人命救助と野営設営~ミルクトラウトの塩焼きを添えて~
7月9日 追記
内容を書き換えました。
えーと、うん。
改めてモーちゃんの高性能さを実感することになりました。
鬼ぃさんが倒れてる辺りはモーちゃんを展開できるくらいのスペースはあったけど、移動させる道がないなー、一回しまえないかなー……と思ったら、モーちゃんの姿が掻き消えた。
慌てて『もう一回出てー!!』と願ってみたら、また出てきた。
……どうやら、私の意思でスキルのオン・オフというかを決められるようですよ。スゲー。
血抜きしていたミルクトラウトと釣り道具を回収しつつ鬼ぃさんの所に向かい、またモーちゃんを起動させてキャンプ用品を取り出した。
今回はモーちゃんの台所じゃなく、鬼ぃさんの傍で火を焚きつつ野外調理するつもり。
これから夜になると気温も下がるだろうし、もう乾いたとはいえ水に浸かってたんだから、体力も多少は落ちてるだろうし……。
熱源がない所で風邪とかひいたら大変だからね。
ついでに、石を組んで簡易竈を作っても良かったけど、火の管理に便利な焚火台を使うことにしまする。
それじゃ、設営を開始しますよー。
えーっと…………テント張ってー、乾いた流木とか枯草とか集めておいてー、焚火台用意してー、とりあえずはこんなモンかな?
日があるうちにある程度動いておかないと、真っ暗になってからじゃあ視界が利かないからね。
でも、まだやることがあるから、火はつけないでおくことにしよう。
ちなみに、モーちゃんの台所はそりゃあもう凄かった。料理好きの血が騒ぐ程度には凄かった。
シンクの下の収納スペースには、お鍋やらフライパンやら包丁やらの調理道具と、カトラリー・食器なんかもキレイに収納されてるし、お酒や油も置かれていた。
調理台の上の棚には砂糖や塩、スパイスボックスが置かれている。
しかも、調理台の傍にはさりげない風を装って、揚げない揚げ物の調理が可能なオーブン機能付き電子レンジやら高級炊飯器やらの家電から、キッチンペーパーのような小物までが装備されているから驚きだ。
……個人的に『揚げない揚げ物』ってダイエットとか体調管理にはいいんだろうけど、どことなく騙されてる感じがしてお友達になれなさそうなんだよなぁ…。
味自体は嫌いじゃないし、『揚げ物風○○』とか言われれば別段何も感じないんだけど、決して『揚げ物』ではないというか……。うん。
……。
だ、誰がデヴだとおぅ!?
ほ、骨太なだけだもん!! 胸周りとケツ周りに、ちょっぴり肉が付いてるだけだもん!! くびれだってあるもん!!!
…………いいんだ、別に……。動けてひょうきんなデヴ目指すもん…。
……………………。
…………………………………………。
そんなことより、台所の話しようぜ!
「えーと…………麦茶と、白だし、めんつゆ、醤油……上段ポケットに味噌と……やった! バターがある!! あとは小麦粉とお米もある、と……」
モーちゃんの冷蔵庫には『中身はサービスだからね! べ、別にアンタのタメじゃないんだから!!』とツンデレじみたメモと共に、良い色合いの麦茶と調味料各種、小麦粉が一袋に1Lペットボトルサイズの透明容器に入ったお米まで入っていた。
ケチャップにマヨネーズにソースに……だいたいの調味料は網羅してるんじゃないかな?
「上の棚にあるのは、砂糖と、塩……と、スパイスボックスはアレだね。本当にいろいろ入ってるね…………シンク下にはお酒とお酢とトマト缶にサラダ油とオリーブオイルかぁ……」
まずは何があるのかだけでもちゃんと把握しておく必要があるかなー、と思って台所をガサゴソやってるんだけど…………何だろうこの至れり尽くせり感。ネ申か!?
ちなみに、各食品に貼られたラベルには、様々なフォントの日本語が躍っていた。まさかのメイドインジャパンである。
しかし、何というか……お味噌とお醤油は私の地元の醸造所さんで作っている商品だったり、バターは実家の父が『北国に出張に行った時のお土産』といって送ってくれたものと同じだったり、お給料日に買った瓶入りの高級マヨネーズだったり……。
モーちゃんの食料品は、どうも私のアパートの冷蔵庫とか食品棚の中身に準拠してる感じがするんだよね……。
あとはいろいろと探してみたけど、食品はアレで全部だったみたいだ。
小麦粉とかお米とかの主食級もそうだけど、バターがあったのが僥倖ですな!
とりあえず、シンク下に入っていた出刃包丁でミルクトラウトをおろして、皮付きのままひと口大よりは少し大きめのサイズに切り分ける。
皮目にはちょっとキツめに、身にもしっかり塩・コショウを振って、BBQ用の金串にさしていく。どうせ焼くときに身から滴る脂とか水分とかで塩が流れちゃうからね。
本当は、踊り串みたいにできればいいんだろうけど、残念ながらそんなサイズじゃなかったからね。シカタナイネ!
