第12話 VS上位スライム 後編
こんにちは。
最終課題編は、今回のように前編後編と分けていく形式になるかと思います。
何卒よろしくお願いいたします。
上位スライムは、誇太郎が幹部たちに意見具申をしている間、自身の魔力を溜めていた。敵である誇太郎を一気に追い込むため矢継ぎ早に攻撃を続けてきたが、原動力が心力ではなく魔力の為途中でエネルギー切れを起こしたのだ。その為、途中で攻撃を中断せざるを得ずただ誇太郎の出方を伺うほかなかった。魔力を溜め直している最中、誇太郎が近くにいるシャロンではなく誰かと連絡をしている様子を上位スライムは目の当たりにしていたが、その時こう思っていた。
――ナゼ、攻撃ヲシテコナイ?
今が絶好のチャンスのはず、誰が火を見るよりも明らかのはず。上位スライムはモンスターの中でもかなりの知能を持ち、それなりの思考もできる存在。だからこそ、今がこのチャンスを敵が逃すはずもない。それなのに、なぜ目の前にいる誇太郎は自分を攻撃してこない。疑問を抱きながら、やがて上位スライムは誇太郎が再び刃を抜いたのを確認した。
――嗚呼、ソウダ……ソレデイイ。
自身の領域を汚す敵なのだから、お互いに敵意を持って向かい合うのは当然だ。それでいい。上位スライムはそう思い、再び誇太郎に敵意を持って向かい合う。
一方の誇太郎は、そうは考えていなかった。先日シャロンから告げられた上位スライムの汎用性の高い能力、それを踏まえた上で上位スライムを仲間に加えたらどうだという提案。誇太郎は、非常にすんなりとその提案を快諾した。話を一回聞いただけでもわかる通り、上位スライムの能力の強さは明らかに戦闘において非常に強力な戦力になる。こんな逸材を、あっさり討伐するのは勿体ない。それに加え、上位スライムには何か譲れない理由があるのではないか。初めて邂逅した時も、何かを伝えようと口を動かしていた。だが、言葉を発することができなかった。だから、力尽くで追い払うことしかできなかった。
だが、あの時とは違う。身体術の練度も上がり、更に戦える力を身に着けた。言葉で語れないなら、最早誇太郎がやることは決まっていた。
「さあ、始めようぜ……上位スライム!!」
直接捕らえて、真意を正そう。その一心で、誇太郎は練磨の切っ先を上位スライムに向けて高らかに告げるのだった。それは、誇太郎と上位スライムの再選を知らせる狼煙となったのだった。
*
再戦の狼煙が上がった直後、今度は上位スライムが先制攻撃を仕掛けてきた。上位スライムは下半身を液状化させ、一気に誇太郎に間合いを詰めてきた。やがて目と鼻の先ほどに近づいた瞬間、液状化した下半身を急速的に元に戻し飛び上がる。宙に浮いた状態から上位スライムは右腕に炎属性を宿して硬質化させ、反対に左腕は元の液状化した状態で雷の属性を宿した。完全に異なる属性が両腕に宿ると、上位スライムは勢いよく上空から誇太郎に向けて炎・雷属性の拳で勢いよく突撃してくるのだった。
「そんなことまでできるのか!? だが……」
その攻撃は大振りのため、誇太郎は難なくその両属性の一撃を背後に後退してかわした。だが、上位スライムの攻撃はこれでは終わらない。すぐさま誇太郎を凝視して、再び下半身を液状化させて急速的に間合いを詰める。そして今度は、そのまま両腕の拳で殴りかかってきたのだ。硬質化した炎の拳と、液状化した雷の拳による肉弾戦は直撃を回避しても属性攻撃による余波によって確実に誇太郎にダメージを与えていった。
「このっ……!」
調子に乗るなと言わんばかりに、誇太郎は練磨に氷属性を付与して上位スライムの胴体を狙った。が、これも硬質化した胴体に防がれてしまう。そのまま誇太郎は、無防備になった状態のまま上位スライムの反撃を食らってしまった。腹部に叩きこまれた雷の打撃に、誇太郎は勢いよく吹き飛ばされてしまう。
「がはっ……」
ダメージの衝撃にむせつつも、誇太郎の戦意は依然として消えていなかった。主の命令を変えてまで実行しようとした、仲間に加えようという提案。この場で引くわけにはいかない。誇太郎にもそれなりの意地が生まれ、おいそれと諦めるという選択肢は最早なかった。それを踏まえた上で、誇太郎は正攻法では勝てないと感じ始めた。
「何か……弱点はないのか……」
何か一つでも、上位スライムが隙を見せる様子などが見つかれば。そう思い誇太郎は思考を張り巡らせようとした次の瞬間、そんな暇を与えるまでもなく上位スライムの追撃が誇太郎に追い打ちをかける。肉弾戦の追撃をかわしつつ、誇太郎は練磨で再び反撃を試みた。ただ、この時は反撃に必死になりすぎたせいか属性を付与せずに胴体を狙ってしまった。
すると、どうだろう。上位スライムは、胴体を硬質化することなく液状化した状態で練磨を受け止めて刀の勢いを急速的に緩めさせた。
――硬質化しなかった……? 一体なぜ?
