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恐惶謹言 焼肉共食 よって件の如し


 ローストビーフを包んでいたアルミホイルをそっと外す。中に閉じ込められていた僅かな熱の残滓と湯気が頬を撫で、次の瞬間にしっとりとしたお肉の香りがブワッと周囲に広がった。

 ホイルの中で蒸らされたのか、焼き立ての時のような空きっ腹を突き刺してくるような攻撃的な匂いではなく、はんなりと柔らかな香りになっている。

 表面の焼き色すらも何となく優しく見えるのは気のせいだろうか……?



「そ、それじゃ、切りますよ……!」



 8つの瞳が固唾をのんで見守る中、そっと塊肉――今はもう立派なローストビーフになっている――にナイフを入れる。

 ハラリ……とほどけるように落ちた薄茶の肉片の向こうから、薔薇色がかった肉が顔を覗かせていた。



「おぉぉぉぉぉぉ! 我ながらいい焼き色になってる!! よくやった、私!!」


「良い色ですね。実に美味しそうです……!!」


「……っ! すごい! お肉!! 美味しそう!!!」



 香ばしそうな薄茶の焼き色が付いた表面と、ほんのりと赤みを残しつつ焼き上げられた中層部分、生っぽく見えるもしっかりと火を通されてロゼ色になっている中心部分……。

 何とも美しいグラデーションを晒す塊肉は、切っても切っても皿の上に肉汁を零す様子すら見受けられないが、かといってパサついた質感にも見えない。

 しっかり休ませたおかげで、お肉の繊維が肉汁を蓄えてくれているんだろう。


 半分ほどを薄切りに……あとは適度に厚みを持たせてスライスしていく。

 ローストビーフって、薄いお肉を何枚も頬張る楽しさも、ちょっと厚めのお肉を噛みしめる美味しさも、両方味わえるのが嬉しいよね!



「……ローストビーフはこれでよし。あとは、ステーキか……!」



 そろそろ肉汁も落ち着いた頃合いだろうと、板状のステーキの切り分け(こうりゃく)に手を付けた。

 刃を入れたところからじゅわりと脂と肉汁が滲み、真っ白な皿に滴っていく。


 ややレア気味な焼き加減を目指して焼いたお陰だろうか?

 ツヤツヤと照り輝く濃いキャラメル色に焼き上げられた表面とは裏腹に、切り分けた肉の内部は鮮やかな薔薇色だ。

 芯の部分は濡れたように艶めいていて、爛れたような色合いを見せる切り口はいっそ官能的ですら、ある。

 切り分けた肉片の表面を覆うように、肉汁がたまっていく様子なんて、もう……!!

 

 骨があるおかげで若干切り分けにくくはあるけれど、骨際のお肉は美味しいって言うし……後で適当にこそげとろうそうしよう。



「はふぅ……お肉につけるソースは3種類くらい作ってありますけど、塩・胡椒とかレモン汁もあるので、そっちが良ければ言ってください! ちぎりパンとご飯はセルフでお願いしますね!」


「リン、もういい。もう十分だ。そろそろ座ってくれ」


「そうそう! ご飯はみんな一緒に食べるから美味しいんだよー」



 お肉を切り分けるだけだというのに、なんだかちょっと感極まっちゃって……込み上げてくるある種の感傷を逃がすかのように大きく息をついて……ふと気が付いた。

 テーブルの上は、ローストビーフとステーキの大皿と3種のソース、ちぎり済みのちぎりパンの皿でいっぱいいっぱいだった。野菜なんかは今は空いた調理台の上に置かれている始末だ。

 折を見てもう一つくらいテーブル買った方が良いかもなぁ。


 乗り切らなかった品物を指さしていると、ヴィルさんとエドさんにやんわりと着席を勧められ、アリアさんに無言で袖を引かれ、席に着くことになった。



「本日も糧を得られたことに感謝します」


「我等の食せんとするこの賜物を祝し給え」


「数々の御恵みに、感謝を」


「慈しみを忝み今日の糧を賜ります」


「いただきます!」



 各自それぞれに食への感謝を口にして……卓の上は戦場と化した。

 剣劇のごとくフォークが火花を散らし合い、瞬く間に切り分けた肉がみんなのお腹に収まっていく。

 魔物との戦闘時よりも殺気立ってるような気がするなぁ、うん。


 誰かの腕がお肉の上でさっと翻ったかと思うと、その手に握られたフォークにはしっかり肉が刺さっていて、おぉっと思う間もなく別の腕が死角から延ばされてくる感じ、だ。


 ……え? そんな中私はどうやって食べてるのかって?

