ホットミルクと雪原行軍
車内にみんな入ったところで、中の温度が逃げないよう扉を閉める。
エドさんが洗浄と乾燥の魔法をかけてくれたから、濡れていた靴も、靴下も、毛布もすっかり乾いて暖かい。
気付かないうちにぐすぐすになっていた鼻を啜りながら、何を作るべきか頭の中で考えてみる。
温かくて、体温生成・維持に役立つカロリーが摂れそうな甘い物が良いだろうな。
ホット麦茶……却下。糖分がない。
ホットワイン……却下。そもそもワインが残ってない。
……キャラメルホットミルクでもつくるか。ちょっと勿体ないかな、って思ったけど、牛乳はここで使っちゃおう! こんな時だし、しょうがないと思うんだ。
「中鍋に砂糖と、バター……小鍋に牛乳入れて温めておいて、と……」
中鍋に砂糖とバターを少しとスプーン2杯程度の水を入れて、火にかける。強めの中火で加熱していき、ブツブツと泡が立って、べっこう飴以上カラメル未満……要はカラメルソース程度に色が付いてきた頃合いを見計らって火を止める。
ほんのりと甘く香ばしい匂いが鍋から漂ってくる。
その中鍋に、沸騰しない程度に温めた小鍋の牛乳を火傷をしないよう気を付けながら注ぐんだけど……。
「あっつ!! あつ!!」
「だ、大丈夫か、リン?」
「問題ないです。温度差があるとはいえ、跳ねるんですよねぇ、コレ……」
何だかんだで170度はあるからね。天ぷら揚げるときの油程度の温度だからね。牛乳入れると跳ねるんだよね……。
でもまぁ、跳ねる牛乳の熱さにも負けず、固まりかけるカラメルソースにも負けずにかき混ぜていくと、香ばし甘くて温まるキャラメルホットミルクの出来上がり!
食器入れに入っていたマグカップに入れて、配給といきますか!
「兎にも角にもおやつの時間ですよ~」
「有難い。温まってカロリー補給して……また雪山に挑むことにするか」
「もしアレなら、あの建物の辺りまで野営車両回しましょうか?」
「アリアの為にもそうしたいんだけど、残念ながら、コレ、調査も兼ねてるんだよね」
言葉もなくマグカップを両手で包み込んで暖を取っているアリアさんからもぐさパックを受け取って、もう一度レンチンする。
車が使えれば楽だと思ったんだけど、そうもいかない……かぁ。エドさんの言葉にアリアさんもコクコク頷いてるし、仕事に関してもの凄く真面目なんだなぁ。
……まぁ、冒険者にとって自分たちの評価ってそのまま生活に関わってくることだろうし、それもそうか。
チンする間に自分の分のキャラメルホットミルクに口を付ける。ふーふーしてもまだ熱い。でも今はその熱さもご馳走、っていうか、冷えていたお腹の底からじんわりと温まっていく感じがする。
トロリとした濃厚な甘さが口の中いっぱいに広がるとともに、香ばしい甘い香りが鼻に抜けていく。バターを入れてあるお陰でコクもあって、寒さに痛めつけられた身体にじんわりと染み込んでいくような感じがする。
「うーん……とりあえずアリアさんは暖かくしてないとダメっぽいですね……もぐさパック以外に何かあるかな? 毛布とか被ります?」
「……ん……流石に、動けなく、なっちゃう……」
「ですよねぇ……あと思いつくのは湯たんぽとか? 耐熱ペットボトルないもんなぁ……」
さっきの私みたいに頭から毛布をたっぷり被れば暖かいかなーって思ったんだけど、前衛職向けではないもんね。確実に動きは悪くなりそうだし、いろんな技能にマイナス付きそうだもんなぁ。
かといって、あと思いつくのは湯たんぽとかなんだけど、耐熱ペットボトル――暖かいお茶に使われてるようなやつ――なんて持ってきてないもんなぁ。
猫舌気味だから、冬でも冷たい派なんだ、うん。
……でも、熱湯じゃなくて人肌より熱い程度のお湯というかぬるま湯というかにしておけばだいじょうぶ、か?
