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第14話 VS暴君ゴブリン 後編

更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

今回はちょっと突拍子もない展開になっているかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします。

「……」


 誇太郎は対峙した巨漢の討伐対象、暴君タイラントゴブリンを目の当たりにして顔をしかめた。その理由は至ってシンプルだった。水浴びや風呂に入るという習慣がないのか、暴君タイラントゴブリンから発せられる悪臭が洞窟内に充満していたからである。


 「嫌われ者の秘島」の入浴事情としては、魔王城の関連者に至っては城内に風呂場が用意されており、民の方に至ってもフェリシアの管理下にあれば専用の入浴施設が完備されている。しかし、暴君タイラントゴブリンのようにフェリシアの管理下以外の方ではそう言った文化は根付いていない。それを含めても「せめて水浴びぐらいはするのでは?」と感じる方もいるかもしれないが、野良ゴブリンや暴君タイラントゴブリンにはそれすらもなかったのだ。それ故に、洞窟内では絶えず暴君タイラントゴブリンの悪臭が広がっているのだった。


 その悪臭を前に、誇太郎はただ不快感に苛まれるだけでなくある苛立ちも感じ始めた。それは彼の性癖にも絡むとある理由からなのだが、一先ずは伏せておこう。とにもかくにも、暴君タイラントゴブリンを前に誇太郎は思わず呟いた。


「斬りたくねぇ……」


 討伐対象を斬りたくなくなった拒絶反応、それは上位アークスライムの時の情けをかけた時のような気持ちからではない。ただ単に、愛刀の練磨レンマを不潔感極まりない暴君タイラントゴブリンの血で汚したくないという個人的な気持ちからだった。かといって、最終課題として定められている以上絶対に無下にするわけにはいかない。そして何より幹部や仲間達、間近で見守るスミレや主であるフェリシアが自身の実力を見測っているのだ。そんな彼及び彼女らのことを思い出し、誇太郎は胸に宿る不快感を押し殺し暴君タイラントゴブリンを睨みつけた。


「……フェリシアの命により、お命頂戴(つかまつ)る」


 強かに前面を見据え、誇太郎は練磨レンマを構えるのだった。



 久しぶりに心を押し殺したことにより、誇太郎の胸に宿る心力の「忍耐」が反応した。苛立ちの感情を彼の気付かぬ所で、秘めたるエネルギーとして貯めたのだった。それを誇太郎自身が知るのは間もなくのこととなる。


 一方、暴君タイラントゴブリンも対峙してからついに行動に出始めた。大きく振りかぶった右腕で、先ずは勢いよく前面に拳を振り下ろしてきた。勢いこそあれど、その一撃は回避するのに苦労することはなく誇太郎はひょいっと少し歩幅をずらす程度でかわした。直撃は免れたが、地面に拳が触れたことによる衝撃が誇太郎の顔に暴君タイラントゴブリンの体臭と共に降りかかる。悪臭に更なる苛立ちが募る中、誇太郎はその拳の破壊力を前に一つ確信を得た。


――まともに食らうのは命取りだな……。


 更に連続で二度、三度暴君タイラントゴブリンが殴りつけてくるが、いずれも大振りである一方地面に小規模のクレーターが生まれるほどの破壊力を誇っていた。そして、四度目の攻撃。今度は攻撃をかわした直後、誇太郎は黒鉄自由彦くろがねみゆひこ戦式せんしきを反映させて暴君タイラントゴブリンの腹部に一太刀お見舞いさせた。しかし、その攻撃はダメージとして届かずむしろその分厚い脂肪にはじき返されてしまうのだった。


――あの分厚い脂肪で攻撃すら碌に入らないと来たかよ……。


 弾かれた後も何度か攻撃を試みたが、いずれもかすかな斬り傷を残すのみで暴君タイラントゴブリンの分厚い脂肪の前に刃が深く通ることはなかった。このまま何度も試みた所で埒が明かないことは明白だった。そんな事実を前に、誇太郎はある賭けに臨もうとしていた。


