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第13話 VS暴君ゴブリン 前編

お久しぶりです。

思った以上にブランクが開いてしまいました、申し訳ありません。

今回も楽しめていただければ幸いです。

 最終課題Ⅰの翌日。


 誇太郎の応急手当てを担当したエリックの言う通り、上位アークスライムとの戦いで生じたダメージはほぼほぼ完治していた。とはいえ、疲労回復のインターバル日間をフェリシアは一日だけ設けた。そうすることで万全の状態で最終課題に挑ませるためであった。


 そうして迎えた、最終課題Ⅱの当日。誇太郎はスミレは、ホーンラビットの巣窟の沿道を通りながらある場所へと向かっていく。その道中、彼らに気付いたホーンラビットが襲ってくることはあったが、スミレはもちろん誇太郎にとっても最早敵ではなかった。向かってくるホーンラビットを視線を合わせることなく切り捨て、「邪魔をするな」と余裕を見せつけるほどであった。


 それからしばらく歩いて十五分後、誇太郎とスミレは高台にたどり着きそこから見える洞窟を見つけた。


「コタロウ、見える?」

「ああ、あれが……奴らの住処?」

「ええ、暴君タイラントゴブリン達が根城にしている洞窟よ」


 スミレが指さす洞窟は、一見何の変哲もない洞窟に見える。しかし、その中には五百体の野良ゴブリンを率いた暴君タイラントゴブリンがいるという。


 そんな事実を前に、誇太郎は緊張のあまり鼓動を高鳴らせていた。普通に考えれば、単騎でそんな軍勢に挑むなど蛮勇でしかないのだが、数々の課題や上位アークスライムとの死闘を経た誇太郎にとっては最早脅威とも考えていなかった。上位アークスライムに負けず劣らずの武者震いが、誇太郎の鼓動を高鳴らせていた。



 一方、魔王城内。今日こんにちも先日同様、スミレが手にしている魔鏡とセイレーンのアリシアの魔法術マジックスキルの力により、噴水スクリーンに誇太郎たちが投影されている場面を幹部たちが見守っていた。


「……今度は大丈夫なんだろうな、フェリシア殿」


 最終課題が始まろうとしているそんな中、再びロッサーナがフェリシアに尋ねてきた。彼女はとにかく不安だった。誇太郎の実力を幹部目線としては認めざるを得なかったが、あれほどまでに向こう見ずな戦い方は回復魔術師としては看過できなかった。そんなロッサーナの不安を手に取るようにように察したフェリシアは、ライムンドが彼女に告げた一言を投げかけた。


「黙って見てな、大丈夫だから」

「……御意、だゾ」


 文字通り短くあしらわれたロッサーナは、一先ず了承するがそれでも不安はぬぐえなかった。そんな不安を拭うべく、今度は昨日と同様に近くにいるアルバの元へと赴く。


「隣よろしいか、アルバ?」

「あっ……」


 声をかけられぎょっとするアルバ、そんな彼女に反応する警備隊のアンデッド達。またもや一触即発の状態になるかと思いきや、アルバが左手を上げて無言でアンデッド兵士たちを制止させた。


「わーかりました」


 アルバの行動を無言のメッセージとして受け取り、アンデッド兵士たちは素直にその場に着席した。そして、それを確認した後アルバは「どうぞ」と一言告げてロッサーナを自身の隣に案内する。


「何度もすまない、アルバ」

「い、いえ……」

「そ、それでだ……ゾ。一つ聞きたいことが……」

「この戦いのコタロウさんの未来、ですか?」


 ロッサーナが尋ねるよりも先に、アルバが尋ね返す。その問いに対し、ロッサーナは無言で頷いた。対するアルバの答えは――。


「……大丈夫です」


 その一言のみだった。だが、それでもロッサーナはその根拠が欲しかった。それを尋ねるべく再びアルバに尋ねる。


「なぜ、そう言えるゾ」

「少なくとも……この最終課題で、彼が死ぬ未来は見えていません。それが理由では駄目……でしょうか?」

「……そうか、君の特有ペキュリアスキルで見えていたのだな。彼の未来が」

「はい……なので、今は大丈夫……です」


 アルバが駄目押しするようにそう告げると、彼女は噴水スクリーンにまっすぐ目を向けるのだった。



 その頃、スミレと誇太郎は洞窟付近の茂みに潜み様子を伺っていた。洞窟の前に、木製の見張り用台が建てられており一体のゴブリンが注意深く周囲を見渡している。野良のゴブリンとはいえ、ある程度の統制が取れている様子が伺えるのをスミレは感じていた。


