第165話 水面下の知略戦は回りくどく移ろう
こんばんは、一週間ぶりの最新話投稿です。
恐らく過去一番回りくどいお話になると思います。
何卒よろしくお願いいたします。
奪還の為に魔食布教会が里を訪れたのは四日前。
事態は正に戦禍の真っ只中。
里を乗っ取った暴王の嘲笑とオダマキ陣営に相対する、クロッカス夫妻率いる反攻勢力による熾烈な内部闘争が繰り広げられていた。
無論、雇い主から里の奪還を命じられたフリーデは必然的にクロッカス夫妻側に付くことになる。その結果、支配下に置かれていた下位・中位魔人の集落を奪還し、残すは暴王の嘲笑とオダマキ陣営のみにまで追い詰めた。
そしてフリーデ達は確実に調印式を打ち砕くべく、来たるべき瞬間に向けて破壊工作を計画立ててきた。
ところが、思わぬ誤算が発生する。
それは昨日に起きた暴王の嘲笑の抱える武闘派が一人、呪術烙印槌師のリカードの手により、クロッカス夫妻の反攻勢力が一人残らず連行されたことだ。
リカードの行動は迅速だった。クロッカス夫妻を連行させ終えると、昨夜の間に周囲の下位・中位魔人集落を再度暴王の嘲笑の支配下に置いたのだ。
幸い、フリーデ達魔食布教会はこの時クロッカス夫妻の元にいなかった為難を逃れることはできた。だが、主だった反攻勢力は今や魔食布教会のみ。戦局は瞬く間に急転直下してしまうのだった。
それでも、フリーデ達に落ち込む暇はない。戦局を立て直すべく、今朝方からぶっ通しで再占領された下位・中位魔人の再奪還を終わらせた。
そして、改めて調印式を打ち砕くべく、一度コボルドの集落に戻って作戦を練り直そうとしたところで、スミレ達との邂逅と追撃してきた構成員を蹴散らして現在に至ることとなったのだ。
*
「以上が、私達魔食布教会の現状です」
シチューで暖を取りながら、フリーデは語り終える。
一方スミレはというと、フリーデの口から予想外の名が飛んできたことに驚きを隠せなかった。
「待って……。フリーデって、クロッカス夫妻の協力者だったの?」
「ええ。それが何か?」
首を傾げるフリーデに、スミレは告げる。
「クロッカス夫妻は……私のパパとママよ」
「あら!」
口に手を当てて驚くフリーデに――。
「おいおいおい、何つー運の巡り合わせだよ!」
エメットも同様のリアクションを見せる。
「繰り返すけど、私は里の奪還の他に……私を捨てた両親との再会も目的なの。でもまさか、フリーデも繋がりがあったなんてね……」
「私も驚きましたわ。ですが……スミレさん、一つ確認させていただきたいことが」
声のトーンをやや落とし、フリーデは真面目な顔つきで問う。
「両親との再会も目的……と仰いましたが、それはなぜまた? あなたを捨てたご両親に、何を求めるおつもりで?」
「……私を捨てた真意を確かめたい、ただそれだけよ」
そう前置きし、スミレは自身の境遇をフリーデ達に打ち明ける。
スミレの壮絶な過去を全て聞き終えた魔食布教会は、言葉を失っていた。
特にルチナに至っては、余りにも悲惨なスミレの過去にすすり泣いていた。
そして、フリーデもまた口を開く。
疑問視する表情と共に。
「……事情は分かりました。ですがそれでも、万が一ご両親の気持ちが急変し……あなたを拒絶することがありましたら……どうなさいます?」
「え……何を言って……」
フリーデの言葉の意味が分からず、スミレは問い返す。
「真実は必ずしも清廉潔白なものではないということですわ。もしかしたら……ご両親はスミレさんを捨てたことに内心ほっとしているかもしれない、むしろあなたが訪れることで……却って心無い言葉を投げてくるかもしれない。そんな残酷な末路を辿ることになっても、あなたは受け入れられますかしら?」
「ちょっと、黙って聞いてれば言い過ぎじゃない!?」
心を抉るようなフリーデの問いかけに、バレンティアが噛みつく。
すると、売り言葉に買い言葉と判断したのか――。
「フリーデに手ェ上げる気なら、オデが許さねど」
ワルデンも怒髪衝天のオーガの如き圧を飛ばす。
そのまま戦闘に突入するかに見えたが、一触即発の状況を止めたのは他でもない。