そう思った矢先、誇太郎は練磨を抜こうと我に返った。が、思った以上に液状化した上位スライムの胴体から獲物を抜けず難儀してしまう。そんな誇太郎は、上位スライムにとっては格好の的でしかなかった。弱った誇太郎に最早属性攻撃は必要ないと判断したのか、何も属性を付与せず硬質化した右腕で誇太郎を迎え撃とうと構える。その挙動に誇太郎は間一髪で気付き、急いで練磨を胴体から抜こうとするが、逆に焦りが高じて益々抜けなくなってしまう。そんな彼に対し、上位スライムは容赦をかけなかった。確実に誇太郎を葬るべく、無情なる鉄拳を誇太郎に振り下ろした。今正に誇太郎に鉄拳が触れようとする中、誇太郎は苦し紛れに練磨に炎属性を宿させた。その時である。
「――――――――ッッッ!!!!!」
鉄拳が触れようとしたその寸前、上位スライムは突如全身を後退して狼狽し始めた。練磨が刺さっていた部分を押さえ、声にならない叫びでその場に跪いてしまっている。
その様子を前に、誇太郎は先ほど練磨で胴体を攻撃した時のことを全て振り返っていた。属性攻撃は胴体を硬質化させて受け止めた、一方で何の属性もない攻撃は元の液状化した状態で受け止めた。そして、たった今苦し紛れに宿らせた属性攻撃。短い時間で全てを振り返り、誇太郎はある仮説を組み立てた。
「……伸るか反るか、やるしかないか!」
傷だらけの体に鞭を打ち、誇太郎は何とか立ち上がる。一方の上位スライムも、先の攻撃が余程聞いたのかふら付いた足取りで立ち上がった。そして、再び両者の視線が真っ直ぐ向かい合う。お互いに呼吸を整えながら、両者のにらみ合いは数分続いた。
そんな二人のやり取りを、魔王城内にいるライガ達は固唾を飲んで眺めていた。
「オイオイ……コタロウの奴、もう立つのもやっとじゃねーかよぉ……。棄権させた方がいいんじゃねーのかぁ……?」
不安げにそんな言葉がライガの口から漏れた瞬間、彼の視界が突如真っ暗になった。
「な、何だあああああああ!!!??」
「……棄権しろと言ったのは貴様か、ライガ? 寝ぼけているのか?」
慌てふためくライガの鼓膜に、静かな怒りのこもったライムンドの声が響き渡る。ライガが弱気な発言をした瞬間、ライムンドはアンデッド兵士にしたようにライガの頭部を黒穴で覆いつくしたのだ。外見から見てみるとそれは、ライガの頭部のみが黒穴に覆われて胴体はバタバタと慌てふためいているというどこか滑稽な絵面になっていた。
しかし、滑稽なのは外見のみでライガはパニック状態のまま、一方のライムンドは静かな怒りを維持したまま続ける。
「言え、ライガ。目は覚めているか」
「さ、覚めてますってええええ!! だから外してくれよおおおおおお!!」
「目が覚めてそんな凡愚極まりない発言をしたのならば、この島から出て行け。そして、貴様の父君の元で根性叩き直してくるがいい」
「お、親父のところに……!? 嫌っすよ、何でそうなるんすか!!?」
黒穴の異空間内で、ライガの表情は一気に青ざめていった。だが、ライムンドはそんな彼に対しても容赦なく続ける。
「先も言っただろう、だから貴様はまだまだなのだよ。コタロウの顔をよく見ろ」
そういうと、ライムンドはか細い指を鳴らして黒穴からライガを解放した。そしてライムンドが促した通り、ライガは映像に視線を向けた。そこには、毅然とした強い目で上位スライムとにらみ合う誇太郎の姿がライガの目に飛び込んできた。
「あれは何かしらの覚悟が決まった目だ。戦闘中に攻略を模索し、何かしらの突破口を見据えた目だ。ライガ、もう一度聞こう。あんな強かな目をした漢に『棄権しろ』という発言を、貴様は叩けるのか?」
落ち着いた口調ながらも、ライムンドの発言には熱がこもっていた。物静かそうなイメージとは一変したライムンドの言動に、スミレは一目置いた様子で彼を一瞥した。
――ライムンド殿がここまで熱くなるなんて、初めて見る……。
そして、今度は映像内の誇太郎に目を向けた。
――コタロウ……、一体そこからどう立ち回るの……?
