ぱあへくとだんじょんきょうしつ
ダンジョンがこの世界に存在することに、何か問題があるのだろうか、と……頭上に疑問符が飛んでいる私の様子に気が付いたのだろう。
ギルドマスターと暴食の卓のメンバーが詳細な話し合いを始めたころを見計らって、シーラさんが手招きをしてくれた。
「リンさん、リンさん。今回の問題を簡単に説明しますですよ!」
「ありがとうございます、シーラさん! 正直、何が深刻なのかよくわかんなくて……」
ヴィルさんに目配せをすれば、『行ってこい』と言うがごとくに首を振られた。
パタパタと尻尾を振るシーラさんに促され、話し合いをする一行の邪魔にならないよう別の小部屋へと移る。簡素なテーブルと椅子があるこぢんまりとした部屋だ。
勧められるがままに椅子に腰かけると、シーラさん……もとい、シーラ先生のパーフェクトダンジョン教室が開始される。
「まず、ダンジョンそのものについては、ざっくりですが魔物や宝物、罠などが出現する閉鎖的な空間……と考えてもらえば良いです。世界から隔絶されたエリアと呼ぶ人もいるのです」
「ええ。何となくわかります。探索や依頼の対象となる場所……と考えてもいいんでしょうか?」
「はいです! ダンジョンの規模に関する調査や、出現する魔物の種類や数の調査、間引きの意味合いを持つ魔物討伐など、ダンジョンに関連する仕事はたくさんあります!」
あー、うん。RPGもTRPGも嗜む身としては、『ダンジョン』自体は何となく理解できるし、依頼の中にダンジョン関係のものがある、って言うのも理解できるよー。
セッションの中でも、いろんな理由でいろんなダンジョンに行った……というか行かされた経験があるし……冒険の舞台としてはかなりメジャーなんじゃなかろうか?
感慨深く今までのセッションを振り返っていた私にシーラさんがさらに説明を加えてくれたことによれば、ダンジョンが存在することによって多くの人に被害が出ないよう、人為的な介入を加えることによってダンジョンをある程度コントロールするとともに、冒険者の仕事を生み出したりアイテムを市場に循環させたりしている……ということらしい。
だとすると、『ダンジョン』という存在そのものが問題……というわけでは、ない?
「何となく理解していただいたようなのですが、今回の大きな問題の一つは、何の前触れもなく突然ダンジョンができていたこと、です」
「……すみません、シーラさん……ダンジョンって、いきなり出現することもあるんですか?」
「過去に何度かダンジョンが出現したケースもあるので、前例がないわけではないのです……ただ、過去の例はいずれも兆候があった、と言われてますです」
「兆候、ですか……うーん……魔物が集まってたり、とかですか?」
「それもそうですし、例えば人が多く死んだ場所や、怨念、怨嗟などの『穢れ』を核として生まれたり、魔力や地脈の流れがおかしくなることで空間が歪んでダンジョン化する、という例もありますが……いずれも、尋常ではない穢れの発生や地場の歪みなど、事前に何らかの兆候があるのです」
携えた結構な量の書面や書付的なものを捲るシーラさんの尻尾が力なく垂れた。
あの紙、恐らく過去の事例が書いてあるんだろうなぁ。
それにしても、ダンジョンが発生する理由っていうのが思ったよりも闇深い理由だった!!
人死にがあった場所とか、穢れのある地とか、向こうの世界だったら心霊スポット的な扱いをされるような場所だよね……?
要は『良くないモノ』が集まるとダンジョンができる、っていう認識で良いのかな?
だからこそ、昨日まで何もなかった場所にいきなりダンジョンができること自体がおかしい、と……。
それと合わせて、いきなりできたダンジョンは調査もしてないから規模とかもわからなければ、出る魔物の傾向とか強さとかもわかんないだろうし、もしかしたら魔物がわんさかいて、街に悪さを仕掛けてくる可能性も捨てきれないわけか……。
……つまりは……。
「人の手が入っていなくて、現状がどうなっているかも今後どう転ぶかもわからないダンジョンが、街の近くにあることが、大問題……??」
「お解りいただけて何よりなのですよ! それと、予兆なくダンジョンができたという前例ができた以上、今まで何の兆候もなしと見逃されていた場所にもダンジョンが発生するのでは……という問題も出てきてしまって……」
「未知のダンジョンとなれば街の治安的にも大変でしょうけど、それを調査に行くのであろうパーティも大変ですし、他の場所にダンジョンが出るのかどうかの審議をする人たちも必要になるから人員確保も大変だろうし……全方向に負担がかかるのでは……!?」
「そうなのです……現在進行形で暴食の卓の皆さんにも相談に乗ってもらっていますし、ある程度は箝口令を敷いていますがギルドの古株職員はてんてこ舞いですし……私がギルドで働き出して初めての大騒動ですよぅ……」
いつもはピンと立っているシーラさんの三角お耳が、ぺそっと伏せてしまう程度には深刻なんだなぁ……。
……というか、勤続20年以上のシーラさんですら初めて体験する出来事って……『未曽有の事態』と言ってもいいんじゃなかろうか??
……そして多分、今回の調査依頼は暴食の卓が受けるんじゃないかなー、というのが私の予想だ。
私が思うに、ヴィルさんは本気で頼られたら嫌って言えないタイプっぽいし、話を聞いた以上『協力をしない』という選択肢はないだろうな、と……。
だとしたら、ご飯番であり裏方である私がやらなきゃいけない準備は、全員が全力で戦えるようバックアップすることだろう。
どのくらいの期間ダンジョンに潜るのかわからないけど、いつもみんながお腹いっぱい食べられて、ゆっくり寝られるような環境を整えることに注力しよう!
「シーラさん。私、ちょっと長期任務に耐えられるようご飯の材料とか買い込んできます!」
「あ、リンさん! それなら、私も一緒に行きますですよ! 穴場のお店、紹介するです!」
「マジですか! 穴場のお店情報めちゃくちゃありがたいです! よろしくお願いします!!」
とりあえず、まだ途中だった食料品の買い物を終わらせてしまおうと、無作法にも挨拶なしに部屋を飛び出した私の後を追い、シーラさんが追いかけてきてくれた。
身長は小さくとも、コボルトさんだからだろうか? 素早い身のこなしで息も切らせず追いついて、にっこりと笑いながら私と手を繋いでくれた。
ちょっと短めですべすべした毛並みと、むにむにの肉球の感触が……!!
こ、これはたまらんですぞー!
「ヴィルさん! ちょっとこれから食料品買い込んできます!!」
「おう! 今回の依頼は長丁場になりそうだし、食料に関しては任せるぜ!!」
「マスター! リンさんにお店の案内してくるです!」
「何ぃ!? 待て、シーラ!! まだやってほしい仕事が……」
「資料の整理とお掃除はいい加減ご自分でしてほしいのですよ! ちょっとは精神的に休ませてほしいのです!!」
侃々諤々と議論を戦わしている部屋の中に一声かければ、論調の熱も冷めやらぬ勢いの返事が返ってきた。
お互いにやる気は十分、ってところかな。
断末魔にも似た悲鳴を上げるギルマスと、それをバッサリ切って捨てる受付嬢の声を聞きながら、私はギルドの廊下を駆け抜けるのだった……。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
マジックバッグを使うかどうか迷いましたが、野営車両ですらまだ完全に見せ切れていないのに、新たなアイテムを投入するのもなー……と思ったので、今回は敢えて使っておりません。
何れは登場させてみたいと思うのですが、まだ先かな、と……。
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