「……大丈夫、落ち着いて。バレンティア」
スミレ本人だった。
同時に、エメットもワルデンとフリーデにおかわりをよそう形で剣呑な事態に待ったをかけるのだった。
「やめろや、ワルデン。おかわりやるから落ち着け、な?」
「うぃ……」
「お嬢、アンタもだぜ。楽しいランチタイム中に、意地悪な問答すんじゃねーや」
「……失礼。家族絡みのお話でしたから、どうしても尋ねずにはいられなくて」
スミレとエメットの制止を受け、両陣営の武闘派達は大人しく引き下がる。
揉め事の気配が消えたことを確認した上で、エメットが口を開く。
「スミレちゃん、気を悪くしねぇでくれ。お嬢も悪気があって言ってんじゃねーのよ」
「ええ、分かってる。同じようなことを、私のリーダーにも聞かれたもの」
そう言いながら、スミレの脳裏に誇太郎と交わした面談時の記憶が蘇る。
――――――
「両親の真意を確かめたい、か」
遡ること、魔獣季直前のある日。
出向部隊もとい偉大なる少数派への志望動機の確認の為、誇太郎はスミレと向き合っていた。
彼女が掲げる理由は一つ、自身を捨てた両親の真意を確かめること。人魔妖精連合国がオーガの里への接触を予測した上で、スミレは自身の過去と向き合う決意を固めて志願を決意したのだ。
誇太郎も理解はできていた。彼女の壮絶な過去を知る一人として、十分な理由であると断言できるだろう。
だがそれ故に、一つの懸念を誇太郎はスミレに問う。
「……スミレ、今から無神経な質問をするぞ。いいかな?」
「構わないわ、言って」
「万一、万が一だ。ご両親が本心でお前のことを捨てたとしたら……どうする? 苦労して再会を果たしたとしても、望まぬ再会になって最悪の結果を辿るかもしれない。そんなシナリオになっちまっても……耐えられるか?」
信頼する先輩であり、壮絶な過去を知る仲だからこそ誇太郎は老婆心ながら敢えて問う。
それに対し、スミレはやや考える様子を見せるも毅然とした表情で答えを告げる。
「……覚悟はできてる。それに、例えどんな結果になろうと……私は受け入れるわ」
「スミレ……」
「大丈夫よ、コタロウ」
不安げに言葉を漏らす誇太郎に、スミレは穏やかに微笑んだ。
「これは私が決めたこと。何も知らずにのうのうと生きるより、私はどれ程辛い真実でも……それを受け入れて前に進みたいの。これが……私が出向する覚悟であり、志望動機よ」
「……分かった。お前の覚悟、しかと受け取った。必ずご両親と再会しよう、スミレ。そして、失礼な質問をしたこと……すまなかった」
「いいってば。あなたが気になるのも当然よ、でも……ありがとう」
互いに志望動機を確認し、スミレとの面談は幕を閉じた。
――――――
誇太郎に決意を告げた時と同じように、スミレは魔食布教会一行に告げた。
「だから私は……どんな結果が待とうとも、前に進むと決めたの。これが、私の進む道だから」
最後にそう告げたスミレの言葉を受け、フリーデは天を仰いで呟く。
「……強いのですね、スミレさんは。羨ましいですわ」
その時のフリーデの表情は、どこか悲しそうだった。
先の戦闘でも、薬物中毒者の大男と相対した際にフリーデは酷く冷淡な表情を見せたことをスミレは覚えている。
何か関係があるのだろう。気になったスミレが尋ねようとすると、エメットが答え合わせをするように口を開く。
「……実はなスミレちゃん、お嬢は生まれ故郷を薬物漬けにされた過去があんだ。家族も全員薬物に染められ、お嬢は断腸の思いで故郷を捨てるしかなかった」
「何ですって……」
衝撃的なフリーデの過去話に、スミレは言葉を失う。
すると、カジミアも何か心当たりのある様子で会話に入る。
「それってもしかして、九年前に起きた『ツーフルフトの悪夢』のことなんだな? あれは酷い事件だったな……」
「ツーフルフトの悪夢って?」
「昔、ツーフルフトって薬師達の地方都市がギーアにあったんだが……エメットが言った通り、そこが地方丸ごと薬物漬けにされたんだな。暴王の嘲笑の抱える、売人の手によって」
「一体、どんな薬だったの……?」