*
城内の期待が高まる中、上位スライムと誇太郎の戦いもいよいよ佳境を迎えた。数分続いたにらみ合い、それは両者が共に歩を進めたことにより終わりを告げた。誇太郎が一歩進めば上位スライムが、上位スライムが一歩進めば誇太郎が。二人の進むタイミングが奇妙なほどにシンクロしながら、やがて二人は二メートル近くにまで距離を詰めた。
「……」
「……」
至近距離に詰めてもなお、二人は沈黙を貫いた。この時誇太郎は練磨と山椒を抜いており、上位スライムもまたいつでも属性を付与できるよう万全の状態で構えていた。独特の緊張感を漂わせるその空間は、見守っているシャロンですらも固唾を思わず飲み込ませるほどであった。そんな空間に、ゴオッと一陣の風が泉の木々と二人の髪を激しく揺らす。それが、二人の最後の攻防の火ぶたを切るトリガーとなった。
一陣の風が吹きつけた瞬間、上位スライムは瞬時に氷属性の硬質化した右腕を振りかざし、誇太郎に襲い掛かった。が、誇太郎は慌てる様子を見せず静かにその一撃を左手に持った山椒で弾いた。バランスを崩して隙を見せた上位スライムの隙を見て、誇太郎は今度は練磨で上位スライムの胴体を貫いた。しかし――。
「馬鹿野郎おおおおお!! さっき、通じなかったの見てなかったのかよおおおお!?」
その様子を映像越しに眺めるライガが叫んだ。彼の言う通り、上位スライムは刀を貫かれても涼しい顔をしていた。そのまま上位スライムは、さらなる反撃を試みるべく左腕にありったけの魔力を込めた雷属性の魔法術を宿した。明らかに誇太郎の敗色が濃厚になり始めた、その時。
「これでいいんだよ、ライガ。上位スライムの胴体に練磨を貫けた、この状況が最高にいい」
先のライガの叫びに魔道具の「伝える君」でそう伝えると、誇太郎は練磨を強く握りしめて叫ぶ。
「凍てつけ、練磨!!」
誇太郎の叫びと共に、練磨が青白く輝き一気に刀身の温度が急低下していく。それだけではなく、温度が急低下していくのと同時に練磨の刀身が氷属性を纏い始めた。内側から急激に冷やされる感覚を上位スライムは感じ、先ほどの誇太郎の状況とは正反対に今度は上位スライムが焦りを見せて後退しようとする。が、急速的に冷えていく練磨を前に自身の身体が凍てついていき徐々に身動きが取れなくなっていった。
「……思った通りだ。上位スライム……お前、内側からの攻撃には滅法弱いだろ」
「……!」
その発言に動揺した姿勢を見せる上位スライムを前に、誇太郎は確信した。
「お前と戦っていて、少し妙な所を感じたんだ。胴体に攻撃を当てた際、属性攻撃は硬質化した状態で受け止めたのに……どうして普通の攻撃は元の液状化した状態で受け止めたのかってさ。それってつまり、属性攻撃は直接硬質化して防がないといけない理由があるってことだよな? 内側からの攻撃は防げないのが弱点という、最大の理由が!!」
――ナゼ……ソレニ気付イタ!? タッタ数回ノヤリ取リデ見破ッタノ!?
