ぬっこぬこにしてあげる
潜った光の向こうは、神殿の本殿というには妙な構造をしていた。私たちが今いるだだっ広い場所を底にして、すり鉢状に円形に広がっていたのだ。
円形闘技場というのが一番しっくりくるだろうか。
外観は四角だったのに、なんでこんな妙な内装に? とも思ったんだけど、この見た目よりも中はかなり広くなってる感じを見ると、野営車両の室内に近い感じの魔法でもかかってるんじゃないかな?
誰もいない、何もないはずなのに観客席のようになっている所から悪意溢れる笑い声が聞こえてくる気さえする。
……多分ね、ここがボス部屋ってことなんじゃないかな?
【『めっちゃ強いボスに哀れにみじめにいたぶられて殺される冒険者たちの姿を、観客たちが楽しむ場所』っていう設定でボスが作った部屋で、冒険者たちが部屋の中央まで来るとボスが登場する】っていう設定の、さ。
ヴィルさんたちも警戒してるんだろう。もう、陣形という話もなく、みんなでひと固まりになって全方位を警戒しながら真ん中に進んでいく。
「……何かいる感じが、しねぇな……」
「反応、ない」
「……です、ねぇ……生存戦略さんも何も…………ん??」
『ぶにゃっっ!!!』
不意に、脛の辺りにモフっと何かがぶつかる感触があった。咄嗟に下を見ると、弾かれたのは……。
「………………ねこ?」
『ん゛に゛ぃぃぃぃぃぃぃ~~~~……』
「翼山猫の子供、か……? 何だってこんな所に……?」
私の足に弾かれコロコロと弾みつつ転がった末にぽてんと潰れたように地に伏せたのは、バスケットボール大の球体……ではなく、背中に翼が生えた猫……のような生き物だった。
淡褐色の毛並みに、暗褐色の斑点や縞模様……失敗をごまかすようにブワッと膨らんだ尻尾も暗褐色で、頭部や頬にも同色の縞模様が入っている。
キジトラにちょっと似てるけど、若干野生味があるというか……。前足も後ろ脚もぶっといよぅ!
……とはいえ、不機嫌そうに唸りながらんぺんぺと毛づくろいをする姿は、実家で昔飼ってる猫が何か失敗した後にごまかそうとする時とそっくりだ。
翼、山猫……山猫、かぁ。ああ、だからこう野性味……や、やせいみ?? が、あ……る…………のかな??? うん??
……ってか、バスケットボールサイズで子猫、なんだ……でけぇぇぇぇ……!
子猫、ということは親御さんや兄妹が近くにいるのかと思って周囲を見回してみたけど、特にそれらしい反応もなく……。
なお、生存戦略さんの表示では『食用に適さない』となっていましたよ!
魔物とはいえ、食べられない…………もとい、敵意を持って襲ってきたわけでもない子を殺すのはちょっと、なぁ……しかも、子猫……なんでしょう?
「親の姿、ないですね……危険な魔物なんですか?」
「野生の成獣は結構な脅威になるんだが、子供のうちは大して、な。人にも懐くから使役してる調教師も多いぞ。しかし、親の姿がない……となると…………はぐれ、か……」
「あー…………生きて、いけるんですかねぇ……」
『んなぁぁ! なぁぁぁん!!』
「え、何? めっちゃ懐っこい!」
はぐれ……はぐれ、かぁ。親にここに置き去りにされたのかな?
野良ネコなんかでも、育たなそう……って思う子供は育てないで見捨てちゃう、なんてこともあるみたいだし……。
でも、見てる限り元気っぽいけどなぁ……?
しっぽの先まで毛づくろいをしてようやく落ち着いたのか、むふんと満足げに胸を張る翼山猫を眺めてみる。
ふと、琥珀色の瞳と目が合った。ぱちくりとアーモンド形の大きな目が瞬く。
ぽてぽてと近寄ってきた翼猫が、尻尾をピンと立てて私の足に纏わりついてきた。
尻尾もピン、ヒゲもピン、目をキラキラと輝かせて見上げてくる子猫の、なんと可愛いことか!
