これは小松菜ですか? いいえ、『ほうれんそう』です。
ギルドに向かう道中、誰も口を開かなかった。開こうにも開けなかった、が正解かな。だって、何を喋っていいかわからないんだよぅ!
ちらちらと周囲を横目で見てみた限り、みんなそう思ってるっぽいかな……。
何かを言いかけては口を閉じ、口を開きかけては口を噤み……をみんな繰り返している。
なかなか会話のきっかけがつかめないまま、何とも言いようのない重い雰囲気とはいえあっという間に街へとたどり着いてしまった……。
大門の前では大きな黒い肩掛け鞄を下げたシーラさんが待っていてくれた。
「何だかいろいろあったみたいですが、お帰りなさいなのです!」
「ああ、色々ありすぎたぞ……今帰った」
「ヴィルさんたちは、今回の詳細をマスターに報告していてくださいです。リンさんは、まずは調教師登録と従魔登録しましょうです」
「そうですね。私とこの子が関わる話は終盤の方なので、先に登録をお願いしたほうが時間を無駄にしないと思います!」
にっこりと笑ったシーラさんが黒い鞄をガサゴソと探し、幾許かの書類と持ち運び用の簡易筆記用具を取り出した。ここで調教師登録と従魔登録をする、ってことなんだろうか。
探している時に鞄の中身がちらっと見えたけど、他にもわっさりと紙の束が入っていた所を鑑みるに、色々な書類処理が必要な事態になるかも、と予想してこうやって持ってきてくれたんじゃないかな?
シーラさんマジ有能! 受付嬢の鑑!!
調教師の資格がない私が、従魔登録をしていないごまみそを街に持ち込もうとすると規則がどうのこうのとで時間を食うと判断してくれたんだろう。
私とヴィルさんたちはここで一時お別れ。
ヴィルさんたちはギルドの方へ。私とシーラさんは大門の衛兵詰所のようなところで各種登録をすることになった。
どのみち、私とごまみそが関わってくるのは後半くらいからだし、手続きが終わってからでも遅くない、かな。
なお、文字やらなにやらはシーラさんに代筆してもらいましたよ! 読めないし、書けないって二重苦過ぎない!?
「猫ちゃん、可愛いですね。はい、これで従魔登録もできましたですよ! この認識リボンをわかりやすい所に巻くのと……あとは魔力スタンプを前足に押させてもらうですよ!」
「わかりました。はい、ごまみそ。手ぇ出して―」
『い、いやー! 朕、おちゅうしゃいやぁぁぁぁ!!』
「注射じゃないから大丈夫だよ、ハイ、シーラさんお願いします!」
「リンさん、もう従魔の言葉わかるのですか? リンさんは優秀な調教師になれるかもしれないですよ!」
「もうしばらくは荷物運び兼ご飯番で良いかな、と思ってますけどね」
じたばたと暴れるごまみそを抱きかかえ、前足をシーラさんに差し出していると魔力スタンプを携えたシーラさんが驚いたように目を丸くした。
その後、花が綻ぶように微笑んでくれたシーラさんが、ごまみその前足にスタンプを押してくれる。
もふもふコボルトさんが、ふかふかの子猫の手を取ってスタンプを…………何だろう、楽園はここにあったのかな?
ちなみに、魔力スタンプは花びらを重ねたようなきれいな花模様によく似た形のスタンプだった。毛皮の上に一瞬ふわりと模様が浮かび、そのまますぅっと前足に吸い込まれるように消えていく。
痛くなかった、と瞳をパチクリさせるごまみそを抱いて、シーラさんと共にヴィルさんたちがいるギルドへと向かう。
どのくらいまで話は終わってるかな? ダンジョンの敵とかの報告もしてるのかな?
シーラさんのもっふもふの手がノブを回してドアを開けてくれた先は、なんとも重苦しい雰囲気に支配されていた。
「ああ、嬢ちゃんか。また予想外の事してくれたなぁ!」
「あー、えっと、申し訳ないです。なんか、こう……成り行きで……?」
「あー!! 謎の魔物の出現だの野良ダンジョンだのときて、今度はダンジョンボスのテイムとか……死ぬ! 俺が死ぬ!! 書類仕事で死ぬ!!!」
「死なねぇよ! ちょっとは真面目に事務仕事もしたらどうだ? おまえの面倒を押し付けられるシーラが可哀想だろ」
頭を抱えて呻くギルマスさん……トーリさんをヴィルさんが鼻で笑いながら、ソファーの座る位置を詰めて私が座る場所を空けてくれる。
のたうつトーリさんを他所に、ヴィルさんが簡単にこちらの部屋での話を教えてくれたけど、ダンジョンの構造や出現した魔物の種類や数の報告など、だいたいは予想の範囲内だった。
残っているのは、あの最下層でのごまみそとの邂逅とそれ以降の出来事について……だけのようだ。
……とは言うものの、私自身も何をどう説明していいものやら……。
実家の猫に似てるなーと思って構ってたら懐かれて、ついついあだ名的なモノをつけてしまったらネームド化……テイムしたと言われ、何故か懐いたその猫が実はダンジョンコアを守護する役目を持つダンジョンボスで、でもネームドになったからダンジョンボスじゃなくなったーと言ってダンジョンコアを自ら破壊して従魔としてついてきましたー……とか、うん。読んで字の如く、ではあるんだけど……うん。
改めて言葉にしてみるともの凄い事態だな、うん。
実際にその事態を目撃した暴食の卓のメンバー以外――うん、まぁトーリさんしかこの場にはいないんだけど……――は、すっかりと目が死んでしまっていた。
……心中お察しします、ハイ。面倒な事態を引き起こしてしまって申し訳ありませんでした!
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
モフモフしたものを可愛らしく、食べ物は美味しそうに書きたいだけの人生だった……(-ω-)
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