身動きが取れない中、上位スライムは誇太郎が自分の弱点を見破ったという事実に気付いた。追い込んだはずの自分が、まさか追い込まれる側になるとは思わなかった。必死に身体を動かそうとするも、胴体から凍り始めた液状の身体は見る見るうちに凍てついてしまう。
――イヤ、マダ……マダダヨ。コノ身体ガ凍リ付ク前ニコイツヲ倒セバイイダケ……!
上位スライムは最後の力を振り絞り、凍り付く身体にわき目も振らず右腕を硬質化して誇太郎の顔面を殴りつけた。両腕で練磨を握り締めていた誇太郎にとっては、その攻撃は防ぎようがなく真正面から食らってしまった。
その場面は、城内にいるライガ達にも明確に伝わっていた。
「こ……コタロウ!!」
目に飛び込んできた光景を前に、思わずライガは立ち上がってしまう。自分があの場にいればすぐにでも……。そんな気持ちに駆られながら、自身は地団太を踏むしかない状態を前にライガは歯ぎしりしていた。そんな彼に――。
「……ライガ、よく見なさい」
冷静な態度でスミレが一言、映像を見るよう促した。
「ああ!? よく見ろって、もうとっくに見てるっつの! どう見たって……」
「いいから、もう一度よく見直しなさい。コタロウの様子を、もう一度」
二度も同じことを促されたライガは、不安げに映像に目を移した。するとそこには……、血まみれになりながら上位スライムの鉄拳を受け止めた誇太郎の姿があった。
「アイツ……あんな状態で受け止めたってのかよ!?」
「……まだ、戦いは終わってないわ。ここは信じよう、信じるのよ……ライガ」
城内にいる者たちは、固唾を飲んで最終局面を見守る他なかった。
「……どうした、こんなものか?」
柔軟な肉体で頭部に防御用の筋肉を集中させていたため、誇太郎は何とか意識を保っていた。しかし、防いだダメージはあくまで衝撃のみで痛みそのものは消えていない。それでも誇太郎は耐え抜いた。胸に宿る確かな「覚悟」が、誇太郎の力を更に底上げさせる。
一方の上位スライムは、理解が追い付いていなかった。相手はもうフラフラの状態なのに、なぜ倒れない。どうしてここまで耐えきれる。目の前の理解しがたい現実を前に、上位スライムは激しく動揺しながら振り切る為もう一度誇太郎を殴りつけた。しかし、彼は怯んだ表情を見せず鋭い目でこちらを睨み続けている。
「倒れると……思ったか? これ位で、俺が倒れると……!?」
声を震わせながらも、誇太郎は力強く睨み続ける。そんな誇太郎を再び上位スライムは殴りつけるが、誇太郎の表情に変化はない。その異様な誇太郎の姿に、上位スライムは徐々に恐怖を覚え始める。そんな気持ちを知ってか知らずか、誇太郎は駄目押しとばかりに挑発した。
「……本当の戦いはここからだ。お前が俺を倒すのが先か、俺がお前の攻撃を耐えきるか。勝負だ、上位スライム!!!!!!」
誇太郎の怒気に押されるように、上位スライムは自身の危機を全力で回避するべく残り全ての魔力を振り絞り何度も硬質化した右腕で殴りつける。一方、誇太郎も満身創痍になりながらもその一撃をひたすら耐え続ける。一方は身体が凍てつき、一方は鋼鉄に近い攻撃で顔が歪むような一撃をいくつも浴びながら追い込まれていく。互いに異なる窮地に追い込まれながら、二人の戦闘は間もなく終わりを告げようとしていた。
誇太郎と上位スライムの苛烈な攻防が続いてから、五分が経過した。引き剝がそうと執拗に誇太郎を殴り続けた上位スライムは、胴体から両腕にかけて凍り付き完全に身動きを封じられた。ただ一つ、頭部のみを除いて。
対して誇太郎は、上位スライムの攻撃を全て耐えきった。しかし、その代償も大きかった。元の顔は殴られた衝撃で大きく腫れ、血まみれになっていた。それでも、その表情は勝利を確信した表情をしていた。受けたダメージの痛みに耐えながら、誇太郎は上位スライムにまっすぐ顔を合わせて断言した。
「……俺の、勝ちだ。上位スライム」
