第11話 VS上位スライム 前編
どうもです。
今回から最終課題編がスタート致します。
何卒よろしくお願い申し上げます。
最終課題当日。
魔王城の中にある大広間に、所狭しと大勢の幹部やモンスター達が集っていた。各モンスター達の先頭に鎮座しているのが幹部格の魔人たちである。
その中には、骸骨の剣士を含む多くのアンデッド兵士を背後に抱えたグランレイスのライムンド、魔術師や魔女の部隊を率いて先頭に鎮座している幹部格の魔女のシャロン、仲間の獣人たちと共にワクワクしながら見ているライオン獣人のライガ、力自慢の魔人やモンスター達と共に見守るオーガ族のスミレに技術顧問のドワーフ族であるバスコの姿もある。
その他にもイノシシの頭と屈強な身体を持つオーク、眼鏡をかけた知的な印象を彷彿とさせる緑髪のエルフの女性、白衣を着込んだ医者の風貌をした人間の男性に、茶色のローブを羽織った全身真っ白な身体と深紅に染まった瞳を持った十代後半の美少女、大広間の噴水の側で何かを待つセイレーンの女性と、多種多様な種族の幹部たちが今か今かと試験の開始を待っていた。
そんな幹部たちの前に、黒いドレスを着込んだいつもの一張羅の姿でフェリシアは姿を現した。背後にある噴水のスクリーンの前に登壇し、フェリシアは声を張り上げる。
「お前ら、よくぞ集まってくれた! これより、樋口誇太郎の最終課題を開始する! よーく見届けてくれよ!!」
大広間の中でフェリシアの声が響き渡るも、意外にも反応はまばらな拍手が起こる程度でしかなかった。思った以上に反応が薄い様子を前に、フェリシアは怪訝そうな表情で尋ねる。
「何だよ、お前ら? テンション低いな」
「それは当然だゾ、フェリシア殿」
フェリシアの問いに答えたのは、眼鏡をかけた緑髪のエルフの女性だった。下がってくる眼鏡を中指で正し、目を細めてフェリシアを見つめ直す。
「その異世界の人間が類まれなる心力を持ち、それを見込んで連れてきたのは承知していた。だが……、どうしてそいつに上位スライム共の討伐を任せたのか。わざわざ『最終課題』と題して任せたその趣旨も不明なのだゾ。どういうことか、しっかり教えてほしいものゾ」
ライムンドが指摘していた「主の目標は末端に至るまで共有させる」ことをフェリシアが忘れていたのを目の当たりにし、ライムンドはギラリと鋭い眼光でフェリシアを睨んだ。その視線を感じ取ったのか、フェリシアは流石に申し訳なさそうな声で返す。
「……悪かったよ、ロッサーナ。じゃあ改めて、最終課題について説明する」
「やれやれ」とため息を付くライムンドを尻目に、フェリシアは最終課題の概要について述べていった。
誇太郎に課されている最終課題は以下の三つに分かれている。
最終課題Ⅰ:上位スライムを撃破せよ。
最終課題Ⅱ:ゴブリン五百体を撃破し、暴君ゴブリンを撃破せよ。
最終課題Ⅲ:仲間と共に協力し、龍人族の砦を陥落させよ。
いずれもフェリシアが島内において直接治めていないエリアとなっている。というのも、これらは全て誇太郎……或いは未来の戦闘部隊隊長に攻略させるために、わざとフェリシアは治めずに放置していたのだ。
そして、今回幹部や自身の配下を呼び寄せたのは、誇太郎の最終課題のⅠとⅡの戦いぶりを見て戦闘部隊の隊長として相応しいかの実力を図るという目的からだったのだ。一番の難関であり、一人では絶対に攻略できない最終課題Ⅲに備えるため。
その為にも、戦闘部隊隊長はより強い人物でなければ務まらない。今までの最終課題に繋がる課題も全て、誇太郎を鍛えるために用意されていた。それにより、身体術の影響も含め誇太郎は戦闘未経験の身からメキメキと実力を伸ばしていった。後は、この最終課題のⅠとⅡで幹部たちに実力を見せつけて認めてもらうのみ。
以上の説明をフェリシアから受けた幹部たちは、相槌を打ちながら一先ず納得する様子を見せた。ただ一人、エルフのロッサーナを除いて。
「……自身の軍からは見いだせなかったのか? ただの人間にそこまでの実力があるとは私は思えないゾ」
「だからこそ今ここでみんなで実力を確かめようって考えだろうが。ラッフィナートの連中にも今から起こる結果を報告できるようにしておけよ、ロッサーナ」
