノ」
「合点、行きやしょう!」
互いに確認を取り合い、リカード達もまた手下を引き連れて外へと飛び出した。
*
急勾配の坂道をスミレ達はひたすら進む。
先頭を走るのはハッカ。
「皆さん、こっちです!」
社への最短ルートを案内し、ハッカは先陣を切って一同を誘導する。
道は決して走りやすいとは言えず、雪に覆われた坂道は舗装されていても滑りやすい。
全速力で行けば言うまでもなく転倒は避けられない。転倒すればタイムロスは愚か、最悪当たり所が悪ければ死に直結する。
ハッカの誘導するルートはそんな雪道が多かった。
されど、彼女の誘導は的確であり、尚且つ無駄な体力の消耗を防ぐように配慮されていた。その為、一同はほとんどタイムロスすることなく、順調に進んでいき――。
「もう少しです! この登り坂を抜ければ、社に辿り着けます!」
遂に、社まで後一歩の所まで来た。
だが、順調というのは時に予期せぬ事態の前兆である。
坂を上がろうとした瞬間――。
『っっ!!! ハッカ、下がれええっ!!』
人面瘡が不吉な敵意を気取り、声を張り上げた。
その直後、坂の上から四発の弾丸が降り注ぐ。
メンソウの呼びかけのおかげか、スミレは即座に行動に移す。
「危ないっ!!」
「うわあっ!」
ハッカを抱え、急後退したことで難を逃れることに成功した。
だが、まだ終わりではない。
「いい反応だ」
「敵にするには惜しいねええ!」
リカードとクーノが各々の武器を構え、両サイドから襲い掛かってきた。
「いつの間に……!」
スミレは一瞬反応が遅れた、二人の挟撃が間近に迫る。
しかし、その攻撃は――。
「おらよぉおおおっ!!」
「させるかああああああっ!!!」
リカードの呪術烙印槌はエメットの肉切り包丁が、クーノの盾突進はバレンティアの蹴りが食い止めた。
「魔食布教会の料理人、肉切り包丁のエメット……。凄まじいパワーだ、経験し甲斐がある」
「うるせぇ、策士気取り!」
「お嬢ちゃん、通してくんない?」
「できない相談だね!!」
互いに武器をぶつけ合うも、力は拮抗。
埒が明かないと判断した両陣営は距離を取った。
そして両陣営は対峙する。リカード等暴王の嘲笑陣営は、クーノと階段前にいる手下を合わせて六名。社に繋がる階段を阻む番人の如く立ちはだかった。
「魔食布教会、そして偉大なる少数派……。いい腕前だ、そうでなくては面白くない」
嬉々とした様子で、リカードは呪術烙印槌を構え直す。
一方、不俱戴天の仇を前にしたフリーデは自身の心臓が激しく脈打つ感覚に陥った。
――リカード……!!
そして彼女の脳裏に蘇るのは、故郷と両親を薬物漬けにされた忌まわしい記憶。
リカードがもたらした肉体強化薬の実験体にされ、身内同士で食い合う光景を当時のフリーデは眺めることしかできなかった。否、厳密に言えば愛を注いで育ててくれた両親が食い合う光景を見届けることなどできるはずもないと言うべきだろう。無力感に打ちひしがれたフリーデは、逃げるように故郷を捨てることを余儀なくされてしまったのだ。
生まれ故郷を汚染した黒幕が前にいる。
激しく脈打つフリーデの鼓動は、「殺せ殺せ」と彼女の心を駆り立てる。
だがフリーデは――。
「……急いでおりますの、通してくださるかしら」
噴火寸前の怒りを押し殺し、冷徹な睨みで押しとどめた。
今やるべきは、オーガの里を奪還すること。魔食布教会が懇意にしていた里を救うことだ。
すると、リカードも口を開く。
「どうした、フリーデ・アポテーカー。故郷を荒らした仇が目の前にいるぞ、かかってこないのか?」
淡々とした口調で、リカードは醜悪な挑発を飛ばす。
対するフリーデは一瞬怒りが再燃するも、ギリギリ踏みとどまる。
「あなたと戯れている暇はございませんの。もう一度申し上げます、そこを退きなさい」
銃を構え再度警告する。三度目はないという無言の最終通告だ。
だがリカードは、フリーデにとって地雷原になる悪辣な挑発をぶつける。