そう言って、誇太郎はニッと微笑むとその場に崩れ落ちた。仰向けにゆっくりと倒れようとする誇太郎を、分身を増やしたシャロン達が受け止める。
「お疲れ様でーした、コタロウさんっ!」
静かに誇太郎を寝かせ、分身体の一人が上位スライムの胴体をコンコンと叩いて身動きが取れないことを確認した。
「……フェリシアさーま、上位スライムはもう戦闘不能でっすん!結果のほどはいかがでしょうーか?」
「いかがだぁ? ニッヒヒ、そんなの言うまでもねーだろ」
映像越しに、フェリシアはダンっと地面を踏みしめ両腕を組んで力強く告げた。
「合格だ!! シャロン、コタロウが起きたらそう伝えろよ!!」
「了解でっすん!」
ビシッと敬礼をするシャロンを映像で確認すると、フェリシアはくるりと傍聴席に目を向けた。
「ライムンド、現場の回収!」
「任せろ」
「エリックは応急処置の準備、ロッサーナは回復魔術の準備だ! 急げ!」
「承知した、フェリシア様」
「……心得たゾ」
フェリシアの指示に合わせ、名を呼ばれたライムンド達はそれぞれの行動に徹し始めた。その最中、移動中のロッサーナは誇太郎の戦いの様を思い返していた。
「一体……あの精神力は何なのだゾ……。仲間に加えたいとはいえ……、あんな真正面から攻撃を受け止めるなど……正気の沙汰じゃないゾ……。だが……」
それでも、結果としては勝利を収めた。かなり強引なやり方だったが、それでも結果的には勝利した。その事実だけは認めねばならない。色々と誇太郎に聞きたいことを胸に秘め、ロッサーナは今は準備に取り掛かるのだった。
*
ライムンドが誇太郎を連れ戻るや否や、すぐにエリックとロッサーナの構成員たちが誇太郎を担架に乗せて医務室へと連れて行った。手際よくエリックが止血処置を行いながら、その傍らでロッサーナは自身の補助型の魔法術である「治癒魔法」で誇太郎のダメージの回復を試みた。ロッサーナが手をかざした場所から、一気に激しい損傷がふさがっていく。しかしその一方で――。
「いだだだだだだだだだだだだだだだ! 痛い痛い、回復されてるはずなのにめっちゃ痛いんですがあああああああああああああああ!?」
「ええい、うるさいんだゾ! 耐えるのだゾ!」
傷口がふさがっていく過程の中で、誇太郎は激痛に悶えていた。戦いの中でできた傷を急速的に回復しようとしているからか、いくら治癒魔法で癒してもらっているとはいえそれ相応の反応が誇太郎の身体に現れていた。
それから僅か三分後。誇太郎の身体は、二人の幹部の力によってあっという間に塞がったのだった。
「すごい……さっきまであんな傷だったのを、こんなあっという間に。ありがとうございます!」
「礼はいいゾ、それにそう思うのなら……次からはもっと身体を労われ」
ツンとした態度で、ロッサーナは誇太郎に接した。そんな彼女をフォローするように、今度はエリックが話しかけてくる。
「ああ、気にしないでくれ。ロッサーナ殿は面倒ごとが増えるのが心配なのさ」
「なっ……違うゾ、ドクター! それは……まあ、回復するのが面倒と思ったことがないわけではないが……」
「いや、そこは否定しましょうよ……いてて」
反射的にツッコミを入れた誇太郎だったが、まだ傷が治ったばかりか顔面を押さえる。
「おっと、気を付けな。まだ傷は塞いで間もない、あまり大きな声を出してると開いちまうぞ」
「す……すみません」
「なぁに、ロッサーナ殿の魔法術を受けたなら……明日にはもうほぼ治ってる。心配しなさんな」
飄々とした口調のまま、エリックはそのまま続ける。
「さて、と。コタロウ君、病み上がりで済まないが……ちょこっとだけ歩けるか?」
「え……?」
「フェリシア様とアロンゾ殿が聞きたいとのことだ、上位スライムの真意とやらについて……ね」
エリックとロッサーナに肩を担がれながら、誇太郎はフェリシアが鎮座する部屋へと連れてこられた。そこにはフェリシアの他にもライガ、スミレ、ライムンドに加えオークのアロンゾの姿もあった。