 しかし、不思議と不安な感情は抱かなかった。誇太郎の実力を、かつて共にホーンラビットを撃破した仲間の実力を、しかと感じていたからだ。後は彼を信じて待とう。そう決めたスミレは、静かに誇太郎に耳打ちする。


「……一応言っておくけど、今回はあなたの最終課題よ。後ろからあなたの様子を魔鏡で映すためについてはいくけど、手助けは一切しないから。そのつもりでね」

「了解、ありがとな。スミレ」

「礼なら終わった後にしてよ、それじゃ……準備はいい?」


 スミレの最終確認を前に、誇太郎は「脱兎ダット」を放つべく足を強く踏みしめながら答えた。


「オッケーだ!」

「分かったわ、それじゃ……行ってらっしゃい」


 スミレの激励をしっかり受け取って、誇太郎は勢いよく跳び出した。



 見張り台を務めていたゴブリンは、右の茂みから何者かが動く音を察知して視線を移した。しかし、そこには何の姿も確認できなかった。怪訝に思い、より注意深く伺おうと身をかがんだ次の瞬間――。


 バギィッ!!!


 突如支柱の根元から激しい音が轟き、バランスを崩した見張り台はそのまま倒壊してしまった。外の騒動に何事かと洞窟内から次々と野良ゴブリン達が姿を現す。彼らが目にした光景は、倒壊した見張り台とそこに横たわる見張り役のゴブリン、そして辺り一面に広がる砂煙だった。やがて砂煙が風に吹かれて晴れていくと、そこには刀を携えた一人の男が姿を現した。彼が見張り台を破壊した、そう判断した野良ゴブリン達は即座に武器を構えたり仲間を呼びに行ったり迎撃準備に入り始めた。


 野良ゴブリン達が臨戦態勢に入り始めたのを確認し、誇太郎はにかっと口角を上げる。そして、ゆっくり深呼吸をした後大仰なお辞儀を交えて高らかに告げた。


「やあやあ、ゴブリン狼藉御一行! お初にお目にかかりやす!」

「あぁン、何だテメェ!」

「俺が何者か? へっへ、よくぞ聞いてくれました……!」


 野良ゴブリンの一人が声を荒げてきたのを前に、誇太郎は「待ってました」とばかりに右足をダンっと前に踏みしめて歌舞伎役者さながらにより高らかに且つリズミカルに声を張り上げる。


「人生碌に決まらねぇ、パッと閉まらねぇ、芯がねぇ! かつてはそんな凡愚でござんした!」

「ああ!?」

「……何それ?」


 対峙している野良ゴブリンはもちろん、追い付いてきたスミレも誇太郎の口上を前に頭上にクエスチョンマークを浮かべた様子で見ていた。しかし、誇太郎は構わず派手に口上を続ける。


「ですがとあるお方に救われて、色々あってここにいる! 申し遅れた、俺の名は樋口誇太郎ヒグチコタロウ! 魔王フェリシア様の命において、手前てまえらを処断に来た所存!」


