いあ! うみのさち ふたぐん!!
食器は、ヴィルさんとエドさんが洗浄魔法できれいさっぱり洗ってくれましたよ!
食後の麦茶を飲んでいると、何かを思い出したらしいエドさんが、目をキラキラさせながら空中でクルリと手を翻す。
「あのね、リンちゃん! これ捕まえたんだけど、食べられる?」
「水の、キューブ…………あ、いや…………中に何か……?」
次の瞬間、その掌の上には50cm程の巨大な立方体がふよふよと浮かんでいた。うっすらと青みがかった透明なそれは、まるで水を固めたゼリーのようだ。
「いったいどこから出したんだろう」とか「どうやって作ったんだろう」とか疑問は尽きないけど、摩訶不思議車両の名をほしいままにしている野営車両のスキルを持ってる私がいう事じゃないような気もするんだよねぇ。
……ん? でも、その中で、チラチラと何かが動いて……る?
ぬめぬめとした粘性の高い体液に塗れた円錐状の身体に、ビラビラと不規則に蠢くヒレ状の器官をもち、無数の悍ましい吸盤に覆われた何本もの触手を兼ね備えたソレは、自ら燐光を放つがごとく明滅を繰り返しながら感情のこもらない瞳でこちらを見つめ、獲物を捕らえようとするかのように触腕を伸ばしてきた……。
………………この世の物とも思えない不気味な生物の姿を目撃してしまった貴方は、0/1D3のSANチェックを………………別にしなくて大丈夫です。
「イカ!? イカだ!! 美味しいヤツです! 美味しいヤツですよ、エドさん!!」
「あ、やっぱり食べられるんだ! なんかソレっぽい姿焼き、屋台で売ってた気がしたからさー。食べられるのなら、リンちゃんに料理してもらおうかなー、って!」
「あ! だから捕まえてきてくださったんですか? ありがとうございます!! えー、でも、何作ろう? 迷うなぁ!!」
生存戦略さんによれば『スルーイカ』というらしく、肝が大きく身も厚くて非常に美味と太鼓判を押されていた。
それが、水のキューブの中に4杯ほどはいるだろうか……!
これだけいれば、いろんな料理に使えそうだなぁ……! でも、だからこそ何を作るべきか悩んじゃうわけだけど……。
お刺身は言うまでもなく美味しいだろうし、贅沢だけど煮物にしても美味しいだろうなぁ!!
「俺は、酒に合う料理がいいな」
「主食と一緒に、食べたい!」
「ガツンとした料理が食べたいですねぇ」
「オレはねー、ピリ辛なのがいいなぁ!」
水中を縦横無尽に泳ぎ回るイカを見ながらニマニマする私を、みんなが生暖かく眺めているような気配がする。
しょうがないじゃん!! イカ、好きなんだもん! いっそエギング始めようかと思っちゃう程度には好きなんだよ!!
知り合いに、一回エギングに連れてってもらったんだけど、獲れたてピチピチのイカ……本当に美味しいから!!
身がコリコリプリプリと甘いのは当然として、ワタがねぇ……ワタまでもが甘くて美味しいんだよぅ……!!!
それを使って塩辛を作った日には、もう……! ご飯が進みすぎて困りましたとも!!!
それにしても、うちの人たちはメニューの希望を言ってくれるからありがたいよねー。こういう時「何でもいい」って言われるのが一番困るんだよー!!
「皆さんは珍味系というか、内臓系の味は大丈夫ですか?」
「内臓? レバーペーストとか美味いよな」
「ホルモン、美味しい……!」
「魚醤なんかも慣れれば美味しいよねー」
「内臓煮込みは大盛が基本ですよ」
「うん。ありがとうございます。何となくわかりました!」
ああ、うん。予想はしてましたけど、大丈夫そうですねー。それじゃあ、丸ごと使っちゃっても問題なさそうか!
まず一杯はスパイス炒めに。その内臓を使ってもう一杯で塩辛を。一杯はフライにして、残ったヤツはゴロ焼きにしようそうしよう!
そうすれば、主食と一緒に食べられて、ガツンとくるピリ辛でお酒にも合うメニューになるかと思いますよ!
……ま、塩辛はアレよね。ちょっと時間がかかるから、後日のお楽しみ……になると思うけど……。
あとは、そろそろ汁物も献立に追加したいなぁ。さっきのスズキのアラもあるし、潮汁とかどうだろう?
