大陸の険を超えていけ
使い終わった食器を片付けて、この一連の騒動の解決報酬を分配し終えてもなお、ヴィルさんの眉間から皺が消えることはなかった。むしろ、刻一刻と深くなっていく気がするのは気のせいだろうか。
それでも、パーティリーダーとして目的地とルートについての話をしないわけにはいかないことを、本人が何より心得ているからだろう。
何かを振り切るように麦茶を一気に飲み干したヴィルさんが、ようやく重い口を開く。
「次に向かうのは、この国の王都・シュルブランだ。そこに、今回会いに行かなきゃならないヤツがいる」
「ああ、やはりそうなりますか」
「王都ってことは山越えかぁ……リンちゃんがいて本っ当に良かったね!!」
苦虫を噛み潰し続けているヴィルさんがボソリと呟いた言葉に、得心がいったという顔のセノンさんとエドさんが大きく頷いた。
このお二人は、何となく事情を察してるのかな?
それにしても、山越えとかいう何ともハードそうな行程が聞こえたけど、どの程度の山道なんだろう?
エドさんが車内を見回して安心したように息をついているのを見る限り、徒歩とかだとかなりキツい感じなんだろうか?
5連ヘアピンカーブとか九十九折りレベルの曲がりくねった道なのか、電車だったらスイッチバックが必要になる程度の急勾配の山道なのか……。
いずれにせよ、野営車両さんに頑張ってもらうしかないなぁ!
……ただ、運転手としては山道の具合もそうなんだけど、それ以前に気になることが……。
「ちなみに、ここからそのシュルブラン? まで、徒歩で何日くらいかかるんですか?」
「約2週間、ってところか……リン、この車を使えばどのくらいになりそうだ?」
「えーっと、ちょっと待ってくださいね……!」
大まかでもいいから、全行程の走行距離がわからないと、運転計画を立てられないからね!
この間走ってきたレアル湖からエルラージュの街までは、歩いて3日、車で4時間……っていう所だったことを思うと、それの約5倍弱の距離、か……。
えーと、えーと……この間と同じように考えるなら、時速4kmで1日8時間歩くと仮定して、それが14日間と考えれば……448キロ…………なかなかの長距離ですな!
えーと、それを元に野営車両で走ることを考えるとだね……。
「あー……休憩と道の状態なんかを考えないなら、計算上は1日で着けそうですね」
「1日!? ここから、王都までを、か!?」
「まぁ、途中でご飯食べたりすることを考えれば、2日……天候が荒れて道路が悪かったら4、5日ってところが妥当なんじゃないかと……」
「……十分に、早いよ……。リン、無理は、良くない……」
恐らく、この街から王都までの道のりを一番よく知っているパーティリーダーが、悲鳴にも似た声を上げる。ヴィルさんが想定していた以上に、旅程が短縮されていたんだろう。
確かに計算上では、時速3、40キロの走行ペースを維持できるのであれば、約11時間~15時間で走り抜けることが可能なんだけど……流石にこの運行計画は無茶が過ぎると思うんだ。
途中途中でご飯を食べたり体を休めたり……という時間も必要になるだろうし、万が一魔物が襲ってこないとも限らない。
それに、唯一の港町と王都を結ぶ道……というのであれば、恐らく例の「大街道」が敷かれているとは思うんだけど、その分旅人とか隊商とかも多そうだし、また道の横を走ることになると思うんだ。
そうなれば路面状況も悪いことも考えられるから、果たして良いペースを保って走行できるかどうか怪しい所ではある。そもそも、山の天気が荒れに荒れたら大街道とは言え走りづらいんじゃないかな、と……。
それを踏まえて、ご飯やら睡眠やら、休憩時間や何やかやを加味した予想日程を伝えてみたんだけど……アリアさんにまで可哀想な子を見るような目で見られた上で、よしよしと頭を撫でられたんですがそれは……??
「今の時期ならそう天候も荒れることはないだろうが……もし心配なら、大回りで行く道もあるな」
「大回り? そんなルートがあるんですか?」
「ああ、メルノワ火山の方から回りこむルートだよね? 確かにあっちの方が道は平坦だけど、5日くらいは余計にかかんない?」
おお! なんだか新たな地名がどんどん出てくるよ!!
でも、それがどこなのかちっとも見当がつかないよ、ママン!
まったく馴染みのない地名に、目を白黒させるばかりの私に気が付いたんだろう。ヴィルさんがテーブルに指先でいくつか円を描いて示しながら、それぞれの場所の簡易的な位置関係を教えてくれた。
それを踏まえた上で分かったのは、今私たちがいるエルラージュの街は大陸の最東端にあって、これから向かう王都・シュルブランは最西端に位置していること。
……つまり、端から端への大移動な上、途中の山を越えなければならない、と……なかなか大変な行程になる、ということだ。
また、先ほど話題に上がったメルノワ火山はレアル湖からさらに北に行ったところにある火山で、その麓の街は鍛冶の街として知られているらしいのだ。
こちらも山道と言えば山道だけど、標高も勾配もさほどキツイわけではない……ただその分、大回りにはなってしまうので日数はどうしてもかかってしまう、っていう感じかな。
「…………まあ、野営車両なら火山回りでも計算上は丸1日で行けますし、休憩入れてもやっぱり2、3日って感じですね」
「……ぐっ…………まさかこの車が、これほど速い移動手段だとは思わなかったな……!」
「あくまでも、路面の状況が良くて、事故とかもなくて……っていう超希望的観測の下での日程ですから……もっとかかるかもしれませんよ?」
徒歩5日の距離が加わってすら、計算上は時速30キロで20時間走れば完走できてしまうという、現実を突きつけられたヴィルさんが、がっくりと肩を落とす。
科学の力って……いや、野営車両は科学の力って言うか、魔法の力でもあるけど、とにかくなんか……文明の利器って、スゲー!!
とはいえ、この旅程はあくまでもすべてが順調に事が運んだら……という楽観的予測の下で出したデータだからなぁ。
もし予想外のことが起こったら、これ以上に日数を喰う可能性はあるわけだし、そう落ち込まないでくださいよぅ……。
「いずれにせよ、ギルドにはまた顔を出すのでしょう? その時に道の様子を聞いて判断してもいいのではないですか? まぁ、心配しなくても何事もないと思いますが、ね」
「最近、山道の魔物も、おとなしいって聞いた!」
「ギルドに行った時にまた何か依頼を頼まれなきゃいいけど、流石にもうないんじゃない? それより、ひっさしぶりの休みなんだから、はやく予定立てよー?」
「ん! お休み、楽しみ!」
すっかり丸まってしまったヴィルさんを他所に、みんなつかの間の余暇を何をして過ごすかで盛り上がっている。
……ってか、レジャー計画たてるのはいいんだけど、どんどん緊急任務が舞い込んできそうなフラグが建設されていくのは気のせいかなー……?
「何でみんなフラグ立ててしまうん?」という言葉を飲み込んで、私はごまみそと一緒にヴィルさんの背中を撫で続けていた。
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誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
火山地帯……温泉……温泉卵に地獄蒸しに温泉饅頭……(´q`)
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