 帯刀している練磨レンマを抜刀し、誇太郎は宣戦布告する。


「黙してまとめてかかってこいや、悪辣不埒な狼藉ゴブリン!」

「洒落臭ェ! お前ら、やっちまうぞ!!」


 芝居めいた大仰な誇太郎の言動に、とうとう業を煮やした野良ゴブリンが数人棍棒を持って襲い掛かってきた。対して誇太郎は、練磨レンマを握り締めてぼそりと呟く。


戦式せんしき黒鉄自由彦くろがねみゆひこ……」


 誇太郎が愛読する「二大剣豪列伝」の主人公の名を呟くと同時に、ジャンプした野良ゴブリンが二人ほど棍棒を振り下ろしてくる。しかし、その二体は一瞬のうちに誇太郎によって斬り倒された。文字通りたった一瞬、且つ最小のモーションで誇太郎が一気に斬り伏せたのだ。


 程なくして、更に別のゴブリン達が今度は六人がかりで襲い掛かってきた。二人では足りないと判断したのだろう、最初に向かわせた三倍の人数で叩き潰そうとしてきたのだ。


 だが、今の誇太郎にとっては最早止まって見えていた。棍棒を振り下ろしてきたゴブリンの攻撃を間一髪でかわし、首筋に水平にした練磨レンマで叩きつけて気絶させる。次に攻めてきたゴブリンには、棍棒の攻撃を練磨レンマで弾いた直後に切り伏せた。そして、残る三人のゴブリンをすれ違いざまに一人ずつ腹部、左胸、右肩と次々に鮮やかな剣戟で撃破していった。斬撃を食らったゴブリン達は、もれなく地面に伏せていくのだった。


 一分と満たないうちに一気に八人も返り討ちにされたゴブリン達に、動揺が広がっていくのはそう時間がかからなかった。


「な……何してんだ! 一人相手に手こずってんじゃねえ!」


 その怒号と共に、今度は数十人のゴブリンが一気呵成に攻め込んできた。気の短さを感じるような野良ゴブリンの采配ではあったが、数の暴力で押しつぶすのは合理的ではある。対する誇太郎は、落ち着いた態度で練磨レンマを縮ませて山椒サンショウを抜刀した小太刀の二刀流へと移行した。


戦式変更せんしきへんこう志久間義衛門しくまぎえもん……!」


 もう一人の「二大剣豪列伝」の主人公の名を叫ぶと、誇太郎の体全体に凄まじい力が宿り瞬く間に筋骨隆々の姿へと変貌していく。その姿になった瞬間、誇太郎は迫ってきたゴブリン達のうち二人の上顎をがっしり掴んで地面に叩きつけた。そして今度は、即座に目の前にいるゴブリンを一人切り伏せ次々と二刀流でバッタバッタと切り伏せていく。


「うおるぁああああっ!!!」


 けたたましい咆哮と共に、誇太郎は一瞬のうちに練磨レンマのリーチを伸ばして十体ものゴブリンを刺し貫く。そのまま貫いたゴブリンごと、ぐるりと一回大回転しながら周囲のゴブリンを一気になぎ倒していった。その戦いぶりを前にゴブリン達は、荒れ狂う暴風に吹き飛ばされる落ち葉の如く次々と数を減らしていくほかなかった。


 誇太郎の快進撃は、ここから更に加速していく。



「行けええええええええ! ぶっ飛ばせえええええ!!」

「そこだ、そこそこ!!」

「頑張れ、コタロウとやらああああああああ!」


 城内は興奮の渦に包まれていた。人間、魔人、獣人、アンデッド兵士やモンスター問わず、城内の面々は爽快に敵を薙ぎ払っていく誇太郎を応援する声で満ちていた。ただ一人、呆気に取られているロッサーナを除いて。


「何だ……何なのだゾ、あの戦い方は? 昨日とは別人じゃないか……だゾ」


 誇太郎の戦いぶりに城内の面々が盛り上がりを見せる中、ロッサーナはただ一人言葉を失っていた。昨日の上位アークスライムとの戦いで感じた誇太郎の印象は、ロッサーナからしてみれば「勝負に勝ったとはいえ十分な実力を測れなかった人間」というイメージが脳内にあった。


 しかしそのイメージは、すぐさま改めざるを得なかった。現に今、ロッサーナが見ている誇太郎の戦いぶりは一人の人間としてはもちろん、多対一という不利なシチュエーションにおいても十分すぎるほどの戦いぶりだった。多勢に無勢をものともせず、次々とゴブリン達をなぎ倒していくその姿は正に鬼神の如し。火を見るよりも明らかだった。