「あー、でも、もう何種類か魚介類があったらブイヤベースも美味しいだろうなぁ……トマト入れて、スパイス利かせて……」
「漁師風スープ的なヤツか。それは………………美味いだろうな……!」
「それ、絶対、美味しい……! リン、何が欲しい? 貝? 魚? カニ?? エディに獲ってきてもらう!!」
「リンちゃん。イカ、もうちょっと獲ってこようか? それとも、アリアが言ってたみたいに魚とかカニとかが良い?」
「私は潮溜まりでも覗いてきてみましょう。取り残された魚がいるかもしれませんし」
「え? あ、あの……皆さん、無理しなくても大丈夫ですよ?? そもそもスズキのアラ残ってますし、見回り任務が本当の依頼ですよね?!」
「見回りついでに獲って来るさ。5人で食うんだ材料は多い方が良いだろう?」
ニカっと笑って私の制止を抑え込んだヴィルさんが、一番よく食べますからね!! そりゃあ食材は多いに越したことはないんだろうけど、本来の目的があるでしょう!? 哨戒任務が今日の本業でしょう!?
ああぁー……迂闊だったー! 『暴食の卓』の名に恥じぬ、食へのポテンシャルの高さを舐めてましたわ……。
陽炎の如き闘志を滾らせるメンバーの目的が、強敵の打倒でもなく任務成功への意気込みでもなく、食材の確保にあると誰が思うだろうか……いや、思わないだろう。
「今度こそエビを!」「魚を!!」「軟体類も!!!」「貝類も!!!!」と、ヴィルさんを筆頭にメンバー全員のボルテージが上がっていくのを横目に、私はこっそりため息をついた。
…………そうね……みんながまた材料をくれるというなら、私は麺類でも作っておこうかな……お米ばっかりじゃ飽きるだろうし……。
普通は中力粉で作るんだろうけど、薄力粉でも作れないことはないし……。ショートパスタっぽくおつゆに入れて食べても美味しかろうよ!
でも、本来の任務も忘れないよう釘だけは刺しておこう!
「あの、本当に材料の増量は気にしなくていいですからね? 私が工夫すればいいだけの話ですからね? それより、見回りが疎かになったとかってトーリさんから言われたら、しばらく品目減らしますからね??」
「……き、気を付けよう……!」
まさか任務を疎かにはしないだろうと思ってヴィルさんを見上げれば、気まずそうにふいっと顔を背け、ら……れ……?
……ウソだと言ってよリーダー!?
ヴィルさんが真っ先に視線そらしてどうするんですか!! 「任務そっちのけで食材探します!」って言ってるようなモノじゃんか!!!
「マジで……マジで見回り任務お願いしますよ!? でも、怪我とかもしないで帰ってきてくださいね!?」
「落ち着け、リン。冗談だ。流石に任務を疎かにするような真似はしないさ。お前の方こそ、さっきから少し取り乱してるようだし……少し休んでおけよ?」
思わず胸倉でも掴みそうな勢いで詰め寄る私の頭を、ヴィルさんの大きな手がわしゃわしゃとかき混ぜるように撫でてくる。
一瞬身体が硬直するが、存外に気持ちのいいその感触に我知らず目が細められた。
……でも、何だろう……この犬みたいに撫でられてる感……! 近所のワンコ撫でるとき、私もこんな感じでワシャワシャしてたよ!?
え、なに? ペット枠?? 料理のできるペット枠です!?!? ちょっとそれは人としての矜持が多少はあるのですが……。
「みんな無事に帰ってくるから、美味い飯を作って待っててくれ」
「今日は、山猫亭じゃなくてリンちゃんのご飯で打ち上げだねー」
「それじゃあ、行ってきます。アリア、リンを頼みましたよ」
コップに残っていた麦茶を飲み干した男性陣が、己の獲物を手に再び外へと出ていった。午後の見回りを開始するんだろう。
「リン……見張ってるから、ちょっと休もう?」
「アリアさん? いや、大じょ……へぶっっ!!!」
気が付けば、ソファーに座ったアリアさんに腕を引き寄せられ、視界が反転したかと思ったら膝枕をさせられていたのですが!?
うひょう!!! 美人さんの膝枕!?!? ふ、太ももが……!! 太ももが……っ!!!
なんかね、「子ども扱いしないでくださいよー」とか「まだやることあるので……」とか、色々と言いたいことがあったんだけど、膝枕の魅惑の前に木っ端微塵に消え去ったよね! 爆裂四散!!
やわらかーい! いいにおーい!! そして冷たーい!!!
……でも、この弾力と冷たさが、ちょっと火照った顔に気持ちいいわぁ……!!!
トントンと優しく、ゆっくりと背中を叩かれているうちに、自然と瞼が落ちてきた。
細い甘い声が、私の聞いたことのない歌を静かに紡いでいる。
「リンが、ヴィルと一緒になってくれれば、色々と大丈夫かなって、思ったの……」
優しい闇に落ちていく寸前に、そんな声を聴いた気がした……。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
作者の精神的リハビリを兼ねて、しばらく海の幸堪能回です……恋愛回はちょっと難産でした……orz
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