自信満々にフェリシアがそういうと、ロッサーナはややバツが悪そうに頷いた。他に意見があるか確認を取り反応がないことを確認すると、フェリシアは噴水の側で待機しているセイレーンの元に近づいた。
「魔力の感度はどうだ、アリシア」
「問題ございません、魔鏡の感度も良好です。そちらも問題ありませんね、分身体のシャロン様」
所変わって、スライムの泉。ここには最終課題に挑む誇太郎と、シャロンの分身体の一人が上位スライムの出現を待ち構えていた。
「もちろんでっすん、アリシア! 映像も難なく移っているようで、何より何よーり!」
魔王城にいるアリシアの声がシャロンの持つ鏡から響き、彼女もいつものテンションで答えた。一方の誇太郎は、強い緊張感を持って武者震いと共にその場に立ち尽くしていた。敗北の因縁、緊張、不安、高揚感、そしてシャロンから持ち掛けられたある提案。色々な感情が渦巻きながらも、誇太郎はただ無言で上位スライムの出現を待っていた。
「だーいじょうぶでっすん、コタロウさんっ」
そんな緊張感全開の誇太郎に、シャロンはシンプルな言葉を投げた。
「今までの戦いぶりからでーも、コタロウさんなら負けませーんって。それに難しそうなーら、昨日の提案は聞かなかったことにしても……」
「いいえ、やりましょう」
声を震わせながらも、誇太郎ははっきり自分の意見を告げた。
「あなたのご推論通りなら、成功すれば我らにとってもメリットはありますから」
「ありがとうございまーす、でもでーも……無理はしないでくださいーね?」
その言葉に、誇太郎は「はい」と短くも力強くうなずいた。
その時である。
前方に丸い水玉がぷよんと跳ねて姿を現した。その水玉は、周囲の水気や多くのスライム達を吸収していく。やがて水玉は徐々に女性の人型へと変化していき、上位スライムとなって誇太郎たちの前に姿を現した。初めて邂逅した時よりも人間の姿に近づいた上位スライムだったが、前髪の毛先は初見と同様に赤・青・黄・緑・紫の五色に分かれていた。
「コタロウさん、準備はよろしいでーすか?」
「いつでもどうぞ」
帯刀している日本刀の「練磨」を抜刀し、一呼吸入れて誇太郎は叫ぶ。
「樋口誇太郎……推してまいります!」
*
先ず先手を取ったのは、誇太郎だった。練磨を振りかざし、正面から勢いよく突っ込んで上位スライムの眼前に刃を振り下ろす。これに対し上位スライムは、かつて誇太郎を敗走させたように右腕を硬質化させて迎撃を試みる。硬質化した上位スライムの右腕は、文字通り鉄拳となって誇太郎の練磨とぶつかり合う。
ガキィンという金属音が響き、お互いの目と目が合って鍔迫り合いを繰り広げる両者だが、最初にその体勢を崩したのは意外にも上位スライムだった。否、崩したと言うよりは崩させたというべきだろう。
上位スライムは徐々に硬質化させた右腕を液状化させ、誇太郎の攻撃を自身の右腕をトカゲのように自切させる形で無理やり受け流した。自切した右腕は、すぐさま上位スライムに戻り元通りになったが、誇太郎はこの時まだそれを知る由はなかった。
一方、まさかの方法で攻撃を受け流された誇太郎は、そのままバランスを崩して前のめりになりかける。が、誇太郎はその勢いを逆手に取って樋口流走法の「脱兎」に変換して上位スライムから距離を取った。そのまま眼前に迫る木を、さながらバネの反動として利用するように誇太郎は勢いよく木を蹴って再び上位スライムに迫る。
「こいつはどうだ?」
上位スライムに迫る際、誇太郎は練磨に炎を宿らせた。そして、炎を纏った練磨が上位スライムを分断した……はずだった。
上位スライムは胴体も硬質化させ、炎の斬撃を防いだのだ。その状態を維持したまま、上位スライムは五色の前髪のうちの赤色を閃光のように輝かせる。すると、上位スライムの全身が赤色に染まっていく。やがて完全に全身が赤色に染まった瞬間、上位スライムは再び硬質化した右腕を振りかぶる。今まで通り体を硬質化させる程度であればまだよかったが、今度は何とその右腕に炎を宿した状態で誇太郎に襲い掛かる。
――炎を!?だが……遅い!
