大神様との約束
「これまで、よく頑張ったな」
目の前にいる大神様が、俺のこれまでの人生を労ってくれた。
ここはローズガルドという世界の原点とも言える、大神の間。
大神様は、ローズガルドの創造神だ。創造神といっても、その役割は、この世界の管理をする程度。ローズガルドに存在する全ての生物の生殺与奪を自由にできるわけではない。
俺の記憶によると、大神様は、確か地球の生命誕生を参考にして、この世界を造ったはずだ。
なぜそんな記憶があるかって?
それは、俺が元々日本にいて、このローズガルドに転生してきたからだ。
その時、大神様からそんな話をされた、というわけ。
まぁ、そんな記憶は今ここに再び来たことでようやく思い出したんだけどね。
そう、再び、だ。
ここに来たのは、今回で二度目。
一回目はどうだったのかって?
それは大変だった。
当時、大神様は神様に成り立てで、どんな世界を創っていいか分からなかったそうだ。
そこで、日本で一度死んでしまった俺の魂を呼び出し、相談を持ちかけた。
なぜそこで俺だったのかというと、単に偶然が重なっただけだったそうだ。
死者の魂を無理矢理呼び出すのは、基本的に神々のルールに反するそうだが、その魂が、元々いた世界と繋がりが希薄で、かつ死亡して間もない場合、例外として認められるらしい。もちろん、本人の意思を最優先に尊重するそうだが。
そう、つまり、俺がその例外に当てはまっただけのこと。
思い返せば、日本にいた頃はかなり不遇だった。
生まれて間もなく、家族が事故や病気で死亡し、天涯孤独となり、養子として入った家族からは疎まれ、学校でできた友人からは裏切られ、ようやく独り暮らしができるようになったところ、住んでいたアパートは火災にあって私物と共に焼失、めげずに働き出したところ、職場では陰湿な虐めに遭い、仕事自体もサービス残業が当たり前。行政に相談しても、ただのクレーマーとして扱われ、結局自分自身でどうにかするしかなかった。
つまり、俺はあの世界にいてもいなくてもいい存在で、俺自身も未練は全くなかったわけだ。
さて、最初に転生した時の話に戻そう。
大神様から相談された俺は、当時は半信半疑で大神様の話を聞いていた。
まず、なぜ俺を呼び出したのか。自分は何者なのか。
そして、今どういう状態なのか。今後どのようにしていけばいいのか。
日本では、相談を持ちかけられたのは数多くあったが、その全てが最終的に俺に不利益をもたらす結果となったため、俺はあまり真剣に回答しなかった。
だが、まぁ、事実や知識、経験をただ伝えるだけなら俺の不利益にならないだろうと考え、そこだけは真面目に答えた。
地球でわかっている生物誕生と進化論に始まり、宗教典の一部や科学技術の一端、戦争という歴史や世界遺産の重要性、一般家庭の生活水準、文化、自然科学、果てにはゲームやライトノベルの世界観や設定などまで。
大神様は、それを聞いてなんとなく世界創造の道筋が見えたらしい。
ただ、それだけではまだ不充分。
そこで、俺に、試しに一度、創った世界で生活してもらえないか、と切り出してきた。
世界創造はほんの一瞬。
俺の話を聞いて、多少大神様がアレンジを加えた程度のもの。
ベースはまさかの、ライトノベルのファンタジー世界。
そこで、心苦しいが、日本で過ごしてきたような不遇人生を送ってほしい、とのこと。
なぜ不遇人生なのか。それは、その人生を送ったという体験が存在することで、その世界の最底辺を確定させるためだという。それにより、世界のバランスが取れるようになるらしい。
もう一度あのような生活をするのか、と思うと、あまり気が進まないが、大神様は無理強いはしない、と言うし、折角の異世界を体験してもいいだろう、なんて気がしないでもない。
元より一度終わった人生だ。新たな世界でやり直すのも存外に悪くない。
そして、そこで人生を全うした後、またこの場に呼び出す、と大神様は言っていた。
あまり信用はしないが、頭の片隅にでも入れておこう、程度の期待で、俺は異世界ローズガルドへ転生したのだった。
で、その最初の転生人生が終わり、今回の呼び出しだ。
期待はあまりしていなかったが、そもそも転生後、ここでの記憶が全て失われていたのは予想外だった。
それでも、約束をしっかり守ってくれた大神様に、俺は素直に感謝する。
しかも、労いの言葉までかけてくれた。
ここまでやってくれた以上、大神様を尊敬しないわけにはいかない。
ただ、どうしても確認しておきたいことがあった。
「あの、大神様。失礼なことを承知でお尋ねします。なぜ、俺にここまでしてくれるのですか?」
大神様は、一度顎に手をやり、やがて納得したように答えてくれた。
「ふむ…。君の歩んできた人生を考えると、尤もな質問だな。これまで数多の裏切りと絶望を味わってきた君なら、そう簡単に他者を信用できないのだろう。これから私が話すことを信じるか信じないかは、君が決めればいい」
