朝まで生討論
「……なぁ、リン。さっきも言ったが、俺達はこの件を上層部に報告に行くつもりだ。パーティメンバーにリンの事情を説明してもいいか?」
「ああ、大丈夫です。いずれにせよ、隠してはおけないと思うんですよねぇ」
「隠しておけない、って……え、リンちゃん、何か事情持ちだったの?」
「まぁ、大した事情ではないんですけどね……実は……」
どこか思いつめたような表情のヴィルさんが、こちらへ向き直る。「なるべく私の事情は秘匿する」っていう約束を、律儀に気にしてくれるんだもんなぁ。
でも、上の人間に報告する、って いうのであれば、遅かれ早かれみんなに私の事情がバレるわけだし。もう話しちゃった方が後々楽じゃないかな、と思うんですよ。
それに、こんなに怪しい出来事が立て続けに起こっているのにあからさまに関係ありそうな『聖女召喚』について話さない理由がないよね。
それに「三人寄れば文殊の知恵」って言うし、何かこう、良い閃き的なものが出るかもしれないじゃないか!
興味津々という顔で覗き込んでくるエドさんに、こちらも好奇心が隠しきれていないセノンさん、きょとんとした表情で首を傾げているアリアさん、と、文字通り三者三様の様相を呈しているメンバーに、私の身に起きたことを説明する。
釣りキャン遠征の帰りに、「聖女召喚」なるものに巻き込まれたこと。役立たずと言われてこちらの場所に飛ばされたこと。そこでヴィルさんと邂逅し、行動を共にするようになったこと。
「……なんていうか……リンちゃんも大変だったんだねぇ……その国で使い潰されなくて良かったよ!」
「私たちとしては、リンを「役立たず」と見誤ってくれた連中に感謝しかないわけですが、リンにとっては災難でしたね。心が挫けなくて本当に良かった……」
「ん。よく、頑張った、ね……!」
うむ。慰めはしてくれるものの、必要以上に神経を使っているわけでもなく扱ってくれる皆さんに感謝ですよ!
腫れもの扱いされたらちょっと悲しいなぁ、とは思ってたけど、そんな心配はなかったぜ!
こうして私が持っていた「聖女召喚」の秘匿ハンドアウトは公開ハンドアウト扱いとなるわけで、今後はこのパーティ内でも普通に話せるようになったわけだ。
その上でヴィルさんから提示された情報は、海を挟んだ隣国で「聖女様」が旅を始めたということ……で……。
コレは私も全く知らなかった。多分、トーリさんから秘密裏に得ていた情報、ってところだろうなぁ。
なんでも、「世界の浄化」を謳って隣国の王都を出発したってことらしいけど……。
「確か文献に残る「聖女召喚」は『異世界より巫女姫を召し、魔の物共を神掃いに掃い 国中を安国と平らけく知ろし食しけり』でしたか?」
「世界の浄化、かぁ……でも、実際にこんなに魔物騒ぎが起きてるわけだし、古の「聖女召喚」に縋りたくなったのかなー?」
おっと。意外と難しい言葉で記述されてたんですね、聖女召喚……。
要は、巫女姫……聖女を召喚して魔物を討伐して国中を平和に治めました……ってことなんだろうけど……。「知ろし食す」なんて大仰な尊敬語が入ってるあたり、視点は当時の権力者あたりかな?
…………と。エドさんの言葉が、ふと頭に刺さる。普段はメタ推理もリアルアイディアも苦手な私だけど、強烈な違和感が脳裏を焼く。流石に自分が体験したとなると違うんだろうか?
えーと……警鐘が鳴ってるのはどこだ? 何だ?
初めてトーリさんと聖女召喚に関して話していた時、トーリさんはなんて言ってた?
あの話をしたころは、私とあの女子高生がこっちの世界に召喚されてから間もない頃だったはず……。ネットもTVもラジオすらないこの世界で、情報を集めようと思ったら結構な時間がかかるはず。まして、国外の情報ともなればなおさらそうだろう。
それなのに、確か、この国内でも、近隣の国でも、魔物の数が増えたり野良ダンジョンができたり、なんて妙なことは起きてない、っていう話だったと記憶している。
もしこの時点で聖女召喚を決意しなければならない程に魔物の被害が酷かったのであれば、魔物の討伐やら何やらに関わるトーリさんには、それなりの情報が入っていたはずだろうし、「魔物の情報が秘匿される」って状況も考えにくい以上、魔物被害は本当に無かったんだろう。
でも、実際はこの時点で「聖女召喚」は行われた。
魔物の被害が出ていないにもかかわらず、「世界を浄化する」のを目的とする聖女召喚が……。
魔物被害がないのに、なんで「魔物を倒して世界を浄化する」能力があるっていう「聖女」を召喚する必要があったんだ?
むしろ、私がヴィルさんと行動を共にするようになってから……「聖女召喚」とやらが行われて私と名前も知らないJKがこちらの世界に来てから、魔物やダンジョンがらみの「異変」が頻発して起きてるような……?
だとすると……。
「違う。順序が逆なんだ……魔物が先じゃない。聖女召喚が先に来てる……」
ぽつりと漏れてしまった呟きに、みんなの視線が集中するのが嫌でも分かった。
「……この一連の魔物・ダンジョン騒動は「聖女召喚が実行されてから急速に始まった」って考える方が、まだ筋が通りませんか……?」
「……本当に、一体何が起きてるって言うんだ……!」
呆然と呟くヴィルさんの声が、しんと静まり返った部屋に空しく響いた。