「おおお、待ってたぜィ! さっきのギリッギリのバトル、かなり痺れたぜ! あんな真似できる奴、滅多にいねぇからよィ!」
「コタロウ~! お前、あんな無理するんじゃねーよー! 俺様もひやひやしたぞー!」
「でも……先ずは勝ててよかったわ、おめでとう」
誇太郎の姿が見えると同時に、アロンゾを筆頭に仲間たちが駆け寄って称えた。それから程なくして、彼らと入れ替わるようにフェリシアが誇太郎の元へとやってきた。
「傷の具合はどうだ?」
「フェリシア様……、まだ痛みはしますが何とか」
「そっか、そいつは良かった」
朗らかに笑いながら、フェリシアは続ける。
「早速で悪いんだがコタロウ、聞きたいことがあるんだ」
「頼み? それは一体?」
誇太郎がそう尋ねると、フェリシアは右隣りにある扉に向けて「連れてこい」と一言告げた。扉が開いて姿を現したのは、分身体のシャロン達と彼女らに運ばれてくる上位スライムだった。相変わらず頭部のみは凍り付いておらず、観念したような表情で淡々とシャロン達に運ばれていた。
「そいつは!」
「ああ、上位スライムだよ。で、だ。聞きたいことなんだけど、どうして頭部だけ凍らせずに残した?」
「それは……」
皆が見守る中、緊張しながら誇太郎は答えた。
「喋れる部分だけでも残しておかないと、真意は問いただせないと思い残しました。コミュニケーションが取れる手段としては、一番わかりやすい会話でならやりやすいかと」
「……なるほどな、そういう事だったのか」
フェリシアはゆっくり上位スライムの元へと近づくと、自身の細い右腕を上位スライムの口の中にずぼっと勢いよく突っ込んだ。
「ふぇ、フェリシア様!? 一体何を!!?」
「騒ぐな、よく見ていろ」
動揺する誇太郎に、ライムンドが静かに諫めた。それからしばらくすると、フェリシアは満足そうに「これ位か」と呟いて上位スライムから右腕を引き抜いた。
「上位スライム、喋ってみろ」
「一体何ヲシタ……ッテ、ア……アレ? 言葉ガ……?」
「しゃ、喋った!?」
恐らく初めて与えられた「声」であろう、上位スライムが言葉を即座に発した様子を前に誇太郎は久しぶりのオーバーリアクションで驚かざるを得なかった。そんな彼に、フェリシアは淡々と説明した。
「……たった今、コイツに『誰とでも意思疎通できる声帯』を身体術として提供した。これで、上位スライムの本心を暴けるはずだ」
「そんなこともできるんですか!? 流石フェリシア様、天才過ぎいいいい! って、いででで……」
再びオーバーリアクションを取りながら傷口を押さえる誇太郎を尻目に、フェリシアは上位スライムに近づいて視線を合わせた。
「さてと、上位スライム。戸惑ってるところ悪いが、お前にも聞きたいことがあるんだ。あそこにお前と戦った、コタロウって奴がいる。アイツが言うには、お前も何か伝えたいことがあったらしいじゃねーの。その伝えたいことを全部話せ、その為にお前に話せる能力を与えたんだからよ」
「どうしてそんなことをするために」と聞こうとした上位スライムだったが、先ずは自分の真意を伝えねばならない。そう判断した上位スライムは、結論から短く告げた。
「……スライムノ泉ト……私ノ仲間達ニ近ヅカナイデ。ソレダケ」
「仲間達っていうのは、スライムの泉にいるスライム達のことか?」
フェリシアの質問に対し、上位スライムは具体的な理由を述べていく。曰く、魔人たちが泉に近づくたびにスライムの仲間が悪戯に倒されることをスライム達はよく思わなかった。そんなスライム達の不満と怒りが募り募った結果、上位スライムとなって誕生したのだった。格の上がった種族になったことにより、魔人たちも追い払うこともでき報復と称して畑を荒らすこともいとわなかった。