鬼ぃさんがどれだけ食べるかわからなかったから丸っと2尾分使ったら、かなりの量の切り身ができた。
余った分は随時食べながら焼こう。
もう1尾は、三枚おろしにしてキッチンペーパーでくるみ、チルド室に入れて熟成させることにした。
これは、明日辺りにお刺身かカルパッチョにでもしよう。生でも食べられるって、生存戦略さんが言ってた!!
頭や中骨なんかのアラは、さっそくお鍋に放り込んで、コトコト煮込んで出汁を取ることにしましょうかね。何かの料理に使えるんじゃないかなー。
食材の用意ができたところで、今度は火の準備をしなくては!
焚火台に燃えやすそうな草や小枝、細めの枝の順にセットして、拝借してきたキッチンペーパーにライターで火を点けて焚火台に放り込む。
あっという間にキッチンペーパーから枯草に火は燃え移り、次に小枝が……やや遅れて細い枝が順調に燃えていく。
ある程度勢いが落ち着いてきたところで太い枝を追加して……。
うんうんよしよし。
無事、太い枝も燃え始めてくれたようだ。あとは定期的に薪をくべてやれば、消えることはなかろうよ。
そんな焚火台の上にBBQ用の金網をセットして、火から離れたところの穴に斜めになるように串を差し込んでやれば、ちょうどいい感じに魚が焙れるのだよ!
しばらく焙っていると、余計な水分と脂がポタポタと落ちてきて、シュウシュウと煙を上げる。これぞ直火調理の味だよねぇ……。
周囲はすっかりと日が落ちて、薄暗闇に包まれている。焚火台の周囲だけが、切り取られたかのように明るさを保っている。
こんなに緑の濃い森の傍なのに、虫の声もせず、鳥の鳴き声も聞こえず、ただ炎の爆ぜる音と魚が焼けていく音だけが聞こえるって……ある意味不気味だよねー。
焦げないように気を付けながらクルクル串を回していると、落ちてくる水分がどんどん少なくなるとともに、全体に程よい焼き色が付いてくる。
トラウト類は水気が多いから、しっかり焼いて水気を抜くと美味しく仕上がるのだ。
そろそろ声をかけようかな、と顔を上げると、炎の向こうで鬼ぃさんが体を起こすのが見えた。
「あ。気が付きました? 体調どうですか? 痛い所とかないですか?」
「………………腹減った……」
「あぁー……うん。大丈夫そうで何よりです。ちょうど焼けた頃合いでしょうし、食べますか?」
まだ本調子ではないのかぼぉっとした様子のまま火に近づいてくる鬼ぃさんに、程よく焼けた魚串を差し出してみる。
弾かれたように顔を上げた鬼ぃさんの視線が、私の顔と魚串を何度も往復している。そりゃ、初対面に人間に食べ物出されたら警戒するよねぇ。
が。
「スマン……有難く頂く」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですから……」
鳴り響く腹の虫に負けたのか、眉をハの字に下げた鬼ぃさんが魚串を受け取って、軽く息を吹きかけて一気にかじり付いた。
一瞬、身体が硬直すると同時にルビー色の瞳が大きく見開かれるが、すぐさま2口、3口と魚にかじりついている。
ガツガツと音が付きそうな勢いで食べているのに見苦しくないのは、どことなく品があるように見えるせいかな?? よくわかんないけど!
さて。それじゃあ私も食べることにしよう!
手近にあった串を手に取って、フーフー吹いて冷ましてから、大口を開けてかぶりつく!
おしとやかさとか、お行儀とか、BBQの前には無力ダヨネー。
自らの脂で焙られた皮はパリッとカリッと焼けていて、しっかり脂がのっているのに余計な脂臭さは全くない。うん。もうこれだけで美味しい!
直火で焙られてキツネ色になった身肉ごとかじり取ると、ぽくっと割れた断面からは香ばしく薫る白い湯気が立ち上った。表面は冷めてはいるものの中はまだまだ熱々で、はふほふと口の中に空気を取り入れながら魚の身を咀嚼していく。
最初に感じるのは、ちょっと強めの塩味。でも、噛むとじゅわっと甘い脂が口の中いっぱいに広がって、口の中で塩気と甘さが混じっていく。
きめ細かい真っ白な身は余計な水分が抜けてほっくり焼きあがっているのに、噛むたびにじんわりと脂が滲みだし、ほろほろと口の中でほぐれていく。
最後にほんのりとミルキーな香りが鼻に抜けていくのは、『ミルク』トラウトだからだろうか。
おーいしー!!!!
口の中があっちんちんになったところで、モーちゃんの冷蔵庫に用意されていた麦茶を一気に飲み干す!
プハァ!!!!
口内が一気にクールダウンされ、塩気と脂気がさっぱりと流されて、もうね、さーいこー!!!!