更なる問いを投げるスミレに、今度はエメットが答える。
「……肉体強化薬さ」
「肉体強化薬?」
「嬢ちゃん達みてぇな魔人さんには分からんだろうが、人間は必ずしも特殊能力を持ち合わせてるわけじゃねぇ。だから、帝国戦線に挑むにせよ……身を守るにせよ、手軽に力を手に入れられる手段が必要だった。その最適解が――」
「肉体強化薬……って訳ね」
スミレの言葉に、エメットは苦い表情で頷く。
「肉体強化薬は一時的に上位魔人レベルの強化を施すもんだ。だが同時に、力に溺れさす猛烈な優越感と依存性をもたらす危険な代物でもある。一度呑まれちまったら……二度と正気には戻れねえ」
「そんな危険物を暴王の嘲笑はばらまいたって言うの……!? 許せない……!!」
悪逆非道な暴王の嘲笑の所業を前に、スミレは怒りで拳を握る。
そして、更なる事実が今度はワルデンの口から飛び出る。
「んで、その元売人は今……里を乗っ取ったメンバーの中にいるんだど」
「何ですって!? じゃあフリーデは、それも知った上でここに――」
と、予想するスミレに対し、当のフリーデは咳払いと共に「違う違う」と否定する。
「今回はあくまで会長の命である里の奪還が目的、私情を挟むつもりはありませんわ」
「いいの? 家族の仇がいるかもしれないのに……」
「チャンスが来ましたら討つまでの話ですわ、ご心配なく」
穏やかに告げるフリーデの表情は、やや明るいものへと戻っていた。
そうしてランチタイムが終わった所で、フリーデは改めて告げる。
「さて、皆様方。今の話も踏まえた上で……改めて本題に入りましょう、私達が立てている奪還計画と相手型の戦力図について」
*
フリーデの情報によると、今回里の襲撃を目論んだ暴王の嘲笑の人間は末端幹部の「ゴリ押しのナー」という構成員。
蛇腹剣を操る武闘派であり、横暴極まりない卑劣漢としても有名な男だ。
ナーがオーガの里を襲撃した理由は一つ、里を制圧して自らの支配下に置こうという短絡的なものだった。
というのも暴王の嘲笑は、人魔妖精連合国が建国宣言すると同時、「連合国がまだ囲っていない種族の集落を制圧した者に、その土地の管理権を与える」という扇動を組織内に広めた。
相手が新興国であることをいいことに、「連合国よりも先に暴力で支配下に置こう」と下っ端連中に与えようとしたのだ。
無論、腕に覚えのある構成員達が断るはずもない。次々と参加し、やがて返り討ちになっていく。
だが、返り討ちになったのは真正面から挑んだ者のみ。上位魔人たるオーガにまともに挑んで勝てる人間などいるわけがない。
そこでナーを始めとした一部構成員は、里を支える下位・中位魔人の集落を落とし、その後に里の主要幹部を襲って危機感を煽って強引に降伏させる手段に打って出た。
結果、現在のような状況に陥ったという。そしてそこから先は、フリーデが最初に語ったクロッカス夫妻との協力による奪還計画に繋がり、夫妻が連行された現在に至る。
「これが現在の敵戦力の情報です」
その言葉と共に、フリーデは里にいる暴王の嘲笑の簡易的な組織図と二人の男の写真を机代わりの切り株に乗せる。
「今回の作戦に参加した構成員は総勢百名程度。まあ、周辺部族の集落戦と先の戦いで撃滅した者を削減すれば……大方四~五十名程度ですわね」
「それでも……人数差は向こうの方が上、なのね」
真剣に戦力図を見つめるスミレに対し、フリーデは「ご心配なく」と告げる。
「先程見せていただいた皆様の実力ならば、この程度恐れるに足りませんわ。むしろ面倒なのは……この紫髪の青年、リカード・ドイヒゲーエン」
そうしてフリーデは、紫ウルフカットの目付きの悪い青年の写真を指差す。
「彼の操る呪術烙印槌は絶対に食らってはいけません。烙印を押されれば、一瞬にしてリカードの操り人形にされてしまいますわ」
「うへぇ……聞くからに厄介そうな奴じゃん」
面倒くさそうに舌を出して、バレンティアがぼやく。
すると、フリーデは眉根を寄せて一つの真実を告げる。
「そして、リカードは……先程申しあげた肉体強化薬の売人です」
「えっ、この男が……!?」