直撃を恐れた誇太郎は、胴体を硬質化したままの上位スライムの腹部を蹴ってその一撃を回避した。大振りだったこともあり回避には苦労しなかったが、液状の体を硬質化させるどころかそこに炎属性を交えて攻撃してくるスタイルに誇太郎は一層警戒を強める。
「……」
上位スライムはそんな誇太郎をままならなさそうに見ながら、左手で小指から中指を畳み親指を立てながら人差し指を前面に向ける。それが何の構えなのか、側で最終課題を見守るシャロンはイメージできていなかったが誇太郎は違った。
「アイツ……まさか!」
そのポーズが何をするのか、異世界よりも発展した文化の世界にいた誇太郎は何を意味するのか知っていた。そのポーズは、拳銃を構えるときのポーズである。どうして上位スライムがそのポーズを知っているかはともかく、そのポーズからイメージできる攻撃は誇太郎には容易に想像できた。そして、それはすぐに上位スライムの攻撃として現れることとなる。
上位スライムは拳銃の構えを取ったまま、左手の人差し指に水泡を作り出した。そのまま上位スライムは、西部劇のガンマンさながらに水泡の弾丸を誇太郎に向けて勢いよく発射した。
「そんなのありかよ!?」
そんなツッコミを入れながらも、誇太郎はこれを余裕で回避する。が、すぐに次の一撃が襲い来る。回避をすれば、またすぐに次の一撃が。徐々にその銃撃のペースは上がっていき、誇太郎に迎撃させる隙を許さない。しかし、上位スライムはそれだけに留まらなかった。
時折上位スライムは、攻撃を続けながら前髪の五色をランダムに輝かせながら銃撃を続けていた。例えば今は水属性故なのか全身が青色に染まっているが、時折前髪を赤く輝かせて炎属性に変化させて火の粉を銃弾代わりに放ってきたのだ。それどころか髪を黄色く輝かせたら今度は雷の球体として飛来する雷属性に変わり、緑に輝けば小石の弾丸として迫る大地属性に、更には紫に輝くと闇属性の紫色の球体の弾丸を生み出したりと、五属性の属性攻撃で誇太郎を激しく追い詰めていく。
――まるで嵐のような激しさ……キリがない。
回避だけに行動を割いても限界が来る。そう感じた誇太郎は、上位スライムの攻撃が一時的に止むタイミングを見計らって立ち止まった。
「縮め、練磨」
誇太郎の声に合わせ、練磨は一瞬で小太刀の山椒と同じサイズにまで刃を縮ませた。練磨が縮んだのを確認し、誇太郎は山椒も抜刀して上位スライムを睨みつける。
「……来い」
短い言葉ながらも、誇太郎は上位スライムを挑発する。それに対し上位スライムはあっさり挑発に乗り、氷の銃撃で誇太郎目掛け集中放火した。迫る氷塊を前に、誇太郎は縮んだ練磨と山椒を逆手に構えて向かい合う。
「樋口流剣法、四の剣」
眼前に迫った氷塊を数発両刀で叩き落としながら、誇太郎は吠えた。
「乱斬驟雨!」
次々に襲う上位スライムの銃撃を、誇太郎は目を見開いてそれら全てを叩き落とすことだけに集中し乱れ斬りを試みた。激しく攻め立てる銃撃を、誇太郎は次々と二刀で捌きながら上位スライムの動向を伺う。が、全ての攻撃を捌ききれずに上位スライムの攻撃が誇太郎の肉体を切り裂き貫いていった。というのも、この技はその場で誇太郎が即興で思いついた動きを「柔軟な肉体」にて反映させているため、いわば初めて実践する動きをぶっつけ本番で臨むという賭けに出ているのだ。その影響もあってか、打ち漏らしも思った以上に出てしまいそれらは容赦なく誇太郎のダメージとして彼に降りかかってしまう。