 ただ、それでもどうしても納得したかったのは「誇太郎自身の持つ能力」だった。フェリシアからは、ざっくりとだが「柔軟な肉体(フレキシビリティ)」については聞かされていた。しかし、本当にざっくりとしか聞かされていないため誇太郎が振るうあの剣技のからくりについてどうなっているのか気になっていたのだ。


「どーよ、ロッサーナ。これでもまだ不安か?」


 そんな彼女の心情を察してか、フェリシアがロッサーナとアルバの間に入ってきた。そんなフェリシアに戸惑いながらも、ロッサーナは咳ばらいを入れて答えた。


「……いいや。流石にここまでの強さを見せつけられれば、いやでも認めざるを得ない……ゾ」

「ニッヒヒヒ、ようやく認めてくれたか!」

「だが、フェリシア殿。あの剣舞は、一体どこから習得したのだゾ? 以前貴女が仰っていた『イメージした動きを反映する身体術フィジカルスキル』による物なのか?」

「あ……それは、私も気になり……ます」


 映像を指さすロッサーナに続き、アルバもまたちょこんと手を挙げて疑問を呈した。


「そういや、お前らにはまだ詳しく言ってなかったっけか。よし、分かった! しーっかり教えてやっから聞き漏らすなよ!」


 得意げな顔を浮かべながら、フェリシアはその場に腰掛けた。


「ロッサーナの言う通り、あの動きはあたしがコタロウに与えた身体術フィジカルスキルの『柔軟な肉体(フレキシビリティ)』の影響によるものだ。ただ剣舞の習得については、コタロウ(アイツ)がこの本を参考にしてイメージした動きになってるんだよ」


 そう言いながら、フェリシアは誇太郎が元の世界から持ってきた「二大剣豪列伝」の第1巻を取り出して二人の前にちらつかせた。二枚目の細身剣士である黒鉄自由彦と武骨な勇ましさを感じさせる志久間義衛門が背中合わせにして描かれている表紙の第一巻。どちらも強かな瞳を感じさせる描かれ方をしており、イラストとはいえその描かれ方はどこか緊張感を漂わせた。初見のロッサーナやアルバも、それをわずかに感じていた。


 だが、たった一冊の本を読んだだけでそんな強さになれるのか? そう言いたげなロッサーナが言葉を発そうとしたその時。


「『そんな本を見ただけで強くなれるのか』って顔してんな、ロッサーナ?」

「め、めめめ……滅相もないゾ!」

「いーや、顔に出てた。信じられねぇって感じるのも分かるが、あの動きを見てみろ? 現に自分の物にして、しっかり強さを見せつけてる。違うか?」


 フェリシアに諭されるまま、ロッサーナは噴水スクリーンに映る誇太郎の戦いぶりを目にする。そこには引き続き志久間義衛門の荒々しい戦い方を繰り広げ、時に黒鉄自由彦の鮮やかな剣戟で受け流す誇太郎の姿が映っていた。そして噴水スクリーンの隣には、三桁の数字が表示されているのだが、これは誇太郎が撃破した野良ゴブリンの撃破数を意味していた。戦闘が始まってから五分ほど経過していたが、この段階で誇太郎が撃破した野良ゴブリンは二百九十八体。既に半数を超えた撃破数を短時間で記録していた。その戦闘ぶりを前に、ロッサーナは一先ず納得した様子でため息を付いた。


「……とりあえず、その本の剣士の動きをイメージして戦闘に反映させている……と言う点では納得したのだゾ。だが、それ故に気になった。この本に描かれている剣士の動きというのは、いったいどういうものなのだゾ?」