予期せぬフリーデの告白に、スミレは驚きを隠せない。
まさか、フリーデの不俱戴天の敵が今回の敵陣営にいるなど誰が予想できようか。
だが、当のフリーデは至って冷静だった。
「慌てなくて結構ですわ。繰り返しますが、今回のメインは里の奪還。リカードではありません。とはいえ、この男がいる以上……クロッカス夫妻を始めとしたオーガの方々は呪術烙印槌の支配下に置かれた可能性がありますわ。スミレさんの勝利条件としては、ご夫妻の解放も視野に入れておりますよね?」
「ええ、その通りよ。後、連合国の今後を考えて……オーガの人間は極力傷つけないようにも言われてる」
そう答えたスミレの言葉に、フリーデは「なるほど」と相槌を打って顎に手をやる。
「……とすると、やはり……あの手法が良さそうですわね」
「何かいい案があるのね、フリーデ?」
「一つございますが、それは後程説明いたしますわ。そして、今回の首謀者である『ゴリ押しのナー』という男が……この者です」
心底不快そうな面持ちで、フリーデはでっぷりと太ったスキンヘッドの男の写真を指差した。
「ナーの異名であるゴリ押し戦法は、得物の蛇腹剣を用いて圧倒的な手数で押し切ることから来ています。威力、射程距離、いずれも油断できません。そして何より、上位魔人たるオーガを篭絡させた狡猾さもあります。何か卑劣な手段も持ち合わせているかもしれません、くれぐれも気を付けて」
「ありがとう。それにしても……一体これだけの情報、どうやって調べたの?」
相手の戦力図を徹底的に調べ尽くしたフリーデの情報力は、圧倒的と言わざるを得ない。
故にスミレは気になって仕方なかった、彼女がどのようにして情報を仕入れたのか。
対するフリーデは、さも当然と言った様子で答える。
「それは他でもありません、オーガの里は魔獣季の活動拠点として懇意にしていたからですわ。別荘も最近購入した今となっては、少々不躾な物言いになってしまいますが……オーガの里は私達にとって庭のようなもの。その手の情報は、手に取るように把握できますわ」
「道理で……流石過ぎるわよ」
「しかも別荘持ちって凄すぎない!?」
「更に申し上げれば、別荘直通のポータブル転移門も持ち合わせてます。その気になれば、隠密行動に徹した作戦も展開できましてよ」
フリーデは武力や情報力だけでなく、財力も確たるものだった。その事実に驚愕するスミレとバレンティアだったが、カジミアはさも当然と言った様子で頷いていた。
「まあ、エッセン商会に何度も貢献してる身なら納得なんだな」
「ふふっ、お褒めに預かりましてよ」
カジミアの言葉にフリーデが鼻を鳴らす一方、ずっと黙っていたノマド族長のルイーサが口を開く。
「……待った。転移門があんのは別にいいが、別荘直通はまずいだろ」
「えっ、何でさ?」
疑問符を浮かべるバレンティアに、ルイーサは答える。
「里の連中に別荘の住所握られてんじゃねーのってことだよ。もしそうなら、敵さんにマークされてんじゃないか?」
ルイーサの鋭い指摘に対し、フリーデは致し方なしと言った様子でため息を付く。
「それは想定済みですわ。敵も愚か者ばかりではありません。遅かれ早かれ、私達の動向は別荘の位置も含めて想定されていても致し方ないでしょう」
淡々と、フリーデは今後の敵の予測を口にするのだった。
*
時は遡り、バレンティアが大放屁をかました直後のこと。
里内にある見晴らしのいい櫓の中で、青髪メンズミディアムヘアーの青年が双眼鏡を覗いている。
彼が見据えるは、暴王の嘲笑構成員と魔食布教会達の戦闘だ。
結果は完膚なきまでに暴王の嘲笑が惨敗し、トドメに周囲一帯が黄土色に染まる程の大放屁で戦闘は終了。
滑稽な幕引きを見届けた青年は、心底面白そうに声を上げる。
「おいおいおい、何つー終わり方だよ!」
青年は即座に櫓を降り、一目散にある場所へと向かう。
それはオーガの里の中枢部である荘厳な社、そして訪れるや否やとある部屋のふすまをスパーンッと開ける。
「どうも、リカードさん! あなたの頼れるエージェント、クーノの最新情報ですよ~!」