「試してみるか……、自由彦のあの無茶苦茶なカウンター攻撃」


 戦式せんしきに反映させたモデルの剣士である黒鉄自由彦くろがねみゆひこのある動きを反映させるべく、誇太郎は攻撃を迎え撃つ構えを取ってその場に立ち止まった。自身がもう一段階強くなるために、今ここで達成する必要があるからであった。誇太郎は覚悟を決めて、暴君タイラントゴブリンと対峙する。


 一方、暴君タイラントゴブリンも攻撃を中々当てられず苛立ちを募らせていた。そしてとうとうしびれを切らしたのか、自身が椅子代わりに使っていた大木を大きな両手で軽々と持ち上げた。大木を持った暴君タイラントゴブリンは、自身を軸として大きく回りながら扇風機の如く大木を振り回してきた。大木のリーチの長さは、密閉空間の洞窟内において回避を怠れば直撃は確実な程の長さとなっていた。加えて暴君タイラントゴブリンの遠心力を加えた力が加わり、ますます破壊力を増している。


 そんな攻撃を前に、誇太郎は受け止めるべくしかと向き合ったが――。


――駄目だ、この攻撃は……受け止められない。


 強力な遠心力から生まれた破壊力は、誇太郎に回避の選択を選ばせるほかなかった。まともに食らってしまったら甘く見積もっても全身骨折、最悪亡骸すら残らないレベルの破壊力を前に誇太郎はひたすら回避し続ける。やがて暴君タイラントゴブリンは攻撃の反動で目を回して、その場に尻もちをついてしまった。


――隙あり!


 そう確信した誇太郎は、「脱兎ダット」で高速移動しながら暴君タイラントゴブリンの右脚を斬りつけた。それにより、暴君タイラントゴブリンの足の踏ん張りを半分奪うことに成功した。


 しかし、暴君タイラントゴブリンは大して動揺する様子も見せずにすぐさま反撃に乗り出した。痛む右脚に構うことなく前に踏み出し、手にしている大木を後ろ側に構えた。そのまま両腕に力を込めて、地面をえぐりながらソフトボールを投げるような動作で下からの薙ぎ払いを暴君タイラントゴブリンは試みた。


――来た……!この一撃だ!!


 一方、誇太郎は暴君タイラントゴブリンのその一撃に自ら突撃して練磨レンマで受け止めた。しかし、先ほどの大ぶりな攻撃を目の当たりにしていた通りこの一撃はとても受け止められるものではなく、一瞬受け止めるもののすぐさま攻撃の勢いに押され始める。やがて暴君タイラントゴブリンの攻撃は誇太郎の抵抗を飲みこみ、そのまま彼をすくい上げるように強烈な一撃をお見舞いさせるのだった。その一撃に誇太郎は受け止められず、その身を宙に吹き飛ばされてしまう。背後には洞窟の天井が迫ってきており、今にも衝突は免れない様子だった。


 しかし、そんな状況下の中でも誇太郎は戸惑う表情を見せるどころか待ってましたと言わんばかりにはつらつとした表情で壁が迫るのを待っていた。そして、壁が間近に近づいた瞬間誇太郎は全ての力を足元に集中させて壁を踏みしめた。暴君タイラントゴブリンに吹き飛ばされた勢いもあってか、それに抵抗するたびに足全体にズキズキと痛みがほとばしっていく。しかし、彼は耐えた。その痛みに耐え、黒鉄自由彦のカウンター攻撃を我流で編み出すために。


「行くぞ……!」


 自分に、そして対峙する暴君タイラントゴブリンに言い聞かせるように誇太郎は痛みを振り切りありったけの力を込めて壁を勢いよく蹴飛ばした。地上で放つ「脱兎ダット」よりも勢いのあるその動きは、遠目から見守るスミレには誇太郎と共に討伐任務に勤しんだホーンラビットの動きに映って見えた。誇太郎は更にその勢いに乗りながら、身体全体を翻すように回転を加える。回転の速度は勢いに乗りながら、より激しさを増していき暴君タイラントゴブリンが行った攻撃以上の凄まじい回転を見せていく。見るだけで相当な威力を生むと判断したのか、先ほどまで力任せの戦い方だった暴君タイラントゴブリンも防御を取るように大木を構えた。