「ニッヒヒ、気になるよな! じゃあ、続き言うからそのまま聞いとけよ!」


 一呼吸交え、フェリシアは続ける。


「決まった主を持たず自由に放浪する剣士の黒鉄自由彦クロガネミユヒコ、一国の主に仕えながら敵対する連中を豪快にぶっ飛ばす志久間義衛門シクマギエモン。その二人の異なる生き様を描いた戦記物、それがこの本『二大剣豪列伝』って奴だ」

「ふむ……」

「でだ、次は二人の戦い方について説明すんぞ」


 そう言いながら、フェリシアは一巻の表紙に描かれている自由彦を指さす。


黒鉄自由彦クロガネミユヒコは、相手の攻撃を打ち返しその隙を突く戦い方を得意とする。今コタロウがやってるようなものはもちろん、あたしが読み進めたもんだと……防ぎきれない攻撃が来たとき、逆にその勢いを利用して強烈なカウンターをお見舞いする戦い方もするんだ」

「そんな戦い方ができるというのか、ゾ?」

「やってるんだよ、この本の中ではな。じゃあ次は、志久間義衛門シクマギエモンだ」


 自由彦とは対照的な肉体を持つ義衛門を指さして、フェリシアは続ける。


「コイツはとにかく見ての通り、筋骨隆々だ。その力強さを活かして素手で直接敵をねじ伏せることもあるが、何と言っても注目すべきはその二振りの刀で戦うスタイル。これはあたしが今まで見てきた剣士の中じゃ、初めて見る戦い方だった。ロッサーナはどうよ、お前も本土にいた時にこんな戦い方をした剣士は見たことあったか?」


 フェリシアの説明を耳にはさみながら、ロッサーナは二大剣豪列伝の各巻をパラパラとめくっていく。ある程度のところまでで一旦その手を止め、フェリシアに目を合わせて答えた。


「……いや、見たことないゾ。私も時折ツーガントやギーアの剣士を見ることはあったが、こんな戦い方は……初めてお目にかかったゾ」

「ニッヒヒ、やっぱそう思ったか。その二刀流の戦い方で次々と敵を薙ぎ飛ばし、幾多の劣勢な戦いをコイツ一人で塗り替えるという伝説を終盤までキープしたとんでもない奴だ」

「なるほど……」

「その二人の強烈な戦い方を、コタロウはアイツなりにイメージした二人の戦い方を反映して戦っている。それぞれの異なる戦い方を『戦式せんしき』って小洒落たネーミングで差別化してな」


 戦闘未経験の身から短期間でここまで強くなった誇太郎の成長ぶりを見て、フェリシアは得意げな顔で告げるのだった。


「そう……なんですね。では、その剣士さん達の戦い方の全てが……コタロウさんに宿っているわけ……ですよね?」

「……いや、実はまだそうでもない」

「え……? あんなにすごい戦い方ができているのに……?」


 尋ねてきたアルバに、フェリシアはやや納得のいっていない様子で語る。


「コタロウが言うには、完璧な再現としてはまだ四割行くか行かないか程度らしい。例えば黒鉄自由彦クロガネミユヒコの場合だと、コタロウができてんのは相手の攻撃を弾く程度のカウンターしかできていない」

「言われてみれば……」


 フェリシアの言う通り、ロッサーナが見た限りでは攻撃を弾いてカウンターを叩きこむ戦い方しかできていない。ただ、それは単純に野良ゴブリンの攻撃がそこまで強い力ではないから攻撃を弾くカウンターで対応しているのでは?そう思ったロッサーナだったが、その考えは次のフェリシアの一言で否定されることとなる。


「最終課題が始まる直前まで、それぞれの戦式の完成に向けてスミレやライガと手合わせを何回かしたんだがな……黒鉄自由彦クロガネミユヒコが身に着けている防ぎきれない攻撃へのカウンター剣術は結局完成できなかった。スミレの一撃を利用してカウンターをお見舞いするってのをイメージしながらやっていたんだが、今のコタロウのレベルではまだ完成に至らなかったみたいでな」