 戦闘能力皆無なご飯番にも気を配ってくれる優しいパーティリーダー(ヴィルさん)美人さん(アリアさん)が隣に座っていますのでな。お二人が、適宜私にも取り分けてくれますよ!

 持つべきものは仲間ですなぁ……ありがてぇありがてぇ……!


 ……さて。まずはステーキ…………うん。ヒレから頂きましょうかね。



「……はふっ……! や、柔らかい!!」


「絶妙な火の入り方ですね……! 外側はカリっと焼けているのに、中はしっとりと柔らかい……実に私好みの焼き加減です」


「脂身のないヒレなんざ焼いたらパサつくだけだと思ったんだが、まさかこんなにしっとり焼きあがるとは……!」 



 『アツアツ』でもなく『ぬるい』というわけでもなく、適度な熱を帯びた何とも妖艶な色合いの肉片を口に入れる。

 しっかりと塩と胡椒をすり込んだおかげか、バターと肉汁でコーティングしたものを高温でしっかり焼き上げたおかげか……その表面に歯を立てればカリっとした感触が伝わってくる。だが、決して固いわけではない。

 歯応えよく焼きあがった表面はそのままざっくりと噛み切れて、どこに隠れていたのかと問い詰めたくなるほどの肉汁が口いっぱいに溢れ出してくるんだ……!

 一見脂は少ないように見えたヒレの部分だったけど、バターのコクが加わって十分にコクがある。それに、噛めば噛むほどナッツみたいな香ばしい香りが鼻を抜けていき、旨味と肉汁が口の中に迸った。


 脂気が少ないヒレの部分は、ちょっとでも焼きすぎるとすぐにパサパサになっちゃうんだけど、今回はうまく焼けたみたいだ!

 

 それはもう満足げにお肉を頬張るセノンさんと唸るようなヴィルさんの呟きを聞きながら、今度はアリアさんが取り分けてくれたサーロインの部分に箸をつけてみる。



「……お? 思ったよりクドくないですね。確かに脂気はありますけど、それが全然嫌味じゃないって言うか……」


「お肉自体に力があるからかな? バランスが取れてる、って感じ!」



 サーロインの方は甘い脂身が舌の上でとろりと蕩け、それが力強い肉汁と絡み合って舌を潤していく。適度にサシが入っていた肉は簡単に噛み切れるほどに柔らかく、瞬く間に喉の奥へと滑り落ちていった。

 お肉の繊維がわかる程度にはしっかりと噛み応えがあるのに、そこに歯をあてがえばざっくりと噛み切れて口の中に旨味たっぷりの肉汁が溢れていく。


 口の中が脂っぽくなることもなく、むしろ香ばしくてくどくなくて軽い感じさえしてしまう。

 それよりなにより、大きめに切られた柔らかなお肉を口いっぱいに頬張って、ぎゅむぎゅむと咀嚼する多幸感と言ったら!

 「お肉食べてるー!」っていう感じがたまんないよぉぉぉ……!


 なお、思い思いの「頂きます」をしてから一切言葉を発していないアリアさんが何をしているかというと、自分の皿と私の皿に肉を取り分けつつ、ただひたすらにお肉を頬張っている。

 言葉はなくても、キラキラ輝く瞳とうっすらと薔薇色に紅潮した頬を見れば、美味しく食べてくれてるんだなぁ……というのがよくわかる。

 ご飯番冥利に尽きますな!



「アリアはねー、美味しいモノ食べてる時に口を開くと『美味しいオーラが逃げちゃう』って言って、喋んないんだよねー」


「喋ってる間に美味しいものを人にとられるのが嫌、とも言ってましたが?」


「お喋りしてる暇があったらいっぱい食べておいた方が良い……とも言ってなかったか……?」


「…………………………そんなこと、ない……もん!」



 薄切りローストビーフ一山分と、ちょっと厚めに切り分けた方を一枚、自分と私のお皿に取り分けてくれたアリアさんが不意に口を開いた。

 ……おっと……口元にソースが……と私が口を出す間もなく、エドさんがティッシュで拭っていた。阿吽の呼吸というかなんというか……ま、エドさんが幸せそうなので良しとしましょうか!


