秘密の異邦人ちゃん
「さて、荷物運びの嬢ちゃん。リン、だったか? 改めまして、俺はトーリ。このエルラージュの街のギルドマスターだ!」
ニッカリと笑ったギルマスさん……トーリさんと握手を交わし、その対面にヴィルさんと並んで腰を下ろす。
……今更ながら気づいたんだけど、ここのソファー、結構座り心地が良い。少なくとも、向こうの世界で使ってたお安い座椅子と比べたら雲泥の差だ。
「それで、嬢ちゃんに残ってもらったのは、ヴィルから報告を受けた件でちょっと確認したいことがあってな」
「報告? 確認したいこと?」
「聖女召喚に関してだ。流石にこればかりは黙っておいてはマズいと判断した……スマン……」
「いやいやいや! 報・連・相めっちゃ大事ですよ! 報告して当然だと思います!」
私を窺うように眉尻を下げたヴィルさんに、慌てて手と首を振って否定の意を示す。
私には聖女召喚がこの世界においてどの程度の影響力を与えるのかがよくわかんないけど、『聖女召喚』とかいうヤバそうな響きの案件をトップに報告しない方がマズいっていうのはよくわかりますよ!
いや、もちろん、ヴィルさんが私のことを気にかけてくれてる、って言うのも重々承知していますけどね!
だから別に、トーリさんに報告して私の様子を見ながら今後の方針を立てる……程度のことは普通じゃないかなー、って思ってる。
……んん? アレ? でも、報告受けてた割にはさっきは私のこと「まったく知りません」みたいな態の反応してなかった? もしかして演技的な??
……とはいえ、ギルドの方針が『ヴィルさんのパーティから外れて国の保護を』……っていう方向に舵を切られたら、ちょっと考えるものはあるなぁ。
いくらパーティのみんなが残留を希望してても、ギルド全体の方針には逆らえないだろうし。
もし国の保護……とかってなったら自由も奪われそうだし、保護する代わりに無理難題押し付けられそうだし……迷惑がかかると悪いから、暴食の卓の乗車設定取り消した上で、大爆走して逃げおおせようかな……。
…………っていうか、そもそも別にご飯番も荷物運びも、私である必要はなさそうなパーティだもんなぁ……。むしろここでちゃんとお別れした方が良いんだろうか……?
その方が、もっと腕のいいご飯番さんとか荷物運びさんが、ヴィルさんの所に加盟してくれるかもしれないわけだし……。
「…………リン……まさか暴食の卓を抜けよう、なんて考えてないよな?」
「ぅへっ!?!? い、いや……そ、そんなこと考えてないデスよ?」
「…………………………まぁいい。俺としてはリンを手放す気はさらさらないからな。逃げよう、なんて思ってくれるなよ?」
思わず声が裏返っちゃったけど、考えを読んだみたいな的確な指摘が入ったら仕方なくない?!
鋭さを増したイチゴのような瞳が、ひたりと私を見つめていた。
深く濃い赤はまさに完熟という感じで、舐めたら甘そうな色なのに、そこに浮かぶものは若干狂気じみた執着だ。
「絶対に逃がさねぇぞ」とでも言いたげな瞳で見据えられ、しっかりと腕も掴まれて……精神的逃げ道を塞がれた私に、頷く以外のどんな行動ができようか……。
……そんなに……そんなにですか。私ですら引き留めたくなるほど、メンバーのご飯がダメですか……。
気が付けば、私たちを見るトーリさんの目がひじょ~~~~~~~~に生温くなっていた。
…………悪いことをしてるわけじゃないんだけど、心が痛いよ、ママン……。
「痴話喧嘩は他所でやれよ、ヴィル。とりあえずだな、嬢ちゃん。聖女召喚があった、ってのは本当か?」
「おそらくは……周りにいた黒いローブの人が聖女召喚が云々言ってましたし、二人で召喚されたんですが私じゃない子に『聖女様』とか言ってたので……」
「なるほどな……疑うわけじゃないが、一度嬢ちゃんを『鑑定』してみても?」
「……痛いとか苦しいとか体重とか秘密にしておきたいものがバレるとかじゃないんでしたら、大丈夫です」
「流石にそんなことまでわかる鑑定はねぇなぁ、嬢ちゃん…………あとな、クラスとスキルを見たいだけだっつの……そんなに睨むなって、ヴィル!」
若干呆れたようなトーリさんが苦笑いをしているが、肉体的苦痛やら精神的苦痛を伴うようなことは避けたいじゃないか!!!
