野生を忘れた猫
休憩という言葉にカッと瞳を見開いて、厚かましくもキュルンとした表情でご飯を要求してくる子猫の頭を指でちょっと小突いてやってから、私は野営車両を起動させる。
扉を開くと、炊飯器チャーシューの良い匂いがなかからフワリと漂ってきて、鼻先をくすぐった。
冷蔵庫の麦茶をチンして暖めて、マグカップに注いでみんなに渡す。
ついでにコカトリスの骨付き肉からちょっぴりお肉を切り取って子猫の口元に持っていけば、にゃむにゃむ鳴きつつかぶりついてきた。
……ふむ……山猫って言うだけあって、生肉でも問題なさそうだなぁ。
小皿にこんもりと山ができる程度に、細切れのコカトリス肉を盛ってやる。これで、食べてる間は静かなんじゃないかな。
『んなー! んにゃぁぁ!みゃぁぁぁ!!』
「ねこ、嬉し、そう……」
「えーと……とりあえずだな、リン……。まず、いくら人懐こいとはいえ魔物を手懐けるな!」
「あ、はい、すみません! 実家の猫に似ていたもので……」
「気持ちはわかりますが、リンは調教師ではありませんからね……もし襲い掛かってこられていたら、大変だったんですよ?」
夢中でコカトリス肉にむしゃぶりつく子猫を優しいまなざしで見つめるアリアさんを眺めた後、背後からの圧に耐え切れず恐る恐る椅子に腰を掛ける。
まずはヴィルさんからのお叱りが。続いてセノンさんから注意喚起が降ってきた。
いや、はい。返す言葉がないです。もふもふに飢えてやらかしてしまいました。誠に、誠に申し訳ない……。
こめかみを押さえたセノンさんが説明してくれたことによれば、魔物を手懐けて戦力にする、という行為ができるのは、基本的に調教師にのみ許された行為らしい……というか、調教師の資格を持った人間以外には、手懐けた魔物を『従魔』として登録することができないらしく、一般人がどんなに魔物を手懐けたところで街に入れることができないようだ。
いくら魔物をテイムできても、調教師の資格を持った上でテイムした魔物を従魔として登録しておかないと、魔物と街に入れもしないし、仕事も受けられない……っていう仕組みなんだろう。
…………まぁそりゃそうか。無資格の人間が無登録の魔物をガンガン街に入れられる……とか、街が壊滅する未来しか見えないもんな。
基本的に野生の魔物は自分より弱い存在を受け入れることはなく、テイムしたければそれなりの力量を示す必要が……要は一度完全に叩きのめす必要があるせいで、調教師自身にもそれなりの力量が必要になってくるというわけだ。
その上で、調教師はその個体だけの『名前』を魔物に与えることで魔物を従えて、魔物はその名前を受け入れることでテイムされる。
そのため、調教師の資格を持っている人は割と実力のある人が多いようで、ギルド的にもそんな冒険者と魔物を把握しておかないとマズいから、資格制にして人数や従魔の種類等の管理を図る……って図式なのかな、うん。
時折、悪趣味な金持ちの道楽として魔物を飼育して夜会のときなんかに見世物にする……とかいう事もあるみたいだけど、これは専属の調教師が雇われていたり、金持ち自身が調教師の資格を取得していたりするので、倫理的な問題はともかく資格的には問題がないもの、とみなされるっぽい。
なお、調教師ではない人でも魔物としての自我が弱い子供や卵などから育てたりした結果として懐かれてしまったりすることがあるようで、どうにもこうにも私がうっかりやらかしてしまったのはこっちのシチュエーションに近い、かな。
ちなみにこの場合でも、手懐けてしまった本人が調教師として登録し、手懐けてしまった魔物を登録しておけば、資格的には問題なく飼育ができるようだ。
その際にメインジョブを調教師にする必要はなく、兼任でやっていけるみたいだ。
調教師に転職するというより、メインジョブが何であれ、魔物を飼育するなり戦力として使役したい場合には『調教師』という資格がないとダメな感じ、と言って伝わるだろうか?
「でもまぁ、リンに怪我がなくて何よりだ。大人しい魔物でよかったな」
「結局ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「このダンジョンを調べ終えてギルドに戻ったら、荷物運びだけではなく調教師としても登録しないとな。だが、テイムするのはこの猫で打ち止めにしてくれよ?」
「え?」
「いや。流石にこの状況を見て捨てて来い、って言う程鬼畜じゃないぞ、うん」
そうこうしているうちにトリ肉を食べ終えた子猫が私の膝の上に飛び乗ってきて、ぽんぽこと膨れたお腹を無防備にさらしてぷすぷすと眠り始めた。
完全に気を許されているな、これは……。『野生』どこ行った、お前……。
ぴすぴすと鼻を鳴らしつつ私の膝の上でヘソ天井で眠る子猫を見たヴィルさんが、諦めたようにため息をついた。
そのまま手を伸ばしてきて、猫の喉をくすぐるように撫でてやっている。
ぽふっと頭に手が置かれる感触に思わず顔を上げると、ちょっと複雑な感情を滲ませたイチゴ色の瞳と目が合った。
半ば呆れたような、困ったような表情のヴィルさんが、それでも優し気に笑ってくれている。
みんな優しいけど、流石に魔物は置いていけ、と言われるのかと思ってた……。
「ネームドにまでしてしまったのであれば、それが良いでしょう。リンも、子猫を置いていく気はないでしょう?」
「こんなに懐かれちゃったし、問題がなければ連れて帰りたいなー、とは思ってましたけど……」
「ねこ、可愛いから、良いと思う!」
「翼山猫、って言っても子猫だしねー。子供のうちから育てるとめちゃくちゃ懐くっていうから、襲われる心配はないんじゃない?」
周りを見渡せば、みんな優しい目で子猫を見ていた。アリアさんなんか、もうめっちゃモフリたそうに眠る子猫を見つめている。
なんだ、この優しい世界……そしてよかったな、猫……もとい、ごまみそ! お前、暴食の卓がこんなに優しい人揃いでよかったな!
暴食の卓以外だったら容赦なく狩られてたかもしれないんだぞ!!
だから、せめて目を覚ませ!
保護してもらうお礼として、愛らしい姿を見せつけるとか、あざと可愛さを発揮するとかしてくれていいんだぞ!?
「それじゃあ、とっとと帰るためにも探索を再開するか!」
「ん。体も、あったまった!」
「でも、特に何かがある感じじゃなかったんだよなー」
「魔物の気配もありませんでしたしね」
飲み終えたマグカップを魔法で洗浄してくれたヴィルさんが立ち上がると、みんながそれに続いた。探索を再開するようだ。
私もぷーすか眠っている子猫……ごまみそを抱き上げて、みんなに倣う。抱き上げた時にうっすらと目を開くが、また目を閉じてぷすぷす眠りこんでしまった。
神経図太いな、コイツ……。
寝かせておいてあげてもいいけど、車内でどんなイタズラされるかわかんないからね、うん。
それに、中に生き物を入れたまま顕現を解除できるかどうかわかんないからなぁ。
何はともあれ、猫を飼えるその日のために……もうひと踏ん張りしますかね!
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
うちの猫が執筆の邪魔してくる辛い……。
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