抱き上げようと手を伸ばすと、警戒する様子も抵抗することもなく弾むように飛びついてきた。人にも懐く、って言うくらいだし、子猫のうちは人懐こいのかな。
そのまま落ちないように、と抱きかかえても嫌がる様子も見せず、満足げに瞳を細めてゴロゴロと喉を鳴らしている。顎の下あたりや耳元を掻いてやると、喉の音が一層高くなった。
手が止まると頭をグリグリと擦りつけながら前足で私の手を押さえて『もっと撫でろ』と要求してくる。
……うむ。実に実家の猫にそっくりだな、この猫。
『なぁぁぁぁう、んみゃぁぁぁ』
「えー、何だ君、色味が実家のごまみつにそっくりだな!」
「ごまみつ……リンの家の猫の名前か?」
「そうです、そうです。ウチの猫はこの子よりも色味が濃いので、ごまみつなんです。この子だとごまみそくらいの色味ですね」
『みゃぁぁぁぁん?』
「そうねー、ごまみそだねー」
薄茶ベースの背中の毛並みに、胡麻斑のような斑点と縞模様が入ってる感じが、田舎味噌と黒ゴマを混ぜたような胡麻味噌ダレを連想させてなー。
口元を掻くように撫でてやると、口元がきゅっと窄まるのに合わせて髭がピンを立ち上がり、ごろごろという音が一層高くなる。
腕の中でもぞもぞと腹を見せるように体勢を変えて、うにゃうにゃと鳴く子猫の腹もついでに撫でてやる。
もふもふ、可愛いのぅ。
……と。
『にゃー、んみゃぁぁう? んにゃんにゃぁにゃ?』
「は?」
『んなぅなーにゃ、うなぁぁぁぁん!』
「は? え?? ね、ねこ!?」
「おい、どうした、リン? どうかしたか?」
「え……ヴィルさん聞こえないんですか? コレめっちゃ喋ってくるんですけど!?」
「は? いや……みーにゃー鳴いてるようにしか聞こえないが……?」
「え……えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
抱っこした子猫がにゃーみゃー鳴いている声は、しっかり私の耳に届いている。ただ、それと共に副音声でも付いているように、猫の声がはっきりした言葉となって脳髄に届く。
混乱する私の様子にヴィルさんが声をかけてくれるが、ぶっちゃけしゃべる猫の副音声の衝撃で、どうしても反応が遅れてしまう。
こんなにはっきり喋ってるのに、ヴィルさんには鳴き声にしか聞こえないみたいだ……。
アリアさん達を見てみても、みんな不思議そうに首を傾げるばっかりで……。
もしかして、コレ、私にしか聞こえてないの……? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!??!!?
「…………リン……その翼山猫、『ネームド』になっているようですが……何かしましたか?」
「ね、ねーむど??」
「その特徴から種族名だけではなく二つ名を持っていたり、固有の名前を付けられた魔物のことですね」
「……え……まさかこのごまみそが名前に!?」
『んなぁぁん、みゃぁぁぁん、んみゃぁぁぁぁ!』
「特別って……ごまみそでいいのか、君……多分アレだぞ『おみそ』って私に呼ばれるぞ?」
じぃっと子猫を見ていたセノンさんが、難しい表情のまま顔を上げた。
セノンさんの言葉に、ヴィルさんの瞳が呑気に眠る子猫と、混乱しっぱなしの私との間を何回か往復して……気が抜けた、と言わんばかりにため息をついた。
「………………何だかどっと疲れたな……ボスらしき魔物も出てこないようだし……。一度野営車両を出してもらってもいいか、リン……?」
「え、あ、はい! ついでに、休憩にしましょうか」
『にゃー、ににゃーんみゃぁぁぁぅ』
「えぇー、何? 君、ご飯まで要求してくるのか……ミルク……はないけど、まぁ、お肉くらいは出してあげようか」
目頭を押さえたヴィルさんが、ため息をつきつつ休憩を要求する。
あ、うん。そうですよね!
ちょっと私もワケがわかんなくなりましたし、ボスもいないようだし、ちょっと休憩にしましょう!
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もふもふの誘惑に勝てませんでした……_(:3 」∠)_
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