 暴君タイラントゴブリンに迫る中、誇太郎は黒鉄自由彦になり切るように静かに目を閉じて呟く。


「黒鉄流剣術……反撃の型……」


 やがて、誇太郎が暴君タイラントゴブリンに迫った瞬間、満を持して咆哮する。


「乱れ車!!!」


 凄まじい回転から生じた遠心力による斬撃が、暴君タイラントゴブリンの大木を一刀両断する。その一撃の勢いはそれだけで止まず、そのまま暴君タイラントゴブリンの身体にまで到達した。更に、「乱れ車」による一撃は先ほど誇太郎が試行錯誤の過程で与えた微かな切り傷に反応し、「乱れ車」がヒットしたのと同時にブシュッという音と血と共に一気に暴君タイラントゴブリンの傷口を広げる相乗効果を見せたのだった。


 強大な一撃と連鎖的に広がるダメージを前に、暴君タイラントゴブリンもたまらず膝をついて息を荒くする。明らかに瀕死の一歩手前であることは、火を見るよりも明らかであった。


「一気に行くぞ、オラあああああ!!」


 誇太郎はその隙を見逃さず、さらなる追撃を暴君タイラントゴブリンにお見舞いさせる。特に傷口が広がった部位を主に狙い、さらなる疲弊を暴君タイラントゴブリンに促させるべく集中攻撃を続けていく。


 しかし、暴君タイラントゴブリンもまだまだしぶとく足搔く様子を見せた。耳がつんざくような咆哮を放ち、暴君タイラントゴブリンは傷つく身体を引きずりながら誇太郎に背を向けて奥へ奥へと退避していく。


「逃がすか!!」


 当然、誇太郎は止めを刺すべく追撃を開始する。虫の息の暴君に止めを刺すべく、誇太郎は逃がすわけにはいかなかった。



「いいぞー、行け行けー! 逃がすんじゃねーぞー、コタロウー!!」


 噴水スクリーンに映る誇太郎の活躍を、ライガは城内から明るい声援を送る。野良ゴブリンの戦いからずっと優勢なこの状況、ライガは微塵にも不安に思うことなく暴君タイラントゴブリンを討伐できるだろうと踏んでいた。しかし、近くで見守るオークのアロンゾはやや不安げな表情で見守っていた。


「大丈夫かねィ、奴さん」

「あー? んだよ、どうしたんだアロンゾさんー?」

「いやな、暴君タイラントゴブリン追い詰めてんのはいいんだよィ。ただ、暴君タイラントゴブリンには……もう一つ切り札があるんだよ。コタロウはそれに気づいてんのかなあ、って思ったんだよィ」

「切り札ー? 一体何なんだよ、そいつはー?」


 無邪気に詰め寄るライガに対し、アロンゾは――。


「すまん、忘れちまったィ」


 カラッとした声色であっさりと告げてしまった。対してライガは「なんだよー!」と半ば不服そうに食ってかかってくるが、アロンゾは「悪い悪い」と朗らかに笑いながら軽くあしらっていた。



 そんな城内のメンツが見守る中、誇太郎は野良ゴブリンの時と同様洞窟の突き当りにまで暴君タイラントゴブリンを追い込んだ。暴君タイラントゴブリンも息を荒くし、いかにも瀕死寸前と言わんばかりに誇太郎を見下ろしていた。


「もう逃げられんぞ、観念しろ!」


――あれ……、これ……何かデジャヴな気がするぞ……?


 そう思った誇太郎だが、別に気のせいではなく殆ど野良ゴブリンの時と同じシチュエーションに陥っていた。ただ唯一違う状況になるとしたら、これから起こる出来事によるものになるだろう。そうなることを、誇太郎は今はまだ理解していなかった。


「覚悟!」


 止めを刺すべく、真正面から暴君タイラントゴブリンに向けて突撃した。すると、暴君タイラントゴブリンはくるりと背後を向いて猫背になった。そして力を溜めているのか怯えているのか、プルプルと震える様子を見せていた。だが、たとえ怯えていようが誇太郎はもう躊躇うことはなかった。いざ練磨レンマ暴君タイラントゴブリンの背に迫ろうとした次の瞬間――。


 ぼぶうううっ!!