いずれにせよ、アリアさんの体は暖めておかないとマズい仕様っぽいし、迷ってる暇はないか。
キャンプ用具の中に突っ込んでおいた空のペットボトルに、ちょっと熱い程度のお湯を慎重に注ぐ。薬缶で沸かしたお湯半分に、水を入れて温度を調節したのだよ。
これをタオルに包んで……。
「首にはもぐさパックを巻くとして、これは腰の辺りに巻いておきましょうか……」
「ありが、と。……リン……手も、撫でてくれる?」
「もちろんです! 寒い中お疲れさまでした!」
「ありがとう! リンの手、あったかい…………雪の中に、いた、のに……」
「あー、なんででしょうね? 年中こんな感じの体温なんですよ。おかげでパイ生地もブリオッシュ生地も作りにくくて」
キャラメルミルクを飲み干したアリアさんが、おずおずとその手を差し出してきた。そんな申し訳なさそうな顔しないでくださいな! 施術は大好きなのでお気になさらずですよ!
温かいカップを持っていたのに、まだひやりとする手をそっと取った。
……うーん確かに女の人って冷え性になりやすい、とは聞くけど、アリアさんのコレは尋常じゃない気がするんだよね。
……すっごい偏見で申し訳ないけど、昆虫系って寒さに弱いって聞くし、蜘蛛人さんも寒さに弱いのかな? だとすると、体質改善とかそういう話じゃなくて、対処療法がメインになるかなぁ。
しばらくマッサージしていると、冷たかった指先にもほんのりと温もりが戻ってきた。薄らと頬にも色が戻ってきてるし、これで少しは大丈夫、かな?
アリアさんに心底不思議そうな顔をされたけど、私も何でこんなに耐寒性があるのかわからんのですよ。
実際、濡れたせいであんなに冷えてた足も、今はすっかり温まってるしなぁ。
「……あ。私も雪対策しておこう! 肌が濡れないだけでも違うと思うし」
「何してるんだ、リン?」
「ああ。足にビニール袋巻いてるんです。こうしておくと、靴下は濡れないので体温が奪われにくいんですよ」
ちょうど余っていたコンビニ袋をだね……こう……。ごそごそしているとヴィルさんが覗き込んできたけど、大したことはしてないんだ。
靴下の上にコンビニ袋被せて、輪ゴムで上の方を止める、って言う……貧乏性的な靴濡れ対策ですな!
みんなブーツっぽいけど私だけスニーカーだし、どうしても雪が入るんだよー!
こうしておけば靴は濡れても靴下は濡れないし、靴下が濡れないなら体温の奪われ度は段違いだと思うし。
「ああ。休憩はもう終わりですか……名残惜しい……次はグリューワインを楽しみたいですね」
「ほんと、リンちゃんがいてよかったよね! こんな状況なのに、寒さ気にせず休憩できるとかサイコーだよね!」
「ああ。凍死の心配がないのが有難いな」
「野営車両はすぐに展開できるので、休憩したいときはいつでも言ってくださいね!」
ホットミルクを飲み干して、心底残念そうにため息をついたセノンさんがさりげなくグリューワイン……要はホットワインを要求する。
そうですねぇ。今度はダンジョンじゃないところで雪見酒とか楽しんでみたいですよね。
……こっちの世界って温泉とか、あるのかな?
いずれにせよ、まずはこのダンジョンを攻略してから、になるだろうし。
気合、入れますか!!
装備を整えて外へと向かうみんなに続き、私もしんしんと雪の積もる外へと飛び出した。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
キャラメルホットミルクはバターなしでも美味しいので、寒い日にでも作って頂けますと幸いです。
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