レッツ べじたぼー生活!
ドンドンとドアを叩く音に、急速に意識が浮上した。
「リン! 起きてるか? そろそろ行くぞ!」
「ふぁっ!? は、はい! おきてます! おきました! いまいきます!!!」
ここ数日ですっかり耳になじんだ声に、慌ててベッドから跳ね起きる。腕時計を見ると、6時を少し回った所だった。
あ、あぶねー!! ヴィルさんが来てくれなきゃ寝坊してたところだった!!!
枕元に置いてある洗面器に水差しの水を注ぎ、ざっと顔を洗う。温くなっているとはいえ、水で顔を洗うと幾分か頭もすっきりしてくる。
辛うじてボディバッグに突っ込んであったBBクリームをさっと塗りたくって、メイク終了!
こんなことになるんなら、「釣りキャンだからメイクはいいかー」とか横着せずに、メイクポーチ持ってくればよかったなぁ……。
でも、仮に手持ちのメイク道具があったとして、盛れる技術もないし、考えるだけ無駄、か……。それに、イケメン・美女集団との顔面偏差値の差を考えたって、元の造作からして違うんだから仕方ないもんな。
着替えの服がないため、椅子に掛けておいた借り物のマントを身体に巻き付けてフードを深くかぶると、私はそのままの勢いでドアを押し開けた。
今後、着替えを手に入れる機会があったらフード付きの奴にしよう。フード被ってると精神的に楽だわー。
「おはようございます、ヴィルさん。よろしくお願いします」
「おはよう、リン。さっそくだが市場に寄ってから出発するか」
「はい! 市場、楽しみです!!」
ドアの向こうには、私の中ではすっかりおなじみになった革製の軽戦鎧を身に着けたヴィルさんが立っていた。
まだ寝ている人もいるだろうと小声で挨拶をすれば、同じように声を潜めたヴィルさんに手を取られた。今日もまた、誘拐事件と名高い歩行者標識状態での移動になるようだ。
……何ていうか、ヴィルさんは本当に良い人だよね……。こんなイケメンなのに、私みたいなのにも優しくしてくれるし、気を使ってくれるし……。
気恥ずかしさと共にヴィルさんに手を引かれ、早朝の街を足早に移動する。まだ日も昇って間もないというのに、街はすでに賑わいの片鱗を見せていた。
電灯とかがない時分や導入された初期とかは、日の出と共に活動を開始して、日が沈むともう寝る、みたいな生活だった……って言うのを日本史か何かで習った気がするわ。
カンテラとか外灯とかがあるにせよ、こっちの世界もそんな感じなんだろうなぁ。
露店の準備をする旅商人さんや、朝早くに出立する旅人や労働者に食事を提供する軽食の店、夜のお勤め帰りのお姉さま方……。
様々な人とすれ違いながら、もう店を開けている市場を進む。
ざっと歩いてみた感じ、結構いろいろなお店があるねぇ。
食料品を扱うお店もあれば、布製品を扱うお店があったり、金物屋さんがあったり、それぞれの業種ごとに固まってる感じかな。
お店の形態は固定の実店舗あり、馬車の荷台や路面にタープを張ったような市場形式あり、持ち運びに便利そうな組み立て式の露店ありと様々だ。
本音を言えば隅から隅まで回ってみたいんだけど、今は食料品のお店を中心に回ろうと思う。もうちょっとしたら大門前に集合しなきゃいけないし……。
食べ物を扱う市場は、野菜あり、狩猟肉あり、畜肉・加工肉あり、乳製品あり、瓶詰あり、お酒あり、香辛料・調味料あり……色々なお店が所狭しと並んでいる。
個人的に心が躍るのは、大きな樽に入った塩漬け肉とか、カウンターの奥に吊るされてる燻製肉とか、穴の開いたチーズとか……。
でも、今この時点で一番食べたいものは……。
「まず、リンは何が欲しい?」
「野菜ですね! ここ2~3日、野菜らしい野菜を食べてないので、この機会に手に入れたいです!!」
「………………………………野菜か……」
「身体の調子を整えるのには必須ですよ?」
ゼセリとか、山猫亭のシチューに入ってたやつとか揚げ物になってたやつでしか野菜食べてないんだもん!!