それ故、上位スライムはただ一言告げた。「自分と仲間たちがいるスライムの泉に近づくな」、これこそがスライム達の総意だという事をフェリシアに告げるのだった。対してフェリシアは、ここまでの上位スライムの持論を相槌を打ちながら反応を示していた。そして、理由も結論も全て聞いたうえでフェリシアは誇太郎とシャロンが持ち掛けた提案を上位スライムに持ち掛けた。
「だったら、上位スライム。お前らを守るために、一つ頼みがある」
「……?」
「あたしの仲間になれ! そうすれば、お前はもちろんスライムの泉の安全は守ってやる。ちなみにアロンゾ、スライム達の食糧はどうだ?」
「問題ねーですぜィ、こっちの食糧自給率もまだまだ全然余裕がありますからねィ! というかフェリシア様、そもそもスライムって普通の食べ物食うんですかィ?」
「え? それは……どうなんだ?」
フェリシアの問いかけに、上位スライムは素直にその質問に答えた。
「スライム……特別食ベ物、イラナイ。泉ト水場ガアレバ、ドコデモ大丈夫」
「ニッヒヒ、そっか! でも、普通の食べ物って奴も旨いもんだ。もしも、お前が仲間になるっていえば……色んなものも食べさせてやる。もちろん、最初に言ったお前らの安全も守ってやる。改めて上位スライム、どうだ?」
フェリシアは提供できる条件を全て告げた上で、上位スライムの返答を待った。上位スライムは、暫し固まっていたが決意を持った表情で答えた。
「アリガトウ。ソウイウコトナラ、仲間ニ……入ラセテ」
「ニッヒヒ、こちらこそありがとな!! そんじゃあ、ようこ……」
「デモ……、ドウシテソコマデ?」
疑問に思う上位スライムはフェリシアにそう尋ねたが、対して彼女は――。
「それは、コタロウに聞いてみな」
誇太郎を指さしながら、フェリシアは指を鳴らして上位スライムの身体を瞬時に解凍した。一方フェリシアに指を指された誇太郎は、「俺ですか!?」と言わんばかりに自身を指さして動揺する。そんな彼に、上位スライムはとことこと近づいてきた。先ほど、死闘を繰り広げた男の真意を尋ねるために。
「ドウシテ……私ヲ仲間ニシヨウト思ッタノ?」
「どうして、って……それは……」
理由は二つあった。強力な戦力になるという打算的な考えと、何か理由があるならそれを伝えてほしいという誇太郎なりの人情。どちらも譲れないほどの強い理由だったが、誇太郎は取捨選択して上位スライムに告げた。
「お前があの時何か伝えようとしていた。だったら、それを聞いた上でしっかりお互いに納得できる答えを出したかった……からかな」
「ナットク? ワカラナイ……、ドウシテイウコト?」
「我が主のフェリシア様はさ、『皆が幸せに生きられる国を作りたい』というのが理想なんだ。だから、この島国にいる奴らで……意思疎通ができる奴がいるのなら、素直に意見を交換して……お互いに幸せになれるよう俺は努めたい。だから、お前に真正面から向き合った。どれだけ傷を負っても引かなかったのは、それが理由だ。だから……上位スライム」
上位スライムの液状化した腕を優しく握り、誇太郎は言った。
「お前も……お前自身の幸せを、探してくれ」
「私ノ幸セ……。マダヨクワカラナイ、デモ……アリガトウ」
凍り付いた肉体の状態ながら、上位スライムは僅かに微笑む様子を見せた。そんな二人のやり取りを、周囲の仲間たちは温かい目で見守るのだった。
*
その日の夜8時後半。誇太郎は、フェリシアの自室へと呼び出された。
「お疲れ、コタロウ! 最終課題の一つ目の達成、おめでとう! まさか討伐命令から捕縛命令に変えてほしい……って来たときは驚いたが、まあ達成できて何よりだ!」
「恐縮です、ありがとうございます」
いつもの調子で誇太郎を労うフェリシアと、控えめな態度でその称賛を受け止める誇太郎。ただ、この時の誇太郎の表情は異世界に来た当初のような表情ではなかった。自信に満ちた表情で、誇太郎はフェリシアと向き合っていた。
「さて、次は……暴君ゴブリンと野良ゴブリン五百体の討伐……なんだが、一つだけお前に説教したい」
「説教……ですか?」