「ほぉ……ならば貴様の怒りはその程度ということか。無様に死んだ貴様の両親もこれでは浮かばれんな」
リカードの放った言葉はフリーデの亡き両親を侮辱するものだった。
抑え込んでいた激情が今度こそ破裂しようとした、その時だった。
「フリーデっっ!!!」
スミレの叫びがフリーデの耳を突く。それと同時に、余りにも予想外な言葉を口にする。
「私のことは大丈夫だから! あなたはあなたの因縁を払拭して!!」
「スミレさん……!?」
「あなた言ったでしょ? 状況に応じた対応を取れって。私達は先に行くから、あなたは目の前の怨敵を倒しなさい!!」
「ですが……」
作戦よりも己の仇を優先せよというスミレの言葉に、作戦立案者当人のフリーデは困惑を隠せない。しかしその一方で、感謝と逡巡の気持ちも芽生え始めていた。
ここで応じるのは簡単だ、だが感情で動いていい話では断じてない。ましてや今回の作戦の考案者が離れることなどもってのほかだ。
調印式の時間も刻々と迫る中、フリーデの迷いを打ち消したのは――。
「……なら、オイラも残るんだな」
偉大なる少数派の爆弾魔、カジミアの一言だった。
増援の申し出としてはありがたいが、破壊工作に富んだ爆弾魔が残るのは流石にまずい。
「いけません、カジミアさん! あなたは社へ向かうべきですわ!」
「心配いらないんだな、フリーデ! 放屁爆弾の使い方はさっき教えてくれたろ? スミレも覚えているよな?」
「当然、でもあなたが残るとは思わなかったわ。行ける?」
スミレの問いかけに対し――。
「このカジミア・フェットに爆破できないものはないんだな!!」
カジミアは威勢のいい返答を飛ばす。悦に入ったその表情は、戦闘前に心を躍らせる戦闘狂そのものだった。
対して相手の出方を伺っていたリカード等は鼻で笑い飛ばす。
「ほぉ。どうやら俺達に勝つ気でいるぞ、クーノ」
「ええ、ヘソで火山ができちゃいますね!」
リカード達も脅威に感じていない様子だった。
「強気な態度に出るのも結構だが、この数を前にしても同じ態度でいられるか?」
不敵な笑みと共にリカードが指を鳴らす。
すると、社に繋がる階段の両脇から伏兵らしき人影が姿を現した。
現れた人影の姿に――。
「酷い……っ!」
スミレは怒りのあまり歯を食いしばる。
なぜなら、現れた者達は全てオーガの里の者達だったからだ。恐らく彼等はリカードの呪術烙印槌に押印され、操り人形と化されてしまったのだろう。
更に質の悪いことに――。
「ぐぅ……クソッ!」
「身体が勝手に……」
「同胞の子達、魔食布教会の皆さん……すまない!」
「私達の意志じゃないの、逃げて……!」
オーガ達の意識はわざと残されていた。
歯痒い悲鳴を漏らすオーガとは対照的に、リカードは嘲笑気味に告げる。
「知っているぞ、魔食布教会。貴様等がオーガの里を懇意にしていることを。親しい相手を踏み台にする非情さは持ち合わせてはいまい?」
リカードは理解できていた。呪術烙印槌で支配下に置いたオーガは、魔食布教会を牽制する人質にもなり得ることを。
現に魔食布教会は動けずにいる、計略通りの反応にリカードは勝利を確信する。
「安心しろ、最期は親しい友人の手で葬ってやる。殺れ」
その言葉を最後に、オーガ達は苦痛の表情を浮かべながら一斉に襲い掛かってきた。
「やるしかないの……!?」
スミレが歯痒く金砕棒に手をかける中――。
「……安心しましたわ」
フリーデは憑き物が落ちた表情を見せていた。
「フリーデ……?」
「大丈夫です、スミレさん。色々スッキリしましたの」
爽やかな表情でフリーデは続ける。
「リカードが下衆の性根のままでいてくれてよかった。おかげで……心置きなく奴を殺せます。そして何より、バレンティアさん」
「何!? 迎撃しなきゃいけないから手短に言って!!」
「あなたのおかげで……傷つけることなくオーガの方々を止められます。ですので――」
懐から放屁爆弾を取り出しフリーデが叫ぶ。