多分、大丈夫だとは思うんだけど、確認はしておかないと…………って!
ヴィルさんがエラい勢いでトーリさんを睨んでるんですが……あの、大丈夫ですよ?
どうやらそこまで鬼畜仕様の『鑑定』じゃなさそうですし、鬼畜仕様じゃなければ見られて困るモノもないですし……。
そして、私の名前を知っているのに頑なに『嬢ちゃん』呼びするトーリさんの方が鬼畜仕様じゃなかろうか?
……いや。近所の八百屋のおっちゃんとかが嬢ちゃん呼びしてくるな、うん……。そんなノリか、うん。
「……あのな、リン。基本的に、ステータスなんてよっぽど親しい間柄じゃなきゃ見せないモンだからな?」
「まぁ、自分の手の内を明かすようなもの……っていうのは理解してます。でも私、戦闘要員じゃないですし、見せる相手もギルマスさんですし…………あ、ヴィルさんも見ても大丈夫ですよ!」
「――――――――っっっ!!!」
あっさりとOKを出した私にヴィルさんが小声で注意をしてくれるけど、さすがの私もソコまで阿呆じゃないですよぅ!
某シノビTRPGみたいに、必殺技がバレると技を見切られちゃったりする可能性もあるでしょうし、そうでなくてもスキル構成から作戦を探られたりするでしょうしねぇ。
……とはいえ、非戦闘要員の私のスキルがバレたところで、あまり痛手はない……よう、な……?
あ、いや。野営車両がバレるとマズいのか?
……でもコレ、字面的には野営用の馬車的な感じで捉えられる可能性が高い、かも? スキル詳細でも見ない限り、スキルの内容はわからない……と思う、けど……。
ん? なんか……ヴィルさんが頭を抱えたまま硬直してるけど……なんかマズいこと言ったか?
パーティメンバーとして行動を共にする以上、リーダーのヴィルさんが私のスキルなりステータスなりを把握しておくことって大事だと思うんだけど……??
セッションとかでも、冒険開始前に中の人としてのキャラ紹介でスキルなり取得魔法なりは周知してたし、冒険する上ではかなりの重要事項だと思ってたんだけど……あれー??
「その辺にしておいてやってくれ、嬢ちゃん。基本的に、ステータスなんて相当信頼してる間柄でもなきゃ見せないモンなんだ」
「あー。パーティ仲間とか家族とかですか? あんまり大っぴらに言いふらすモノではないですもんね」
「うーん…………まぁ、そうだな。そんな感じだぜ」
頭を抱えてしまったヴィルさんに憐れみの視線を投げかけながら、トーリさんが改めて説明してくれた。
やっぱり、作戦行動を共にする人や家族なんかじゃないと話せない事なんだろうなぁ、っていうのが再確認できた…………と思ってたんだけど、何なんだこの「あーあ」みたいな空気!
「それでだな! 嬢ちゃんのクラスとスキルを見せてもらったが……聖女召喚はともかく、嬢ちゃんがここじゃない別の世界から来た可能性は大きいな」
「え? 何でわかるんですか?」
「嬢ちゃんのクラスに『異邦人』ってあるだろ? コイツは人為的・後天的にこの世界へやってきた存在に送られるクラス……って言われてる。ついでに、この『異邦人』ってクラスは『特殊スキル』ってヤツをランダムで取得するとともに、追加でクラスを1つ獲得できるらしい」
「おぅふ!」
空気を換えるように殊更大きな声を出して見せたトーリさんの説明に、思い当たる節が多すぎる……。
まさか、そんな意味があったクラスだったとは……。
……ってか、もしかして『クラス』って意味があるモノだったんですか……なんか、こう……種族とか職業とか、そんな感じのもっとライトなモノだと思ってたんですが……。
まさに……まさに…………野営車両は特殊スキルっていう記載だったし、『旅人』っていうクラスも取得してるよ!!
なんだよ! 異邦人さんスゲーな! めっちゃイイ仕事するじゃん!!!