 暴君タイラントゴブリンの下半身から、汚らしい破裂音が洞窟内に響き渡った。直後、暴君タイラントゴブリンの体臭とはまた別の強烈な悪臭が辺り一帯に広がっていく。その音と悪臭は、誇太郎にとって最も聞きなれた音と嗅ぎ慣れている臭いであった。無理もない、フェリシアに付いていこうと思ったきっかけの物を今敵方から攻撃として食らってしまったのだから。つまるところ、誇太郎は暴君タイラントゴブリンによる放屁攻撃を真正面から食らってしまったのだ。


「……っ!」


 臭いによるものかその予想外過ぎる攻撃によるものか、放屁攻撃を食らった瞬間誇太郎は電源を落としたパソコンのようにその場にフリーズしてしまった。振りかざそうとしていた練磨レンマも地に落とし、茫然自失とした状態でその場に止まってしまう。そんな様子を前に、見守っていたスミレも悪臭に怯まず鏡を持ったまま彼の名を呼んだ。


「こ……コタロウ、何してるのよ……! そんなところで止まってたら……」


 スミレが危惧した通り、傷だらけの体を起こした暴君タイラントゴブリンが再び大木を手にしていた。そしてそのまま、棒立ちになっている誇太郎目掛け容赦なく大木が振り下ろされてしまうのだった。



「うげえええ! あんな攻撃ありかよおお!」


 城内で見守るライガは、暴君タイラントゴブリンが放屁攻撃を放った様子を見て呆気に取られてしまっていた。そんな彼とは裏腹に、アロンゾは何かを思い出したように指を鳴らしてライガの肩を叩いた。


「そうだそうだ、今思い出したぜィ。暴君タイラントゴブリンの切り札!」

「ああ?今思い出したのかー!? って、まさか……!?」

「おうよ、そのまさかよィ。あの屁ぶっこき攻撃が、暴君タイラントゴブリンの切り札なんだよィ」


 まさかの答えに、ライガは色々な意味で言葉を失った。あんぐりと口を開けた状態で呆気に取られるライガに、アロンゾは首をかしげる。


「そんな驚くことかィ?」

「い……いや、てっきりよー。俺様はあの巨体とかが武器だから通じねーってのが売りなのかなって考えてたら、まさかの屁かよー……」

「ぐっははは! お前ら獣人にはきっつい攻撃かもな、鼻が敏感だから食らったら致命的だろィ?」

「いや……それもそうなんだがよー、コタロウそのものも大丈夫かなって」

「あ? どういうこったィ?」


 ライガに返答を求めたその時――。


「そりゃあ簡単、あたしのおならが好きな物好きだからだよ」


 先ほどロッサーナ達の元にいたフェリシアが、今度はアロンゾとライガの元へと割って入ってきた。


「げえっ、フェリシア!?」

「おお、フェリシア様。そうなんですかィ、あの人間? フェリシア様の屁が好きって?」

「ニッヒヒ、そうなんだよ! 普通皆嫌がるはずなのに、アイツは好きなんだってよ! 面白ェよな?」

「確かに変わり者が集まるこの連中の中でも特に変わってますねィ! ……ん? するってぇと、ちょっと待ってくだせぇや。コタロウは、フェリシア様の屁が好き……なんですよねィ?」

「そうなるな」

「ほいじゃあ、フェリシア様の屁に耐えられるくらいなら……暴君タイラントゴブリンの攻撃なんて何ともねーんじゃ……」


 と、アロンゾが噴水スクリーンに目を移したその時。暴君タイラントゴブリンが誇太郎に大木を振り下ろす場面が、今正に映し出されてしまうのだった。


「こ……コタロウおおおおおおおおおお!!!」

「騒ぐな、ライガ」


 動揺するライガの顔面に、フェリシアは黙らせるように尻を押し付けた。放屁をする予定はなかったが、ライガにとっては有効な牽制になるため一先ずはこれで静かになるのは時間がかからなかった。やがてライガが落ち着いたのと同時に、フェリシアは画面の向こうにいるスミレに声をかけた。