そう言って、大神様は理由を話し出した。
「理由は二つ。一つは、君に助けてもらった恩があるからだ。君から教えてもらった知識は、私の世界を創るのにとても参考になったし、一度私の世界を体験してもらえたからだ。君が私の世界で経験したものは、全て私の世界をより良いものへ進化させてくれる糧となっている。だから、君には感謝しているのだよ。そして、二つ目は、私のためだ。先ほども言ったが、君の体験が私の世界をより良いものにしてくれる。自分に利益を与えてくれる存在ならば、君だって助けてあげたくなるだろう。それは私とて同じ。それに、神は他者を騙したりすれば、神としての格が落ちてしまう。そうなると、弱体化し、最終的に消滅してしまうのだよ。だから私は、約束は必ず守る。そういうことだ」
大神様がここで嘘をつく理由が思い付かない。ならば、と思い、俺は信じることにした。
「信じますよ。本心では、まだ他者を信用することに抵抗があります。ですが、約束を守ってくれた大神様なら、信じてみてもいいんじゃないか、なんて気もするので」
今の自分に、他者を信じることは難しい。無関心でいる方が楽だ。だが、一度異世界で生活してみて、わかったことがある。
楽をすれば、それ以上自分を成長させることができない。難しいことに挑戦することで、やっと一歩が踏み出せるのだ、ということを。
最初の異世界生活では、偏見や裏切りで、幾度となく苦汁を舐めさせられた。
初めての冒険者登録では、必要のない登録料をとられ、それが払えないとなると、借金奴隷に落とされ、どうにか満了期間が来て奴隷から解放されたと思ったら、住む場所がなくて。
ようやく居所を確保できたと思ったら、仲間に奪われて野宿の生活を余儀無くさせられて。
理不尽な目に遭えば、次はそうなってたまるか、と研究して、同じ過ちを繰り返さないように細心の注意をしてきたが、いつしかそんなことをするのが面倒になり、人生の最後には、自給自足で一人ひっそりと暮らして、誰にも知られることなく終わりを迎えた。
だが、そこで思ったことは、騙されていた時のほうが、まだ生き生きとしていたな、なんてことだった。
あの時は、俺自身に理不尽を覆せるほどの力が無かった。それでも、次に繋がるような知識や振る舞いを身に付けられるほどの自身の成長はできていたのだ。
「そう言ってもらえると、ありがたい。…ところで、厚かましいとは思うが、君に頼みたいことがある」
一度目の転生前から、俺は覚悟をしていた。もう一度呼び出す、ということは、それなりの理由があるのだろう、と思っていたからだ。
「予想はしていました。でも、大神様のことだから、今回もまた、無理強いはしない、とでも言うのでしょう?」
「もちろん、そこは君の意思を最大限に尊重させてもらう。断ったところで、君をどうこうするつもりもない。ただ、輪廻の輪に戻すだけだ」
輪廻転生。某宗教で言われているシステムだ。俺の記憶が正しければ、輪廻の輪に戻れば、俺はまた日本で生まれ変わるのだろう。
…これまでの記憶と体験を全てリセットして。
「内容によります。話をまず聞いてから、判断させてください」
「わかった」
大神様は、一つ咳払いをして、内容を話す。
「君に頼みたいのは、私の創り出した世界の記録だ。当然、そのための餞別を用意させてもらう。君なら、チートやスキル、とでも言えばわかるかな」
「…世界の記録…。その理由は、もしかしなくても、大神様の世界をより良いものにするために必要だから、ですか?」
「そういうことだ。私は私の世界を、もっと良いものにしたい。神は、よほどのことがない限り、ほぼ無限の時間を有している。その間、楽しみと言えば、自分の世界の成長と発展くらいしかないのだよ」
「発展にしても、限界があるのでは?」
「そのための成長なのだよ。発展することにより、そこで新たな問題が浮上してくる。それを解決することにより、成長する。そうすることにより、新たな発展が望める」
人は、欲深い生物だ。常に、より良いものを求めてしまう。だから、それを叶えるために、必死で努力し、発展していく。その姿が、神々にとっては楽しいのだろう。
「確認したいのですが、それはいつまでやればいいのですか?」
「それは君自身が決めてくれ。やめたい、と思えば、その時点まででいい。以降は寿命が尽きるまで、好きにするといい。その後はまた地球で転生するように計らっておく」
「つまり、期限は無い、ということですね。なら、もう一つ確認ですが、仮に記録の途中で死亡することになったときは、どうなるのですか?」
「そのときは、またここに呼び、継続してくれるのであれば、それまでの経験はリセットせずに再度ローズガルドへ転生させることになる。他に質問は?」
