早くヤドカリのヤドを破壊する作業に戻るんだ!
あのシャチが海へと還っていった後の浜辺は、まさに『豊穣』という言葉が似つかわしかった。様々な魚介類が浜辺の上で銀鱗を光らせ、ピチピチと跳ねまわっている。
その量たるや、シャチ救出作戦に加わった冒険者たちが腕一杯に獲物を抱えてもまだ有り余るほどだ。
「どれだけ気前いいんですかね、あのシャチ……」
「だからこそ沖に棲まうモノは『幸運の使者』なんだ」
ギギギ……と関節を鳴らす巨大な海老を掴んだヴィルさんが、シャチが消えていった沖を眩しいものを見るような目で眺める。
うん。西に傾きかけているとはいえ、遮るものがない浜辺では太陽が目に沁みるから、実際に眩しいんだ。
…………偏光グラス、持ってくればよかったかなぁ……。サングラス機能もあるから、目が焼けるほどの光が大分ましになるはず……。
何はともあれ、私も浜辺に転がる海の幸拾いに参加しなくては……!
ひたひたと緩やかに寄せては返す波打ち際は、次第にこちらに近づいてきている。この浜辺が潮で満ちるのももうすぐだろう。
その前に、少しでも多くの獲物を持って帰らなくては……!!
他の冒険者の人たちがたっぷり持って帰った後も、浜辺にはまだ獲物が残っていた。
魚はすでに持ち帰られているようで、まだうごうごと蠢くエビやカニ、貝など、比較的陸でも若干は耐えられるものが中心に残っていた。
このまま潮が満ちてくれば、残った生物も海に還せると踏んでのことだろう。この世界の冒険者の人たちは、割合に色々と慮れる性質の人が多いようだ。
「エビでっかい! 貝も大きい!! 本当に女神の恵み、って感じ!」
「リン、こっち!」
野営車両から持ってきた大鍋を抱えて海の幸を回収していると、不意にアリアさんの声が響いた。
大声とは珍しい、と思う間もなく、何かが身体に巻き付いたかと思うと、グイっとそのまま引っ張られる。よく見ると、細い糸のようなものが何重にも身体に巻き付いていた。
……と、いうことは……。
果たして私の身体はアリアさんの腕の中にすっぽりと納まった。大変けしからんお胸に顔を埋めることになったが、アリアさんが気にする様子は全くない。
なお、大鍋は大鍋で回収されてきたみたいだ。中身が零れないよう蓋をするかのようにグルグル巻きにされて、だ。
「アリアさん? な、何かありました?」
「ブラックハーミット……そんなに強くない、けど……心配だから……」
アリアさんの視線の先には、満ちてくる潮と共にもごもごと寄ってくる膝くらいまでの大きさがあるヤドカリのような生物がいた。
その数は20を下らないだろうか。
えーと……。生存戦略さんが言うには、『可食』。……可食ってことは、大して美味しくない奴だ……!
生存戦略さんの評価は、『非常に美味』『美味』『食用』『可食』の順でランク付けされていて、最高級はもちろん『非常に美味』だ。
だから、うん……可食ちゃんは……ちょっと……。食べ物に困ってたら食べるかもしれないけど、贅沢かもしれないけど、可食ちゃんは……!!
「面倒だが、一応間引いておくか」
「遊びに来た子供が襲われると大変ですからね」
周りを見れば、ほかの冒険者さん達も殻を殴って壊したりしているようだ。
どうやら殻が壊れると撤退する習性があるらしく、それを利用してこの場から引かせているみたいだねぇ。
確かにあのサイズのヤドカリに襲われたら、子供だけじゃなく大人だって怪我をしかねない代物だもんなぁ……。
ヴィルさんは剣の石突きで殴りつけ、セノンさんもメイスでぶん殴り……エドさん殻つきのままの奴を魔法で捕らえては沖に投げる作業をしている。その間、アリアさんは私のお守りをしてくれていた。
他の冒険者さん達も奮戦した結果もあって、潮が満ちきる前までには浜辺から巨大ヤドカリは一掃されていった。
「今日は沖に棲まうモノのお陰で、ずいぶんと実入りが良かった連中が多いんじゃないか?」
「そうですね。私たちもだいぶ良い獲物を手に入れられましたからね」
「なんにせよ、今日は変なのが出なくて何よりだよねー」
「ん。怪我がないのが、一番」
満ち満ちてくる潮から逃れるように、陸へ陸へと上がっていき……シャチのために掘った水路も、巻貝の残骸が広がる砂地も、あっという間に水の底へと沈んでいった。
座礁シャチに出会うというイレギュラーはあったものの、火熊のような高レベル帯の魔物は出ずに済んだみたいだ。
構えていたこちらとしては拍子抜けだけど、本当だったらそんなのモノは出ない方が良いよね……。
ホクホク顔で獲物を抱えて帰っていく冒険者さん達を、どこかホッとした顔のヴィルさん達が眺めていた。
「俺たちも帰るか。依頼達成の報告と、トーリに沖に棲まうモノが出た旨は伝えておかないとな」
「そーだねー。他に買い取ってもらうモノも選定しなくちゃいけないしねー」
「あ、じゃあ、車内にレジャーシート敷いてきますね!」
流石にあれだけ大量のナマ海鮮を持ち込まれたら、野営車両の中が砂だらけになっちゃうだろうし……。
大鍋に山と入った海鮮を、アレが欲しいコレが欲しいと相談するメンバーにエビは大きいのが欲しいです~~と電波をユンユン送りつつ……リビングのラグの上にレジャーシートを広げる私であった。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
ちょっと体調が優れず、短めの話で失礼します。
……早く直さなくちゃ……。
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