叱責を受けるのではと誇太郎は思わず身構えたが、フェリシアは言葉を発する前に握りこぶしを作った右腕を彼の前に出す。何かと誇太郎が怪訝に思った瞬間、フェリシアはその握りこぶしを一気に開いた。するとそこからは、卵のような強烈な臭いが誇太郎の鼻腔を付く。それが何なのか、誇太郎には最早言葉にせずとも分かった。
「まさかの握りっ屁って……」
「ニッヒヒ、ライガだったら卒倒だっただろうが……お前にとってはご褒美だったか! ……じゃなくて」
からからと一瞬笑った後、フェリシアは真剣な表情で誇太郎に向き直る。
「……次の最終課題では、容赦なく全員討伐しろ。仮に『仲間に加えよう』と言っても、次は聞かないからな」
「な、何故ですか?」
「なぜ? そんな質問する余裕があるのか、コタロウ。その身体を見て、どうしてそんな疑問が浮かぶ?」
厳しめの口調で、フェリシアは誇太郎の身体を指さした。フェリシアの言う通り、誇太郎が受けた上位スライムのダメージは、徐々に回復してきているとはいえまだまだ目も当てられないほどの生傷が残っている状態だった。それを踏まえた上で、フェリシアは厳しめの口調のままはっきりと告げた。
「一歩間違えたらお前は死んでいたんだ、その自覚をしっかり持て」
「も、申し訳ありません……」
「それともう一つ、この最終課題はお前の実力をしっかりと測るためのものだという事を忘れるな。次は……しっかりとお前の実力を見せつけるためにも、暴君ゴブリン共を全員討伐しろ。いいな?」
「承知しました……。ただ、フェリシア様。ご無礼を承知のうえで、申し上げたいことがありますがよろしいでしょうか」
「……一応聞こう、言え」
意見を聞いてくれるフェリシアの寛大な措置に感謝しながら、誇太郎は素直に自身の意見を述べた。
「彼らにも意思疎通ができるのであれば……今回の上位スライムみたいに話し合う事だってできるのでは? 戦闘部隊もまだ発展途上であれば、メンバーは増やすに越したことはないかと思ったのですが……」
「……今回は駄目だ。って、言ったら……お前は理由が欲しい。違うか?」
フェリシアのその問いに、誇太郎はゆっくり頷いた。
「理由は簡単だ、暴君ゴブリンは……シャロンが余計なことしちまって生み出したから、あたし達がその責任を取らないといけない」
「シャロン先生が? 一体どういう事で?」
「最初にシャロンに会った時、肉体強化薬のプレゼンを受けたこと……覚えてるか?」
「そう言えば……」
誇太郎が異世界に来て間もないころに行っていた基礎体力修行の最中、シャロンと邂逅して話し合っていた時に彼女が取り出した赤い小瓶を思い出した。
「確か、道行くゴブリンに与えたら一体の支配者になったって言ってましたけど……まさか!?」
「……そう、なんだよ。そのゴブリンが、暴君ゴブリンなんだ」
フェリシアにしては珍しく、呆れを強く見せた様子でため息を付いた。
「その後、力を付けた暴君ゴブリンは……野良ゴブリン共を率いて一気に勢力を拡大させた。それだけじゃなく、近隣の住民に略奪目的で襲撃をかけてくる始末だ。この島国を治めるためにも、奴らは放っておくわけにはいかねーんだよ」
「そう、だったのですか……」
「……あたしはな、コタロウ。確かにお前や親御さんにも『皆が幸せになれるような国を作りたい』と言ったが、それは『理不尽を見過ごす』というわけじゃない。誰かが悪戯に傷つく、誰かが不必要に不幸になったりしてするのを……お前は見過ごせるか?」
「……いいえ!」
きっぱりと告げた誇太郎の答えに、フェリシアは安堵して微笑んだ。
「だったら、次の最終課題はためらいも迷いも捨てろ。島の安寧を守るため、そして……幹部の奴らに改めて実力を見せつけるため! 暴君ゴブリン共を討伐しろ!」
「承知しました!」
誇太郎の力強い言葉を締めくくりに、最終課題一日目は静かに幕を閉じていくのだった。
いかがでしたでしょうか?
今回も楽しめていただけたら幸いです。