「そう……だったのか」

「ちなみに、志久間義衛門シクマギエモンの方も未完成……とのことだ。あれに至っては、コタロウ曰く二刀流の戦い方のイメージがまだ足りていないらしい」

「イメージが足りない……だと?」


 フェリシアのその一言を前に、ロッサーナは再び噴水スクリーンに目を移す。そこには引き続き撃破数を更新しながら二振りの刀で暴れまわる誇太郎の姿があるが、その様子を見る限りはイメージが足りていないとはとても思えなかった。


「あんなに戦えているのに、イメージが足りないのか……ゾ?」

「足りてねーんだと、あれでもな。曰く『今はただ刀を持って暴れることしかできない、それでは剣術ではない』だとよ。確かにまあ、あたしも本を見た感じだと……二振りの刀で独特な剣術を見せるシーンもあったから、それはできてねーなとは思ったよ」


 納得のいかない複雑な表情で語るフェリシアに、ロッサーナは素朴な質問を投げる。


「……フェリシア殿の観点としては、どう思っているのだゾ」

「あたしか? はっきり言えば……しっかり戦えていりゃあ問題ねぇ。これに尽きるよ。だが……、コタロウにとっては納得できていないんだろうな。妙なこだわりがあるっつーか、なんつーか」

「……それでも、イメージそのものは……身体術フィジカルスキルにしっかり反映させて戦っている……と思います。未完成って言ってるけど……再現できているだけでも、すごいことだと思います……私は、はい……」


 控えめに称賛したアルバは、早速「二大剣豪列伝」に没入していた。


「というか没入しすぎだゾ、アルバ。私にも見せてほしいゾ」

「あ……ちょっと待ってくだ……うわっ、かっこいい……。え……えええ! そうなるん……ですか……!」

「見せてくれないとどういう状態になっているのか分からないのだゾ! 私にも早く見せるのだゾ!!」


 熟読するアルバのリアクションを前に、ロッサーナもうずうずと読みたそうにしているが、残念ながらその様子は既に読書に没入しているアルバには伝わっていなかった。そんな彼女らを尻目に、フェリシアは引き続き画面に映る誇太郎を眺めながらこう思っていた。


――アルバの言う通り、身体術フィジカルスキルは既に物にしている。いくらアイツが未完成つっても、結局はアイツ自身がどれだけ想像力を働かせて思い通りの戦い方を構築できるか……だからな。問題は……、心力型の魔法術マジックスキルの方だ。


 先日誇太郎がシャロンの元を訪れて、魔法術マジックスキルの種類について伺ったことをシャロン本人からフェリシアは聞いていた。シャロン曰く誇太郎には基本的な魔法術マジックスキルの種類についてはもちろん、自身が抱いた心力の感情を修行や戦闘時に様々な効力として活かせる心力型の魔法術マジックスキルを与えたことと、それに付け加えた隠された力があるということを伝えたとのこと。敢えてその力について明かさなかった理由として、「自身で探らせて能力を把握させた方が伸びやすい」とフェリシアが言っていた旨を伝えたこともシャロンから報告として受け取った。


 しかし、現在行っている戦闘ではその様子はフェリシアが見る限りでは感じられなかった。ただ、そうなるのも無理はなかった。誇太郎がシャロンから言われていたのは、「魔法術マジックスキルの効果を高めるために身体術フィジカルスキルも鍛えながら最終課題に臨むように」ということである。これを誇太郎は、「先ずは身体術フィジカルスキルである柔軟な肉体(フレキシビリティ)をしっかり鍛え上げよう」という解釈で認識した。柔軟な肉体(フレキシビリティ)の特質を活かして、「二大剣豪列伝」の主人公たちの動きをイメージした戦法である「戦式せんしき」の開発に注力したり、できることとできないことへの振り返りなどとにかく身体術フィジカルスキルの方に重きを置いたのだった。結果、未完成とは言いながらも野良ゴブリンの軍勢をものともしない力を披露できるまでに「戦式」をものにすることに成功していた。


 しかしその反面、心力型の魔法術マジックスキルへの理解を深めることが頭から抜け落ちていたのだった。戦闘面で見る限りでも「抱いた感情によって強くなれる特質」のある誇太郎の魔法術マジックスキルのことを、誇太郎自身が忘れているのではないかと感じてしまえるほどであった。