やがて、上位スライムは攻撃を一時中断して誇太郎の様子を伺った。当の誇太郎は、体中に沢山の傷を負いながらも上位スライムの猛攻を耐えきった。そして、そんな猛攻のさなかにおいて、誇太郎は上位スライムのある能力を見極めていた。
――――――――――――――――――――
時は魔法術講座を受けていた日に遡る。
「……そうでーすか、やっぱりそうなんでーすか。だとしたーらコタロウさん、勝手ながーらちょっとお頼みがございまーす」
「た、頼みですか?」
「はいはーい、ですがその前ーに……。ちょっとだーけ、私の予想を聞いてくーださい」
伊達メガネをかけ直し、シャロンは真剣な眼差しで口を開く。
「上位スライムは、八十年に一度数千体のスライムが結集して人型の姿になる上位モンスターでっすん。そんな上位スライムは、様々なスライム達の特徴をぎゅぎゅーっと凝縮させており……そこから生み出される強い特有スキルがございまーす。コタロウさん、覚えてまーすか?」
シャロンの問いに、誇太郎は自分が返り討ちに遭い病室で目を覚ました時を思い出した。その時に告げられた、フェリシアのある一言が脳裏をよぎった。
「『千変万化』……」
「覚えていたようで流石でっすん。そう、その通り。上位スライムは、液体・個体に臨機応変に姿を変えられる特有スキルの『千変万化』を持っておりまーす。これだけでも十分強いのでーすが、今回は……それだけじゃないと思うのでっすん」
「どういうことですか……!?」
短く息を吸って、シャロンはさらに続ける。
「恐らくなんでーすが、コタロウさんが遭遇した上位スライムは……五属性の属性攻撃型の魔法術が使えると思いまーす」
「ご、五属性!?」
驚愕する誇太郎を前に、シャロンは一回頷き続ける。
「というのーも、コタロウさん先ほど上位スライムの前髪が五色に分かれていると仰いましたよーね?」
「ええ」
「属性攻撃型の魔法術は、それぞれイメージカラーがあるのでーすよ。コタロウさんは何となーくイメージできまーす?」
「イメージカラー……ですか。まあ、何となくですが……炎は赤、水は青という感じが……って、シャロン先生……まさか!?」
自分で口にしながら誇太郎は何かを察したようにシャロンに詰め寄った。そんな彼の気持ちを汲み、シャロンは誇太郎の会話の続きを引き継いで言った。
「ええ。コタロウの予想通ーり、炎は赤、水は青。それに加えーて、緑の大地、黄色の雷、そして紫の闇。この五属性の属性攻撃型を、この上位スライムは生まれながらにして持っているという事になりまーす」
「マジかよ……」
生まれながらにして多種多様な属性攻撃型を持つ存在という事実を知り、誇太郎は緊張感が増していった。それに加えて、もう一つ重大なことを思い出した。それは――。
「そういえば、シャロン先生。フェリシア様が以前仰ってましたが、上位スライムはこれに加えて特有スキルもあるんですよね!? ってことは……」
誇太郎の予想を代弁するように、シャロンははっきり告げた。
「自由自在に身体を変質でき、五属性の属性を自身に付与して戦える。これが今回、コタロウさんが対面すべき上位スライムでっすん」
先日撃破したブレードマンティスもかなりの強さだったが、上位スライムは能力の強さ的にはそれすらも遥かに上回る強さであると誇太郎は思い知った。愕然となる誇太郎だったが、シャロンはその強さを踏まえてある提案を持ち掛けた。
――――――――――――――――――――
そして現在、誇太郎は上位スライムの攻撃を可能な限りしのぎ切り近くにいるシャロンの分身体に報告した。
