第16話 先ずは情報を把握すべし
こんばんは。
今回はかなり短めです。
何卒よろしくお願いいたします。
最終課題のⅠとⅡの総評と龍人族の砦への攻城戦が告げられた翌日。
誇太郎は攻城戦の準備を立てるため、七千人近くもいる大部隊をまとめるべく行動を始めていた。
先ず誇太郎は、前夜自室に来たライムンドから「城内の図書室に来るように」と告げられていた。というのも、彼は「武士」としては即戦力として動けるものの「指揮官」としては完全に未経験の状態だった。
そんな彼に「指揮官」としての振る舞いや部隊を動かすことの知識を一から教えるべく、ライムンドは作戦の準備期間の初日に誇太郎を呼び出した。彼自身もフェリシアの元でブレーンを担当しているため、これ以上に適任なものはいなかった。誇太郎は一番頼りになる存在から教えられることに期待を込め、図書室でライムンドの到着を待っていた。
「……早く来すぎたかな」
現時刻は朝の八時半。昨夜告げられたライムンドからの集合時間は、9時半と告げられていた。しかし、元の世界での生活で「遅刻だけは絶対にしない」という自分なりのルールを築いていた誇太郎にとっては、余裕をもって行動することを第一優先として実行していた。その結果、こうして誰もいない早朝の図書館に一人ぽつんと待つこととなっていたのだった。
だが、思った以上に早く来すぎた感覚が誇太郎の心の中で芽生え始めていた。それに加えて、図書室という静寂な空間はどことなく心を引き締まらせる。その感覚は、初日から緊張感に浮足立っている誇太郎の心境を更に慌ただしくさせていた。一度心を落ち着かせようと、席を立ったその時――。
「……早いな、来るのが。いつからここにいたのだよ」
静かに扉を開ける音とともに、ライムンドが姿を現したのだった。
「おはようございます。そうですね……八時にはもうここにおりました」
「早すぎるわ、時間ギリギリに来てもよかろうに」
「いえ……それだと遅刻しかねないかと」
「一分か二分程度の遅刻など気にする方がおかしいのだよ。とにかく、すぐには始められん。適当に時間でも潰してろ」
意外にも大らかにたしなめられ、誇太郎は目を丸くした。
元の世界は遅刻にすごく厳しかったが、フェリシア達の中ではそうでもないのだろうか。
そんな風に思いながら、誇太郎は一先ずライムンドの準備ができるまで図書室をぐるりと一周してみるのだった。
それから程なくして、ライムンドによる「指揮官講座」が始まるのだった。誇太郎が早く来すぎたという事もあり、予定よりも三十分早めて始まることとなった。
「では、始めるぞ」
「よろしくお願いいたします」
座席についた状態で、誇太郎は礼儀正しく一礼した。
「先ず初めに……コタロウよ、お前は戦において何が大事だと思う?」
「何が……ですか。うーむ……」
ライムンドの質問に対し、誇太郎はいくつか脳内に候補を思い浮かべる。
――シンプルに軍勢の数? いや、余りにもシンプル過ぎるか。じゃあ、作戦? 裏をかくのも見逃せないし……。兵站……は、作戦に含まれるか? うーん、待って……ちょっと待ってえええええ……。
三分程考える様子を見せたが、誇太郎は渋い顔で答えるほかなかった。
「駄目だ……いくつか候補はあるんですが、どれが正解か……」
「下らん御託を抜かすなと昨日言ったばかりよな? いいから素直に思ったことを口にしろ」
冷徹な声色でライムンドがたしなめたのを前にし、誇太郎は冷や汗交じりに固唾を飲んだ。そして、「下手したら大目玉を食ってしまうかもしれない」という慎重な姿勢で誇太郎は答えた。
「……軍勢の総数、でしょうか?」
「正解……と言いたいが、もっとシンプルに考えてみよ」
誇太郎の答えに対し、ライムンドは一瞬花を持たせるようにして返答した。しかし、今度は誇太郎は答えることはできなかった。
「……分からんか」
「申し訳ありません、分からないです。正解は一体……?」
「そうか……分からんかったか。仕方ない、なら答え合わせといこう」
咳払い混じりに、ライムンドは最初に出した質問の答えを告げた。
「先に答えた『軍勢の総数』は正解ではあるが、それはあくまで『兵士』目線での答えだ。『指揮官』として俺がお前に出してほしかった答えは……『情報』だ」