「スミレ! コタロウはどうなってる?」



「げほっげほっ……お、お姐様……!」


 暴君タイラントゴブリンの放屁にむせながら、スミレは何とか鏡から聞こえてきたフェリシアの声に気付く。


『つーかお前も大丈夫か、スミレ?』

「私は何とか……。えっと、コタロウですよね……そうだ、コタロウ! 大丈夫!?」


 透かさずスミレは暴君タイラントゴブリンが振り下ろした方に目を向け、再度誇太郎の名を呼ぶ。しかし、返事がない。「まさか」と思い不安になるスミレだったが、周囲に充満する臭気と砂煙が晴れた先にはしっかりと練磨レンマで大木を受け止める誇太郎の姿が現れた、攻撃を受け止めその場を凌いでいた誇太郎の姿を確認できたことにより、スミレは安堵の息を漏らした。


「コタロウ、聞こえる!? 大丈夫!?」


 そのまま、彼の身を案じもう一度確認を取った。だが、それでも返事はなかった。そんな状況を城内にも伝えるべく、スミレは手にしている鏡を誇太郎の方へと向けた。


「お姐様……見えますか? 一応、攻撃そのものは防いでるみたいですけど……呼びかけが一切ありませんわ」



「呼びかけがないって……一体なんでなんだよー!」

『分からないわよ、でも……気絶はしてないと思う。だって……あれを見て』


 噴水スクリーンの向こうで、暴君タイラントゴブリンの攻撃を無言でいなし続ける誇太郎を見てスミレは自身の考えを告げた。


『とてもあれが気絶しているようには思えないわ』

「じゃあ、何でコタロウはダンマリなんだよー!」

『だから……それが分からないから、何とも言えないのよ』



 ライガ達が言い争う中、誇太郎は「柔軟な肉体(フレキシビリティ)」に自動的に攻撃を弾くイメージを反映させて攻撃を凌いでいた。というのも、そのイメージ以外は先ほどの攻撃を受けたことについてとにかく思考回路をフル回転させていたからだ。ほぼ無意識状態で「柔軟な肉体(フレキシビリティ)」に攻撃の対応を任せながら、誇太郎は暴君タイラントゴブリンの放屁攻撃を認めたくない一心で混沌とした感情を抱いていた。


――待て……待ってくれ、さっきの攻撃……あれは何かの間違いか?


 誇太郎は考えたくなかった。自身の性癖であるものを、好まぬ形で食らったことを。異性であれば喜べたものを、あろうことか暴君タイラントゴブリンから食らってしまうとは。とにもかくにも、考えたくなかった。しかし――。


――いや、間違いじゃないよな? アイツは……間違いなく、俺に屁をぶっかけたんだよな……? そうなんだよな!?


 醜悪なモンスターに屁を嗅がされた。その事実が誇太郎の脳内に広がっていくうち、彼の理性が音を立てて崩れ去っていく。ただでさえ、洞窟内は暴君タイラントゴブリンの身体から放たれる悪臭によって苛立ちが募っていた。そんな誇太郎の苛立ちがとうとう限界を向かえてしまうのは、そう時間がかからなかった。


――ふざけるな。


 彼の怒りが頂点に達し、その一言が脳内によぎった瞬間。無意識で発動していた「忍耐」の心力が解き放たれ、新たな心力が誇太郎の胸中に宿るのだった。そして、その力は猛烈な勢いで誇太郎の心を暴走させていくことになる。



 暴君タイラントゴブリンは、焦りを感じ始めていた。追い詰められたこともそうなのだが、何より最後っ屁として食らわせた放屁攻撃を食らわせてもなお、敵である誇太郎は倒れずただただ淡々と攻撃をあしらっているのだから。暴君タイラントゴブリンの心境も、いよいよ限界を向かえていた。


――これでくたばりやがれ!