「いえ、大丈夫です」
「わかった。では、返事を聞かせてもらえるか?」
「もちろん、引き受けましょう。ちなみに、日記とかに残した方がいいのでしょうか?」
「それは気にしなくていい。君が餞別を受けとるだけで、以降の君の体験が私の下に届くようになっているからな」
「要するに、俺はただローズガルドを旅すればいい、ということですか?」
「そういうことだ」
なら、何も問題ないな。
「では、これより転移を行う。君に幸あらんことを」
俺の体が光に包まれていく。
そして、光が収まった頃には、俺の目の前に見慣れた風景が広がっていた。
「やっぱ、ここからだよな」
もう何年も風雨にさらされ、ボロボロに朽ちたあばら家がある。前の転生時に、俺の最期の棲みかとなった成れの果てだ。
「ステータス」
自分の状態を確認するには、やはりこれだろう。
名無し/レベル1/人間【記録者】/無職
固有スキル【ファイリング】【反骨精神】雑用百遍
魔法 無し
称号 【転生者】
ステータスは名前、レベル、種族、職業、スキル、使用魔法、称号の順に表示され、他人にも開示できるが、【】で括られた箇所は、どうやら俺自身にしか開示されないらしい。それ以外の箇所は任意で表示、非表示を設定できる。多くの人々は、名前と職業だけの表示にしているだろうが。
そういや、まだ名前が無かったな。
俺の今の姿は、髪も髭も伸び放題で、前回死んだ時とほぼ同じ白いボロ布をまとっているが、地球で過ごした22歳くらいのときの姿だ。前と同じでもいいが、せっかく転生したんだ、新しい名前を自分につけるか。
『ダリー』。日記のダイアリーをちょっと変えただけの名前。無気力感があるが、これで十分。
次に、スキルの効果を確認。
【ファイリング】:図鑑、収納、解析鑑定、分解、再構成、情報把握、世界地図、マッピング
図鑑はこの世界に存在するありとあらゆる人や物の情報を留めておくものだ。俺が得た知識と体験を元に管理されていく。ここでありがたいのが、【転生者】。これがあることにより、以前の世界で得た知識や経験がそのまま反映されているのだ。
収納は文字通り、物を異空間に入れておく能力。非生物限定だが、収納された物は、状態が維持されるので、例えば熱々のスープを収納すれば、再び出した時に変わらない温度で味わうことができる。
解析鑑定は、対象の状態のみならず、原材料や利用方法など、様々なことが分かる能力だ。おそらく、これから一番お世話になると思う。
分解と再構成は、収納したものを分子レベルまで分解し、魔力に還元したり、逆に分解したものを魔力を使用して元に戻すことができる。また、図鑑に記録されたものなら、素材を使って新たに産み出すことも可能。ただし、所持している鍛冶スキルや錬金術スキルに依存するので、両方持ってない俺では、お粗末な出来になるだろう。
情報把握は、俺が見たり聞いたりした情報を自動で記録していく能力だ。例えば、道端ですれ違った人がいるとする。すると、俺が意識していなくても、相手の名前や特徴が記録され、検索すればすぐわかる、というものだ。噂話も自然と記録されていくので、目標を立てるのに役立つだろう。
世界地図は、その名の通り、現在の世界の地形を把握することができる。近くの街や村などを探すのに便利な能力だ。
最後にマッピングだが、これは初めて訪れた場所を探索するときに役立つ。俺が通った道をベースに記録し、近くに何があったかまで分かる。特にダンジョンで使いそうだ。
そして、もう一つのスキル。
【反骨精神】:学習、不屈、断罪
学習は、スキルや魔法を習得しやすくする効果がある。かなりありがたい能力だ。
不屈は、普段から簡単に諦めない強い精神力が与えられるだけでなく、あらゆるものに対する耐性がつく能力だ。空腹だろうと、部位欠損だろうと、関係なく動き回ることができる。ただし、体力がスッカラカンの状態で発動することが出来るのは、一日にレベル分の回数のみ。レベル1の俺なら、一日に一回しか使えない。
最後の断罪だが、これは発動条件を満たすと勝手に発動し、全能力に大幅な補正が掛かるというものだ。その条件は二つ。まず、世界が敵と判断した対象であること。もうひとつは、俺が自らの意思でそれに立ち向かうこと。かなり曖昧すぎる条件なので、これは基本当てにしない方がいいな。
最後の一つ。
雑用百遍:長期間、幾度も雑用をこなし続けた者に宿る能力。雑用をこなすときに補正がかかり、最効率化することができる。具体的には、最低限の労力、最短の時間で完了できるようになる。
おそらく、これも【転生者】の効果で、前世の体験をスキル化したものだろう。大神様、粋なことをしてくれたものだ。
とりあえず、これらのスキルがあれば、一人でもある程度生きていけると思う。
さて、まずは衣食住の確保から始めよう。