「『情報』……ですか?」
「言っていることに釈然としていないようだが、何も難しく考える必要はない。例えば……コタロウ、お前がこの世界に来た時……先ず何を知ろうとした? 重ねて言うが、難しく考えずにシンプルに答えろ」
ライムンドの言う通り、今度の質問に対しては誇太郎は素直に思ったことを口に出して告げる。
「この世界の成り立ちとか……、我々の組織図とか……?」
「そうよな。これから自身が属す組織がどういったものか、知りたくなるのは必然よな」
「ええ……ああ、なるほど。そういうことか……?」
何かに気付いた誇太郎は、再び素直な気持ちでライムンドに尋ねる。
「最初の質問で『軍勢の総数』と申し上げても完全な正解じゃなかったのは、それは『断片的な情報』でしかない……から?」
「……その通り。何だ、考えればできるではないか」
翡翠の瞳がやや穏やかな目つきになるも、即座に鋭い目に戻らせてライムンドは続ける。
「『軍勢の総数』を意識するのも大事だが、指揮官として戦場を見るならばそれだけでどうにかできるほど戦というのは単純ではない。
自軍にはどういった種族たちがいるのか、そやつらはどう動くのか、兵站は間に合っているのか。そして、敵勢はどういったものなのか……。
それら一つ一つの情報を明確にしつつ、指揮官は戦を攻略していかねばならない」
「一つ一つの情報……確かに」
「というわけでだ、コタロウ。お前が先ずやるべきことは、お前が率いる戦闘部隊について改めて確認するのだよ」
「確認……と言っても、ライガとスミレのことは最終課題に繋がる課題の時にある程度……」
「ある程度で済ますな、凡愚が」
ライムンドは再び冷徹な声色で、誇太郎を一喝した。
「お前が把握すべき情報は、自軍の戦力の『全ての情報』だ。ライガとスミレの特有スキルや身体術はもちろん、奴らが率いる部隊全体の情報……そして我が弟子であるアルバが率いるアンデッド兵士共の情報も把握しろ。
それらを把握したら、もう一度俺の元に来い。いいな?」
「承知しました!」
快活な声で、誇太郎は大きく返事を返した。しかし――。
「声がでかすぎるのだよ。ここがどこか忘れたか、阿呆が」
ライムンドの指摘を受け誇太郎は図書室にいることを思い出し、自身の声が大きく反響してしまったことを前に思わず恥ずかしくなってしまった。そんな彼に、ライムンドは呆れた様子でため息を付いた。
「……しっかりするのだよ、戦闘部隊隊長殿」
「面目ない、ライムンド殿……」
申し訳なさそうに、誇太郎は謝った。
「それと……もう一つ。これから部隊を率いる以上、いい加減及び腰な態度はやめろ。お前の最大の欠点は、実力があるにも関わらず異常なほどに自身を卑下に見ていることだ」
「や、やめた方がよろしい……のでしょうか?」
「当たり前だ。ライガとスミレのように親しい間柄のみであれば構わんが、お前はこれから七千もの部隊を率いる存在となる。そんな存在が及び腰だと、部下から反逆を食らうこともあり得るぞ?
『あいつは腰が低いから少し言えばどうにでもなる』、そういう風に認識する奴は必ずいるのだから」
「……とはいっても、今まで自分は控えめだったことも多かったので。どうすればよろしいのでしょうか」
「控えめだろうが何だろうが知ったことか。いいか? もう一度言うぞ、お前は……戦闘部隊隊長の『樋口誇太郎』。実力は少なくとも一般兵士よりも二回り以上あるのだから、堂々と胸を張って対応すればよいのだよ」
卑下な態度の誇太郎を、厳しい言動だがどこか温かい声色でライムンドは激励の言葉をかけた。
「では、改めて確認しよう。お前がこれからやるべきことは何だ?」
「自軍の情報を……先ずは見極める、当日攻め込む人員がどうなっているかの情報も含めて。いかがでしょうか?」
「……それでよい、先ずはそこから確認をするのだよ。では、行ってこい」
「行ってまいります!」
敬礼をライムンドに向け、誇太郎は意気揚々とした態度で図書室を後にした。
いかがでしたでしょうか?
今後しばらくの間展開される「作戦の準備期間」は、今回のお話のように短めの文章中心で行こうと考えております。
何卒よろしくお願いいたします。