「シャロン先生……あなたのご推測通りでしたね。前髪のあの五色の髪色、貴女のご推察通り……五属性の属性攻撃型を意味しているようです」
「……やっぱり、想定通りでしたーね。他に何か気付きまーした?」
「別の属性に切り替わる時、髪色が輝きその色に全身が染まる……みたいです」
「ありがとうございまーす、コタロウさん。アリシア、今の報告……そちらの方にすべーて伝わってまーすか?」
手に持つ鏡を見つめながら、シャロンは魔王城にいるセイレーンのアリシアに連絡を求めた。
*
「……ええ、問題なく全て伝わっております」
シャロンから届いた現場の声に、アリシアは淡々と返事を返した。
上位スライムの強さは、噴水のスクリーンに投影された映像から幹部たちにしかと伝わった。上位スライムの一連の強さを目の当たりにし、真っ先に口を開いたのはライオンの獣人・ライガであった。
「五つの属性攻撃とか、上位スライムあんな強かったのかよー!? 俺様、てっきりあの髪は単なる飾りみてーに思ってたのによー!」
「正直……見くびっていたわね。スライムは大体一瞬で倒せるイメージがあったのだけれど、ああいうタイプは初めて見る……」
ライガが驚く様子を前に、冷静なスミレもその強さに驚かざるを得なかった。そんな二人を前に、軍師のライムンドはぴしゃりと辛辣な意見をぶつける。
「だからまだまだなのだよ、貴様らは。確かにここまでの実力を持つ者は俺も初めて見るが、本土に戦闘を仕掛けるようになればコイツ以上の奴らと渡り合わねばならんのだぞ。コタロウの戦いぶりを見て、日ごろの戦い方も改めるといい」
「……と、言うが……本当に大丈夫か? 既にぼろぼろの状態で、ここからどう勝ち筋を見出すつもりだゾ?」
ライムンドの発言に、ロッサーナは映像に映る誇太郎の戦況を思わしくない反応でぶつけてきた。それに対し、ライムンドは毅然とした態度で返答を返す。
「それは分からん。だが、これだけは言っておこう。黙って見ていろ」
「……」
再びバツの悪そうにロッサーナはしかめっ面をするが、そんな彼女の気分を払拭するが如く幹部格のオークが豪快な笑い声をあげた。
「まあまあ、お二人さんよ! ここはしっかり見てやろうじゃねーの! もしもあの人間が片づけてくれるってんなら、上位スライムの脅威はこれできっちり片付くってわけなんだからよぉ。生活管理部のオイラからしてみりゃあ、これで安心できるってもんだよィ」
「うん、俺もアロンゾ殿の意見に賛成、だな」
アロンゾと呼ばれたオークの意見に、今度は白衣の医者の風貌をした男性も賛同を示した。
「戦闘のことはよく分からんが、俺と同じ異世界出身の人間……という所に興味が出てきてね。しかも戦闘未経験の身からたった一ヶ月で、ここまで奮闘してるんだ。ここは、一先ず見守ってやるべきではないかね?」
「おおっ、エリック先生もそう思うかィ? いいねィ!」
豪快に笑うアロンゾに対し、白衣の男のエリックは品定めをするようにして映像に視線を直した。だが、先ほど賛同の意を見せた通り表情にはどこか期待を込めた眼差しがあった。
だが、ロッサーナはまだどこか納得しきれていなかった。まだ意見を聞いていない茶色ローブの美少女に意見を求めようと、ロッサーナは彼女の元に近づいた。
「君はどう思うゾ、アルバ」
「ひっ……わ、私……ですか……」
怯えた声であどけない様子で、美少女のアルバはロッサーナに視線を合わせた。すると、そんなアルバを守るように彼女の背後にいるアンデッド兵士たちがロッサーナに詰め寄ってくる。