「『言われてる』とか『らしい』が多いな」
「そりゃあ他の世界から来た存在なんざそうそういるかよ! おとぎ話になる程昔に、巫女姫が召喚されて、魔物を倒して瘴気の浄化をして回った……って話がある程度だ」
「おとぎ話……信憑性に欠ける話ですねぇ……」
……あー……私の世界でいう所の、空を飛んだ修道士がいたーとか、何百年も生きた伯爵がいたーとか、そんな感じの話ですかね……?
いや、おとぎ話って言うくらいだから、創世神話とか建国神話とかその辺まで遡るのかな?
良く残ってたね、そんな話……そして、そんな話でしか確認できないのか、異世界召喚は……!
「……普通は、クラス1つにつき1つのスキルを習得できる。それが何の苦労もなくクラスとスキルを追加できるとなれば、誰彼構わず召喚を行うと思ったが……」
「あのなぁ……常識的に考えりゃあ異世界召喚なんざ眉唾モンのおとぎ話だ。それを真に受けてやろうと思う連中がいるとも思えんし、仮に実在したとしても、異世界の人間を引っ張ってくるだけの魔力をどう賄うかだよ」
「まぁな。それに魔力を突っ込むくらいなら、真面目に鍛錬を続けてクラスを増やした方が手っ取り早そうだ」
「だろう? いくら特殊スキルに強力なものが多いと言っても、費用対効果に合わんぞ異世界召喚モン……」
えぇぇぇ……何だかどんどん新事実が発覚するんですけどー?
……えーと……普通はクラス1つにつきスキルが一つだけど、クラスは努力次第で増やすことも可能。
ただし、異邦人があれば強力な特殊スキルともう一つのクラスが付いてくるから、必然的にスキルも1つ貰える、と……。
…………確かにねぇ……。もし異世界召喚が簡単に行える……っていうのであれば「戦力増強のためにやってみよう」って思う人もいるだろう。
けど、実際は何百年か前に召喚されてきた巫女姫とやらを最後に召喚されていない、ということは、相当成功率が低いか、「やってみよう!」と思う人が少ないか、か……。
…………アレ? それじゃあ私、その眉唾を実行した人がいた上に運よく(?)成功しちゃったもんだから、巻き込まれて召喚されちゃったってこと!?
めちゃくちゃ……めちゃくちゃとばっちりじゃないですか、やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
…………でも、ちょっと待って……。
私たちを……いや……『聖女』とやらを召喚して、召喚を実行した人はナニをしようとしたんだ……?
例の昔話を信じるとすれば……。
「今の時代って、そんなに魔物の被害が酷いんですか……?」
「いや。例年通り……というか、依頼中に魔物が襲ってくる頻度が増えている感じはないな」
「この国でも他の国でも、魔物の集団暴走の噂は聞かんなぁ」
「穿ってみれば今日の火熊騒動だろうが、たった1件で聖女召喚に関係がある、とは断定できないな」
首を傾げる私の横で、ヴィルさんも頭を捻っているし、ギルマスさんもツルリと頭を撫でている。
……うーん……『聖女召喚』とかいうくらいだし、魔物関係かと思ったんだけど…………。
「いずれにせよ、現在調査を進めているからな。おいおい情報も入るだろう。今は、ゆっくりこっちの世界に馴染んでくれ」
「……なんか……情報とか知識とか、あんまりお役に立てなくて申し訳ないです」
「気にするな、リン。リンのスキルは俺たちにとってはかなり役に立ってる。冒険者の役に立ってるってことは、ひいてはこのハゲの役に立ってるってことだ」
「ハゲじゃねぇよ、剃ってんだよ!! とにかく、明日は海の方の見回りを頼む! さすがにもう高レベルの魔物が出るはないと思うんだがな……」
「見回りの時間帯は?」
「引き潮が始まる9時頃から潮が満ちきる3時過ぎくらいまででいい」
おおおおおお! 海! 海の見回り!!!
か、海鮮とか採れるかな? 採れたらBBQできるかな?
そうだね! まずはできることから始めるのが大事だよね!!
「リン。明日は出発まで余裕があるし、市場で食材やら何やらを仕込んでから出かけるか!」
「市場!! ぜひ行ってみたいです!!!」
千里の道も一歩から、隗より始めよ……ってね!
正直、もうスケールが大きくて何が何だかわかんないんだけど、私は私ができることをコツコツやっていきたいと思います。
まずは、明日のご飯作りだな!!!
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
次回は楽しい海鮮BBQ・買い出し編!
そしてそろそろ恋愛要素っぽいものを匂わせていきたい所存……。
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