 大木を両腕で掴み、渾身の力を込めて暴君タイラントゴブリンは勢いよく誇太郎に振り下ろした。これで終わる、敵は潰れて終わりだ。暴君タイラントゴブリンが確信をもってそう思った瞬間、大木はピタリと静かに止まった。


「……?」


 思わず疑問に思い、大木を戻そうと引っ張る。だが、大木はびくともしなかった。怪訝に思った暴君タイラントゴブリンは大木の下にいる誇太郎をちらりと見たその時、暴君タイラントゴブリンは悍ましいほどの殺気を感じ大木を放り出して思わず尻もちをついてしまった。


 なぜなら、彼の視線の先には真っ赤に目を血走らせて暴君タイラントゴブリンを睨みつける誇太郎の姿があったのだから。先ほどまでとは違う、悍ましい視線に暴君タイラントゴブリンは一瞬後ずさりした。すると、誇太郎は一気に彼に間合いを詰めて腹部に練磨レンマを深々と刺し貫かせた。先ほどまで刃を碌に通らせなかった分厚い脂肪をすり抜けるほどの力に、暴君タイラントゴブリンは驚きを隠せなかった。


――何が起きている!?


 そう思った暴君タイラントゴブリンの前に、誇太郎の怒号が洞窟内に響き渡る。


「テメェ……ふざけんじゃねーぞ、ゴルァ!!!」


 誇太郎は刺し貫かせた練磨レンマで、暴君タイラントゴブリンの腹部を思いっきりえぐるように斬りつけた。暴君タイラントゴブリンが痛みに耐えかねて叫ぶ中、誇太郎は馬乗りになって激しく斬り刻んでいく。


「よくも……、よくもこの俺にあんな攻撃かましやがって……! こんな攻撃で俺を止められると思っとんのか、ボケが!! テメェのような野郎の屁が一番嫌いなんだよ!! 分かってんのか、このクソ野郎が!!」


 普段の誇太郎の口調からは考えられないような、暴力的かつ苛烈な口調と斬りっぷり。暴走とも取れる彼の様子を目の当たりにした城内の面々は、最初こそ暴君タイラントゴブリンを押し倒し一気に優勢になった様子を見て盛り上がっていたが、今の一方的な戦況になっているさまは流石に喜べるようなものとはとても言えなかった。


「お……オイオイ、やりすぎじゃねーかー……コタロウ?」


 凄惨な攻撃を続ける誇太郎の姿に、ライガはか細くなだめるようにして呟いた。彼の動揺は他の幹部たちにも広がっており、アルバに至っては涙目でガタガタと怯える様子すら見せていた。その中で、ライムンドだけは腕を組みながら翡翠の瞳でただ一人無言で静かに見つめていた。



 そして、誇太郎が暴走してからわずか一分強。暴君タイラントゴブリンは原形をとどめぬ程にズタズタに斬られ、一切の抵抗もできぬまま一方的に絶命した。しかし、それでも誇太郎は追撃の手を止めることはない。暴君タイラントゴブリンの原形が徐々に崩れていってもなお、誇太郎の暴走は更に拍車がかかり収まる様子を見せなかった。


「……スミレ!」


 そんな状況下の中、フェリシアは強かな声色でスミレの名を呼んだ。魔鏡から聞こえてきた声に、スミレは即座にその意図を察した。


――誇太郎を止めるんだ。


 本来の目的である「暴君タイラントゴブリンの討伐」は既に達成されている。これ以上の戦闘は必要なく、何より誇太郎自身が暴走を抑えきれていない様子がはっきりと見て取れていた。増してや、「戦闘時に抱いた感情次第で強くなる心力型の魔法術マジックスキル」を与えたフェリシアだからこそ、その強さと反動もよく知っていた。だからこそ、今すぐ止めるよう課題監督を任せたスミレに頼んだのだった。


 そして、誇太郎を止めなければと思っていたのはスミレも同様だった。暴君タイラントゴブリンだった肉塊をひたすら切り刻むのを止めない姿を見るのが、辛くなって仕方なかった。共に討伐課題を手伝ったあの日、自身の身体術フィジカルスキルを見つめ直させるきっかけをくれた友の暴走する姿などこれ以上見たくなかったのだ。その一心で、スミレは右手で手刀を作り一心不乱に暴走する誇太郎の背後に迫った。


「いい加減……落ち着きなさいっ!!」


 ズパンッ!