「オイオイオイ、何アルっち苛めちゃってんの?」
「いくら同盟結んでるとはいえ、アルっち苛めんのは感心できないなぁ、ロッちん?」
やけに馴れ馴れしい態度で詰め寄ってくるアンデッド兵士たちは、兵士というよりもならず者に近い態度でロッサーナに食って掛かってくる。
「誤解だゾ、私はそんなつもりは一切ないのだゾ」
「でもさぁ、現に怯えちゃってんじゃーん? ラッフィナートのエルフ様は、高圧的な態度じゃないと意見をきけないんですかねぇ?」
「何だと……?」
一触即発になりかけたその時――。
「やめなさい……!」
ロッサーナとアンデッド兵士たちを仲裁するため、アルバは勇気を振り絞って声を張り上げた。
「あ、あなた達は自分たちの所に戻って……! 怯えたわけじゃなくて、ちょっとびっくりしただけ……だから」
「え、そうなの?」
「そうなん……です!」
アンデッド兵士たちは、骸骨の頭部をお互いに見合わせた。そして、意見が固まった様子でアルバに視線を向ける。
「流石にアルっちにそう言われちゃったら、なぁ?」
「だね」
「やめよやめよ、俺たちも喧嘩するわけじゃなかったし。行こうぜ」
「へーいっす、勘違いしちゃったみてーですんませんでした」
そうしてロッサーナに詰め寄ってきたアンデッド兵士たちは、渋々アルバの背後に戻っていった。すると――。
「待て」
冷酷な声色で声をかけられたアンデッド兵士たちは、恐る恐る右を振り向く。するとそこには、腕を組んだライムンドの姿があった。
「ら、ライムンド……様ぁ!?」
「貴様ら……我が愛弟子とは距離を取れとしっかり伝えたと思うのだが、理解していないようだな。その空っぽの頭部を持つ貴様らにとっては、焼け石に水だったか?」
「す、すいませ……」
と、アンデッド兵士の一人が謝罪をしようとしたその時。ライムンドはそのアンデッド兵士の白骨化した頭部を、黒穴にてどこかに吹き飛ばしてしまった。頭部を失ったアンデッド兵士は、カタカタと胴体を動かしてパニック状態になっていた。とはいえ、アンデッド……即ち不死の兵士の為死んではいない。しかし、それでも頭部を失うという事は元は人間であるアンデッドからしてみれば、相当辛い出来事であろう。
そんなパニック状態のアンデッド兵士に、ライムンドは安心させるように告げた。
「……案ずるな、この城内のどこかに飛ばした。バツとして探してこい」
どこか手加減を施した様子でありながら厳格な折檻を施したライムンドの姿を前に、頭部を失った者はもちろんアンデッド兵士たちは激しくうなずいて仲間の頭部を探すべく奔走しに行くのだった。
そんな彼らを尻目に、アルバはロッサーナに目を合わせて頭を垂れた。
「わ、私の警備部隊がご迷惑をおかけしました……ごめんなさい!」
自身の部隊の非を謝罪するアルバを前に、ロッサーナはいたたまれない気持ちになっていた。
「こ、こちらこそ……すまなかったゾ。それでだ、アルバ。君は……彼、コタロウをどう見るゾ?」
ロッサーナの一言に、アルバは視線を映像に向けた。先ほどまでの彼の戦いぶりを思い出しながら、アルバは短く答えた。
「……勝てる、と思います」
「なぜゾ?」
「……前に野良ゴブリン達が迫ってきた時、ライガさん達よりも多くの数を撃退できたから……では駄目でしょうか?」
「あんなぼろぼろの状態、でも?」
「それは……」
返答に困るアルバだったが、そんな彼女の返答を待っていたその時――。