クーノと名乗る青年の前にいる男、それは呪術烙印槌師のリカード・ドイヒゲーエンだ。
「何事だ、クーノ。魔食布教会の討滅はどうなった」
「いやぁ、駄目ですね! やっぱ寄せ集めの下っ端連中じゃ、あの武闘派小隊は倒せませんって」
「ちっ、無能共が。賢く動けば勝てるものを」
「全くです、あの三十人は正に犬死にですね。ハハハ!」
「それで……クーノ、最新情報とは何だ? 討滅失敗の報告のみではなかろう?」
「ご名答♪」
陽気に返しながら、クーノは本題に入る。
「厄介な援軍が魔食布教会側に加わりました」
「援軍だと……詳しく聞かせろ」
真剣に耳を傾けるリカードに、クーノは自身が見たままの情報を打ち明ける。
「ノマドにスカンク獣人、それに加えて戦狂いの猫のカジミアまで。まさかとは思うが……人魔妖精連合国か」
「お、リカードさん相変わらずお鋭い。もしかして、人材募集宣言の配信見ました?」
「無論だ。新興国の勃興という未曾有の事態を把握せぬなど愚の骨頂、知っておいて損はない」
「流石のご慧眼!」
調子よく太鼓を持つクーノに、リカードは「ところで」と前置きしてギラリと目を光らせる。
「カジミアとスカンク獣人がいたと聞いたが……その中にはオーガの女もいなかったか?」
「ありゃ、そこまで把握してんですか。ええ、いましたよ。青髪ショートの可愛い女の子ですね」
「……やはりな。ならば今回増援に駆け付けたのは他でもない、連合国の自警団――偉大なる少数派だ。大方、オーガの危機を聞き付けて急遽駆け付けた……という所か」
「げ、マジっすか。どうします? このままギーアに帰ります? リカードさん的にはもう目的果たし終わってますもんね?」
首を傾げて動向を伺うクーノに、リカードは淡々と告げる。
「……いや、このまますんなり帰るのも面白くない。オーガの情報は取れたが、申し訳程度の働きはすべきだ。クーノ、魔食布教会がこうも迅速に動けるのは……里内に独自の拠点があるからだと俺は踏んでいる。例えば、別荘……とかな。どう思う?」
「流石の洞察力です! そういうと思いまして、支配下に置いたオーガの一人を脅して、別荘の場所特定しときました!」
「有能、やはり貴様のような部下が事態を好転させてくれる。直ちに部隊編成を整えろ、俺はこれからナーとオダマキに状況を伝えてくる」
「かしこまりっ!」
爽やかに敬礼し、クーノはその場を後にする。同時にリカードも先手を打つべく、部屋を出るのだった。
「魔食布教会、首を洗って待っていろ……」
*
「……と言った具合で、敵が動く可能性は充分考えられます。ルイーサさんのご指摘通り、奴等が別荘をマークしていた場合……隠密行動はできなくなるでしょうね」
「あの別荘……オデ気に入ってたのに、残念だど」
「いや、問題そこじゃないでしょ!」
フリーデの予測にしょぼくれるワルデンと対照的に、ルチナは焦った様子で声を上げる。
「どーすんのよ! これじゃあ正面突破にせよ隠密行動にせよ、リスクしかないじゃない!」
ルチナの指摘は尤もだった。ただでさえ調印式を明日に控えた現状、相手が何の対策もせず傍観するわけがない。監視体制の強化はもちろん、血眼になって魔食布教会を捜索することは目に見えている。何より、別荘まで特定されれば、秘密裏に実行する一手も打てなくなる。正に八方塞がりとも言えるだろう。
だが、それでもフリーデは――。
「ご心配なく、ルチナさん」
蠱惑的な微笑みで、動揺一つなくそう答えたのだ。
「相手に筒抜けならば、いっそ奴等を誘い込んでしまえばいいのですよ。それこそ、正面突破にせよ……隠密行動にせよ、ね」
「無茶よ! まだ敵は五十人も構成員がいるんだよ! クロッカス夫妻の陣営も奪われたし、私達だけじゃ――」
「ええ、魔食布教会だけならね。ですが今は……クロッカス夫妻の代わりに、スミレさん達が加わりました。そうでしょう?」
「あっ……」
フリーデの指摘に、ルチナはハッと我に返る。
