ギルドにカツ丼の出前一丁お願いします
一枚板のローテーブルを囲むように設置されたソファーに座るよう手振りで勧められたので、私もお言葉に甘えて空いていた席に腰を下ろそうとして……ギルマスさんと目があった。
とび色の瞳が私を見据えたまま幾度か瞬いた後、ヴィルさんに向けられる。
「そういえば、そこのちっちゃい嬢ちゃんは誰だ? 初めて見る顔だが……」
「『暴食の卓』の貴重な料理人兼荷物運びだよ。リン」
「あ、はい! 初めまして、リンといいます。若輩者ですが、精一杯努めていきますので、何とぞご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします!」
……嬢ちゃん……っていう年でもないんだけど、ここで否定するのも何というか勇気がいるよね。
首を傾げるギルマスさんに応えたヴィルさんが、私の名前を呼びつつ背中を軽く叩いてくる。
流石に座ったまま……というのは心情的に憚られたので、ギルマスさんに身体を向けつつ立ち上がり、簡単な自己紹介の後、ビシっと背筋を伸ばして腰を折る。目標角度は敬礼の30度だ。
一呼吸ほどおいてゆっくり頭を上げると、ギルマスさんがなぜか恐ろしいモノを見たような顔をされていて……。
あれれー? 私、何か間違えたか??
「……マジか!! ヴィル、お前、こんな常識人どこで捕まえてきやがった?! まさか良いとこの嬢ちゃん拐って来てないだろうな?!」
「拐ってねぇよ! きちんと勧誘したわ!!」
「…………チッ! 色々問い詰めてやりたいが、その話は後だ、後。今は火熊の処理をしねぇと……」
掴みかかりそうな勢いでヴィルさんを睨みつけるギルマスさんに、そんなギルマスさんを鬱陶しそうに眺めるヴィルさん。
……自己紹介しただけで常識人ってどういうこった? と首を傾げていると、エドさんが小声で「冒険者は荒くれてるのが多いからねー」と教えてくれましたよ。
えぇー……でも、自己紹介くらいみんなするよね……? えぇー??
頭を捻る私をよそに、ギルマスさんとヴィルさんの睨み合いはしばらく続いて……不意にギルマスさんが舌打ちと共に話を切り替えた。
分厚くまとめられた書類をひらつかせるその姿に、ヴィルさんも苦虫をかみつぶしたような顔をしつつも今にも殴り掛かりそうになっていたのを座り直す。
「あー、まず今回の討伐の報酬に関しては、ギルドの方で負担することにした」
「おや。四葉の救援依頼ですから、あちらが持つのかと思っていましたが……?」
「初級対象の狩り場に火熊が出るなんて予想外もいいとこだ。ソレの討伐費用を出させるほど鬼じゃないさ」
シーラさんが出してくれたお茶を飲みながら、セノンさんが口を開く。白くて細い指先が、ティーカップをソーサに静かに戻すしぐさがエライ優雅に見えるんですが……。美形コワイ! イケメンコワイ!!
何気ない姿すら絵になるセノンさんに、ギルマスさんがガッチリと筋肉の付いた肩をすくめてみせる。……三角筋も凄いけど、僧帽筋と胸鎖乳突筋もスゴイな……。俯せになってもらって、僧帽筋持ち上げるというか捲り上げるというかしながら指入れてみたいわぁ……。
……ってか、ギルド持ちで費用が出るのか!
確かに、四葉さんとこは冒険者をやって生活の足しにしてるみたいだし、お金が有り余ってる……っていう感じではなかったもんな。依頼金を払うのも大変じゃないかなー、って、失礼ながら思ってたんだ。
そして、街の周囲はギルド公認の初心者向けの狩場だったんだね。
「今回の討伐対象の難易度と緊急性を加味して、報酬は金貨5枚。ドロップ品もソッチの総取りで良い。これでどうだ?」
「まぁ、妥当だな。それで手を打とう。ところで、なんであんな浅い所で火熊が出たんだ? 過去に類似の報告はあるのか?」
「うむ。それなんだが……確かに、過去に初級狩り場に高レベルの魔物が出たことは何度かあったが、せいぜい中級になるかならないか程度の魔物だ。上級レベルに近い魔物が出た報告は一度もない」
……何だ、そりゃ……かなりのイレギュラーなんじゃないの……?
