段取り八分の仕事二分 あとは仕上げをご覧じろ
シーラさんが教えてくれたお店は、本当に穴場だった。
外観こそ一見しただけでは入るのに躊躇してしまう味わい深いお店ばかりだったものの、そこで扱っている商品は確かなもので……。
しかも、次からは私が一人でも買い物ができるよう、店長さんや店員さんと顔つなぎまでしてくれたのだ。
もう何回お礼を言っても足りないよね!
そして何より今回ありがたかったのは、紹介してもらったお店で硬質小麦の粉……いわゆる『強力粉』を手に入れられたことだろうか?
手持ちの材料に薄力粉はあるからある程度のメニューは賄えると思うんだけど、やっぱり麺系とか皮系とかを作る時は強力粉がないと、ねぇ。
ついでに乾燥豆とか干しキノコ・干し野菜なんかの乾物類、燻製肉と塩漬け肉、野菜に果物に、個人的に欲しかった岩塩の塊を少々、と……。
ギルドを出るときに大きな背負子を借りたんだけど、ずっしりと肩に食い込みまくる程度には買い込ませていただきましたとも!
もちろん、風呂敷さんも大活躍ですよ! 布1枚なのに物品を大量に持ち運べるっていうのは、めっちゃ便利だよね。
あとは、思ったよりも卵が安かったので、こちらも購入しておいた。
現代みたいに大規模な養鶏体制が整う以前の時代の卵ってお高いイメージがあったんだけど、何でかお手ごろ価格だったんだよねぇ……。
なお、何で卵が安いのかは謎のまま。
生存戦略さんで見る限り、食べられるみたいだし、美味しいみたいだし、動物性たんぱく質をお手軽に摂るのに便利だしね! 買わない理由がなかったよ。
「ぐぬぬぬ……と、とりあえずはこれで、主食と主菜くらいは何とかなる、かな。生肉は現地調達……というか、ドロップすることを祈ろう!」
「だ、大丈夫ですか、リンさん? 私、もう少し持てますですよ?」
「確かにちょっと重いですけど、このくらい平気ですよ! 備えあれば憂いなし……っていいますし……!」
荷物持ちを手伝ってくれているシーラさんが心配そうにこちらを窺ってくるけれど、重いことは重いものの背負子のお陰で「もう無理……!」という程ではない。
というか、現時点でシーラさんにはこまごまとしたお野菜やら卵やらを持ってもらっているので、これ以上お手数をおかけするわけにもいかんと思うのだよ、うん。
暴食の卓が食べる食料なわけだしね。
調理する私のレパートリーと腕前的に、某極地探索隊に同行した天才料理人さんや、某釣り好きの作家先生の世界釣行ロケに同行した和食の先生のごとく毎日毎日違うメニューを出す……なんて神業を達成するにはかなり無理がある。
その上で、飽きずに美味しく食べて欲しいと思ったら、ある程度の材料がいるわけで……このお買い物はかなり大事な下準備だと、私は思うわけですよ。
「そうだ、シーラさん。荷物の準備をしたいんですが、スキルを使っても目立たない場所ってありますか? 一般の人の前で、あんまりスキルを使いたくなくて……」
「ギルドの中庭とかどうでしょうです。かなり広いですし、冒険者の人たちが鍛錬してますですし、そこでならスキルを使っててもいつもの光景なのです」
「本当ですか? あ、でも、中庭を使うのに何か手続きや申請とかは必要ですか?」
「特に必要はないので、ギルドに着いたらそのまま向かっても大丈夫です!」
「それじゃあ、ギルドに着いたら直行させて頂こうと思います!」
これだけの量の荷物を整理するだけで時間が必要だろうし、ヴィルさん達と合流したらすぐに出発するためにも事前に準備をしておきたいんだよね……。
かといって、街中で野営車両を展開させて積み込むわけにもいかないし……。
だってアレ、野営車両が見えない人からすれば、何もないように見えるのに次々と荷物が消えていく……という光景なわけじゃん? 大騒ぎになるわ、そんなん!!
そう思ってシーラさんに聞いてみたら、ちょうどいい場所があるじゃないですか!