「何だ? まだ納得してねーのか、ロッサーナ?」
「ほぉあっ!?」
スクリーンからいつの間にか移動してきたフェリシアに肩を組まれ、ロッサーナは思わず変な声を上げてしまう。
「いつの間に……」
「さっきライムンドも言ったろ、『黙って見ていろ』って。ここは黙ってコタロウの戦いを見定めてくれよ」
「……だが、あの状態では厳しいゾ。もしも彼が負けたら、どうなさるおつもりゾ?」
「……んなの聞かなくてもわかんだろ」
低い声色で、フェリシアは淡々と告げた。
「アイツが上位スライムに勝てるまで、何度も挑ませる。ただそれだけだよ。そうさせる価値が、アイツにはあるんだから」
「その根拠は一体どこから……」
「フェリシア様!」
ロッサーナが引き続き尋ねようとしたその時、セイレーンのアリシアの声がフェリシアを呼んだ。
「現場のコタロウ様より、我ら幹部一同に意見具申がある模様です。如何されますか?」
「通せ」
その返答に合わせ、アリシアは噴水から流れる水を操りスピーカーを模した水の拡声器を作り出して音響の環境を整えた。すると――。
『フェリシア様、並びに幹部の皆様方! 聞こえますでしょうか!?』
誇太郎の声が大広間に響き渡る。
*
魔王城内で幹部同士がやり取りしている一方、シャロンは誇太郎にある意思決定の確認を行っていた。
「それーで、コタロウさん。私の提案を引き受けてくれーる余裕はありまーすか?」
いつもの特徴的な口調はそのままに、シャロンは誇太郎の身を案じた。一方の誇太郎は、まだ動けるとはいえ傷だらけの状態のうえ、呼吸も切れかけていた。しかし、そんな状態にもかかわらず、誇太郎はニッと口角をわずかに上げてはっきり答えた。
「……問題ございません!」
躊躇うことなく叫んだ誇太郎の答えに、シャロンは期待を込めた表情で鏡の向こうにいるアリシアに連絡を求めた。それから程なくして、シャロンは誇太郎に丸い器具を投げ渡した。
「これは?」
「私が開発した魔道具、『伝える君』でっすん! 口元に持っていって声を発せば、フェリシアさーま達に音声を届けられまーすよ!」
魔道具のネーミングセンスに突っ込みたい所だったが、その気持ちを抑えて誇太郎は伝える君を片手に声を上げる。
「フェリシア様、並びに幹部の皆様方! 聞こえますでしょうか!?」
そして現在。誇太郎の声が響いた瞬間、一時慌ただしくなりかけた魔王城の大広間は一瞬にして静寂に包まれた。
「コタロウか、どうした?」
誇太郎の声に真っ先に返答を返したのは、フェリシアだった。すぐさま主の返事が返ってきたことに、誇太郎は安心した様子で尋ねる。
『僭越ながら、皆様にご提案がございます。聞いていただけますか?』
「言ってみろ」
最終課題の最中に投げかけられた誇太郎の提案、それは城内にいるメンツ全員を驚かせる内容だった。それは――。
『上位スライム、仲間に加えましょう! ここで、今!!』
誇太郎のまさかの提案に、城内は再び静寂に包まれた。が、程なくして驚きと説明を求める声で溢れかえった。特にその反応を示していたのは、戦闘部隊のメンバーや幹部を除く多くの一般の魔人やアンデッド達だった。
「はあああああああああああああ!!??」
「仲間に加えるって、コイツマジかよ!?」
「討伐対象、だったよね? アイツって」
「急に変えたりできるのかな……」
討伐対象のモンスターを仲間に引き入れる。前代未聞の提案に、城内の動揺が一気に広がるのはそう時間がかからなかった。再び慌ただしい喧騒になる城内だったが――。
ぶぼっ!!