要は、仲良し小学生が草野球やってる広場に何度か高校球児の来襲があった……で済んでた程度だったのに、今回はメジャーリーガーかオリンピック選抜選手が降臨したみたいなもんじゃん?
エゲつな! そして、ヴィルさん達よく勝てたな!
実際に戦ったヴィルさんとエドさんを見ると、結構難しい顔をしていた。
ギルマスさんはギルマスさんで、書類をパラパラと眺めながら眉を寄せて口をへの字に結んでいる。
どこからどう見ても『熊は倒されました。どっとはらい』で済む話じゃない雰囲気がプンプンするぜぇ!
えー……何だろう……まだ何かあるのかな?
「…………あの火熊、ステータス的にはさほどではない可能性がある」
「何だと!?」
「姿形やスキル自体は火熊のものだが、実際のステータスは低かったはずだ。手ごたえがなさすぎる」
「まさか、そんなことが……?」
「確かにね。無理矢理火熊としての体裁を整えた、って感じがしたなぁ」
「……エディの氷壁に、ヒビすら入らなかった……」
…………あ。これはもう私の手には負えない事案ですわ。もうワケわからんッスわ。
無理矢理体裁を整えた感じ、ってどんな話よ? 誰かが火熊を放牧した、ってこと!?
ヒビすら入らなかった……って、ヒビ入れた個体もいるのか?!
ギルマスさんも唖然としてるけど、私を含めたみんなも呆然としてるように見える。
しばしの間、静寂が室内を支配する。
それでも、最初に立ち直ったのはギルマスさんだった。
キッと表情を引き締めて、エドさんを、アリアさんを、セノンさんを、ヴィルさんを、そして私をゆっくりと見まわしていく。
「……実際にステータスは見たのか?」
「まさかこうなるとは思わなくてな。鑑定で見るまでもなく倒しちまった。スマン」
「だろうな」
ギルマスさんが、再び頭をツルリと撫でる。困ったときの癖なのかな?
「……とりあえず、今後しばらく周囲の森と海辺の見回りを強化する。ギルドからの公式依頼だ。協力してもらえるか?」
「他の依頼をこなすついででも構わないか?」
「もちろんだ。ただし『見回り依頼』の性質上、街から離れるような依頼はあまり受けないでほしい」
「今は他に切迫した案件はないからな。しばらくはエルラージュを中心に動くさ」
おぉぉおおぉぉぉ……! なんかどんどん話が進んでいく!!
でも、そうよな。こんな訳の分からないことが続いているようなら、見回り、大事よな。
……それにしても、ギルマスさん直々に見回りを頼まれるとか……。あの火熊をアッサリ倒しちゃうことから考えても、ヴィルさん達ってかなり強いパーティなんじゃ…………??
え? そんな強いパーティに、私、必要??
私なんかより腕のいい人の引き抜きなんて簡単なんじゃないの?
「よし! 話は決まった! 今夜はもう遅い。ギルド職員用の仮眠室を貸し出そう」
「ギルマスにしちゃ太っ腹だな!」
「明日からさっそく見回りしてもらうつもりだからな。とりあえず今日は、仮眠室で身体を休めてくれ」
「そうだな。今日はもう引き上げさせてもらうか……」
大きく頷いたヴィルさんが立ち上がったのを皮切りに皆さんも続いて立ち上がり、シーラさんの案内の元仮眠室へと案内されていく。
「ああ。少しだけヴィルと荷物運びの嬢ちゃんは残ってもらえるか?」
私も続こうと会釈して立ち上がりかけたところでギルマスさんのストップがかかった。
……えーと……ヴィルさんのご機嫌がめっちゃ急降下してる感じがビンビン伝わってくるんですが、大丈夫かなぁ……?
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
次回、クラス・スキル等の解説回を挟みまして、海の幸BBQでもやろうと思います。
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