 それでも、フェリシアはあることに確信を持っていた。誇太郎に与えた心力型は、こういった本番の戦闘で真価を発揮していくことを。上位アークスライム戦の時でも、フェリシアはそれを如実に感じ取っていた。


――コタロウの奴、上位アークスライムの時に無意識に新しい心力も生み出しやがったってこと……気付いてんのかな?ま、それがアイツに与えた心力型の真骨頂……なんだが、いつごろ気付くか楽しみだ……ニッヒヒヒ。


 悪戯っぽい表情で、フェリシアは期待を込めて口角を上げた。この戦いでも誇太郎ならできるだろう、新たなる心力を会得することに期待を込めて。



 戦闘が始まってから、早くも十分が経過した。野良ゴブリンの数はとうとう残り三十体を切り、最早火を見るよりも明らかな劣勢に追い込まれていた。


「何なんだ……。何なんだ、コイツは!?」


 数百人いたゴブリンを指揮していた野良ゴブリンの筆頭格は、現実を受け入れられない不満をぶつける一言を漏らした。圧倒的有利な状況をたった一人の人間に戦況を覆されるというありえてはいけない事態を前に、野良ゴブリンの筆頭格は認めることができなかった。だが、だからと言って引くことはできない。いや、許されない。引いたら自分たちがどんな目に遭うか、分かっているからだ。


「こうなったら最後の手段だ……お前ら!! 今いる連中全員で同時にぶったたけ!!」


 筆頭格の指示に合わせ、残る二十九体の野良ゴブリンは一斉に誇太郎に向けて襲い掛かる。対して誇太郎は、練磨レンマを一旦鞘に納めて迎撃準備を取る。


戦式せんしき……解除、残りは樋口流剣法で迎え撃つ」


 自身を鼓舞するように誇太郎は静かに呟き、腰を低く落とし練磨レンマの柄に手をかけた。目を閉じて迫る気配を極限まで感じられるように、集中力を一気に高めていく。やがて野良ゴブリン達が誇太郎を覆いつくすように飛びかかり、棍棒が誇太郎の身体に触れようとしたとしたその時――。


「樋口流居合……扇斬おうぎり」


 誇太郎が言い放ったとおり、扇状の居合切りを一瞬のうちに解き放った。短時間とはいえ一気に高めた集中力から放たれた居合切りは、広範囲の斬撃を生み出して野良ゴブリン達にお見舞いさせた。練磨レンマの軌道にいた野良ゴブリン達は、次々と血を噴き出して地面に伏せていくのだった。そんな光景を前に、筆頭格の野良ゴブリンは恐怖のあまりガタガタと震えるほかなかった。


「嘘だろ……こんな、こんなあっけなく……!?」


 思わず、筆頭格は及び腰になっていた。徐々にその足取りは後ろに引き始め、やがて誇太郎の視線がこちらと交わった瞬間筆頭格は彼に背を向けて逃げるほかなかった。勝てない、勝てるわけがない。そう考えた瞬間、考えるよりも先に逃げることを選ぶしかなかった。その先に待っているのが、筆頭格の最期だったとしても……だ。


 一方、誇太郎も最後の一体を倒すべく逃げ出した筆頭格を追い始める。ここまで倒した数は実に四百九十九体、撃破数だけでも十分称賛するに値するものではあるが今回はあくまで最終課題の本番。しっかり与えられた課題の一つである、「野良ゴブリンの五百体の撃破」も確実にせねば意味がない。そして何より、昨晩フェリシアが語った「暴君タイラントゴブリン達を討伐しなければいけない理由」のことも踏まえると、たった一人の野良ゴブリンも逃がすわけにはいかなかった。ここで逃がせば後の禍根になりかねないだろう、そう考えていた誇太郎が取った行動は最早言うまでもなかった。例え相手が逃げようとも、確実に追い詰めて撃破する。そうすることによって島の安寧をもたらそう、その意志に元に誇太郎は逃げる筆頭格を追尾する。


