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赤い実が弾ける前にもぎ取って、チーズと合わせて食べちゃいましょうか

 パチパチと水分が弾ける音と共に、たっぷりと入っていたはずの油が見る間にナスに吸われていく。

 ……『ナスと油は相性がいい』っていうけど、無くなった油はどこにいってるんだろうなー?

 カロリーとか色々と考えたくないことが多いけど、油を吸った茄子紺の皮が、うっすらと緑がかっていた実が、トロリと蕩けていくのを見るのはとても楽しい。

 そして、何より油を吸ったナス(コレ)が美味しいのだから、ダイエットだのなんだのは忘却の彼方に置いておくに限るのだ。


 ええ。全種類ちょっとずつ食べてみましたとも! 味を知らずに料理できないもん!!

 で、食べてみた感想としては「みんな美味しい」。


 確かに、『ナスはちょっと皮が硬いかなー』っていう感じだったり、『トマトも酸味が強いかなー』っていう感じだったけど、調理して食べれば問題なさそうだ。

 むしろ、皮がしっかりしてるナスは熱が加わっても食感が保てそうだし、トマトも加熱したときにその酸味が爽やかさを醸し出してくれるのではないかと期待をしてる。

 肉料理の付け合わせに、と思えば、生トマトの酸味も程よく後口をさっぱりさせてくれると思うし。

 ジャガイモもほっくほくだし、キュウリもパリパリだし、この世界のお野菜レベル高いわぁ……。



「なーすとートマートをーやーくー♪」


「……えー……おやさい……」


「あ、アリアさん!? わ……忘れ物ですか?」


「一周してみたけど、異常なさそうだから……リンの警護する!」



 例によって適当な鼻歌を歌いつつ作業をしていると、不意に居室(キャビン)のドアが開いた。すぐさま口を噤んで戸口を向けば、それはもう嫌そうな顔をしたアリアさんが扉に手をかけていた。

 あー……鼻歌は聞かれるし、メイン食材はバレるし、うっかりしてたわぁ……。


 たゆんたぷんと今日もまた大変けしからんお胸を張るアリアさん。

 もの凄く有難いけど、異常なしとはいえ哨戒任務は大丈夫なんだろうか……それに、納品依頼(クエスト)もあったよね?


 ……と。アリアさんの左右の手に、昨日【幸運の四葉(クローバー)】の面々を絡め獲った投網のようなものが、提げられている。昨日と違うのは、その網目は昨日より細かいということ。

 中に入っているのは……。



「あ! もしかしてソレがサリ貝ですか?」


「ん、そう。コレで納品分は、確保した」


「なるほど……ヴィルさんが言ってた『裏技』っていうのはこのことだったんですね!」


「うん。海の中の方、浚ったの……他の人たちもいたから」



 10cm程はあろうかという大きな二枚貝。縞模様あり、ブチ模様あり、波模様あり、様々な模様が網目の向こうに見え隠れしている。

 肉厚でコロコロしているその形と貝殻に刻まれた年輪状の溝を見ると、ハマグリというよりはホンビノス貝に近い感じかな。


 多分、アリアさんの網を大きく広げて、潮が引いてない海の方を一気にかっさらったんだろう。

 網目をちょっと大きめにしておけば小さい貝は網から零れ落ちるので、納品サイズの貝だけ残る、という寸法か。

 …………ある意味で底引き網ですね、うん……。


 とにかく、砂抜きを兼ねてクーラーボックスにでもしまっておきますか!

 いつもは釣った魚を入れているクーラーボックスにザラザラと貝を空け、ひたひたになる程度の塩水を注いだら暗い所へ置いといて……さぁ、しっかり砂を吐いてもらいましょう!



「……あとね、コレも、獲れた」


「うあ! シーバスじゃないですか!!! めっちゃデカい!! コレも納品するんですか?」


「ううん。お昼に、食べていい……って」


「いいですねぇ! さっそく締めちゃうんで、貰ってもいいですか?」


「ん。楽しみ! ……でも、おやさい、あんまり……好きじゃない……」



 もう片方の網の中には、銀鱗も鮮やかな70cm程のシーバス……スズキによく似た魚が入っていた。

 しかも、まだ生き……生きてる!? ヤバい!! 早いところ締めちゃわないと!!!