 スミレの手刀が誇太郎の首に炸裂し、誇太郎は一瞬静止する。やがて力が抜けたのか練磨レンマを握っていた右手が刀を落とすと同時に、誇太郎はくぐもった声と共に肉塊の上で膝をつきそのまま眠るようにして倒れてしまった。


「コタロウ……」


 肉塊の上で気絶した誇太郎を見て、スミレは先ほどの光景を思い返してしまった。素直で尚且つ好奇心が強いながらも、どこか遠慮がちな彼の姿とは全然違う暴力的なあの姿。魔人であるオーガ族であるスミレから見ても、思わず恐怖を感じてしまうほどだった。


「お姐様……、コタロウを鎮めました」

『おう、こっちもしっかり見てた。息はあるよな?』

「問題ありません。ちなみに、最終課題Ⅱの達成の有無は……」

『そりゃあ、達成したってことでいいだろ! 現に暴君タイラントゴブリンはぶっ倒されたんだからな!』

「……そうですよね、よかった」

『スミレ』


 色々と戸惑う様子が伺えるスミレの声色に、フェリシアは気付いていた。


『コタロウのことは、最後の最終課題のことも含めて明日改めて説明する。もちろん、これは魔王城内の奴ら全員に伝えるつもりだ。でも、これだけははっきり言っておく。今はあんなだが、いずれ皆を引っ張っていけるだけの力を与えた。害になるようなことは絶対にないし、奴自身もそんなつもりはない。それだけは信じろ』

「……分かりました。では、これからコタロウを連れて城内に戻ります」


 その一言を最後に、スミレは魔鏡を背負い誇太郎を抱えて洞窟を後にした。



 スミレの発言を最後に、噴水スクリーンの映像も途絶えた。城内は既に最後の誇太郎の様子で話題がもちきりになっていた。


「何か……怖くなかった?」

「人が変わったような感じだったよね」

暴君タイラントゴブリンのおなら嗅がされてから……だったよな」

「あれが未来の戦闘部隊隊長って、怒らせたらああなるのかしら……」

「大丈夫……よね?」


 誇太郎に対して戸惑いや恐れを見せる声が増えていた。しかし、その一方で――。


「でも、身体術フィジカルスキルを軽々使いこなしてたのも事実じゃん?」

「ゴブリンの軍勢を物ともしてなかったのは、強くて頼れそうだし」

「最終課題Ⅰの時も真正面から上位アークスライムの攻撃受けたりしてたし、結構根性あるくね?」

「うん、身体術フィジカルスキルの強さは認めてーな」

魔法術マジックスキルも与えられてるって言ってたけど、そこの所の情報欲しいぜ」


 身体術フィジカルスキルの強さを素直に評価する面々の声もあった。それらの声を全て耳にしながら、ライムンドはフェリシアの元に移動した。


「……フェリシア、ああいった以上……しっかり全て話すのだぞ。コタロウの保有する能力はもちろん、最終課題Ⅲの詳細な情報の全てもな」

「わーかってる、そろそろ話し時だと思ってたしな。それにしてもよ、ライムンド」

「どうした?」


 尋ねるライムンドに、フェリシアは一呼吸だけ間をおいて言った。


「コタロウの心力……想像以上過ぎたわ、強すぎじゃね?」

「……それだけ、アイツの感情の起伏が凄まじいという事なのだろう。人より感じやすい『素直』な感性とそれを押さえる『忍耐』の心力がな」


 ため息交じりに、ライムンドはそう告げた。



 かくして、暴君タイラントゴブリンの討伐はイレギュラーな幕引きとなるも、一先ずは達成されることとなった。


 そして、次に控えた最終課題Ⅲ。翌日、誇太郎たちは「仲間と共に協力し、龍人族ドラゴニュートの砦を陥落させよ」という内容の「仲間と共に協力」の詳細を知ることとなる。

いかがでしたでしょうか?

色々と説明が必要な部分は可能な限り次話で補足しようと思います。


しばらく更新が遅くなるかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします。

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