 お皿を置いたアリアさんが私の方へと向き直り、ぎゅっと手を握ってくれる。冷たいけど、柔らかい手だ。



「リンも、リンのご飯も、大好き……! 暴食の卓(ウチ)に、来てくれて……ありがと……!」


「私も、皆さんの仲間に入れてもらえて良かったです! ほら、何はともあれ、ご飯食べちゃいましょう? 今後の予定とかも決めなくちゃいけないんですよね?」


「……ん、そうだな。とりあえず今日は、飯が済んだらここで野営しよう。あと4つ魔力溜りは残ってはいるが、今日の手ごたえに鑑みる限り明日か明後日には片が付きそうだ」


「けっこうな強行軍になりそうですね。行動食は用意しておきます」



 頬を上気させた可愛い系美人さんに、目の前でにっこり微笑まれて……同性と言えども思わず照れちゃったぜ!

 照れ隠しを兼ねてアリアさんの手をぎゅっと握り返して、大きめのステーキにかぶりついていたヴィルさん(リーダー)に話を振ってみた。

 ローストビーフを飲み込んだヴィルさんが、ざっくりと今後の予定を立ててくれた。


 あと4つを明日か明後日中に、か……距離が近ければ、明日中の突破も可能……って考えてるのかな?

 それじゃあ、歩きながらでも食べられるようなものを、ケーク・サレ以外にも作っておこう。


 でも、とりあえず今は……。



「ローストビーフも美味しくできてる! しっとりだしジューシーだし、本っっ当によくやった、私!!」


「薄い肉を何枚も同時に噛みしめる感触がたまらん……!」


「オレはねー、ちょっと厚めの奴をクルクル巻いて、さらに厚くして食べるのが好きー♪」



 まだほんのりと温かみの残るローストビーフを口に運ぶと、しっとりむっちりと滑らかな肉片が舌の上に吸い付くようだ。

 焼き立てのうちはカリっと焼けていたであろう表面も、ホイルの中で程よく蒸らされて柔らかな舌触りになっていた。

 思わず自画自賛しちゃったけど、私の料理史上で最上位クラスの味ですよ、これは!!

 もちろん、お肉自体がとってもいいものだったって言うのもあるけど、私だって頑張ったもんね!!


 口福を噛みしめているかのようなヴィルさんが言うとおり、薄くスライスされたやつを何枚か同時に口に入れると、噛むたびに口の中で肉片がはらはらとほぐれ、そこから旨味が舌の上で爆発的に広がっていく。旨味の暴力と言ってもいいんじゃないかというくらいには、ガツンと本能の部分を満たしていく。


 エドさんのやり方で厚切りの方を食べると、こちらはもう「ステーキ」と言ってもいいほどしっかりとした歯応えと食べ応えだ。

 そのまま食べてももちろん美味しいし、ソースをかけてもそれに負けない程度に肉の力があった。


 時折、スライストマトを食べると口の中がさっぱりして、次に食べるお肉がなおのこと美味しく感じるんだよね……。

 ベーキングパウダーさんもしっかりと仕事をしてくれたので、イーストがなくてもちぎりパンはふっくらもっちりと焼きあがっている。ほんのりと甘いふわもちパンにローストビーフを巻いて食べると……これはもう手毬寿司ならぬ手毬ローストビーフサンドだよね!


 でもいつか、酵母のパンも焼きたいな……。リンゴはあるし、酵母起してみるか??


 厚切りローストビーフにチーズを乗せるという高たんぱくメニューを何事もないように消費しているメンバーズを眺めつつ、私も肉の争奪戦に加わるべく箸を伸ばした。


閲覧ありがとうございます。

誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。

個人的に書いてて楽しいご飯回でした(´∀`)

次回から、また探索パートに移ります。

もし、少しでも気に入って頂けましたら、ブクマ・評価等していただけるととても嬉しいです。

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