城内のメンツを黙らせるように、フェリシアは豪快な放屁を放った。強烈な臭気に悶える城内のメンバーを尻目に、フェリシアは冷静な眼差しで誇太郎に尋ねた。
「コタロウ、そう考えたってことは……何か理由があるんだよな?」
尋ねたフェリシアの声色に、僅かながら呆れと疑念が宿っていたのをライムンドは感じ取った。無理もない、そもそもこの考えはフェリシアが当初出していた「上位スライムを撃破せよ」という命を覆す内容なのだ。場合によっては、不敬に値する行為と取られてもおかしくない。
だが、それでもフェリシアは誇太郎は無意味にそんな言動をするとは考えなかった。最終課題に繋がる課題の報告や、これまで彼が身体術の研鑽に励んできた姿を思い返すと、むやみやたらにそんな提案を出さないとフェリシアは感じたのだ。とはいえ、当初の目標を変えられたことに不満があったわけではない。それを踏まえた上で、声色にあえて呆れの色を混ぜたのだった。
そんなフェリシアの真意を知っているかはこの段階では不明だったが、誇太郎は前日にシャロンと話し合って出した結論を述べていく。
『理由は二つございます! 一つ目は、生まれながらにして五属性の属性攻撃型の魔法術を宿していること。シャロン先生から伺いましたが、上位スライムは様々なスライム達の特徴を凝縮した強さを持っているらしいですが……今回対峙したコイツのように、五属性も魔法術を操れる奴は極めて稀とのことです。仲間に加えて損はないかと!』
「ちょっと待ったぁ!」
誇太郎の持論を一蹴せんとばかりに、オークのアロンゾが噴水スクリーンの前にずかずかと前に出る。一方、聞きなれない声を耳にした誇太郎は思わず声の主に尋ねる。
『あ、あなたは?』
「オイラはオークのアロンゾってんだ。ところでコタロウとやらよぉ、オイラはその提案には反対だ!そもそも上位スライムは、オイラ達の生活を脅かしてんだぞ! 泉に近づいた奴らに襲い掛かったり、たまに畑に来て農作物を荒らしたりな!」
『多分……それは、上位スライムに何かあるんだと思います』
「何かだぁ!? 一体何を持ってそう言えるってんでぃ!!」
『それが二つ目の理由です! コイツ、初めて会った時……何かを伝えようと口を動かしてました。でも、言葉にできてないから……結局何かは分からなかったけど、喋ることができたらその真意を知ることができるかもしれません! もしかしたら、たった今アロンゾ殿が指摘した生活を脅かしている理由についても分かるかもしれません!』
「だから仲間に入れようって考えかィ!?」
二つの理由を前に、アロンゾはしばし考える様子を見せたが即座に豪快な笑顔で答えた。
「一先ずは納得したぜィ、了解だ!」
『ありがとうございます! 他にご意見はございますか!?』
「俺様だ、コタロウー! 聞こえるかー!?」
『その声……ライガか!?』
最後に意見を申し出たのは、ライガだった。まだフェリシアの放屁が残りが臭っているのか、鼻を押さえながら前に出てきた。
「一応、伝えたい理由とやらは分かったけどよー! けどお前、そんなボロッボロの状態で本当に大丈夫かよー!? そこからスカウトでもするつもりかよぉー!?」
ライガの意見は、ロッサーナが抱いていた不安とほぼ同様のものだった。そんなぼろぼろの状態でどうするつもりなのだと。自分が言おうとするよりも先に、ライガが意見を述べてしまった。
一方の誇太郎は、そんなライガの意見に対して自信を込めた声色で答えた。
『ライガ、俺はスカウトするとは一言も言ってないよ?』
「じゃあ、どうするってんだー!」
『決まってるさ。コイツを今から捕縛する!! 練磨を用いて、どうにか捕縛するんだよ!!』
「ニッヒヒヒ、捕縛か~! そっか、なるほどなコタロウ!!」
討伐から捕獲という発想に、誰よりも面白そうに反応を示したのはフェリシアだった。が、すぐに真剣な眼差しに切り替わって誇太郎に言葉を投げる。
「だが、そういう発想に至れるのは……確実に勝てることができるって断言できる奴だけだ。そうするだけの覚悟と実力があると見ていいんだな?」
『はい!』
誇太郎は、迷うことない真っ直ぐな返事をフェリシアに返した。そんな彼の様子を前に、フェリシアはニッと笑ってロッサーナの方を一瞥する。
「教えてやるよ、ロッサーナ。あたしがコタロウを見込んだ理由はな、『何か決めたらそこに対してとことん真っ直ぐ目指す根性』を持っているからなんだよ。そこでよく見とけ、アイツがこれから上位スライムをどう捕縛するかを。コタロウ!!」
『はい!』
「今から正式に達成基準を変えてやる! 上位スライムを捕まえろ!! やれるな!?」
『お任せあれ!!』
山椒を鞘に戻し、練磨を元のサイズに戻した状態で誇太郎は満を持して再び上位スライムと対峙する。両者が視線を合わせあった瞬間、再び戦いの再開を知らせる火ぶたが切って落とされた。
いかがでしたでしょうか?
最終課題編から徐々にペースを上げていけたらいいなと思う今日この頃、執筆ペースを上げられるよう邁進してまいります。
何卒よろしくお願いいたします。