 アリアさんからスズキを受け取って、エラブタと尾の近くを素早く切って水に浸けておく。見る間に水が赤く染まっていく様子から察するに、何とか間に合ったみたいだ。

 あんまり暴れさせちゃうと、身に血が回るっていうもんね……。


 フライパンの中で鮮やかに色づく夏野菜を眺め、アリアさんが残念そうにため息をつく。

 

 

「アリアさんも野菜好きじゃない組ですか」


「味は、ともかく……食べても、身にならない感じがイヤ」


「ヴィルさんと似たようなこと言いますね……」



 程よく熱の通ったナスを皿に取り出しておき、まだ油の残るフライパンにチーズとトマトを2枚ずつ並べて火にかける。

 チーズは5mm程に、トマトは1㎝程の薄切りにして、小麦粉をまぶしてある。

 両面がキツネ色のになる程度に手早く焼いて、トマトの上にチーズを乗せて……。



「はい。味見分のチーズトマト出来上がり~~!」


「……ちーずとまと……」


「流石に、野菜オンリーとかいう鬼畜仕様のお昼は出さないですよー」



 小皿に乗せたうちの一つをアリアさんの前に差し出した。つまみ食いじゃないよ、味見だよ!

 料理番の特権ですな!


 若干の逡巡ののち、アリアさんが小皿を手に取ってくれた。チーズが乗っているということで妥協した感がアリアリだけどね!

 ヴィルさん達が野菜を敬遠するのって、味が云々とかじゃなく、食べ応えがないのがイヤなのでは……と思ったんだ。

 だとしたら、他に油分や食材を付け足してボリュームを出せば、野菜でも食べてくれるんじゃないかなー、と……。


 加熱した野菜からはじめて、お肉も魚も生野菜もバランスよくモリモリ食べられるようになるといいな、って言うのが、最終目標。

 流石に野菜好きじゃない方々に生野菜から……ってハードルが高かろうよ。

 ビタミンCを思えば生野菜の方が良いんだろうけど、果物とかもあるし、気長にやった方が良いと思うんだ。


 さて。出来立てチーズトマトが熱いうちにつまみ食い……もとい、味見をしようと思う。この際お行儀は脇に置いといて、トマトとチーズを指で摘まんで一口で……!


 カリっと焼けた外側とは裏腹に、中身がトロトロと蕩け出てくるチーズはミルクの味が濃い。

 発酵食品だからほんのりとした酸味と独特の風味があるんだけど、しつこくない程度の甘い乳脂が全体を丸くまとめてくれているせいか、酸味も風味もさほど気にならず、むしろ、飲み込んだ後も舌の上に濃厚な旨味と甘みが残る。

 舌の根に纏わりつくような脂の旨味を、加熱されて柔らかくなったトマトの酸味がさっぱりと洗い流して喉の奥に消えていく。

 しつこさの欠片もなく胃袋へと落ちていったチーズとトマトは、ミルクの香りとほんのりと青っぽい香りだけを鼻先に残していった。


 加熱しても消えない酸味と爽やかさって大事よな。


 ふとアリアさんの方を見ると、ぽぉっと熱に浮かされたような表情で宙を眺めている。



「……美味しいねぇ、コレ……」


「チーズとかお肉とかと一緒に食べると、野菜も美味しく感じますよね」


「ん。こういうのなら、食べる……!」



 ああ、よかった。お気に召したようだ。


 ふにゃりと口元を綻ばせ、頬を上気したアリアさんは本当に可愛らしい。

 ちょっと残念な様子すら見せながら、アリアさんが返してくれたお皿を流しにおいて、血抜きの終わったスズキの下ごしらえもしておかないと……。

 

 今日は、ナスとトマトのチーズ重ね焼きと、トマトご飯、それにスズキのソテーにしようかな。

 シンク下の包丁置き場から、肉厚な出刃包丁を取り出して、まずは鱗を剥がしてだね……。



「リンは、ヴィルのこと、すき……?」


「ぇおぅ!?!?」



 ゾリゾリと鱗を剥いでいる最中に、思いもしない言葉が耳に飛び込んできたせいか、包丁が滑った。

 咄嗟に避けたからよかったものの、スズキじゃなくて自分の手を捌くところだったんですが!?


 ……え、なに? なんですか、その質問!? え? ええ???


閲覧ありがとうございます。

誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。

次回、料理をしながら女子会というコイバナ回。

よ、ようやく恋愛要素が……!

もし、少しでも気に入って頂けましたら、ブクマ・評価等していただけるととても嬉しいです。

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