戦い終わって、日も暮れて……後に残るは謎ばかり
獣人さんとエルフさんが泣き疲れたのか眠ってしまい、年長者のおいちゃんが立ち上がれるようになった頃には日はすっかり傾いて、ジワジワと薄暮れに包まれ始めていた。
正直、何もしていない私がどんな顔をして出ていけばいいのかわからず、運転席からドロップ品を抱えたヴィルさん達が戻ってくるのを眺めていた。
……まぁ、余人に能力を知られるのはマズいから、黙ってて良いっていうならソレでいいんだけどね。
……それにしても、身体が大きい魔物はドロップ品も複数出るんだろうか……?
ヴィルさんの手には爪らしきモノと、毛皮らしきモノが抱えられている。
「ああ……助けて頂いたこと、誠に感謝いたします。あなた方がいなければ全滅していた所でした!」
「こちらこそ、間に合ってよかった。あの猫の青年と出会えて幸運だった」
「ケントは、我がパーティの中で最も足が速かったので、救援を呼びに走らせたのです」
深く腰を折って謝意を述べるおいちゃんを制したヴィルさんが、「座ろうか」というように手を振って手近なところに腰を下ろした。それに倣うように、エドさんやアリアさん、セノンさんも思い思いの場所に腰を落ち着ける。
そんな彼らを見て、おいちゃんもまたお互いに凭れ合うようにして眠ってしまった獣人さんとエルフさんの傍に陣取ったようだ。
私もこっそりと運転席を立って、跳ね上げカウンターを通ってキャビンに移動した。
こっちの方が話を聞きやすいからね!
「私の名前はライアー。この子らはシオンとアイーダ。街外れの孤児院の子らと共に【幸運の四葉】というパーティを結成しております」
「孤児院? そうすると、貴方があの猫の青年が告げた神官なのですか?」
「はい。膝を壊してしまい引退したのですが、かつては神官戦士として冒険をしておりました」
おいちゃん……ライアーさんが語ることには、孤児院の長であり元冒険者でもあったライアーさんは、虎獣人のシオンちゃんとハーフエルフのアイーダちゃん、ワーキャットのケントくん、そして孤児院にいる他の子どもたちとで入れ替わりながらパーティを結成し、簡単な依頼をこなすことで日々の暮らしを賄っていたらしい。
今日もまた近くの森での採取依頼を受注したところで、なぜかあの火熊に遭遇してしまったそうなのだ。
火熊の獲物に対する執着心を知っていたライアーさんは自身がメインで足止めを試みると共に、救援要請のためにケントくんを走らせて……今に至るわけだ。
「その子たちも逃がそうとは思わなかったのか?」
「シオンもアイーダも火熊の攻撃を避ける程の力量はありましたので……。私だけでは火熊を止められませんし、すぐにやられてしまうだけです。私が倒れてしまえば、逃げるこの子達に火熊が追いついてしまう……火熊の攻撃の手を分散させるためにも、陽動の為にも、残ってもらいました」
「倒すことではなく時間を稼ぐことを優先したのか。神官のアンタがいれば最低限の回復もできるだろうし、バラバラに逃げて誰かが犠牲になるよりは、良いのかもしれないな」
難しい問題だね……。
みんな一緒に逃げたとしても戦力差は歴然だし、足の良くないライアーさんが追いつかれるのは目に見えている。「火熊が私を貪っている間に逃げろ!」とかいう自己犠牲も、他の子どもたちのことなんかを考えると現実的な案ではないもんなぁ。第一、ライアーさんを半殺しにして足止めした後、他の子たちに襲い掛かるかもしれないしね。
そもそもの話として『自分の命を投げ出す』なんて……そうそうできることじゃないと思うんだ。
かと言ってバラバラに逃げたとしても、追いつかれた『誰か』が倒されるのは確実だ。
それを思えば、ケントくんを救援要請に走らせた後、助けが来るまで3人で火熊の攻撃を避けつつ時間を稼げれば、4人とも助かる確率は高まるだろう。攻撃対象が3人ならば、熊の攻撃も分散されるだろうから、万が一怪我をしても回復する間も持てそうだし……。
でも、もし救援が来るのが遅れたら、消耗戦の末3人とも倒されていたのも確実で……。
今回は何とか間に合ったけど、本当にギリギリだったんだ……。
「それにしても、何でこんな浅い所で火熊なんて出るのさ? 本来ならもっともっと奥で出てくる魔物のはずだぜ?」
「ああ。それに、火熊にしては弱すぎる。本来であればもっと頭が切れる上に、もっと硬いはずだ」
「そうなのですか? 私たちには恐ろしい魔物だったのですが……」
唇を尖らせるエドさんが、足元の小石をヴィルさんの方へ蹴り上げる。自分の足元に飛んできた小石を爪先で弾いたヴィルさんも、顎に手を当てて何かを考え込んでいるようだ。
そんな二人の様子に首を傾げるライアーさんだけど、正直な所、私もライアーさんと同じ感想しか出てこない。
ヴィルさん達はめっちゃ簡単に倒してたけど、私にしてみればものすごく迫力があって怖い魔物でしたよ!!
「なんにせよ、一度ギルドに戻って今回の事の報告と、冒険者たちへの連絡、報酬に関する相談をしないといけませんね」
「…………ん。報酬はべつにいいけど、連絡と、報告はしないとダメ……」
立ち上がってコートをの汚れをはたくセノンさんに、アリアさんが続いた。
報・連・相は社会人の基本ですよね!
今回みたいにイレギュラーっぽいことが起こったときは、特に重要になってくると思いますよ!