中庭だったら野営車両も展開できるし、ヴィルさん達とすぐ合流できるし、隅っこの方でやればスキルの練習、と思われて目立たないだろうし、お誂え向きじゃないですかー!
とりあえず粉モノやら根菜やらの常温で大丈夫な奴は収納に突っ込んで、葉物とか果物は野菜室、かな……?
道すがら見つけた色ツヤの良いトマトやナスも買い足しつつ、ギルドへ戻る。
その間も、鬼ごっこをする子供の弾んだ声や売り子さんの呼び声、井戸端会議をしている奥様方の笑い声、仕事をする人々の喧騒が鼓膜を震わせる。
……そんなに深くこの街を知っているわけではない私がこんなことを言っていいのかわからないけど、個人的にココは良い街だと思う。
野菜おまけしてくれるおばーちゃんとか、気のいい店長さんとか、荷物持っていこうか、と申し出てくれる人とか……。
そんな優しい人たちが住んでる街が、ダンジョンから溢れた魔物に蹂躙される、なんてことがあっちゃいけない。いつまでも平和で賑やかな日々を過ごしてほしい……。
「それじゃあリンさん。中庭はここを曲がってまっすぐ行ってくださいです!」
「え!? あ、も、もう着いてたんですね。ありがとうございます!」
「はい。本当は中庭までご案内したかったのですが、ほかのスタッフに用事を頼まれまして……中途半端でごめんなさいです!!」
「いえいえ! こちらこそ、良いお店を紹介していただけてとても助かりました! 本当にありがとうございます!!」
「リンさんも、どうぞ頑張ってくださいです! 何かあったらまた相談してほしいのですよ!!」
クイクイと軽く手を引かれる感覚に我に返れば、いつの間にかギルドの前で立ち尽くしていた。知らない間に速足になっていたんだろうか……思っていたよりも早く到着した気がする……。
視線を下げれば、困ったように麻呂眉を落とすシーラさんの姿が目に入った。
いやいや……お仕事を優先させてくださいな! あとは私一人でも大丈夫ですよ!!
感謝の気持ちを込めて握手を交わし、エプロンドレスの裾を翻して元来た方向に走っていくシーラさんが曲がり角に消えていくのを見送った。
「……よし、ヴィルさん達と合流する前に積み込んじゃうか!」
「何を積み込むんだ、リン?」
「ぅおっ!? ヴィルさん!?」
「詳細が決まったところで攻略用の装備を取りに行こうかと思ったんだが、シーラとお前を見かけたんでな。……この荷物か?」
「このくらい私一人で積み込めますし、ヴィルさんも取りに行かなきゃいけない荷物があるんですよね? そっちを優先してください」
「さっき小耳にはさんだが、中庭に行くんだろう? 俺の装備はギルドの預り所で預かってもらってるんだが、中庭を抜けた方が近道なんだ。それに、この量を一人で運ぶのは大変だろ?」
さっそく教えてもらった中庭に向かうべく踵を返したその途端、耳慣れた声が飛び込んでくる。
振り向けば、果たしてそこにはヴィルさんがいて、足元に置いていた紙袋と抱えていた風呂敷とを制止する間もなくひょいと取り上げられてしまった。
確かに……確かに荷物がない分楽なんだけど……これからダンジョンに挑む人に、疲れさせるようなマネをさせたくないというかなんというか……。
その上、荷物を取り返すべく腕を伸ばすも、軽くあしらわれるだけという体たらく!
ヴィルさんレベルの身長の人に、荷物を持った腕を伸ばして上に上げられると、物理的に手が届かなさすぎてもう無理って言うかなんというか……!!
ちくしょう! 泣いてなんていないんだからな!!
「このくらいで疲れる程ヤワな身体じゃないから心配するな。ほら、中庭に行くんだろ?」
「あ、ま、待ってくださいよ、ヴィルさん!!」
私の頭の中を読んだかのようなヴィルさんが、にっかりと笑って中庭の方へと歩き出した。
いや、置いていかれても、私がいないと野営車両に荷物積めないですよ、リーダー!
ずり下がってきた背負子をしっかりと背負い直し、私も慌ててヴィルさんの後を追うのであった……。
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ダンジョンで何が起きるのか、ダイス振らなきゃ(使命感
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