ふと気が付くと、もうすでに1串食べ終わった鬼ぃさんが、じーっとこちらを見つめていた。何も刺さっていない金串を受け取って、また魚串を手渡してみる。
再び呆気にとられたような表情が鬼ぃさんの顔に浮かぶけど、やっぱり食欲には勝てなかったみたいだ。
猛烈な勢いでかぶりついている。
「あのー、好きなだけとって食べてくださいね。お代わりまだあるんで」
鬼ぃさんからの返事はない。コクリ、とは頷いてくれたようだけど、今は食べるのに専念してるみたいだ。瞬く間に1串、2串とひたすら無言で食べている。
キラキラ輝く瞳が、美味しい美味しいと言っている感じがするので、調理担当としては大満足ですよ!
でも、このままのペースだと、串が足りなくなりそうなんだよね……。
焚火台に薪を足すと、今度は網の上に直接魚の切り身を置いていく。直火焼きは火力に気を遣うんだけど、この際気にしてらんないからね!
手に取った魚串を食べながら、火加減を調整しつつ魚を焼いて……。その間にも、鬼ぃさんの食べるペースは淀むことがない。
私が1串食べる間に、3串くらい食べてるんじゃないかな?
果たして、瞬く間に網に刺さっていた魚串の大半を食べ尽くした鬼ぃさんは、網焼き魚も――約1匹半のミルクトラウトを――ペロリと平らげたのだった。
ようやく腹の虫が落ち着いたらしい鬼ぃさんが、炎の向こうで胡坐をかいたままコクリコクリと舟を漕ぎだした。
お腹いっぱいになると眠くなるよねー。わかるー。
でも、ここで寝ると夜風は冷たいし、石だらけで体痛くなりそうだし、私のテントとマットと毛布貸すから、そこで寝ようぜ鬼ぃさん。
シュラフはうん……私のサイズじゃ鬼ぃさん入れないだろうし、今回はマットと毛布で我慢しておくれー。
「あの……後ろにテント……一人用の天幕と、毛布とか用意してあるんで。もしよかったらソコ使ってください」
「……ん…………すまん……かり、る……」
近づいて軽く肩を叩いてみると、とろ~んとした如何にも眠そうな様子で、鬼ぃさんがモゾモゾとテントへと這っていった。
なんだかなー。道具を持ち逃げされる心配とかしなくちゃいけないんだろうけど、モーちゃんがいる今は道具を持ち逃げされたとしてさほど装備的に手痛くはないからなぁ。
もちろん、愛着ある道具だから、盗まれたら大泣きする程度には悲しくはあるんだけど……。
ただ、あの鬼ぃさん。雰囲気がお人よしそう、というか、何というか……そういう事しそうな人に見えないんだよねぇ。
まぁ、生存戦略さんから何の警告もないし、ある程度は大丈夫なんじゃないかなー、っていうのが私の見解。
さて。それじゃあ私も、火の始末して寝ることにしよう!
火消し壷さんは有能ですな。うん。そのうち、この炭も使ってみよう……。
ふと空を見上げると、空には二つの月がぽっかりと浮かんでいた。…………連星、というやつだろうか……。
片方は三日月で片方は満月という日本では見られない光景に、まったく見知らぬ世界にやってきたんだという感覚がじわじわと染み込んできた。
焚火台の中身を急いで火消し壷に空け、私は逃げるようにモーちゃんの居室部分へと駆け込んだ。
……異世界情緒に満ち溢れた世界に、これ以上立っていられなかったんだ……。
窓辺のカーテンを引くと、モーちゃんの中からは連星が浮かぶ夜空が見えなくなった。スプリングのよく利いたソファーに腰を下ろすと、先ほどまで感じていた異世界感が少しずつ落ち着いてくる。
何時間か前までは、私はしっかりと自分の足で世界に立てていた。
学んだことを生かして仕事をして、自分なりに居場所を作ってきた。休みの日は友達と遊んだり趣味に没頭したりして、ささやかな楽しみを享受してきた。
……でも、今はどうだろうか……。
職もない。お金もない。知識も、常識も、家族も、友人も、恩師も、先輩も、後輩も、利用者さんも、患者さんも……今まで私が関わってきたものが何もない世界……関わってきた人たちが誰もいない世界……。
……これから、私はどうすればいいんだろう……?
喉がひりつき、涙が零れそうになるのをぐっと飲み込んでいるうちに、視界はどんどん闇に飲まれていく。
ああ……夢だったらよかったのに………………。
声にならない呟きは、グルグルと回る意識の中に飲み込まれていった……。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
ちなみに、日本の管理釣り堀で釣れる完全養殖のニジマスちゃんは、寄生虫がいないので生食可能だそうですよ。
詳しく書かれたサイトが色々あるので、興味のある方は調べてみてください!(・∀・)
個人的に、頂鱒の冷薫風カルパッチョが美味しかったです(´¬`)
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