『レベル帯に合わない魔物が出たー!』となれば、冒険者の人は装備とか持っていくアイテムとかにそれなりの注意を払わなくちゃいけないだろうし、ギルドだってそれを周知する必要も出てくるだろうし。
「そうだな。もう暗くなってるし、急いだ方が良いか……」
気が付けば、話し合いをしているうちに周囲はすっかりと闇に包まれていた。
仄暗い宵の空気の中、ヴィルさんのイチゴ色の瞳が私を捕らえる。
何となく思っていることを察知した私が頷けば、ヴィルさんもまた頷き返してくれた。
「ライアーといったな。いくら大街道に魔除けの術式が施されているとはいえ、夜道は危険だ。アンタさえこちらの条件を呑んでくれるのなら、安全かつ手っ取り早く街に運ぶ手筈があるが、どうする?」
「有難い申し出に感謝いたします。私たちはあなた方に助けて頂いた身……あなた方に従います。その子らも文句は申しますまい」
「そんなに大したことはしない。街に着くまで眠ってもらうだけだ。セノン!」
「ええ。羊は眠れり」
ヴィルさんの言葉に胸に手を当てたライアーさんが恭しく頭を下げる。
それだけで把握したらしいセノンさんが杖を翳すと、先端から青い光が溢れ出て、ライアーさんを……そしてシオンちゃんとアイダーちゃんも包み込む。光が消える頃には、皆静かな寝息を立てていた。
あ、なるほど。これなら野営車両に乗せてもバレないもんね!
彼らの乗車設定を済ませると、ヴィルさんが米俵でも担ぐようにおいちゃんたちを持ち上げて、ひょいひょいと中に運んでいく。
…………っていうか、大街道って魔除けがされてたのか……。だからナビでもメインルートに選択されたし、猫兄さん……ケントくんもソッチを走ってきたのかな?
もし森の中を突っ切ろうとして他の魔物や獣に遭遇したら、余計に時間を食うもんなぁ。
私も帰りは大街道を通って帰ろう。その方が車体が揺れないし、床に寝かされた四葉の人たちが転がることもないだろうしね。
「なるほどねぇ。確かにリンちゃんは『料理のできる【荷物運び】』だね!」
「『荷物』の中には私たちも含まれる、ということですね」
「……ヴィル、ぐっじょぶ……!」
居室のはしゃぎ声が運転席まで届いている。
ええ、まぁ、そうですね。料理と送迎が可能な鍼灸師&介護福祉士ですよ!
「なぁ、リン。この乗車設定は取り消しができたりするのか?」
「うーん……やってみたことがないのでわからないのですが、恐らく可能なんじゃないかな、と思います」
四葉のメンバーを積み込んだヴィルさんが、そのまま助手席へ乗り込んできた。
ナビの登録地を削除したりするノリでできるんじゃないかなぁ。だって野営車両だもん! 機能面に関しても、全幅の信頼をおいてますからね!!
……とはいえ、あんまり『キャンピングカー』として使ってあげられていない現状に心が痛むぜ……。
でも、これからしばらくは宿代節約のためにお泊りするからね!!
ヴィルさんが洗浄魔法をかけてくれてはいるけど、お風呂はお風呂で入りたいんだよぅ!!
煉瓦で舗装された大街道を静かに走りながら、私は今日こそはモーちゃんに泊まろうと決意を新たにするのだった。
「……リン。今夜はギルドで缶詰になる可能性が高い。この車には戻っては来られないぞ」
気の毒そうな顔をしたヴィルさんがこちらを見ていた。
マジかー!!! いや、でも缶詰なら、宿代とかはかからない……ハズ!!
「今回はなし崩しになってしまったが、リンのスキルに関しては、今後もなるべく秘匿する方向で行きたいと思う。それでいいか?」
「はい。でも、人命がかかっていたり緊急事態だったりしたときは、気にせずどんどんコキ使ってください!!」
そうだね。意見のすり合わせ、大事だよね。ヴィルさんは割とこういう所がしっかりしている……と思う。
気を使ってもらって有難い半面、私にできることであれば協力はしてきたいので頼ってほしい……という思いもあるわけで……。
ええい! 承認欲求が強いと笑うなら笑え!!
……いや、うん。自覚はあるんだよ?
聖女召喚とかいうワケのわからない陰謀に巻き込まれ、生活の基盤を失い、今後どうなるんだろうなー……という不安の中で出会ったヴィルさんに、一も二もなく飛びついちゃったなー、っていう自覚は!
だって、ヴィルさんに見捨てられたら、右も左もわかんない異世界で路頭に迷うこと必至だからね!?
今はまだ食べ物も生活用品もあるけど、今後どうなるかわかんないからね!?
……だから、たとえその待遇や環境がブラック企業もかくや……というものであっても、まず生き延びるためには食らいついていこうと思ったんだよぅ……。
でも、ヴィルさんは、そんな私にもちゃんと意見を聞いてくれる。『私』が望む生活を送れるよう気を配ってくれる。
アリアさんも、エドさんも、セノンさんも、まだ付き合って間もないけど、私のことを気にかけてくれている。
そんな優しい人たちの役に立ちたいと思って、何が悪いのさー!!!
「今日は、リンのお陰で助かった。本当にありがとうな」
…………だから、そう言ってもらえるだけで……『よくやった』と言わんばかりに笑いかけてもらえるだけで……私はものすごく嬉しいですよ!
役に立ててよかった、って!
近づいてくる街の明かりが滲みそうになって、私はこっそりと目元を拭うハメになった。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
次は熊肉料理でもしようかな……??
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