キュウリに味噌付けてボリボリ齧るのも美味しいだろうし、冷やしたトマト丸齧りするのもいいなぁ……。
それに、菜っ葉とかトマトとかキュウリとかの日保ちしないけど生でも食べられるようなヤツがあると、料理の幅も広がるよね。タマネギとかジャガイモとかカボチャとか、ちょっと置いておいても長持ちしそうなヤツがあれば、ちょっと食べ物が取れなくても安心だし……。
……まぁ、私の隣で『不服!』って顔に書いてあるパーティリーダーさんが「買って良し!」って言ってくれるかどうかはわかんないんですけどね!
ヴィルさん、野菜好きじゃないもんなぁ。
……ってか、山猫亭での注文を鑑みるに、エドさんもセノンさんもあんまり野菜を食べてないような……??
アリアさん? うん。肉オンリーだったね!!
「ビタミンは傷の治りとか免疫にも関わるからしっかり食べま…………免疫……免疫……!!」
「びた……え? おい、リン?」
「うん。ちょっと色々あるので、野菜は買いましょう! 最悪私が死にます!」
「何だと!?」
何かが引っかかる……と思ったら、そうだ。免疫だ!
私、この世界の病原菌やらウイルスやらに対する獲得免疫……細胞性免疫と液性免疫、もってなくね……?
下手すると、風邪ひいたまんまコロリと逝くハメにならね??
ヴィルさんが絶句しているけど、もし未知の病原菌とかウィルスがこの世界にあったなら、抗体の用意もできずメモリーT細胞もいない私にとっては自前の体力と抵抗力だけが頼りになる。
…………いや、待て。コレ、逆も然りじゃないか?
別に私は感染症の保菌者じゃないけど、日和見菌が引き金になって起こる病気があったはず!!!
ヴィルさん達の健康を守るためにも、私も含めてみんなの体調管理をしっかりしないと……!!!!
「り、リン……お前が死ぬっていうのはどういうことだ!?」
「このままだと、私も含めて皆さんが病気になる可能性があります! 野菜食べましょう! 体調管理大事です!!」
「食べればいいのか? 野菜を食えば死なないのか!?」
「野菜だけじゃなく、お肉とかお魚とか乳製品とか、まんべんなく食べましょう! 免疫力上げなくちゃ!!」
いつの間にか、今にも泣きそうな程に顔を歪めたヴィルさんに、がっしりと両肩を掴まれていた。
何とも悲痛な声のヴィルさんに問い詰められると、羞恥心と罪悪感で死ねる気がするけど、コレまじで重要な案件ですから!
体調管理は社会人の基本、とか言われてるけど、人間生きている以上どんなに頑張っても体調は崩すもんだよ。でも、日ごろから気を付けて体力と抵抗力を上げておけば、その症状を軽くすることだってできるはず!!!
『野菜を食べるべきか、死ぬべきか』という所まで思いつめたかのようなパーティリーダーを引き連れて、私はトマトのような野菜とナスのような野菜が山と積まれた露店へと突撃するのだった。
………………あとね、よく「揚げ物とか肉とかばっかり食べてそうwww」とか言われるけど、私はけっこう野菜好きだからね?
別にそこまで傷つきゃしないし怒ったりもしないけど、内心でカチンとくるときはくるからね?
……ほんと、ヴィルさんもパーティのみんなも、そういう方向でイジってこない人たちばっかりでありがたいよ……。
…………そんな人たちを病魔から守るためにも、今まで勉強してきたことを生かして頑張ろう!!
お店のお姉さんから根菜を扱ってるオススメのお店を聞き出しながら、私はググっと拳を握りしめた。
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誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
次回は海鮮BBQ・私の釣り竿が火を噴くぜの巻を予定しております。
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