「あっ……コタロウ、待って!」


 魔鏡を構えているスミレもまた、試験監督として見守るだけじゃなく城内の面々に状況を伝えるべく誇太郎を背後から追うのだった。


 しかし、最後の一体の撃破は簡単に済むと考えていた誇太郎らの考えは意外な形で覆されることとなった。筆頭格の逃げ足が思いのほか早いだけでなく、洞窟の奥へと逃げ込んでいったため視界が悪くなっていくため苦戦を強いられてしまったからである。時折灯り代わりの松明がある為完全に見えなくなったわけではないとはいえ、それでも暗がりに逃げられるたびに追尾が困難になっていった。


 そんな追いかけっこが始まって、七分程が経過した。筆頭格は息を切らしながら、とうとう誇太郎に追い詰められた。


「クソ……クソぉ、ここまで追ってくるなんて……!」


 筆頭格の背後には、大きな石の扉のようなものがあった。左右対称に松明が設置されており、如何にも誰かがいるという雰囲気が漂っている様子を伺わせる。しかし、誇太郎は先ずは目の前のことに集中することにした。追い詰めた筆頭格を倒すという事に。


「これ以上逃げても無駄だ、観念しろ!」


 降伏を促す一言を、誇太郎は筆頭格に力強く告げた。しかし――。


「クク……ククク……」


 筆頭格は引きつった笑顔を浮かべながら、背後にある石の扉を開き始める。その不審な様子に、誇太郎も気付き始める。


「何がおかしい?」

「俺が……何も考えずにここまで逃げたと思うか?後ろにいるのが誰か、分かってるか?」


 筆頭格はそういうと、開き始めた石の扉をバンッと思いっきり乱暴にこじ開けて高笑いするのだった。


「ここにいるのは俺たちのボス、暴君タイラントゴブリン様だよ! 暴君タイラントゴブリン様あああ、やっちまってください!! 目の前にいるこのチンケなにんげ……」


 と、言葉を続けようとした筆頭格の頭部をガシッと鷲掴みにする大きな手が暗がりから姿を現した。大きな手はもがく筆頭格の声を無視しながら、ゆっくりと上に上がっていきやがて一定の高さまで到達するとそこで一旦止まるのだった。そのまま後方へ僅かに下がった次の瞬間、大きな手はまるでカタパルトのように筆頭格を勢いよく誇太郎目掛け投げつけるのだった。


「ぐあああああああああああああ!!! こうなりゃやけくそじゃああああああああああああああああああああああ!!!」


 飛ばされた筆頭格も半ば自棄気味に棍棒を振りかざして誇太郎に向かってきた。しかし、誇太郎は怯む様子は微塵も見せなかった。両手で構えた練磨レンマで、向かってきた筆頭格をタイミングよく振り下ろして一刀両断してしまうのだった。


「切り捨て……御免」


 最後に切り伏せた相手に一言告げ、誇太郎は更に後方に控える敵と向かい合った。一方城内では、誇太郎が最後の野良ゴブリンを討伐したことにより撃破数のカウンターがとうとう五百体を記録した。それと同時に、誇太郎の眼前に巨大な影が露わになった。荒い息遣いと汗の臭いが交じり合う悪臭が、洞窟内に広がっていく。その耐えがたき悪臭の巨漢こそ、フェリシアが直々に討伐対象として命じた暴君タイラントゴブリンであった。


「……本当の戦いは、ここからだな」


 悪臭に顔をしかめながらも、誇太郎は漫然とした態度で暴君タイラントゴブリンと対峙した。悪戯に暴威を振りまく暴君を討伐すべく、何より城内の面々に自身の実力を見せつけるべく、誇太郎は練磨レンマを構えて暴君タイラントゴブリンとの戦闘を始めるのだった。

いかがでしたでしょうか?


次回の投稿も楽しみにしていただければ幸いです。

何卒よろしくお願いいたします。

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