「総員、ガスマスク着用!!」
フリーデの言葉に従い、スミレ一同がマスクを着用する頃には操られたオーガ達の攻撃が間近に迫っていた。
そして武器が振り下ろされようとする寸前で、フリーデは放屁爆弾を勢い良く地面に叩きつける。
次の瞬間、凶悪な悪臭に満ちた黄土色の煙がぶわあっと広がる。
対策を取っていない敵方に回避する術などない、オーガ達はまともに放屁爆弾の悪臭を食らうこととなる。
「ぐっざああああああああああっ!!!?」
「ぐえぇぇぇ……」
余りの悪臭に息すらまともにできなくなる。オーガ達は苦悶の声を上げて次々と倒れていく。
無論、それはリカード達も例外ではない。
「これが……クーノの言っていたスカンク獣人の力、か。学びにな……ゔぉぇっ」
「じぬうぅううううう……!!」
その場にうずくまり、行動不能を余儀なくされてしまうのだった。
敵方が悪臭に怯む中、フリーデがスミレの隣に立つ。
「スミレさん、報復の機会を与えてくださったこと……改めてお礼申し上げますわ。あなたのお言葉に甘え、リカード達は私とカジミアさんにお任せを」
「分かったわ。あなたの敵討ちが成功することを祈ってるわ」
「そちらこそ、ご武運を!」
互いに武運を祈り合うと、フリーデは残る魔食布教会の面子にも檄を飛ばす。
「あなた達も精一杯サポートしてきなさいまし!」
「おぅ! 任せとけ、お嬢!」
「暴王の嘲笑なんかに里は渡さねぇど!」
「フリーデも無茶しないでね!!」
その言葉を最後に、スミレ達偉大なる少数派とエメット等魔食布教会は階段へと走り出す。
だが、暴王の嘲笑陣営もいつまでも倒れてなどいられない。
「行かせるか……」
「臭くてマフィアが務まるわけないっしょおっ!」
悪臭から復帰したリカードとクーノが、再度スミレ達を強襲しようと動き出す。
無論、それを見逃すフリーデとカジミアではない。
「あなたの相手はっっ!!」
「オイラ達なんだなああああああっ!!!」
ロングナイフを手にしたフリーデがリカードを抑え、カジミアは猛烈なショルダータックルでクーノに突っ込み、そのまま共に高台から落下していった。
一方、スミレは階段前にて悶絶する四人の構成員相手に金砕棒を構える。
「押し通る、そこを退けえっ!!」
気合一閃、スミレが繰り出したのは凄まじい大振りの一撃。
隙だらけの構成員に防げる手立てなどない。
「ぐがあっ!」
「ごぺっ!」
「ぐうううっ!?」
「ぎゃあああっ!」
四人の構成員は等しく、薙ぎ払われて絶命した。
最早遮る者は誰もいない。
「急ぎましょう、皆!!」
スミレ達は己が役目を果たすべく、社へと走っていった。
*
やがて放屁爆弾の煙が晴れる頃。
高台からクーノとカジミアの両名は、整備されていない空地へと落下した。
「あらよっとっ!」
クーノが華麗に回転しながら着地したのに対し――。
「ふんぬっ!!」
カジミアはヒップドロップするような形で、尻で落下の衝撃を受け止めた。
そしてクーノとカジミアは不敵な笑みを浮かべて向かい合う。
「やーれやれ、突き落とすんなら事前に言ってちょーよ」
「身の程を弁えるんだな。そんな優しいことするわけないだろ、お前のようなマフィアに!!」
啖呵を切り合った瞬間、クーノとカジミアの激闘が幕を開ける。
そして、リカードとフリーデとの決闘も始まろうとしていた。
「……そうだよな。親の仇である俺は放っておけまい」
「黙れ」
冷徹な声色でフリーデは至近距離で発砲する。
リカードはその一手を皮一枚で交わし、距離を取って向き直る。
「感謝するぞ、フリーデ。貴様は俺にとって良好な戦闘教材になる」
「それはこちらの台詞ですわ。極上のメインディッシュとして、あなたのお命……頂きます!!」
オーガの里の運命をかけた戦いが始まった瞬間だった。
いかがでしたでしょうか?
今回は色々詰め込んだ内容となりました。
次回からは各々の戦いの場面を記しつつ、進行してまいります。
何卒よろしくお願いいたします。