「彼女等の情報は多くは伝わっていないはず、把握されたとしても精々存在を掴めた程度。加えて、調印式を明日に控えた今……相手側も迂闊な追撃を控えるはず。ですので、今のうちに全力で作戦を練り直しますわよ。素晴らしい文化で満ちた、オーガの里を取り戻す為に。いかがでしょう、皆様方!」
フリーデの呼びかけに、一同の答えは決まっていた。
「ええ、やりましょう! フリーデ!」
「任せるんだな!!」
「ガツンと蹴り飛ばしてやろう!」
偉大なる少数派を始め――。
「ま、アンタ等の当初の計画を知れなかったのは気になるが……練り直しは大事だ。そん時に説明してもらうよ」
ルイーサも渋面ながらも賛同する。
その言葉に、フリーデは「すみませんわね」と断った上でこう返す。
「これから新たな計画を立てる以上、わざわざ当初の計画を話すのは時間の無駄だと思いましてね」
「ならせめて、正面突破か隠密行動……元々どっちで行くつもりだったのかは教えてくれよ。それ次第じゃ、私等も意見出しやすくなる」
「承知しましたわ。当初の予定では、正面突破重視で考えてました。ですが、もうこの手筈は中止に致します。今となっては、別荘経由の隠密行動の方が意表を突きやすいでしょう。万一特定されていたとしても、我々の実力ならば十分突破できますわ。その為には――」
そう前置きすると、フリーデは意外な人物の名を上げる。
「カジミアさん」
「ん、オイラ?」
「そして、バレンティアさん」
「アタシ?」
そう、戦狂いの猫の爆弾魔カジミアとスカンク娘のバレンティアだ。
「あなた方のお力が、カギを握ることになります。調印式をかき乱すだけでなく、敵兵をも攪乱し……支配下に置かれたオーガの方々をも無力化できる。最適の方法が!」
「言ってみてほしいんだな」
カジミアに促され、フリーデは新たな作戦を告げる。
その詳細は正しく、二人の特技にしか実現できない奇策だった。
*
時は過ぎ、夕方五時後半。
偉大なる少数派一行と魔食布教会が作戦会議に勤しむ中、暴王の嘲笑陣営にも動きが見られた。
「愚図愚鈍、無価値能無し、役立たず!!!!」
リカードは苛立ちを隠すことなく、廊下をずかずかと歩く。
理由は他でもない、魔食布教会の別荘を特定できたにもかかわらずそこの襲撃並びに占拠を提案するも、翌日の調印式を最優先された為に却下されたからだ。
曰く二人の主張は以下の通りだ。
オーガ族長、オダマキは――。
「雑魚同然の反攻勢力なぞほっとけ! クロッカス共を鎮めた今、恐れる者は何もねえ!」
クロッカス夫妻を無力化した時点で慢心していた。
ナーもオダマキの意見と同じく、無駄に追い回すよりも調印式の防衛を固めた方がいいとのことだった。
だが、リカードからすれば慢心以外の何物でもない。折角相手の戦力を徹底的に潰せる準備が整っているにもかかわらず、みすみす見逃すなど愚の骨頂極まりない。
やがてリカードは、側近であるクーノにもこの話を伝えた。
「えー、マジすか! 折角作ったのに……」
「すまんな、作った編成は白紙に戻せ。だが、最低限の代替案は呑ませた。数人のみ拠点の監視に回せ」
「抜かりないねぇ、了解です」
「奴等の影を掴み次第、俺とお前で潰すぞ。いいな?」
「合点承知!」
可能な限りの策を弄し、リカードは一人とある場所へと向かう。
そこは囚人や反乱分子を幽閉しておく、地下牢獄。社の地下に位置するそこは、暖房がない故か途轍もなく冷え込んでいる。
そんな牢獄を歩くこと数分、リカードは一人の囚人の前で止まる。
「まだ生きているな、クロッカス」
リカードが訪れた牢は意外にも、反乱分子筆頭のクロッカスだった。
「……おやおや、俺達を捕らえた武闘派さん。何の御用かな?」
「取引だ、よく聞くがいい」
「聞きたくないなぁ、どうせ碌なもんじゃないだろう」
シニカルに笑うクロッカスだったが、直後リカードの告げる言葉は彼の予想に反するものだった。
「……ここから出してやると言ってもか?」
「何……!?」
衝撃的すぎるリカードの言葉に、クロッカスは耳を疑わざるを得ない。
リカードの内に秘める真意は一体何なのか。
いかがでしたでしょうか?
次回はリカードの真意を問う所から始まります。
何卒よろしくお願いいたします。




